「何してるの?」
「ヒヒン」
「…お馬なの?」
「ヒヒン」
「ママー、 このおじちゃん、 なんかヘンー」
「……」
 僕は馬の被り物を脱ぐ。
「おじちゃん じゃない。 お兄ちゃんだ」
 変なトコで譲らない。
「でも ヘンー」
 このガキは五月蠅いけど、 何かちょっとホッとした。
「こら、 由佳! 駄目でしょ!」
「でも ヘンだったよ。 さっきまで お馬だったもん」
「由佳!」
 このママも、 脇に抱えている馬の被り物には気付いているだろうし、 さっき被ってた時
に目が合ったのだけど、 それはそれ、 らしい。
「でもママ、 大丈夫だよ。 おじちゃんヘンだけど、 オモシロイもん」
 子供は親の感情を察するのが早い。 だがしかし。
「お兄ちゃん」
「お兄ちゃんヘンだけど、 オモシロイもん」
 律儀にも言い直す。
「どうも済みませんね、 本当に…」
「良いですよ。 間違った事は言ってませんし」
 ママの感情が落ち着いたのを知ったのか、 砂場を越えて、 ブランコの方へ行ってしまう。
 若いママは、 視界から消えるまで見送る。
「座りますか?」
「え? あ、 ええ…」
 一瞬迷ったが、 彼女は座った。
 小さな団地の中にある公園。 空は青く、 雲も少ないが、 それほど暑くはない。 そよ風が
心地よい と感じられるくらいの温度。
 子供はここから見えない。 それにしても、 この椅子らしき 石の台座、 ケツ痛い。
 唇が離れる。
 …こんなのって、 何と言うのだろう。 …団地妻?
 どうして、 と聞かれたら、 クサイ台詞を吐こうと思っていた。
 しかし彼女は 僕が何か言うのを待っているようだった。
「…どうして?」
 どうせだから、 僕が言ってみる。
「…え?」
 案の定、 彼女は困った顔をする。 でも すぐに苦笑する。
「そうね……でも、 おばさんでも好きだと言われれば嬉しいわ。 …だから、 かな?」
 何だか、 結論から理由を導き出したような、 当たり障りのない答えだった。 確かに好き
だとは言ったが、 それまでのプロセスが簡略すぎる事は 彼女も分かっているはずだ。
「おばさんなんて… 旦那がいて、 子供がいるだけだよ」
 僕もまた、 彼女の嘘に便乗する。
「ママー」
 子供が 彼女を呼ぶ。
「由佳? どうしたの?」
 元に戻った二人は、 微笑さえ浮かべながら。
「あ! こら! 泥だらけじゃない!」
 袖口は まだ少し湿っているようだったが、 他は乾いてしまっている。
「ママ、 これ、 あげる」
 嬉々として 泥団子を差し出す。
「いりません!」
 すこし照れながら、 しつけモードに入るママ。
「じゃあ、 お兄ちゃん、 いる?」
 お下がりか?
