新入生に贈る“ことば”

昔の大学生から

植村邦彦
  
  (本学経済学部教員) 

 おそらくは「希望」に満ちた新入生のみなさん、関西大学に入学おめでとう。
 「受験生」という肩書きとプレッシャーがなくなった解放感、「大学生」という肩書きを手に入れた満足感。自主規制していたデートもバイトもルンルンできるし、うれしい気持ちはよくわかる。何を隠そう、ぼくも昔は新入生だったんだから。いずれは消え去るつかの間の充足感だけれど、まずはじっくり味わってください。
 しかし、大学だって学校であることには変わりはありません。時間割に縛られる生活。たいていの科目は出席も取る。レポートも試験もある。それに留年というものだってある。経済学部を例に挙げれば、教養・外国語・保健体育科目四〇単位、専門教育科目八八単位、合計一二八単位を取らなきゃ卒業できない。卒業論文、卒業試験。そうそう、その前に会社訪問もしなくちゃならないし、就職試験もある。
 だけど高校と違って大学は「自由」じゃないかって? たしかに大学には「自由」があります。そもそも大学には学校を挙げての勉強の「大義名分」がない。高校では、先生も親も、「だってこれは受験に必要なんだから」を「葵の御紋章」にしていたし、君たちもそれで自分を納得させて我慢した。だけど、大学にはそれがありません。
 時間割はある程度自由に選択できるし、授業をサボっても学校から電話が来るわけじゃない。一日下宿で寝ている自由も、単位を落として留年する自由もある。待っていても、誰も「大義名分」も「葵の御紋章」も押しつけてはくれません。「自由」とは自分の行為に自分で責任を持つこと、というのが身に染みてわかります。 ただしそれは、親のスネをかじりながら学校や先生の押しつけに(反抗しつつ)従っていればよかった高校生から、市場経済の歯車の一つとして組み込まれた全日制「社会人」にいたるまでの、つかの間の「自由」。さらに言えば、アルバイトという名前で低賃金労働を提供することによって日本経済の賃金水準引き下げに貢献する「自由な」労働予備軍でもある、「宙ぶらりん」状態。漱石は「高等遊民」と名付けたけれど、これは太宰治も言っていたように、ほどほどに楽しむべきモラトリアム期間にすぎないかもしれません。
 しかし、せっかく「受験」という試練をくぐり抜けて手に入れた四年間なのだから、しかも、小学校の同級生だった人たちの中では、このモラトリアム期間さえ手に入れられなかった(大学や短大に進学しなかった、できなかった)人たちのほうがまだ多いのだから、この「自由」のムダ遣いだけはしないほうがいい。じゃあ、どうしたらいいのか。
そこで、かつて大学生だった先輩として、一言アドヴァイスを。
  「自由」であるのはいいことですが、唯一の問題は、なぜ何のために自分は大学にいるのか、ここで何をしたいのか、何をしたらいいのか、がわからなくなる場合があること。しかし、これは全部自分で答えを見つけるしかありません。
 いい「就職」を大学生活の目標にする人も時々いるけれど、「受験」と同様「就職」は一つのプロセスではあっても、それ自体が目的になるようなものではありません。すぐに色あせる短期的な目標に縛られるより、どうせなら自由な間に、もっと長期的で、卒業してもすぐには色あせない目標を設定しましょう。
 これから約六〇年にわたる今後の人生の目的を見つけることを目的にする。自分探しのモラトリアム。大学の四年間は、それにちょうど適当な長さです。
 では、そのためにはどうしたらいいか。人生の目的ってのは大きいものです。それを見つけるには、自分も大きくなる必要がある。人間の大きさは、人間関係と経験の豊かさで決まる。
