「桃太郎」
見渡す限りののどかな田園風景の中を一人の男が歩いている。
男は人並みはずれた巨漢で、腰には一太刀で岩をも砕くような、大きく長い刀を帯びている。
このような田舎にこのなりなので、農民は怯えて目をあわせようともせず、中には同じ道を行き違いに歩いて来たと思ったら、手近な田ぼに降りていって、ちらちらと窺いながら農作業を始めてしまう者もいた。
「まったく…」
男はそんな態度に腹が立っていた。
わざわざ道行く人々に言おうとは思わないが、男は太古からの宿敵、鬼を退治しようと鬼ヶ島へ向かっていたのだ。
そう、彼はかの桃太郎だったのである。
「ばあさん、元気かなぁ…」
桃太郎は門出の際に渡されたキビ団子(キシリトール入りビッグ団子の略)を手にしながら、思いを馳せていた。
物心付いた頃には既に桃太郎はじいさんとばあさんに深い愛情を持って育てられていた。
だが直接本人たちから聞いたわけではなかったが、それでも何となく自分が二人の実の子ではないことを感じており、また何か使命を持って生まれてきたとも思っていた。
旅に出ると言ったときのあの二人の表情は、未だ鮮明に焼き付いている。
ひしひしと二人の愛情を感じ、幾度も決心が鈍りそうになった。そして渡されたキビ団子──
『おまえは私達の子なのだから…きっと鬼を倒してまたここへ帰ってくるのですよ』
その言葉は桃太郎に勇気と力、そして未来を与えた。
「ばあさん…」
桃太郎が思い出に浸っていると、あっけらかんとした声が掛かる。
「おう旦那、隠してもあっしには分かりますぜ。旦那の腰に団子があるって事をね!」
いやに言葉遣いの崩れた犬だが、時代が時代、こんな犬もいたのだろう。
「へへっ、いやね、慣れねえ山越えなんかをしたもんで…見えますかね、ああ、見える見える! 丁度あの辺りのあれでさぁ! まったくあの山のきついの何のって! 山神様にでも嫌われたのかなぁ…って、聞いてます旦那?」
捲し立てるようにしゃべる犬は何の反応も示さない桃太郎を見る。
「…まあいいや。とにかくもう三日も飲まず食わず…いや道中に清水は飲んだから、飲まなかったわけでもねえけど、腹が減ってどうしようもないんでさぁ!」
「ばあさん…」
「へ? ばあさんじゃ腹はふくれませんぜ?」
どうも話がかみ合っていないらしい。
「…ところで貴様、さっきから五月蝿いぞ」
「そうでなくて腹が…」
桃太郎はこのよく回る口を塞いでやろうと思ったが、育ちが良いため、飢えた人(犬)を放っておく事が出来なかった。
「……そらっ」
「ありがてえっ!」
嬉々としてキビ団子の入った袋を受け取る犬。いまさら疑問に思ったが、犬って喋るのだろうか。
「大切な物だからな、一個だけだぞ!」
「ちぇっ、見た目に似合わずケチですねぇ」
袋の中から一個取り出すと、ぽいっと桃太郎へ袋を放る。
「おいこらっ!……ん?」
袋の中には数個のキビ団子の他に、使用上の注意書きが入っていた。
「な、なぜこんなものが…あっ、ちょっと待て!」
それを読んだ桃太郎は慌てて犬を止めに入る。
「旦那、止めてももう腹の中ですぜ。……うっ!? おおおお…」
犬は苦しみ出し、額にはすでに脂汗が吹き出している。
「…何色のを食べたのだ?」
「き、黄色と黒のまだらを…」
「……ハズレだ」
「ぐおおおおおぉぉぉぉ…げふっ! …ごがふへっ!!」
犬は奇妙な苦しみ方をしながら、のたうち回るのだった。
「まったくそのばあさんとやらも人が悪いですぜ! 何であんなもんを…ブツブツ」
「あの配色は見るからにいかがわしいと思うのだが…」
犬の食べたまだらの団子は、ばあさん特製の下剤であった。別名「鬼殺し」とも呼ばれるその薬は一欠片でも必要以上の効果を示し、もし毒物を食べてしまったときには吐き出すよりもこれを食べろ、と言われるほど有名であった。
というか、キビ団子と一緒の袋に入れるな、と私は言いたい。
「とにかく命が無事でなによりだ」
「でも旦那にはきっちり慰謝料を払っていただきやすぜ」
「…良いが、払うのは鬼を倒した後だぞ?」
「お、鬼を退治!?…でも旦那は大事な金づるだし……ええい、決めた! あっしも旦那にお供しやすぜ!」
「…言っとくが、利子は付かないぞ」
「……」
あからさまに不機嫌な顔をする犬であったが、何かを思いついたのか、ころりとその表情を変える。この犬、実は意外と策士かもしれない。
「でもあっしだけのお供じゃ心細いですし…キジなんかどうでしょう?」
「鳥には色々と種類がいるのに、なぜ限定してキジなんだ?」
「そ、そりゃあ何たってキジは見た目も美しいし、食に困ったときは食べても美味しいし、あ、あとそれから…パンをうまく作るにはキジをよく発酵させないとーってそりゃ生地でんがなーあはははははー」
言ってる方もかなり厳しいらしい。
「…なぜだかはよく分からんが、キジをお供にするか」
そんなこんなで、桃太郎と犬はキジを捜すことになった。
あたしはジョセフィーヌ。
ピチピチのギャル(死語)なの。
あたしの日課は静寂に包まれた田園の上を優雅に飛ぶこと。
誰もいない空をあたしが流れていく。
地上にも人はいてはいけない。あたしの美貌が知らずの内に魅了してしまうから。
ああっ、あたしは自分が怖いっ。この美しさは罪なんだわっ。
そんなポエムを考えていると、あたしは道を行く二人組(一人と一匹)を見つけた。
またあたしの虜になってしまう可哀想な二人。
あたしは二人の会話を聞こうと高度を落とした。
「…………じゃないか、あれ」
「やっと見つけやしたね…。というか、キジ見つける為だけにもう三日も――」
「こら犬、言い出したのは貴様だぞ」
「にしてもあのキジ、申し分なしでさぁ!」
「だが先程から何やらブツブツと言っておったぞ、あたしの美貌がー、とか、虜になってしまうのねー、とかどうとか」
