本年7月、沖縄において先進国首脳会談(沖縄サミット)が開催されたことは、皆さんもご存じだと思う。このサミットをめぐっては、例えば安室奈美恵が「ネヴァーエンド〜×2」といったやたら耳に残るメロディーの歌を歌っていたことや、沖縄・守礼門があしらわれた、自販機で未だに使用できない「2千円札」が発行されたことなど、断片的なじ情報はやたらと飛び交っていたようである。だが、サミットを契機とした基地の押しつけと、それへの沖縄の人々の抵抗という緊張感あふれる現状は、実は「本土」の側でほとんど受け止められていなかったのではないだろうか。以下、私が7月下旬に沖縄を訪れた際の様子を報告したい。
2万7千人の「人間の鎖」に参加して
私の乗った飛行機が那覇空港に到着したのは、20日の午後に入ってからで、息付く間もなく、早速、嘉手納基地の方へ向かった。基地に抗議する人々が手に手を取って周囲をぐるりと取り囲む「人間の鎖」行動に参加するためである。基地を包囲している間は、すべての基地のゲートが出入り不可能となり、基地機能が停止されるのだ。基地に向かう途上の街中には、ほうぼうに「7・20嘉手納基地包囲行動へ!」という立て看板たてられており、いやがおうにも気分は盛り上がる。だが、当たり前なのだがとにかく嘉手納基地はデカい。私の集合地点では、基地全体が見渡せるわけではないのだが、基地のあまりの巨大さに、成功に向けた不安が一瞬よぎる。しかし見渡す限りの人・人・人が対峙しており、老若男女が、麦わら帽子、赤鉢巻、ゼッケン、横断幕などなど、思い思いの工夫した格好で基地への抗議の意思を示し、まさに「生活に根ざした運動」といった感を強く受ける。
小集会を行ったり、「嘉手納基地を撤去せよ!新基地建設反対!沖縄サミット紛糾」といったシュプレヒコールを基地に叩きつけたりしているうちに、主催者からの合図が全体化され、手に手を取って基地包囲が始まる。合間に若干の時間をあけつつ、三度にわたり包囲が試みられ、結局三度目に包囲が完成したという報を受ける。宣伝カー報告に、全体から歓声がわき起こった。
後で知ったところでは、この日の参加者は2万7千人で、過去最高であったという。沖縄では、日本「本土」政府のゴリ押しで生まれた基地・安保を容認する稲嶺「県」政のもと、基地反対の声を押さえ込もうという強烈なプレッシャーが働いているという。だが、そうしたものに微塵も揺らぐことのない「基地と戦争に絶対反対」という強烈な沖縄の意思を感じさせられた。
沖縄サミット反対現地行動に参加
よく21日と22日には、サミット反対を掲げた連日の集会・名護市内でもに参加した。主催は、沖縄現地で反サミットの取り組みを積み重ねてこられた[G8の身勝手を許すな!沖縄基地の永久固定化をもくろむ沖縄サミットに反対する実行委員会」で、呼びかけ人を、あの国体「日の丸」焼却を闘われた反戦地主・読谷村会議員の知花昌一さんなどがつとめられている。連日の集会の中では、「グローバリゼーション」や「IT革命」をキーワードとして推進されようとしている、サミットを通じた世界的な新政治経済秩序形成が弾劾され、そうした中で必然的に強まる基地・安保の強化の動きにたいして、国際的な人民の共同闘争で対決しようと行った呼びかけが印象的であった。実際、韓国・フィリピン・プエルトリコ等々で反戦・反基地運動を第一線で闘っておられる諸人士が集会に参加され、世界システムのなかでの沖縄の闘いの国際的な意義と「共に闘う」可能性が強調されたのである。
サミット会場に向けた名護市内デモの中では、建物の中や道路端から幾人もの人々が元気一杯にデモ隊に向けて手を振って答えてくれたのだが、対照的に商店街はシャッターを閉めた店が多く、閑散としていた。「サミット警備協力」の名の下に警察に店を閉めさせられたり、実際に商売にならなかったりということなのだろうが、「サミットの経済効果」を云々していた「本土」マスコミの無責任な報道内容との隔たりに心底うんざりさせられた。デモの解散地点の海縁からは、海面越しにサミット会場を見据えつつシュプレヒコールを挙げ、参加者の最大限の抗議の意思を会場にぶつけることが出来た。「金持ち国家の世界的市場支配、経済支配と反対する運動とそれを維持する軍事的枠組みである軍事基地、軍事同盟に反対する行動が一つの接点を見出しつつある」というのは、20日の夜に参加した集会において、反基地運動家で沖縄大学教員の新崎盛暉さん(実は、98年に関大に来て講演されている)が述べられていた言葉である。今回の沖縄への訪問で触れた「戦争と基地に絶対反対」「命どぅ宝(命こそ宝)」という沖縄のラジカルな運動・思想に学びながら、それらを踏みにじろうとする日本「本土」のあり方を問い直していきたいと思う。