多事匠論


七夕の夜に

 昨日、七月七日は七夕。一年に一度だけ彦星と織姫が逢瀬を楽しむ日。愛し合う
二人は、どんな気持ちでこの日を過ごしたことだろうか。一年ぶりの再会に涙した
かもしれない。話したいことがいっぱいあっても、照れて半分も語れなかったかも
しれない。ただ、確かにいえることは、そっと二人で寄り添っていられることの幸
せに酔っていた、ということだろう。だが、刻一刻と迫って来る別れのときを意識
しないではいられないはずだ。「今このときが永遠に続けばいいのに」そんなこと
を短冊に書いているにちがいない。
 彦星と織姫の美しく哀しい恋物語は純粋だった初恋のころを思い出させてくれる。
初めてのデートの前日、明日を待ちきれずにデートコースを一人歩いたことはない
だろうか。公園で待ち合わせて、映画を見て、喫茶店に入って・・。あまい記憶が
蘇る。「ひとり静かに尋ねよる/彦星のさまいかならむ/あすの逢瀬を微笑みて」
(藤村・『天の河』)
 そして、七夕伝説にふけっていると幸せと不幸せについて、ふと考えてしまう。
若者にとって幸せな時間は、おそらく愛する人と一緒にいるときだろう。愛する人
とおしゃべりしたり、愛する人の手をにぎったり、愛する人をだきしめたり。そん
な瞬間に、生きている喜びを感じる。逆に、愛する人に会いたくても会えない、そ
れが、若者にとって最大の不幸せなのだろう。
 こう考えてしまえば、彦星と織姫は一年のほとんどを不幸せな気分で過ごしてい
たことになってしまう。しかし、愛し合う二人の気持ちは、淋しさやもどかしさだ
けなのだろうか。「Absence makes the heart grow fonder.」(シェークス
ピア・『ハムレット』)離れていると情が一層深まるものだ。会えないでいる時間
が長ければ長いほど、愛する人への想いはますます強まるばかりだろう。もしかし
たら、彦星と織姫は七夕の一日よりも、ぼんやりと一人で、いとしい人のことを想
う日々のほうが幸せな時間なのかもしれない。
 夜、東の空を見上げてみよう。天の川をはさんで彦星と織姫が来年の逢瀬にじっ
と想いをはせている。「こいしこいしと/なく蝉よりも/なかぬ火垂るが/身を焦
がす」(万葉集)満天の星空に遠きロマンと幸せを感じるゆとりもたまにはいいも
のだ。「天上の恋しかすがに/しあわせ迷う/このゆうべこそ楽しけれ」




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