思わず口に出していたみたい…。
「それよりも旦那、早速オペレーションXで行きやすぜ!」
「……」
そう顔を合わせたと思ったら、突然あたしに微笑みかけながら、手を振ってきた。
「そこの可愛いキジさぁーん!」
犬にそう声を掛けられて、気分の良くなったあたしはスタリと二人の前に降りた。
「な、何かしら」
冷静に見せようとゆっくり話したけど、心の中は跳び上がるくらいに喜んでる。
「あまりに美しいキジさんなので、サインでも頂こうかと思ったんでさぁ」
いつの間にか、片割れの大男は二枚の色紙を持っている。…持ち歩いているのかしら。
「そう……良いわよ」
ああっ、これで毎日の血の滲むようなサイン練習が報われるわっ!
あたしはペンを握り、震える手で、なめらかなサインを――
「フッ…まさかこんな手に引っかかるヤツが本当にいるとはな…」
「え!? …キャア!」
大男は素早い動きであたしの翼を封じる。
「犬っ、やれ!」
「ラジャーですぜ!」
「い、いやああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
こだまする絶叫。だが助ける者はなく、悲鳴は空へ消えていった。
「もうこれでお前は俺達のものだ…」
「へっ、そんな姿じゃ、家にも帰れやせんぜ」
「ううっ、おかあさん…」
音声だけお伝えすると、非常に誤解されやすいが、なんて事はない、キジは首輪をされたのである。
「ああ、もうお嫁にいけない…」
「それはもう良いっ!」
「目的は何? お金? それとも、あたしの――」
「言うな。もしそれより先を口にしてしまったら、この清純な物語が汚れてしまう」
「清純…」
犬はとなりで真剣に考え込んでいるが、あえて触れないでおこう。
「じゃあ、あたしを捕らえて何をしようというの?」
「鬼ヶ島へのお供だ。そこで一緒に戦ってもらう」
「……」
「……」
「…冗談でしょ?」
「本気だ」
「ああああ…」
キジは気を失い、ぽとりと地面へ倒れた。
「…なかなか面白いヤツだな」
「オペレーションXに引っかかるヤツですしねぇ…」
巧妙な作戦オペレーションXにより、キジは仲間になった。
なんだかなぁ。
「ちょっと、どういうつもりよ!」
のどかな田園風景の中、ヒステリックなキジの声が響いた。…って、場景が冒頭から何一つ変わってないっていうのも、どーなんだろ。
「今度は何だ…?」
桃太郎はもういい加減うんざりした様子で、あまり取り合わない。やれ首輪が邪魔で飛びにくいとか、やれ両親が心配するから電話(?)ぐらいさせろとか、散々文句を言い続けているからだ。
「ちょ、ちょっと! 身近で深刻な問題なんだから、ちゃんと聞きなさいよ!」
「キジのねーさん、ちょいと五月蝿いですぜ。そりゃああっしも言いたいことは沢山ありやすし…例えばいつになったら鬼ヶ島に着くんだーとか、旦那はちゃんと利子付きで慰謝料を払ってくれるのかー、とか、あげたらキリがない――」
「犬、お前も五月蝿い。…それから利子は付かないぞ」
「……」
覚えていたらしい。
「で、何なんだ、その深刻な問題ってのは」
「ご飯よ、ご飯! 捕まってから何も食べてないから、お腹がすいたの!」
「ああ、そんな事か…」
と言って、桃太郎は何もしない。
「そんな事って…何か用意しなさいよ!」
「太古の昔、インドのガウタマ=シッダールタは断食により悟りを開いたそうだ――」
「あっそ。で、今日のメニューは?」
「…殺す」
あまりのツッコミの速さ、そして冷たさに、桃太郎はキレる。
「だ、旦那!」
「だいいち無理なダイエットはお肌にも健康にも悪いのよ!?」
「フッ。お前のどこに出来物ができたって、所詮は鳥肌じゃないか」
「おっ旦那、座布団一枚っ!」
「犬、五月蝿いわよ。…ともかく何か食べる物は持ってないの?」
「……」
すぐに思い当たる桃太郎だったが、ばあさんの思いがひとつずつ消えていくようで、出し渋っていた。
「旦那、腰の団子をやればいいじゃないですか」
「し、しかしあれは大切な物で…」
「団子? あっ、だめだめ。あたし名前がジョセフィーヌでしょ、フランス料理しか食べられないの。団子なんてオードブルにもならないじゃない」
「…殺す」
「だ、旦那っ!!」
その後も何度か桃太郎がキレて、犬が必死になだめる場面があったが、飢えには代え難いのか、ようやく団子を食べることに同意した。
「はむっ……むしゃむしゃ……はーっ、美味しかった!」
キジは団子を食べ、満足したようだ。
「…前置きが長かった割に、いやに素っ気ない食べっぷりだな」
「作者としては、この前置きだけを書きたかったのかもしれやせんぜ?」
キャラが詮索するな。
「ともかくこれでやっと鬼ヶ島へ行けやすね」
「いや、まだだ」
「キジのねーちゃんもきっちりGETしたじゃないですか!?」
「だが、あと一匹でポケ○ンマスターなんだっ!!」
「またそのような時期物を…」
「だがアメリカでは大人気だそうじゃないか」
「もう良いっての!」
桃太郎御一行はようやく鬼ヶ島を眺めることが出来る海沿いの砂浜までやってきた。鬼ヶ島はこの海沿いにある小さな島で、整備された橋が架けてあるということを、桃太郎たちは観光スポットの名所案内板で知った。
「さっきの…危険を知らせる立て札と言うよりはまさに案内板だったわよね?」
キジの言葉に皆が思案し始めたその時だった。
「うっ!? おああぁぁ!!」
犬が身を震わせ、総毛立っている。
「どうしたの!?…まさか昨日食べたあのキノコじゃないでしょうね!? あのキノコったら色も形もおかしかったし、だいたい口に含んだときの食感と言ったら――」
「…人が悶えているときにそういう緊張感のない話はやめてくだせぇ。それよりもこの感覚はまさか……」
犬がびくんとして、鋭い眼孔で見た先には一匹のサルがっ!
