多事匠論


もっと会話が必要だ

 六月の第三日曜日、関内にある新聞博物館に足を運んだ。本コラムを
記するにあたり、新聞の創刊号を調べたいと考えたからだ。訪れるまで
は、新聞に興味を持つ人などあまりいないのではないかと思っていたが、
大学生のカップルや何人もの子供たちで賑わっていて、驚いた。
 我が国の日刊紙の歴史は東京日日新聞(現・毎日新聞)から始まった。
明治維新後のことである。その後、自由民権運動の高まりとともに多く
の新聞が誕生した。黒岩涙香の万朝報や福沢諭吉の時事新報などだ。そ
れらの主張は「武力を使わず、言論の力で自由を勝ち取ろう」というも
のだった。政府を始めとする権力者を過激な論調で批判し、市民の意識
を高揚させた。
 そんな記事を目にしていると、私の脳裏に一つの格言がよぎった。
『ペンは剣よりも強し』である。これは、十九世紀の英国を代表する作
家、ブルワー・リットンが戯曲「リシュリュー」の中で用いた言葉だ。
慶応義塾の紋章にもなっているので、この言葉の意味を多くの人は知っ
ていると思うが、今一度かみくだいてみる。ここで言うペンとは、言論、
つまり自分の考え・気持ちを伝えるために言葉や文章で論じることを指
す。また、剣とは、戦争・暴力などで他人を傷つけることだ。すなわち、
リットンは「争いをなくすためには言論の力が必要だ」と言いたかった
のではないか。
 さて、新年度が始まり何度かボビーズに顔を出しているが、二・三年
生から「ボビーズは変わりましたか」と、質問されることがある。時の
流れに沿って部員は入れ替わる。いつまでも同じ雰囲気であるはずがな
い。変わって当然だ。
 だが、最近のボビーズは『会話』が少なくなったように思えてならな
い。数人の者だけが知っていればそれでよいとか、黙っていれば嫌われ
ることがない、といった風潮を感じる。飲み会ではコールしか聞こえな
いし、練習中には「ナイッショ」の掛け声も少ない。一つの出来事を参
加した者、皆で楽しむというボビーズの大前提を忘れてはいないだろう
か。
 沈黙が知らず知らずのうちに仲間を傷つけることもある。口げんかし
たり言い争ったりして友情の絆を強めてほしい。今こそリットンの言葉
を思い起こしてもらいたい。今後の活発な議論を期待する。
 今後、多くの同士が活発な議論を重ね、ボビーズの活性化につながる
ことを期待してやまない。小生も生意気ながら多事匠論を書き続けるこ
とで、その力添えになれれば幸いである。批判・意見・感想を願う。




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