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ナルシスという美少年は、水に映った自分の姿に見とれて溺れ死んだ。
 不憫に思った神は、彼を水仙の花にした。

――ギリシャ神話より

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「春は馬車ウマの様に」



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  水仙の花が咲いている。相変わらず、彼は自分の事にしか興味がない。
  私はそんな彼を窓越しに眺めながら、朝食の用意をしていた。
  寝室との引き戸が開く。

 「おや、どうしたんだ? こんなに早く――」

  顔だけを向けて言った。その瞬間、私は鷲掴みにされた。
  目つきが違う、姿勢が違う。細かい事を言えば、戸を開いた勢いが違うし、
 鼻息も、髪の毛の跳ねっ返りも――たぶんブラシで研いできたのだろう――違う。

 「おはよう、あなた」

  声も違う。――妻は目覚めた。

 「…おはよう」

  声が震えた。
  私は朝食の時だけで3枚も皿を割った。



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  妻はダメ人間だ。
  彼女にとって夏は灼熱地獄であり、冬は極寒地獄である。
 つまりどちらにしろ地獄であるから、その季節の間はじっとして、過ぎ去るのを待つしかない。

    それに加え、妻は暖かいのから寒いのに移行する季節の変わり目は決まって腹を壊す。
 どんな医者に通い、どんな薬を飲んだとしても、それを防ぐ事は出来ない。
  その間の私は、彼女付きの家政夫になり、ヘルパーになる。彼女の全ての食事を作り、
 放っておけば一日中(それ以上は流石に私もさせた事がない)出ようとはしないベッドから叩き出し、
 衣服を見繕って着せ、彼女の髪の毛を研ぎ、歯ブラシを咥えさせる。

    これは全て姑のせいなのだが、因みに私はこのような状態の妻に惚れたのではない。
  私達は彼女が人間的に生活できる唯一の季節に巡り会った。神の奇跡だった。
 悪く考えれば、家事一般をこなせる私が彼女の強運に引きずられた、とも言える。

    しかし本当に、春の彼女は素晴らしかった。
 咲き誇った桜が束になっても敵わないような可憐さ、荘厳さを兼ね備えていた。
 全ての分野において可能性を秘めていたし、
 またどれを選んでも確実に成功を収めそうなオーラが彼女を包んでいた。

  才色兼備、まさに才色兼備!

  私は彼女の欠落した季節を知ってなお、共に生きる事を選んだ。
 私にとっても春の彼女が私を選んだという事が奇跡であり、私の人生の中で一番の幸運であったのだ。
  そして私自身、彼女との生活には不満がなかった。

  彼女がアレを選ぶまでは。



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  小説家とは実にくだらない生き物だ、と思う。

 「そんなこと言ったって、仕方が無いじゃない。仕事なんだから」
 「仕事と言っても、あんまりじゃないか。君の時間はどうなる?」
 「だったら私は一体どうすれば良いのよ。この家を支えているのは私の腕なのよ?」
 「そんな事……」

  私は言葉を濁らせた。
 妻とがっぷり四つに組んではいけない。いつも(いつもというのは春の事で、
 夏冬はぼんやりとして話せる状態にはないし、秋はうめき声しか聞けない)こうなる。
  妻の言っている事は間違っていない。そして事実、私達は印税に頼った生活を送っている。
 しかし私はそれが嫌だった。

  彼女が妻になって間もない頃、彼女が気まぐれで書いた小説が思いがけなく賞を取ってしまった。
 妻は自分の体質の半ば犠牲になる私と、自分に出来る最大限の家庭への援助を考え、
 春の時間を使って精力的に執筆活動をした。

  ベストセラー作家になり、数多の賞を取り、私達は彼女の収入で安定した生活を送れるまでになった。

 そして春は減っていった。

  彼女は失った時間を埋める勢いで、春を消化していく。
 しかしそれは彼女の人生のためではなく、小説のためだった。

 「他の仕事を考えた方が良いんじゃないかな?」
 「それは無理よ。私に出来る仕事と言えば、これぐらいしか無いもの」
 「しかし昼夜を問わず、といった感じじゃないか。それじゃあ、いつか体を…」
 「あなたには迷惑を掛けてると思うわ。でも私の時間は短いのよ」

  彼女は昼夜を問わず活動するおかげで、私もそれに倣わなければならない。
 ベッドに潜り込んでも、夜泣きの赤ん坊のように起こされ、結局寝られない。
 私は彼女が元気になる程、疲れていく。
  私達は食い違い始めている。

 「君は頑張りすぎているよ」
 「あなた程ではないわよ」

  食い違い始めている。



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  私達の家で電話が鳴る事は珍しい。
 妻は基本的に掛かってきても出ない質だし、仕事の関係者もそれを知っているので、
 本当に緊急の時にしか掛けてこない。私用で掛かってくる事はまず滅多にない。
  私の場合はもっと顕著で、妻にかかりっきりの身であるためにその両方とも存在しない。