「うわ、サルっ!!」
「げげっ、犬畜生!!」
そう言い合った瞬間、二人(二匹)はお互いに跳び掛かり、その後、激闘につぐ激闘が行われたが、非情な作者により割愛される。
「ハー、ハー」
「こ、これじゃキリがないわ。止めてよ、桃太郎っ」
キジの言葉に、桃太郎が二人に割ってはいる。
「……よさないか。争っても二人は所詮、動物ごときなのだから」
「「!!」」
「嗚呼っ、ミイラ取りがミイラに!」
桃太郎の余計な一言で三つどもえの戦いと化し、引き続いて、ダンス対決、タマネギ微塵切り対決、水着審査が行われたが、結局、勝負は付かなかった。
「フー、フー」
体力の限界で三人(一人と二匹)は身動きすら出来ない膠着状態に陥ってしまった。
「あ、あの、あたし、ちょっと提案が――ひっ!」
三人に血走った目を向けられて、思わず引いてしまうキジだったが、意を決した。
「近くに鬼ヶ島があるんで、そこで一番活躍した人が勝者とかは――?」
「ほほう、キジも案外、役に立つではないか」
「つまり鬼を多く倒した人が勝ちって訳でやすね?」
「…鬼を倒す? あんたら何を言っているんだ?」
サルがはてな顔で桃太郎に聞く。
「何って…俺達は鬼ヶ島にいる悪い鬼を倒しに、遠路わざわざやって来たのだ」
「あっしは旦那から慰謝料を戴きに」
「あたしは拉致監禁されて半ば強制的に」
「??」
サルはますます訳が分からなくなったが、一番話の通じそうな桃太郎に言う。
「鬼ヶ島に悪い鬼なんていないよ?」
「何を言うか。昔から鬼は悪者と相場が決まっているだろう!」
「…相場はどうか知らないけど、鬼達は天先大和尚の力で善い心を取り戻しているんだ。まあ、このところは月の力か何かの関係で鬼ヶ島は封鎖されてるらしいけど」
「何だかいきなりのシリアス展開的発言でやすね」
「作者が改心したんじゃない?」
だから、そういう事を口にするなっての。
「詳しいことは分からないけど、大和尚の説法によると、どうやら鬼は元々人間で、人魚の呪いであんな姿になってるらしいんだ」
「人魚か……おいサル、その話を詳しく話せ」
桃太郎は自分が鬼について無知であったことを知り、情報を得ようと思ったのだ。内心には鬼が倒すべき敵ではないのではないか、と旅の目的と矛盾する考えをどうにかしようと思っていたのかもしれない。
人魚は昔から居るとされているが、今となってはその姿を見た人間も居なければ、ましてや伝説と化した人魚の肉をわざわざ食べようと考える人間も居なかった。しかし古書を紐解いてみると、確かに人魚と人間の間に血生臭い歴史があった事は確かなようだ。
人魚の肉は不老不死の薬の原料として、どのように広まったかは定かではないが、全国でも有名であった。その噂ともとれる物の信憑性といえば、時の帝さえ手に入れようとしていたらしいので、かなりの物であった。しかしそのような物に限って、手に入れるのが異常なまでに大変という事に人魚の肉も例外ではなく、裏の噂として「人魚の怒りを買った者は永遠に呪われる」という恐ろしい物が存在していた。
その裏の噂を知っていたにしろ、人魚狩りをするのは一般の漁師であり、自分らは手を汚さず、その恩恵を受けられると信じていた立場の人間がその惨い行為を推奨していたので、不満ながらも手に握らされた大金と、所詮は噂と言い聞かせることで自分の行為を半ば強引に黙認した漁師達は人魚を大量に捕った。
しかし裏の噂が真実であったという事に気付くのは、捕った人魚が全て人の手に渡り、食された後だった。捕った漁師は勿論、その肉を欠片でも手にした者は、全て苦しみながら息絶えた。だが食した人間には更なる悪夢が待っていた。
死ぬ程の苦しみは体の自由を奪い、しかし決して死なないまま、苦しみだけを残してその肉体は人ならざる者に変化した。膨れ上がる筋肉、血のように紅く染まる皮膚、異常に発達し、鋭く尖る歯、そして天を突く角。それらへの変化は全て激痛を伴い、また看病を続けていた人間を恐怖させた。そしてその威圧的な肉体は自分以外の意志を宿したかのように暴れ回り、人間の恐怖、嫌悪、恨み、憎しみなど、全ての負の感情のはけ口にわざとなるかのように、そして人であった頃の心が悲鳴を上げて壊れていくのを楽しむかように人間を殺し続けた。
いつしか「鬼」と呼ばれるようになったそれは、人間によって幾度も退治されたが、決して死ぬ事はなく、ただ人に受けた傷が癒える事もなく生き続けた。自ら死を選ぼうにも、奥深くに仕舞われた心は指先ひとつ動かせなかった。心に伝わるのは憎しみを露わにし、殺意を含む人の眼と尽きる事のない痛みだけであった。
