多事匠論


報道の意味を問う・前編

 数ヶ月前、長崎で中学一年生の男子生徒が四歳児を誘拐し殺害するという衝撃
的な事件が起きた。先日、家庭裁判所はこの男子生徒を児童自立支援施設に送致
する決定を下した。新聞・テレビ・週刊誌などマスコミはこぞって報道し、大き
な話題となっている。
 この事件は少年事件という難しさもあるが、それ以上に、少年の性的犯罪とい
う特異性をおびている点が問題となっている。子供から大人になる十二歳。心と
体が同じように大人に近づくのが普通である。しかし、この男子生徒は心が幼い
まま体だけが青年になり始めてしまったらしい。しかも、性への関心が女性にで
はなく、同性の幼児に向けられていた。
 少年の家庭環境は決してよかったとは言えない。父親は中学を卒業後、料理の
世界に入った。母親は、いわゆる教育ママで厳しく一人息子をしつけた。「勉強
しないと父親のように、中学しか出られない人間になっちゃうよ」少年の心の中
には、母親への憎悪が生まれていた。そして、少年は、跳び箱も一段も跳べない、
逆上がりもできない、縄跳びもできない、ただ勉強だけができる、そんな学校秀
才に育ってしまっていた。
 事件当日、両親のけんかに耐え切れず家を飛び出した少年は、近所の電気店で
ゲームをしていた幼児を見つけ、人気のない駐車場へ連れ出す。そこで、幼児を
全裸にさせ、持っていたはさみで幼児の陰部を傷つける。幼児は泣き出し、驚い
た少年は幼児の体から手を離してしまう。幼児は突き落とされたというより、落
っこちてしまったらしい。私が記者から聞いた、この事件の事実である。
 さて、この事件を巡る報道のあり方をいくつか紹介する。新聞各社は、少年の
実名を伏せ、幼児の陰部を「体の一部」と表現している。とある週刊誌は、新聞
同様、実名は伏せているが、幼児の陰部を「幼児のちん○」と書いている。ネッ
トを騒がしている2チャンネルでは、少年の実名を挙げ顔写真まで載せている。
 報道の意味はどこにあるのだろうか。少年の実名を記事にすることが大切なの
か。陰部をどう表現するかが問題なのか。少年の顔を見せる必要があるのか。
 長崎の幼児殺害事件をあなたはどう考えますか。


今週は長崎の事件の背景と報道の状況を紹介するに留めました。諸君の考えを聞
きたかったからです。「少年事件と報道」の問題について思うこと・考えること
があれば、是非意見を聞かせてください。私の意見は来週書きます。



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