リード
 近年、「自由主義史観」に代表される日本の侵略戦争を美化する動きが強まってきています。特に一昨年に発売された小林よしのり氏の『戦争論』は若者を中心に大きな反響を呼びました。今回新聞会では、『脱ゴーマニズム宣言』や『脱戦争論』を通じて歴史を歪曲する動きを批判してきた上杉聰氏に、一連の動きの背景とその克服のために受験生をはじめ学生に望むことについて話を聞いてきました。

 −上杉先生の研究について教えてください。
 
被差別部落の歴史を研究しています。関大でも一年間にわたって「部落史研究」という講座を文学部で担当しています。また、93年には「日本の戦争責任資料センター」を設立し事務局長を務めていて、「戦争」についての研究もしています。
 −何故「自由主義史観」の動きが強まってきているのでしょうか。またその背景についてどのようにお考えですか。
 最初に、侵略戦争の実態について学校で詳しく教えられていないことがあると思います。例えば日本軍慰安婦の問題などは、みなさんテレビや新聞の報道で知っているのではないでしょうか。メディアが流す断片的な事象でしか知る機会がないので、それについて深い認識を持てていないと思います。
 次に、誰でも考えるのがいやな問題ではないでしょうか。つまり、日本軍慰安婦の問題も、男女の性の問題や植民地支配の問題、そしてその補償や賠償の問題が入り交じった大きな問題です。しかも日本人として自分が問われるわけです。これを受け止めるのはすごく苦しいことで「精神的な体力」が要求されます。だからそうした大きな問題を考えたくない、というのがあっても自然だと思います。しかし完全に目をそらすことはできない。だとしたら小林よしのりが『戦争論』で書いているように「自分たちに責任はない」とするのが一番楽なのではないでしょうか。
 最後に、日本人の多くの人が傲慢じゃないかと思うんです。日本人はどこかアジア人の人たちを見下している所があるんじゃないでしょうか。例えば、子どもたちにアジアの地図を描かせてみても描けない子が多い。けれどもアメリカやヨーロッパの地図になると描ける。そこには、明治以来日本社会が待ち続けてきた「脱亜入欧」というアジア蔑視が残っていて、言うなれば「自分たちより劣っている」と見ているアジアの人たちから何か批判されると、自分のプライドを傷つけられたと感じる人が多くいるのではないでしょうか。アメリカ・イギリスから言われると、まだいいけれど、中国・朝鮮などのアジアから言われることには我慢できない。そういう人がたくさんいる。
 だから、日本に対して責任を問う声がアジアの人から出てきたことに対して苛立ちがあるんじゃないでしょうか。こうした色々な要因が小林よしのり氏の漫画などが受け入れられる基盤になっていると思います。
 でも私はそう悲観していません。アジアに対して「戦争責任」が問われてきたのは、ごく最近のことで、この問題はまだ非常に若いと言ってよいでしょう。私たちが戦争責任の問題を取り上げ始めたときはたいした力もなく保守的な勢力もほっておいてもいいと思っていた。ところが今や常識として広がりつつある。だからその反動として小林よしのりらの一連の動きが出てきたんですよ。
 大学でも、長崎・広島での原爆についての講義する授業はあってもアジアの被害やアジアに対する戦後補償をきちんと講義する講座を持っている大学なんてどこにもないです。現状はいろんな教員たちが自分の講座の中に少し入れているくらいです。
 でもアジアの人たちが発言するようになってきてから、その問題について考える人が増えてきましたし、私たちの運動も少しずつ大きくなってきています。
 だから私は悲観していません。私たちの運動は様々な反動を乗り越えていけると思います。
 −受験生に向けてのメッセージをお願いします。
 大学時代は「将来自分が社会とどうか変わるのか」ということをゆっくりと真剣に考えるいい時期だと思います。大切なことは2つあって、一つは「いい友達をもつ」こと。つまり、自分の考えをぶつけあいお互いに深めていけるような友達を持つこと。もう一つは、「自分でどれだけ勉強するか」ということ。この二つが決めてだと思います。
 試験でどれだけいい点数をとっても本物の勉強にはならない。学生時代の価値というのは、自分の問題意識でどれだけ「真剣な」勉強をしたか、どれだけの本を読んだか、そして、友達とどれだけ話したか、という事だと思う。私の場合それ以外残っていません。
 自分が就職する会社・職業のことだけじゃなくて、自分が生きていく社会のことについて、考えてほしいです。現実(社会)というものは簡単じゃなく、複雑で重いものです。それに触れ、受け止め解決して行くには、精神的な力が求められます。その力は、自分で引きこもって勉強するだとか、友達と激論を交わしてみるだとかそういうことを抜きにして養えるとは思えない。
 そういった「精神的な体力」を身につける訓練期間に学生時代をしてほしいですね。