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僕がはじめて映画館で見た映画はE.T.だった。
あにはからんや館内は立ち見がでるほどの大盛況。
時間と人間を読めない我が父は開演直前に切符を買って
僕の手を引いて運命の扉を開いた。
もちろん座れず、立ち見だった。
すさまじい人いきれの中でクーラーが轟音をたてて
許せざる温度の上昇をくい止めようとしていた。
そして僕の前ではいい年をしたおっさんたちが
なかば興奮気味にスクリーンに見入っていた。
僕の背丈ではスクリーンさえ満足に見えず、
股の間からかろうじてE.T.の指先が光るのが見えた。
大人たちは僕の純粋な感動を股のぞきでひん曲げたのだ。
それは父も同様で、時間と人間と子供心と食べ物を読めない父は
僕をほったらかしたまま、昼に食ったチャーハンが腐ってた
といって2時間トイレに行ったりきたりしていた。
彼らは僕たち子供に、それはやるな、これはがまんしろ、
などと指図し、僕らを規制し、修正する。
でも、本当に修正すべきは大人の方じゃないか。
彼らほど自らの欲望に忠実なものはなく、
彼らほど他に律せられることを嫌うものはいない。
こんな大人、修正してやる!
こうして僕は齢4つにして大人社会への憤りをつのらせ、
その修正への誓いをたてたのである。
これがトラウマとなって、以後僕の映画館への足は遠のいた。
あの忌まわしい記憶から18年の歳月が流れた。
僕は文字通り欲望に忠実な大人となり、
他に規制されることをスキンをつけることと同じくらい嫌う
ろくでもない人間になってしまった。
大人を修正するなんて高邁な野望はとうの昔に消失し、
大人という安寧と自由と享楽とをむさぼっている。
そんな僕にも、幼少期のトラウマだけは
風呂の湯を落としたあと排水口に残った泡のように
未練たらしく、しかも垢に満ちて残っていたのである。
僕はそんな過去を清算するため、「大人」を発動した。
オンラインショップでプロジェクターを見つけたとたん、
僕の中の欲望は抑制も規制も修正も受けることなく、
大蛇のごとく大口を開け、満たされることを欲した。
僕は迷うことなく注文のメールを送信し、翌日金を振り込んだ。
これで100インチの大画面が僕だけのものになる。
あの大人たちの興奮気味の顔が僕の前でもろくも崩れ去り、
僕の中の忌々しい記憶は勝利の歓喜とともに霧散した。
だが、欲望が満たされることは永遠にないだろう。
それが僕の嫌いで大好きな大人だからだ。
ただ、これで過去は清算したつもりだ。
| KENTARO TOHGO |