そんな鬼を救ったのが天先和尚である。そもそもの鬼の存在に疑問を持った和尚は、鬼の隠された心を浄化する事で鬼自身の行動を抑制し、鬼ヶ島を作って鬼を幽閉した。その後も献身的な努力によってかなりの鬼は心と身体が繋がり始め、全国に散らばる鬼を鬼ヶ島へ誘導しているのだ。
…とまあ、このような話をサルはしたのだった。
「ほほう、だから『悪い鬼は居ない』というわけか」
「そう。何か質問は?」
「無いな。つまらぬ話を聞いてしまった」
「なっ!?」
サルは絶句した。今までの説明で涙し「おサルさん良い話をどうもありがとう」とか言って金一封置いていくならまだしも、まさか鼻であしらわれるとは思いもしなかったのだ。
「桃太郎!……えぐっ…何てこと言うのよ!」
キジは同情し、涙していたらしい。金一封は持っていないが。
「五月蠅い。話を聞いて、鬼はやはり倒すべき敵なのだと確信が持てたのだ。それ以上、このサルに用はない」
「だ、旦那! それも一理ありやすが、この猿公は確か鬼は殺せないと――」
「切れる! 主人公である俺なら、鬼など容易く切れるのだっ!」
何か怪しげな理論を展開し、一同を凍らせる桃太郎。この時、犬の目には桃太郎の背中に決意の炎が見えたという――
「……はっ!」
桃太郎の瞬間冷凍、つまり切れちゃう冷凍で、座布団ではなく意識が持っていかれたサルは硬直していたが、時間経過させても描写に困るだけで全く意味がない事を悟った作者に強制解凍させられた。
「桃太郎は何処だ!?」
瞬時に桃太郎が消えた事を察知したサルは周囲を見まわす。確かに奴をこのまま野放しにしておくのは危険だ。
「ああっ!」
桃太郎は一人、鬼ヶ島へ向けて闊歩していた。サルは慌てて引き留めようとするが、如何せん体格の差が激しすぎて、駄々をこねている子供のようになっている。
「何だサル。だがお前がいくら引き留めようとも、この熱い決意は揺るがないのだっ」
実際には全く引き留めていないのだが、何となくそのように意識されただけでも少し嬉しいサル。俄然やる気を出して桃太郎を引っ張る。人のやる気とは、何がきっかけとなるか分からない物である。(←作者困惑)
「だがお前は関わりすぎた」
サルは背筋が寒くなるような低い声を聞いた途端、口の中に何かを放り込まれ、そのまま昏倒した。
「…ありがとう、ばあさん」
桃太郎は遠い故郷の祖母に向かって感謝した。手には4分の1ほど欠けた、黒い団子があった。実はそれは代々桃太郎の育った村に伝わる秘薬で、即効性の睡眠薬であった。これも「鬼殺し」と同様、使用上の注意はよく守らないと相手を死に至らしめる危険性があるのだが、あの超絶的な効き目を持つ下剤を丸ごと一個食べた犬がまだ生きている事から推察して、本来は粉状にして服用させる秘薬を固形で食べさせても大丈夫だろう、という桃太郎の男の勘があった。
一体ばあさんは何者なのか、という疑問がここで浮上してくるが、その愛息子である桃太郎を推して知るべしである。そしてオチが犬と同じではないかという抗議は、キビ団子を仲間に会う度に食べさせなければならないという物語の半ば宿命なのである、という神のお告げを戴いた作者にとって、何ら関知しない所なのである。(←作者最悪)
桃太郎はそんな事を物ともせず、進み続ける。いつの間にか犬とキジも付いてきている。このまま放置されたら、たぶんあのまま出番なしで物語が進行するという作者の無告知リストラ政策に気付いての事かもしれない。サルは気を失ってなお腕を掛けた状態なので、桃太郎にズルズルと持ち歩かれている。
「いざ決戦の地、鬼ヶ島へ!」
妙なテンションを引きずりながら、一行は鬼ヶ島を目指すのであった。
サルの情報の通り、鬼ヶ島は閉鎖中であった。
「やっぱりそうだったろ? 月の満ち欠けと海の生物には何かしらの関係があると言われているんだ。特に満月の近い今日あたりは天先和尚の力も及ばないほどの呪いが鬼達を苦しめているらしい」
サルは閉じられた門に貼られた紙とほとんど同じ事を言っているが、当人はあまり気にしていない。説明が存在理由であるという事をきちんとわきまえているようだ。
「……そうか」
桃太郎は素っ気ない。見れば苦虫を噛み潰したような顔をしている。たぶんサルの異常なまでの免疫能力に、どうせなら一個丸ごと食わせて、この物語が終わるまで眠らせておけば良かったとでも思っているのだろう。ちなみに前回与えた量が本来なら既に致死量を大きく上回っている事に桃太郎は気付いていない。
「だが苦しんでいるなら好都合。俺が一太刀でその苦しみから解放してやろう」
桃太郎が不敵な笑みを浮かべながら門に手を掛けたその時!
