ふょーどるの読書記録

読書の記録などを書き込んでいきたいと思っています。
思いのほか、滞らずに書くことができているようですので、
なんとかこの状態が続くとよいのですが。。。

 

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『ジュスチーヌまたは美徳の不幸』 7-8/2/2001

さて、サド侯爵の本だ。ただ、以前読んだことがあったような気がするのに、「本邦初訳」とはいかに?と思っていたら、それはただ単に私の考え違いであったようだ。というのも、私が以前読んだのは、『美徳の不幸』と『新ジュスチーヌまたは美徳の不幸』(どちらも河出文庫)であって、本作ではなかったのだ。この三作、非常に名前が似ているのも無理はない。バージョン違いというには、結構内容面でも変更があるのだが、要は『美徳の不幸』という中篇が書かれ、その後『ジュスチーヌまたは美徳の不幸』(本作)が書かれ、そして最後に『新ジュスチーヌ』が書かれた、という形でバージョンアップされていったのだ。
サドの小説というと、結構読んでいるほうだなあと自分でも思うのだが、いかんせんその「読んでいる」がために、若干食傷気味になる。「また、鶏姦の話か」、とか、「また刺絡の話か」、とかついつい感じてしまうのだ。ちなみに、刺絡の話は何度読んでも、げーっとなるのは、私が出血する話に弱いからだろう(刺絡というのは、悪い血を出す昔の迷信的な治療法)。
サドの小説は、ある意味剽窃ばかりらしいから、一種のコラージュ作品といえるのかも知れない。さまざまな思想家や小説家の言葉を散りばめて、自分の言わんとするものを書く、というのは、ある意味ものすごい読書量と、そして目的性が必要だろう。サドの場合、その目的というのが、要するに、『ジュスチーヌ』を読み終わって、君はこう言ってくれるだろうか。「ああ、この罪悪の情景のおかげで、美徳を愛するこの身をどんなにか誇りに思えることか!悲嘆にくれる美徳はなんと気高いことか!不幸は美徳をなんと美しく引き立てることか!」(本文 愛する人に より)ということなのだが、到底そのような、美徳の賞讃には思われないところが、少しサドの目的は他にあるのでは、と邪推させる。美徳はあくまで不幸であり、悪徳が栄える。そういった話の中で、美徳のとる行動は愚かしく見え、悪徳の言葉は詭弁めいてはいるものの、説得力がある。そして、最後一つの悪徳が美徳へと改悛するが、そのシーンはそれまでのすべての悪徳のシーン、どれもひどくありそうにもないことなのだが、それらすべてよりもありそうにもなく見える。そういえば、サドには『悪徳の栄え』という作品もあったなあ、とかふと思ってしまう。

〔データ〕
書名:ジュスチーヌまたは美徳の不幸
著者:Donatien Alphonse François, marquis de Sade
訳者:植田祐次
発行:岩波書店(岩波文庫)

 

『FIREFLY』 6/2/2001

また桜井亜美を読んでみた。結局、好きなのかきらいなのかよくわからなかった。
母親殺し、ということ自体、とても大きな問題なのだが、いかんせん主人公はそのこと自体であまり悩んでいない。そのため、読者のほうも、存外気にせず、ふんふんと読んでしまう。掘り下げると、結構いろいろな問題を含んでいるのかも知れないなあ、と思いつつも、今回はあまり桜井亜美は突っ込まないようで、心理学なのね、という話には持ち込まれないが、やはり雰囲気として、鬱屈としたような、何かが残っている。
ちなみに、表題FIREFLYは蛍だ。はかなげなあたりがそうなのだろうか。写真家蜷川実花という人の写真が多い。普段は表紙を撮っている人だが。このあたり、どーなんだろうか。どーでもないか。

〔データ〕
書名:FIREFLY
著者:桜井亜美
発行:幻冬舎(幻冬舎文庫)

 

『ヘルマンとドロテーア』 4-6/2/2001

フランス革命のさなかの、隣国ドイツを舞台とした牧歌的な叙事詩である。全部で9歌に分かれていて、各歌題は9人の芸術の女神、つまりムーサ(ミューズ)の名前がとられているというあたり、またまた牧歌的である。
もっと、戦乱がどうとか、『レ・ミゼラブル』のようなロマン派風の激しさを期待していたので、ちょっとがっかりである。名作、なんだろうけれども。

〔データ〕
書名:ヘルマンとドロテーア
著者:Johann Wolfgang von Goethe
訳者:佐藤通次
発行:岩波書店(岩波文庫)

 