 第一に、友だちをたくさん作る。しかも、学部の違う友だち、自分が文系なら理系、理系なら文系の友だちを必ず作る。同じ学部の同じ学科にしか友だちがいないなんてさびしい。そのためにはクラブやサークルに入るのもいいし、生協や自治会、学園祭の実行委員会というのもある。ぼくは経済学部の学生だったけれど、スポーツじゃない運動もしていたので、友だちは法・文・理・工・医とたくさんいた。今では弁護士になったのもいるし、医者もいる。市役所の職員もいれば、零細企業の社長もいる。久しぶりに会って飲んでも話題は豊富、発想法の違いがおもしろいし、何かあったときにも都合がいい。大企業に入れなくたって、出世できなくたって、人間関係の豊かさが、その人間の豊かさです。
 第二に、旅をする。景色を見て買い物をする旅じゃなくて、人間の暮らし方を見て、土地のおじさんやおばさんと話ができる旅をする。大学では、一年のほぼ半分は休みです。「ひと夏」だけじゃなく、毎年いろんなところへ行っていろんなことを体験してみよう。世界は広いけれど、日本だってけっこう広い。助手席に乗せてくれた長距離トラックの運転手さん、単線二両の列車でミカンをくれたおばあちゃん。いろんな人のいろんな話を聞いて、いろんな生活を知ること。これもやっぱり人間を豊かにする。
 第三に、先生と知り合う。仲良くなる。
 えー先生なんて、と思うかもしれない。たしかに「先生」であるかぎり、大学の教員も一つの「権力」です。大学という制度の中では、教員およびその組織体としての教授会が成績(単位)認定権と卒業判定権をもっていて、教員は学生を「不可」と評価することができるのに、学生は教員に「不可」を付けることができないのだから。時折話題になるように、学生に対する教員のセクシュアル・ハラスメントが起こりうるということ自体が、教員と学生の関係が制度的には権力的なものであることを示しています。
 さらに大学教育を支える理念自体も、基本的に権威主義的です。「知は力なり」というフランシス・ベーコンの言葉があるけれど、一部の教員の意識の中では「知識は権力なり」という言葉に転換されているらしい。「知識が多いほど偉い」のだとすれば、職業的知識人である教員は必然的に学生より「偉い」し、教員と学生の関係は「知識を与える→受け取る」という一方通行的なものでしかありえない、ということになってしまう。
 しかしそれに対して、「教育する者自身が教育されねばならない」というマルクスの言葉もあります。知識の多さは権力の根拠ではなく、知識は活用するためにこそ提供されなければならないのであって、自分のもっている知識を学生に提供することは、大学教員の当然の職務上のサービスだ、と思えばよろしい。したがって、「知識は権力なり」と信じ込んでいる権威主義的な教員を批判し「教育」することも、学生の役割です。
 だからこそ、先生と知り合うことに意味がある。それに大学の先生は、一般に苦労したことがなく社会性に乏しいけれど、善人が多く、しかもたいていは自己顕示欲が強いので、おしゃべりです。研究室に訪ねていけば、必ず喜んで話を聞いてくれるし、話をしてくれる。いろんな先生と知り合いになり、話をすれば、人間観察にもなるし、知識はたしかに多いので、教えられることもある。一人くらいは生涯つきあえる人に出会えます。
 しかも、ここが関西大学のいいところなんだけれど、この大学には、酒を飲みつつ話が弾めばとことんつきあってくれる心優しい先生がかなり多い(と思う)。これは関西大学の恵まれた自然環境(千里山の上にあるので、坂道を登って通うだけで足腰が鍛えられて健康になる。年を経た大木が多く、緑が目に快いし、キャンパスに落ち着きと風格がある。四月はキャンパスで花見も盛ん)、立地条件のよさ(関大前周辺にもいろいろ店があるし、駅が近くて繁華街にもアクセスしやすい)、さらには独立行政法人化に揺れる国立大学に比べて比較的安定している研究教育労働条件(?)などの賜物だろうと思いますが、これを利用し楽しまない手はありません。
 飲んで食べて、語り合って、笑って泣いて、考えて、自分を大きくしてください。
 あ、体の方はシェイプアップも忘れずに、ね。


