最近、至る所で携帯電話を使ってメールのやりとりをしている人を見かける。通話機能よりもメール機能の方を活用している人もいるのではないだろうか。実際、半年前に私が購入した携帯電話は、もっぱらメールを送受信するためのものとなってしまっている
▼『最近大学において、携帯電話のメール機能を使って授業中に友人と私用のメールのやりとりをする「メール私語」が教室内に広まり、本物の私語でやかましかった教室が一転、静かになっている』という記事を読んだ(1月6日付朝日新聞朝刊)。これは大教室での講義についての記事なのだが、現役の学生に言わせれば、新聞記事に載っているように静かになっていうとは言い難い。以前とさして変わりがないように思える。これは関大に限ったことであるのかもしれないが。
▼新聞に書いてあったように「メール私語」が広まったからといって、ほんとうに本物の私語が減るものだろうか。メールのほとんどが遠くにいて話が出来ない人との間で交わされるものである。隣に座っているような人に対してならば、筆談や口頭で伝えた方が手っ取り早いし、経済的である。だから、メールを使用するからといって、私語が減ることはないのではないだろうか。
▼新聞記事の最後には『今では8割以上の学生がメール機能付きの携帯電話を持っているだろう。大学側が一方的に禁止するより、周囲の人を不快にさせずに使いこなすための「ルール」を作り上げていくべきだ』という本学総合情報学部の教員の意見が載っていた。
▼確かに講義中にさしたる理由もなく、私語や「メール私語」などするのは、他の学生にも迷惑であるし、話し手に対して失礼な行為であると思う。しかし、その大きな原因は、学生を大教室に詰め込み、教員がマイクを使い一方的に話を進めるという講義形態に問題があるのではないだろうか。
▼現在の講義のあり方を前提に「ルール」を作り出すという発想ではなく、講義形態そのものを検討していく発想が必要なのではないだろうか。その中から、学生と教員がお互いに意見を交換できるような講義を作っていければと思う。