「言論の自由を考える」5・3集会報告

 去る、5月3日に新聞会では朝日新聞労働組合主催「言論の自由を考える5.3集会」に参加しました。
 1987年5月3日に朝日新聞阪神支局が散弾銃を持った何者かに襲撃され、一人の記者が命を落とした事に対し、亡くなった記者を追悼するため、また事件の風化を防ぐため、そして同時に、言論・報道のあり方を見つめ直すために、毎年5月3日にこの集会が開かれています。
 今年の集会は、福島瑞穂さん(参議院議員・弁護士)、嶌信彦さん(ジャーナリスト)、辺見庸さん(作家)、今井一さん(ジャーナリスト)を出演者に迎え、『「出る杭」になれますか?』と題され、神戸朝日ホールで開催されました。


 集会の要点
 今回の集会に出演された4人のそれぞれの主張をまとめてみたいと思います。
 まず、福島さんは、『何か他人と違ったことをしようとする、「出る杭」になる時には、自分の意志よりも他人の目が気になってしまう。でもそのような「心配」「不安感」を抱く必要はないんじゃないのか。結局、自分自身の意見に自信を持てば、なにも恐れることはないはず。いざ「出る杭」になってみれば「全然平気だな」と思えるかもしれない。もっと楽観的に物事を考えてもいいのでは』『出る杭は打たれるが、出過ぎた杭は打たれない!』と「出る杭」になろうとする人への力強いエールを送られました。
 次に、嶌さんは、『今、社会の秩序が崩れ始めている。それが人々に社会の閉塞感を感じさせる原因ではないだろうか。そのような時代において、個人には、既存の“ブランド”に固執するのではなく、新しい“ブランド”“秩序”を作り出すことが求められている』と、『組織に埋没しない自立した個』の重要性を訴えられました。
 作家であり、元記者でもある辺見さんは、『現在のマスコミには絶望している。戦時中に「軍隊賛美」「天皇賛美」の翼賛報道を繰り返した「ペン部隊」を思い起こさせる。「新しいペン部隊」とでも言うべきだ。1999年の周辺事態法・国旗国家法・盗聴法などの悪法が国会を通過させられた理由は、「新しいペン部隊」が「以前のペン部隊」のような露骨な翼賛ではないが、「新しいペン部隊」がより大規模に、組織的に、巧妙に翼賛報道を行ったからだ』とマスコミを厳しく批判されました。そうした閉塞的な情況を打破していくために、『メディア内部からの「反乱」と共に、一人一人が「出る杭」として声を上げていくことが必要』と話されました。
 最後に、日本各地の住民投票を取材されてきた今井さんは、周囲の圧力に負けることなく声を上げていった現地の人々の話を交えつつ、住民投票の意義について『住民投票の意義は、その結果にあるのではない。結果に至るプロセスで、自分たちで考えて決めていく所に意味があるのです』と話されました。
 集会全体を通して、現在の社会の閉塞感、行き詰まりの中で、人々それぞれが「出る杭」となることを恐れず、自立した行動を取っていく必要性が訴えられました。

 新聞会として
 今回の集会を通じて、私たちの現場である関大において、自らが如何なる行動を取るのかを改めて考えさせられました。
 関大に於いては、今春の大学当局による一方的な「花見禁止」発表に見られるように学生の活動に対する管理が一層強まりつつあります。関大が、大変「息苦しい」ものへと変えられてきています。こうした造り出される閉塞感をうち破るために私たちが如何なる行動を取り、そしてそのための学生間の関係を如何なるものとして作っていくのかを、日常的な生活の中で考えていかねばならないと思いました。
 新聞会では現状の大学そして、それを取り巻き規定する社会に対して批判的視点を持ちつつ学生報道を創って行きたいと考えます。

 参加者の感想
 私は、つい2週間前までこの5.3集会の事も、13年前の事件のことも知りませんでした。“言論の自由”と言う言葉さえ、「そういえば社会科の授業で習ったな」という憲法の基本的人権の1つ、という程度でした。
 気楽な気持ちで参加した私にとって“「出る杭」になれますか?”というテーマはどきりとしました。常に「決して自分勝手なわけではなく、しかし社会に流されず、私らしく生きたい。思ったことを言い、自分で決めて行動したい」と思いながらも他方で、社会によって“「出る杭は」打たれる”という事、そして自分のとった行動によるリスクに、私は恐れていたのではないか。そして、「出る杭」を打つ側にまわっていたのではないだろうか、と考えさせられました。
 『少数者になることを恐れるな』『自分でブランドを作れ』と言った言葉が心に残りました。個性を持ち、それを集団から認められる。実生活でそれをするのは本当に難しいが、一人一人が始めていけば、いつか社会を動かし、変えることが出来るのだと分かりました。
 また一方で「言論の自由」という事が報道のあり方を考えるものだという事を知りました。パネリストのメディアに対する厳しい批判から、私はメディアの報道をいつも受け身的に何の疑問も抱かずに取り入れていたことが分かりました。また、メディアに対し『少数者であることを恐れている人々に、「自分は一人ではない」と感じさせる報道を期待する』、『中身を伝える報道を』と言う発言に考えさせられました。
 メディアに励まされ、多くの人が自分の考え意志を持ち「出る杭」となるだろう。メディアがばらばらな一人一人の動きを結びつけることになるかもしれないと思いました。 (S.S)