時代を駆け抜ける

尾崎 ムゲン

(本学文学部教員)

いつも四月になると、みなさんの晴れやかな姿を拝見して、自分が大学に入学した頃のことを、ほろ苦く思い出します。大学に入って、嬉しかったのは、ともかく、これで勉強しなくてすむ、とうとう自由になった、変身できた、ということでした。皆さんの場合は、どうでしょうか。これほどまでに嫌だと思っていたのは、やはり受験、というよりも、すべてが受験にシフトしている学校が、わたしにとっては、心理的に、かなりの抑圧だったからでしょう…
 そこで考えてみたいのですが、いったい学校とはどういう場所だったのでしょう。どうして、みな空気を吸うように、一定の年齢になれば、一定の学校へ行って、一定の行動や、思索をしなければならなかったのでしょう。ちょっと、一緒に考えてみませんか。
 当然のことですが、今のような学校は大昔からあったものではありません。近代社会の発明で、せいぜい一〇〇年あまり、多く見積もっても、一五〇年の歴史しかありません。近代社会は、人間の、自由・平等・友愛の三原則を確認した初めての社会ですが、人間には「人権」があるという確認の上にすべてが組み立てられています。そしてこの人権の一つの側面に、「人間には教育を受ける権利がある。」という考え方が確認されています。ご存知のように、人間は非常に弱体な動物で、乳児・幼児、子供は、親や、社会から養育され、教育されて、初めて一人前の人間として成熟できる、という事実があります。あるいは人間は社会的動物で、人間個体の外にある文化を受け入れ、それにかかわることなしには生きていけない、ともいわれます。こういう、弱さとか社会性といった宿命的な課題の一部を、近代社会は、人間個々人を、学校へ通わせることによって解決しようとしてきたわけです。だから、元来学校や教育制度は、個人の存在を大切にし、個人の幸せを実現するものとして、存在しているわけです。
 でも、実際には学校や教育制度がそういうものだとは、なかなか実感できません。わたしたちの実感では、学校や教育制度は、能力主義や競争主義で貫かれ、またそのための管理も厳重をきわめ、学校規則などは細々として、息も詰りそうです。詰め込まれる知識も、想像を絶するほどの質と量です。
 小理屈になって恐縮ですが、この二つの関係については、次のように理解されるでしょう。つまり、なぜ「人権」が発明され、この地球上に広く流通しているのかということですが、それは、人権の主体である個人を必要とする社会がこの地球上に誕生した、言い換えれば、自由に考え、自由に行動でき、自由に意志決定できる個人が必要とされる、経済的、社会的に高度に発達した社会が、この地球上に誕生したということに由来します。(一般にそれを資本主義社会と表現しています。)人間の欲望を満たし、またその欲望をさらに喚起し、あるいは欲望を利用して、そこから利潤を得るため、個人に対して、能力や、相互の競争、技術革新への対応、などが要求されます。
 人権を実現するという、近代の学校や教育制度の理念は、現実には、このような高度に発展した、組織された社会が要請する個人を作り出すということでもあったのです。この後者が、学校や教育制度をわたしたちに、どうもよそよそしく、さらに息苦しさをさえ感じさせる、究極的な原因であると考えられます。
 現代では、後者が学校・教育制度を規定する主要因となって、そのなかで、個人は制度の非主体的な構成要素となり、学校も制度疲労を起こしています。たとえば、今日の若者は、受動的であり、「指示待ち人間」であるといわれます。若者は、繊細な感受性をもち、与えられた問題を一定水準で素早く解決する力は相当なものであるが、しかしその反面、思索においても、行動においても受動的で、たとえば、自分で疑問を抱く力、さらに、その疑問を自力で問題解決しようとする力に弱く、また非活動的で、体全体を使って問題に当たろうとする力が弱いといわれます。もちろん、これは若者だけでなく、現代人の共通の特徴であることはいうまでもありません。
 このような社会の「煮詰まり」、学校や教育の問題状況・制度疲労を何とかしようとする言説があふれているのは、よくご存知のことだと思います。では問題はどのように克服されようとしているのでしょう。学校・教育制度改革についてはどうでしょうか。二点だけ指摘したいと思います。
 まず、学校や教育制度の「社会化」。学校のスリム化、学習指導要領の改定、学校週五日制、などさまざまな改革が出てきました。学校にあまりにも多くを求めすぎてきた。このような学校機能を削減して、家庭や地域社会、あるいはさまざまな学校以外の子育ての組織にこれを分散しようという動向です。次に、学校教育のコアである知識観の転換。従来型の、教育(パック入りの知識、そしてそれをどれだけ早く頭にインプットし、また型にはまった知識上の(ペーパー上の)質問に応じてアウトプットするか、また知識をどれだけたくさん保持できるか、ということを競う教育)をやめて、学習や活動を中心にして、教育を組織していこうという動向です。
 二一世紀に向けて、子供が「生きる力」を育むこと、その中には、「問題解決」(個人の活動に関わり、そこに生起する問題に主体的に取り組む。)「創造的、批判的知性」(制度化された知識、既存の「学識」ではない、問題解決に結合した知識。)「他者に共感する力」(人間の「認知能力」だけでなく、もっとトータルな身体的・運動的な力、感情的な、他者と共感できる力を育む。)が、大切であると判断されるようになってきました。かつて、労働力政策の延長線上に、教育政策を位置付けてきた産業界が、率先してこのような提案を行っています。その力量によって、個人は生きていく以外にはない、というボーダーレスな時代になってきました。これは、ほぼ後退することのない二一世紀社会の未来写真であるといえるでしょう。
 これらのことは、いま、大学に学ぶことの意義にも直結していると思われます。大学といえども 学校であり、教育制度の一端です。 
もともと、大学は他の段階の学校とくらべると、学生が自分で教育目的を整理し、自分で履修科目を選び、自分で時間割を組み立てるという教育システムでした。どのように大学の四年間を過ごそうと、基本的には自由で、大学で過ごしたその結果は自分で刈り取るだけだという、まことにドライ、かつ考えようによっては厳しい場所でした。
 自分で学習するという訓練をほとんど受けてこなかった学生が、突然「自由な」システムのなかに放り出され、「自由の苦しみ」のなか、あげくの果てに「五月病」にかかったこともよく知られたことでした。大学での勉強についになじめずに、そのまま卒業する学生も結構いました。
 いま、大学自身が、こういった伝統型のアカデミズムから、さらに一層飛躍して、より自由に、より学習者のニーズを重視するという方向に、シフトしています。さらに、研究や教育の諸機能を社会に解体・再統合しようとすら試みています。
 社会や時代、他者へと積極的に関わり、問題解決し、制度に一方的に依拠することを否とする生き方、自己実現や能動的学習、これらが、時代の教育改革の要請になっていることはすでに述べましたが、大学では、学生も、必然的にこのような生き方を強いられているのだといえます。
 いうまでもなくこれは、現代資本主義の要請でありますが、しかし、この傾向は、資本主義を超えて、さらに人間史のその後に貫徹される道行きでもあると思われます。
 ・・・わたしのその後ですか。わたしの大学入学後は、時代そのものが激しく揺れ動き、社会の嵐が大学を直撃し、幸か不幸か、「モラトリアム」や「就職前のしばしの休息」どころか、ほとんど息をつく暇もなく勉強を強いられ、アップ、アップしながらやっと大学を卒業する、という体たらくでした。