「待てーいっ!」
大声と共に、袈裟を着た大柄な男が走り込んでくる。
その男に隠された殺気を感じ取った桃太郎は腰の刀に手を掛けながら男の方へ走る。
刹那、鋭い金属音。正体不明の男は鉄の棍棒を桃太郎の剣に交えている。
その後何度かお互いの打ち込みを弾き合った後、両者は間合いの外に出て――隙のない構えは保ったままだが――にやりと笑う。
「やるではないか」
「そっちもな」
お互いに認め合いながら、じりじりと間合いを詰めていく二人を見て、呆気に取られていたサルが声を上げる。
「せ、先天大和尚様!?」
「!?」
キジと犬は驚愕した。この展開からいくと、話は格闘物になっていき、取り立てて武器を持っていないキジや犬は身体そのものを武器にするか、合体変形して巨大ロボになるか、目や口から怪光線を出すしか道が残されていない事を、サルの言葉を聞いた瞬間に悟ったのだ。実はこの二人(一匹と一羽)はそれなりに正常な精神の持ち主なのかもしれない。
「まっ、待ちなさい桃太郎!」
先に叫んだのはキジの方であった。声が裏返って少し変であったが、それは最近の犬との同類的な扱いを払拭する勢いも込めていたからだろう。
「あなた達は決して刃を向け合うような立場関係にないはずよっ。ここは穏便に事を進めて、相互理解を深める必要があると思うわ」
犬が後の言葉を続けようとするより早く、キジは声を重ねる。犬の存在を一気に潰す気でいるらしい。
「そ、そうでやんす」
キジが二人を止めた時点で、次は自分が説明役であるという事を確信していたので、だいぶ淋しそうに相づちを打つ犬。
「だがこの坊主は人間のくせに鬼に荷担するような奴なのだ。見逃す事はできんな」
「昔がどうであったからと言って無情にも殺しにかかるような人間に言われたくないぞ」
キジは二人の問答を聞いた後、苦悩した。
「いけないっ。この二人、かなりの似たもの同士だわ」
「いわゆる口の減らないタイプという奴でやすね」
「い、犬っ! まだ生きていたの!?」
「そりゃ酷いぜ、姉さん。あっしは姉さんの後をいつまでも付いていきやすぜ」
「アンタッ! それはストーカーというもので、れっきとした犯罪行為よ!!」
この後も内輪もめは続いたが、話が進まないので桃太郎達の方を見てみよう。
「…坊主、お前、自分の登場の仕方を忘れたのか」
「そんな昔の事など知らんな」
「……お前は棍棒で俺に仕掛けてきたろうが!」
「あれは私流の挨拶だ」
「明らかな殺意を感じたぞ」
「考え過ぎだ。あれは言うなれば、私の下手な愛情表現だ」
「愛…良い響きだ」
周りの人間には(この場合はサルしかいない)不可解な方法ではあったが、この二人の間では和解が進んでいるようだ。
「しかし俺の『鬼を倒す』という目的意識は俺の存在理由でもあるのだ」
「生憎オリジナルキャラの私はおぬしに反する意識が存在理由のようなのでな」
高尚な理由(?)により、和解は決裂した。
キジ達の危惧に沿うかのように、話の展開は進む一方である。サルは我関せずといった状態で、二人の様子を傍観している。
「俺とお前はやはりこうなる運命だったのか」
「運命などとはおこがましい。この結末は全て作者の陰謀だ」
坊主、五月蠅い。
「しかしこうなった以上、おぬしは止めさせてもらうぞ」
先天和尚は棍棒を構え直す。気が充実しているのか、桃太郎にはそれがプレッシャーとして重くのし掛かる。
「この気力…! お前、本当に坊主なのか!?」
「ふっ、過去の事など忘れたわっ」
和尚の答えは答えになっているようで、答えになっていなかった。
しかしその解説を作者が入れるよりも早く、両者は急接近し、桃太郎は上段から、そして和尚は下段から鋭い一撃を見舞う。金属音と共に火花が散り、息を吐く暇もない激しい攻防が続く。和尚の得物は桃太郎の刀より重量があったが、動きは鋭敏であり、その結果、一撃の重さによって苦しめられるのは桃太郎の方であった。
一方、キジと犬は未だ戦いを繰り広げていた。
「ただの犬っころのくせにいちいち五月蠅いのよっ!」
「そ、そっちこそただのキジですぜ。第一、何でメスのキジなんか拾っちまったのか…キジはオスでないと、本来形容されるような美しい姿は拝めないでやんす」
「ひっ、拾った!? ふざけないでよっ、私はあなた達に拉致されたのよ!?」
半泣き状態で叫ぶキジ。言ってる事はもっともである。
「今度は女の武器を使う気ですぜ。へっ、だから女は――ゴフッ!!」
犬は台詞を言い終える前に地に沈んだ。何事が起きたのか分からないキジであったが、それでも犬にさり気なく蹴りを入れておく事を忘れない。
「このっ、このっ!――キャア!」
キジは間一髪、上空へと逃げた。見ると、桃太郎達の闘いが周りに多大な被害を与えている。観戦していたサルは初めの犠牲者なのか、既に倒れていた。
「何て事…この展開は…」
キジは舌打ちした。自分が犬と言い争いをしている間に、ここまで状況が悪化していようとは思いもしなかったのだ。