『サド侯爵夫人 わが友ヒットラー』 3-4/2/2001

三島由紀夫の戯曲2編。以前、藤本ひとみの『侯爵サド』を読んだ際に読みたいと思っていたものだった。澁澤龍彦、三島由紀夫のサド像とは異なるサド像を描き出したのだ、という帯の紹介から、逆に三島作品のほうではどのように描かれているのだろうか、と興味がひかれた。
サド侯爵夫人」は、サド夫人ルネ、その母モントルイユ夫人、妹アンヌ、そしてサン・フォン夫人、シミアーヌ夫人という5人の女性たちの会話の中からサド侯爵ドナティアン・アルフォンス・フランソワが浮かび上がってくる、という構造をとっている。舞台で見ると、女性だけの舞台なので、どんな具合になるのだろうか、という気もするが、なかなか悪くはない作品だと思った。そしてまた、次の読書の指針もできた。『ジュスティーヌ、あるいは美徳の不幸』だ。ちょうど、1月の岩波文庫から出たので、近いうちに読みたいと思う。
もう一つ収録されている「わが友ヒットラー」はヒトラー総統政権誕生直前の数日間を描いた3幕の戯曲だが、「サド侯爵夫人」が女性だけの劇であれば、こちらは男性だけ。ヒトラーと突撃隊の指導者レームとのあいだの話、といえばそうなのだが、レームの末路を知っているだけにあまりに悲しい。そういう意味では、この劇は非常によくできた悲劇だ。聴衆は主人公の末路を知りつつ、主人公の誤った選択を見てゆくことになるのだから。病的な頭に巣食った観念が、この世の美しい人間関係を根こそぎにしてしまった例はたんとある。だが、ヒットラーはレームを決して殺さない。それは歴史が証明するだろう。もしそれが人間の歴史なら。(第2幕 レームの台詞より)

〔データ〕
書名:サド侯爵夫人 わが友ヒットラー
著者:三島由紀夫
発行:新潮社(新潮文庫)

 

『スキップ』 2/2/2001

ここのところ、というわけではないのだが、最近ちょっと気になっていた本。『スキップ』『ターン』『リセット』の三部作の話題が、本に関するメーリングリストで挙がっていたので、どんな感じなのかな、と思っていたのだ。ただまあ、あまり実はメーリングリストに入っていながらも、ROM(読むだけ)なうえにあまり読んでもいないので、これは実に偶然なわけである。
で、この『スキップ』だが、なかなか面白かった。人生が突然「スキップ」、つまりは飛んでしまったというものすごい状況設定である。17歳の少女が、42歳になってしまう、というとんでもない状況設定だが、まあ小説というのはえてしてそういうもので、朝起きたら虫になっていたりしても、朝起きたら突然逮捕されたりとかしても、いいわけだ。どっちもカフカの小説か。
朝起きたら、17歳の娘がいる40代の女性になっていたら、それはショックだろう。昭和から平成に変わってしまっていて、そして20世紀は25年間という時間の経過によってものすごい変化をもたらしてしまう時代だったのだから、さまざまなものが目新しい。そういったものの描写がなんというか、見ていて楽しい。そしてまた、現代に関する主人公のナビゲーター役を娘がつとめるわけだが、実際、娘と母親というのはこうありそうだな、という会話がなんというか「いいなあ」と思わせる。ただまあ、清水ちなみの本のところでも書いたけれども、私は娘ではないから、まして母でもないから、実際のところどうなのかはわからないけれど。まあ言うなれば、「かくあれかし」の母娘像っていうところだろうか。そしてまた、清水ちなみが言うように、実をいうとこの主人公の家庭というのも母−娘と妻−夫の間では密接だけれども、父−娘はそれほどではない。いい家庭っぽいのだけれども、いちど指摘されると確かに父−娘という関係は難しいかも知れない。
主人公は実は、教師もやっていたりするものだから、これはある種の新任教師物語でもある(外側は中堅教師なんだけど)。そして、やはり私自身も職業柄、ちょっと理想的ではあるにせよ、この主人公のような教師というのには憧れる。と思ったら、実は著者はもともとは国語の教師をするかたわらで仮面作家をしていたそうである。うーん、だから詳しいのか、何かと。
何やらずるずると書いていると、非常にまとまりようもなくなってしまいそうなので、結論を言うと、とりあえず、『ターン』『リセット』も読んでみようかな、と思わせるくらいに楽しませてもらった気はする。まあ、私にとって何が収穫かというと、新しく読む対象となる作家が一人、開拓された、ということだろうか。

〔データ〕
書名:スキップ
著者:北村薫
発行:新潮社(新潮文庫)

 

『ブラック・ティー』 1/2/2001

ちょっとした犯罪、をテーマにした10篇の短篇集。直木賞とか芥川賞とか、あまり今まで気にしたことはなかったのだけれども、山本文緒さんは以前から読んだことのないではない作家だったので、買ってみた。とはいえ、受賞作の『プラナリア』ではないけれども。
ちなみに、以前読んだ、というのは大昔、彼女がまだコバルト文庫の作家だった頃だ。題は忘れたが、なぜか彼女のを読んだことがあった。多分、同名の別人、ということはないだろうと思う。
ちなみに、この『ブラック・ティー』。基本的に切ない。話としては、やはりちょっとした犯罪がテーマだけに、切ない。いちばん良かったなあ、と思うのは、「ママ・ドント・クライ」だろうか。ちょっと大人びた娘の視点で描かれた母親が、なんとなくかわいい。

〔データ〕
書名:ブラック・ティー
著者:山本文緒
発行:角川書店(角川文庫)

 

最終更新日:

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