  そんな家の電話が鳴った。
  私は祈った。

 「あら、お久しぶり」

  祈りは通じず、それは姑からの電話であった。
 よく姑と嫁は犬猿の仲となる事が多いと言われるが、それは何というか間違いで、
 収入のない者同士の小競り合いと言った方が正しい。女同士とは限らない。

  私は苛立った。姑は妻がこの時期に元気な事を知っているのだ。

 「もっと別の時に掛けてこられませんかね、お母様」
 「あら、だって、大変なのでしょう?」
 「それもこれも、全てお母様が悪いんじゃないですか?」
 「だからこっちへいらっしゃい、と言ってるじゃないの」

  いつも会話は何処かズレている。

 「あなたー? あなたー?」

  妻が呼んでいる。グッドタイミングだ。



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 「君はしようと思えば何でも出来る力を持っているのに」
 「そうかしら? 案外そう見えているだけで、中身は空っぽかも知れないわ」
 「いや、そうかも知れない。君は私をまるで馬車ウマのように働かせるからな」
 「ふふふ、そうね。じゃあ私も働こうかしら」

  そう言って妻は席を立ち、書斎へ向かう。
  私はその後ろ姿を見て思った。彼女も馬車ウマなのだ。

  では御者は誰だ?



  庭に咲く水仙達を見ながら、私は洗い物をし始めた。

                                         終



























  水仙 : ヒガンバナの多年草。葉は線状で、早春に白、黄色の花が咲く。

 何の事やらさっぱり分からなかった人のために、解説を用意しました。
 何となくでも言いたい事が感じられた人は読まない方が良いと思います。
 誤字、脱字、批評、感想など、何でも承っております。

 で、早速、自ら失敗に気が付いてしまったので、ここで謝罪しています。ご覧にならないで下さい(汗)。


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−解説−

   たぶん一番分からない所が、『君はしようと思えば何でも出来る力を持っているのに』から、
 最後の『「庭に咲く水仙達を見ながら、私は洗い物をし始めた。」』の辺りだと思うのですが、
 <私>が<妻>を「馬車ウマ」と表したのは、「馬車ウマのように働く」という意味が主です。
 しかしその後、「では御者は誰だ?」と続く。この時点で「馬車ウマのように働く」という意味だけで
 「馬車ウマ」という言葉を使っていない事に気付いてもらえると、こちらの思惑通りです。
  馬車を引く馬(つまり馬車ウマ)は普通、目隠しをされています。これは周りの状況に馬が驚き、
 暴れるのを防ぐ目的で付けられているのですが、馬にしてみると、視界を塞がれているため、自分が今、
 何処を走っているのかさえ分からないという事になります。
 つまり馬は御者の言いなり、行き先は御者任せという事になるのです。

  ここまでが説明のための下地なのですが、勘の良い人はもう気付いているかも知れません。
 ともかく話を続けますと、文中で<私>は「御者は誰だ?」と疑問を持っています。
 もっと言葉を費やすと、「自分が御者と思っているのは誰だ?」となり、
 「自分の方向を決めてくれるのは誰だ?」という、何とも身勝手な疑問になります。
 それはすなわち自分の人生、また、自分に関わる人間の人生の責任逃れと言う事が出来ます。
 「私の今の状況が良くないのは、私を導いた人間が悪いせいだ」とか、よく政治家が考えそうな台詞ですが、
 つまりそういう事です。
 そのような人間は自分の保身に手一杯で、他人の事など構っている暇はありません。
 極端に言うと、そんな人は他人など、どうでもよく、自分さえどうにかなれば良いのです。
 他人との関係の中で生きているようで、結局は自分しか見えていないのです。
 ナルシスのように。

 と、いった感じです。分かっていただけたでしょうか?

 その他ありましたら(謝罪以外)、メール等でお受け致します。

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−謝罪−

  この科学万歳な時代、夏暑く冬寒いなんて言うのはナンセンスな訳で、夏も冬も、おまけに秋も、
 エアコン一台で全て解決オールオッケーな事を、スッカリポッキリ忘れていたザンス。
  その点については、内容を大幅に変更しない限り、頭下げまくりで、石投げつけられて死んだふりザンス。
  というか、もう居なおり逆ギレざまーみろザンス。ふけけけ。
───
 全国一億二千万のモニターの前の諸君、失礼。
 私の副人格、まあ仮に「ジョニー(20)」とでもしておこう、がご迷惑を掛けたようだ。
 だがそれについてはもう桜吹雪。
 心の友ウルトラセブンの出張サービスで、万事、カタが付いた。文字通り、スパッとね。
 …副人格なら、お前も斬られまくりマクリスティなハズだろうって?
 まあ、細かい事は気にせずに。
 言いたい事は大体、上の文で伝わっている事と思う。
 我が家は典型的な日本家屋で、夏暑く冬寒いのだよ。だから気が付かなかった。
 だからこれに気が付いた時はヤケ酒ちゃぶ台マクラの谷だったよ。
 ああ、すまない。マクラの谷とは「近現代文学B」を受けていなければ、分からないな。…まあいいや。
 ともかくここで謝罪を述べておく。
 失礼した。では。

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