「キジよっ、モードチェーンジ!!」
不意に桃太郎がそう叫んだ。
「…!!」
キジは血の気が引き、その場から逃げようとした。しかし羽ばたかせようと思った羽根の付け根から、キュイーンというモーター音が聞こえ始める。
「そんなオチは止めてぇぇぇぇぇ!!!!」
ガチャガチャと変形していく自分の身体に、キジは泣き叫んだ。しかし変形は止まらず、キジの元の大きさからは想像もできないような巨大なバズーカになってしまう。
地面に落ちる前に桃太郎にキャッチされ、何故だか砲身が更に伸びる。
「ピーチ・キャノン!!」
何ともダサい名前を桃太郎が叫ぶ。
「(変形するにしたって、そんな名前は嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!)」
意識の残るキジは叫んだが声にならず、身体はエネルギーを充填し始める。
エネルギーゲージが振り切り、桃太郎は引き金を引く。
膨大な光を発し、渦状になった赤い光が和尚に向かって一直線に伸びて行く。
「笑止っ!」
和尚は光に触れる一瞬前に身を翻し、光の余波はその後方にあった門に直撃する。
轟音と共に門は粉砕され、光の粒になって消えていく――
「………はっ!」
キジは凄まじい破壊音に目を覚ました。
その身は砂にまみれ、近くに犬らしき物(下半身のみ確認)も転がっている。
「…そう言えば!」
顔を上げると未だ闘ってはいたが、桃太郎が自分を使った様子はない。
「ああ、神様っ」
キジは自分を守って(?)くれた神様に感謝した。私に感謝してほしいものだが、キジの予想は間違っていなかった。実はキジは犬もろとも犠牲者になっており、空中に逃げる事なんて出来なかった。一言で言えば、夢落ちであった。さっき門を破壊したのは和尚の一閃であり、…というか和尚の異常な攻撃力の方がかなりこの話にとって問題であって、それ故キジの今後の処遇が特別、問題視されなかった事が原因であろう。←作者の事情
「ガヘゴホッ!!」
キジが喜びに浸っていると、犬も飛び起きた。周りを見回して、安堵している事からすると、同じような夢を見ていたらしい。
しかし新たな問題が目の前に迫っていた。強固な門が壊された事で、門近くに犇めいていた鬼達が溢れだしたのだ。
「しまった! 人の臭いを嗅ぎつけたか」
和尚は桃太郎との闘いを中断し、その余りある力で鬼達を鬼ヶ島へ戻している。
「鬼……あれが…鬼…ぁぁぁぅぅうわあああぁぁぁぁ!!」
桃太郎は鬼を見た途端、精神が錯乱したように身体を痙攣させ、気を失った。
今から二十年ほど昔、いつものようにばあさんは川へ洗濯をしに行っていた。
川岸に作られた洗濯場にはまだ誰もいない。いつもより早く着き、いつも通りの量の洗濯物を洗うのだから、結果的に早く終わってしまい、いつもの面々が洗濯しに来るにはまだ時間があった。
する事がなくなって手持ち無沙汰ではあったが、川面をぼーっと見ている事はかなり気を紛らわせてくれた。
しかししばらくすると川は赤く染まっていった。ばあさんは思わず立ち上がって上流を見るが、川は赤いまま林の中へ消えていた。
恐ろしいと思ったが、ばあさんは上流を追っていった。水量がそれ程ない川なので、熊などが魚を捕ったときにも血が流れてきたりする。しかし今回は量が多すぎる。
林の中を進む。初めに気付いたときからだいぶ経ったが、未だ川は染まったままだ。
「!!」
それは唐突にあった。獣ではなかった。そして獣がした行為でもないと思った。ばあさんは一度これによく似た状態を人集りの中で見たことがあったので、すぐに気が付いた。
血生臭さが漂う中にそれはあった。酷い状態の二人の死体。圧倒的な力で殺されたようだが、食い散らかしたようすもない。明らかに「鬼」の仕業であった。
ばあさんは思わず手を合わせた。旅装束の男女のようであるが、このところ全くと言って良いほど被害がなかったので、この二人は運が悪かったとしか言いようがない。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
突然の鳴き声に、婆さんは肝を潰した。林の中にはズブ濡れの男の子が泣きながら立っていた。そして同じような旅装束――
ばあさんは全てを悟り、男の子に近寄って抱きしめた。
「怖かったろ? もう大丈夫だからな」
男の子は泣き続けた。無理もない、たぶん両親を見ていたのだろうから。あの両親はこの子を隠すためにわざと犠牲になったのだ。水で臭いを消したと言っても、鬼に気付かれてしまうかもしれない我が子を自分たちの血の臭いで隠すために。
ばあさんはその子を家へ連れ帰った。
自分たちの子として育てるために。
桃太郎は全てを思いだしていた。
「そうだったのか…だから俺は鬼を憎み、倒す事に躍起になっていたのか」
「そうだったでやすか…てっきり桃から生まれたから、安直に桃太郎って名付けられた可哀想な子かと思ったですぜ……ゲフッ!?」
コイツは心を読めるのか!? と思いつつ、全力でドツく桃太郎。
