思い出さなくなる思い出
高校生の時に授業でやった「山月記」は、もしかしたら私の中で
一番印象に残っている本かもしれない。
そこに出てくる李徴という人は、確か若くして科挙に受かるくらい
とても頭が良かったのだけどプライドが高くて傲慢だったのだよ。
そして、詩人で名を上げると言って官僚か何かのいい仕事を辞めて
詩作に耽っていたのだよね。でも、その成果は全然現れることなく
ある日李徴は発狂して行方不明になってしまったのだ。
で、結局李徴は行方不明になった日に森を狂ったように走っていたら
虎になってしまったのだよね。
初めのうちは虎になっても意識は人間の李徴のままだったのだけど
だんだんと虎の意識になる時間が多くなっていくのだよ。
そして、最終的に身も心も完全に虎になってしまうのが李徴は怖いと言うのだ。
李徴が虎になったのは人間の時にあった自尊心や羞恥心が肥大化した
結果らしいのだけど、私はそれを読んだ時に李徴と自分が重なって
自分もいつか虎になってしまうかもしれないと思って怖かったのだよね。
私は4月になるのが怖くて仕方なかったのだ。
4月になったら、3月までの私はいなくなって
それまでにあったとても楽しいこともなくなってしまう気がしたのだよ。
そして、その楽しいことをついに思い出すこともなくなってしまうのが
怖かったし、嫌だったし、それならば4月になる前に逃亡した方がよいと
思っていたのね。
でも、4月になってしまった。
私は毎日新しいことを覚えなければいけないし
会社の雰囲気にも馴染まなければいけないし
いろいろなことを考えて内省的であった3月までの自分ではいられなくなったのだ。
前のように思い出を引っ張り出して楽しむ余裕もなくなったのだね。
でも、4月からの生活に馴染むためにはそれも当たり前だと思っていたのだよ。
私は虎になったのだろうなぁ。
今となっては思い出も人間だった頃を思い出してしまって
触れる度に哀しくなってしまうのだ。
そして、これからさらに虎の意識が自分の中を埋めていくのだろうね。
3月の終わりに逃亡していたらよかったのかもしれないなぁ。
虎になってしまったのは勇気のない私に与えられた罰なのかもしれない。
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