「… うん、 欲しい」
「あっ」
 ママは少し驚くが、 僕は茶色い手から団子をもらう。
「ありがとう」
 微笑むが、 子供はジッと僕を見る。
「…… 喰え、と?」
「食べられないよ、 それ」
「そうか、 そうだな」
 そのやりとりに、 ママは笑う。
 僕も笑う。
「もし、 仮に」
「なに?」
「もし、 仮に、 僕が君のスカートに手を入れたら、 グーでパンチ?」
「まあね」
「もし、 仮に、 胸は?」
「グー」
 微笑みながら、 ゆらゆらと拳を見せる。
「じゃあ、 キスは?」
「……」
 キスに落ち着いた。 しかし、 初めと同じ、 触れるだけのキス。
「ちょっと、 思ったのだけど」
「なに?」
「さっきから、身体ばかりだけど、心はいらないの?」
 予測できる問い。 僕は従順に、 結末の分かり切った会話を返す。
「だって、それは旦那さんのだろ?」
「……」
「君は最初に会った時、 今、幸せと言った。 僕は今、幸せでないと言った。 僕が君の心を
欲しがったら、 君は不幸になってしまうかもしれないよ?」
「… 初対面の人に 「幸せですか?」 なんて聞かれたら、 幸せです、 今の生活に満足してい
ますって、 誰だって答えるわ」
「… じゃあ、 良いの?」
「……、分からない」
「だから」
 子供が 連れ戻しに来るまでは。
「お兄ちゃん、 ママといて楽しい?」
「ああ。 ママはいい人だね」
「いいひと?」
「相談に乗ってもらってるんだよ」
「そうだん?」
「僕は高校生で、 登校拒否をしているんだよ」
「まあ…!」
 ママは笑う。
「こーこーせい? トウコー…?」
「そういう事は 後でママに聞けば分かるよ」
「うん、 分かった」
「でもパパに言っちゃ駄目だよ?」
 魔法の言葉。 誘惑の言葉。 そして、 必ず裏切られる言葉。 ママも気付いて微笑む。
「どうして?」
「恥ずかしい事だからだよ」
「分かった。誰にも言わない」
「ありがとう、由佳ちゃん」
「由佳は母乳?」
「ええ」
「… 今は出ないよね?」
「もう終わってるから、 大丈夫よ」
「でも、 結構、 大きいよ?」
「私、 着痩せするの」
「そうか、 由佳ちゃんは これを吸って……… 旦那は?」
「……」
「えっ? げっ、 じゃあ僕も」
「バカ」
「明日から、 会えないわ」
「…そうか」
「由佳が 保育園に仮入学するの」
「それだけ?」
「それと、 旦那に止められて」
「…そうか」
「バレてないのよ。 ただ、 相談に乗るのを止めろってだけで」
「嫉妬?」
「たぶんね…」
「それだけ?」
「…… 私、 思うんだけど、 あなたは現実から逃げているんだと思うわ。 人を傷付けること
以上に、 自分が傷付くのを恐れてる。 それを直さないと、 登校拒否も直らないわ」
「…そうか。 そうだね」
 案外、 言葉にすると 味気ない物だった。 僕の相槌すらも。
 夜に来るのは初めてだったが、 月明かりや街灯で、 思ったよりずっと明るい。
 缶ビール、 3本。 その程度でいい。
 石の台座に座り、 ちびちびと飲む。 正直、 格好悪かった。
 それを苦笑しながらも、 初めに決めた通り、 2本。
 残りの1本は台座にかける。 撥ねて、 ジーンズの裾が濡れる。
 空になった缶は、 台座の上に揃えておく。
 台座に背を向け、 砂場を越える。
「清めか、 それとも手向けか」
 思っていた事を口に出してみると、 やはり味気なくなった。
                                          −終−



「純くんには見せらんない、みたいな」
とのCMの、 あのナヨッとした男性の声が、 自分でも 「果たしてこれで 本当に良いのか?」
と思うほどに 気に入ってしまって、 今回、 載せる筈でなかった物を 載せてしまいました。
しかし このまま こんな感じがエスカレートして行って、 成人向けのHPに変貌するなんて事
は、 神に誓って有り得ませんので、 画面の前のチビッ子諸君、 安心して下さいね。
これは2001年4月4日に書いた物ですが、 その頃の物にしては、 なかなか良い出来であ
るので、 このHPの本来の目的の質を 落とす事は無いと思っています。
ただ、こんな物(つまり卑猥な表現等)を望んでいない方にとっては、 愚作どうこうのレベルで
は 無いでしょう。 その辺りも 勿論、 考えました。
しかし、 普段は 頭の回転が速いのに、 何故かアッチ方面になると、途端に短絡的な思考に
なってしまう男子高校生 というのは、 非常にリアルです (無論 これはフィクションですが)。
大人ではなく、 しかし、 子供でもない という状態は、 こんな物だと思います。
最後に、 由佳ちゃんは、 「パパには 内緒」 を 守りました。
<僕>も、 その事に 気付いています。
… 貴方は、 気が付きましたか?

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