「桃太郎っ、そんなアホ犬をかまってる前に今の状況をどうにかしなさいよ!」
キジの叱咤に、桃太郎は現実を認識した。先天和尚の善戦で鬼達は何とか食い止められていたが、無尽蔵と思われた和尚の体力もやっとここで底が見え始めたのか、その表情は苦しそうだ。
「おおっ、桃太郎、正気を取り戻したか! おぬしが加勢すれば何とか鬼ヶ島に戻せるぞ」
「俺は知らんな」
「!!」
顔面蒼白になる先天和尚。それでも鬼を食い止めているところは流石だが。
「この期に及んで、まだそんな事を!」
「鬼ヶ島に鬼を閉じこめたからといって、それでは何の解決にもならない。こんな事が永遠に繰り返されるだけだ」
と言って桃太郎はキビ団子を二つ取りだし(サルに食べさせた残りと赤い団子)、乳鉢を使って潰し、慎重に混ぜ始める。先天和尚といえば、かなり緊迫した状況なのだが、それを気にとめることもなく、桃太郎は大きな一つの玉を作った。
「これを鬼が集まっている中心の空へ運んでくれ」
キジは真面目な表情の桃太郎を見て何かを感じ取ったのか、頷くと、両手(?)で玉を掴み、力強く羽ばたく。
「旦那、あれは何でやすか?」
不思議そうに聞く犬を尻目に、桃太郎はキジの様子をじっと見つめる。
「この辺で良いのー?」
「ああ、時間もピッタリだ」
「…へ?」
桃太郎の奇妙な返事に、キジは爆発した。
「ああ、姉さんっ!」
「キジよ、お前のことは忘れない――」
目頭を押さえながら、呟く桃太郎。
正確に言うと爆発したのは玉の方であった。巨大な黒煙が膨れ、鬼達の上空を覆う。爆風が消えると、まるで黒いベールが下りたかのように鬼達を包み、その舞った粉を吸い込んだ鬼はバタバタと倒れていく。この威力こそがばあさんから託された黒いキビ団子の真の力であった。
「あれは…爆弾?」
「キジは導火線に気付かなかったらしいな。実はこんな事もあろうかと――」
桃太郎は得意気に爆弾の解説をし始めた。しかし赤い団子は爆薬をこねて作った団子で、それを黒い睡眠団子と混ぜたから睡眠爆弾だーなんて事が許されるのだろうか。
「これで残りは食用のキビ団子だけか…」
犬はぼそりと言った桃太郎の言葉を聞き逃さなかった。
「旦那っ、食用って……どれが危険極まりない団子かってのを知っていたんでやすか?」
「ああ、古い話だが、取り扱い説明書に書いてあった。その効果や後遺症まで詳細に」
「後遺症!?」
「ともかく何かと使い勝手のあった食用以外の団子は3つ全て使ってしまったんだ」
桃太郎は悲しそうに言う。
「ゴホッ、ゴホッ! おぬし、一体何を!?」
咳き込みながら先天和尚が近づいてくる。やはり主だった登場人物には如何に強力な睡眠薬も効力を半減、もしくは無効化されてしまうらしい。
「鬼を眠らせたのだ。…サルが見当たらんが、どこへ行ったのだ?」
「ちょっとした人員整理を――いや、ゴホッ、ゴホッ!」
所詮この世は弱肉強食の世界であるらしい。
「まあ良い。人数も減った事だし、新たなキャラが出てもいい頃だろう」
桃太郎がそう言った途端、身構える脇役達。カブったキャラの出現は自分の死を意味する。この面々は恐らく殺られる前に殺るつもりなのだろう。
「違う。登場してもらうのは人魚だ」
「人魚って…伝説の、か?」
「その肉を食った鬼がこうして現実にいるんだ、人魚が存在していないわけがない。それにサルの昔話で引っかかる所があったんだ」
「消えたサルの言っていた事でやすか? 和尚から聞いたとかいう」
「そうだ。鬼は人魚の憎しみや苦しみを体現して、人間に忌み嫌われる存在となっている。しかしそれは鬼となった人間の意志ではない。そのお互いの憎み合いを求める存在がそれを引き起こしているとしか思えないんだ――」
桃太郎が言い終えた瞬間、海が荒れ、巨大な渦を巻き始める。
『やるではないか、人間…』
潮のぶつかる音に関係なく、心に直に訴えてくるような声が聞こえてくる。
「人魚か」
桃太郎は渦の中心を睨む。それに答えるように、人魚が姿を現す。その姿は美しく、上半身の人間の身体は少女のそれのように生き生きとしていて、鱗に覆われた下半身はその一枚一枚が輝いている。
「……ううっ!」
突然、犬が頭を抱えてのたうち回る。素早く先天和尚が間に入り、気合いを込めて経を読み始める。すると頭痛が和らいだのか、苦しむ様子はなくなった。
「やはりそうか。和尚の経は人魚の念波を緩和する力があるらしい。だから鬼達も呪いから逃れることが出来たのだ。人魚の力が強まる満月を除いてはな」
『所詮は人間のする事…わらわの力を防ぐ事などできんよ』
嘲笑しながら言い、目が赤く光ったかと思うと、強烈な念波が桃太郎達を襲う。
「もしかしてお前は人を憎み続けているのか…?」
全身に圧迫感を受けながら聞く桃太郎。
『わらわは人間を憎むために生まれた者――そう…お前が鬼を憎むように』
「!! ……心を覗く能力か…」
『ふふ…鬼達の心を覗くのは楽しいぞ? 血肉に染み込んだ人魚の肉を通じてわらわが人間を殺す度に悲鳴を上げ、人間の憎悪を浴びる度に殺してくれと泣くのじゃ』
「き、貴様…」
『人間同士でせいぜい憎しみ合うが良い。仲間を殺した罪を永遠に償い続けるのだ!』
人魚は笑いながら続ける。
『…そうそう、お前の両親を殺した鬼はこの中にいるぞ。その手にしている刀で思う存分斬るが良い。わらわが許可するぞ』
桃太郎への念派が途切れた。そして薬で眠っているはずの鬼の一人がゆらりと立ち上がり、桃太郎の方へ近づいてくる。
桃太郎は虚ろに鬼と刀とを見比べていた。鬼の姿が近づく程、刀を握る手に力がこもる。
『そうだ、斬り捨ててしまえ…』
人魚は冷徹な笑みを浮かべながら、その様子を眺める。
鬼は桃太郎の目の前で止まった。意識は眠ったままなのか、無防備である。桃太郎はゆっくりと刀を掲げていく。
「……これでは駄目だ」
桃太郎は思い直したように刀を納める。
「憎しみは何も生まない。哀しいだけだ」
『嘘だ、貴様は確かに鬼を恨んでいるのだ! 貴様の心は殺したがっているぞ!』
人魚の目が一層赤くなると、乗り移ったかのように鬼の目が見開かれる。そしてその大きな手が桃太郎の首へ掛けられる。
「受けた憎しみを憎しみで返しては何も終わらないし、何も始まらない」
手に力が込められる。
「お前は永遠に憎み続ける事が本当に償いになると思っているのか?」
『……何…?』
「人の卑しさで受けた哀しみを知っているのに、なぜ繰り返そうとするんだ。確かに人は酷い事をしたのだろう。その償いはしなければならない。だがその方法は恨み合う事ではないはずだ」
『何が正しい方法なんて分からない…わらわは憎しみしか知らない……』
「知るためにも憎しみは捨てなければならない。歩み寄るために」
『わらわと人間が――』
桃太郎の首を絞めていた鬼の手はもう無かった。鬼は風化するように粉になり、姿を消していく。消える瞬間、鬼が涙を流したように見えたのは気のせいだろうか。
「ありがとう」
『何故だ……何故か嬉しい…』
初め人魚に見えた冷たい憎しみは薄らいでいた。
『人間に惑わされるな』
目の前の人魚の物ではない、海の底から発せられたような重い声であった。
「う…あ……」
桃太郎の腹を銛のような物が貫いていた。
のどかな田園風景を男女が歩いている。
男は巨漢であり、女は美しい。道行く農民はみんな変な取り合わせだと思った。
「…良かったのか?」
「他に当てはない。気にするな」
男は帰る前に、どうにかこの口調だけでも直さねばと思った。本人は全く気にしていないようだが、見かけと言葉使いのギャップが激しすぎる。
「身体は大丈夫だよな…?」
「ああ。人間よりはずっと丈夫じゃ。それよりも――」
「あーあー、その話は無しだ。ずっとお前と一緒だ」
彼らは男の故郷へと向かっていた。
この男と女の物語は永遠に終わる事がない。
<終>
動機は不純だ。不純な故に面白く、不純な故に長引いた。結果、動機にそぐわない物になった。つまり無駄骨になったという事だ。だが私は無駄が好きだった。正確に言えば、他人に無駄に見える物が自分では非常に重要である事が多いという事だ。重要という割に、さほど実生活などとは関係がなかったりするのだが、それはそれだ。
ここからは作品の解説としよう。
『大きな桃が川上から流れてきたと説かれることが多いが、本来は小さい桃の中にはいるほどの小さな子が、ある特殊な霊力を発揮するという点に重点が置かれていたのだろう。これも桃にひそむ霊力の信仰が背景にあることは明らかである。日本では古く「古事記」に、伊邪那岐命が黄泉比良坂で3個の桃でもって、追手の八柱の雷神と千五百の黄泉軍を撃退したと記されている。中国では古くから、桃は不老長寿の食べ物である。3月3日の節供に桃を用いるのも、悪鬼から守る力と、不老長寿の働きの信仰に由来する』と学芸百科事典にありました。言い訳ですが、危険な団子を3個、桃太郎が持っているというのは、あながちご都合だけではなかったのです。
一番心残りなのは犬のしゃべり方。古典とか方言とか、全然知らない人間なので、変な表現をしないようにと努力したつもりですが、たぶん変です(苦笑)。その他、キジとサルは何処へ行ってしまったのか、桃太郎のじいさんは完全にシカトなのか、等、色々あるのですが、その辺りはあまり気にしないようにしましょう。
ラストは加速度が急激に上がって、理解できなかった人が居るかもしれません。私もラストについては未だ決め手を欠いているような気がしていて、あまりはっきりした事は言えませんが、人魚の肉を食べて不老不死になるためにはその人魚の想いが必要です。無理矢理なろうと思って、なれる物ではないという事です。あと、人魚は人の姿になれるというのも言っておかなければなりません。まあ、そんな所でしょうか。
(二〇〇〇年二月十八日)
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