June in Santa Barbara
2004

6月5日(金) 
塾に行きたい。答えだけを教えてくれて自分がする事は記憶するだけ。そう言う事をよく言いつつ過ごしていた私達。今日はホントに塾と言わぬならなんと呼ぼう!?っていう$5j払って出席する補習クラスに行く。フライヤーが回ってこなかったから知らなかったんだけど、この補習クラス毎回テスト前に開かれてたらしい・・・。2時間の授業で1人$5。お金を徴収して授業をする彼は・・・お主、計算高いなって感じな人だった。同情を誘う事をいいつつ「気に入らなかったらお金は払わないでいい。」なーんて言っちゃう(毎回この手を使うらしい)演技派な彼は、今から自分が解く問題を覚えれば大丈夫的な事を言いつつ、過去問を数問解いていってくれる。そして、彼の演技に魅せられた、まだこのクラスのファイナルの為に何にもしていない私達は「彼が説明してくれる、この問題の答えを暗記すれば大丈夫なのね☆☆」なんて甘い事を思い満足してしまう。そして彼に$5を渡す。

甘い。甘い。あま‐い。アタシ達の考えはとっても浅はかです。

スタディールームで過去問と向き合って愕然とする。ヤバイ・・・・・、非常にヤバイ。
彼が解いた問題はテストのほんの一部。あれを暗記するだけじゃ、成績の40%を含むファイナルで点数を稼ぐ事はできない。夜の11時になってそんな事に気が付くアタシとR。テストは水曜。でも他のクラスのテストもあるわけで・・・どーしよう。勉強出きる時間が限られてる・・・
焦る一方で、彼の授業を受けて満足し、事の重大さに気が付くことなく家に帰ってしまったN達のことが心配になる。あの人達、アタシより危険な立場。はーやばい。

6月6日(土) 時間が・・・
あぁぁぁぁぁ・・・時間が・・・予定が・・・100Bが。


6月7日(月) 焦る
追いこまれるあたし達。StudyRoomで勉強し朝4時過ぎに帰宅。5時に寝る。12時には学校に舞い戻り教授のOfficeHourに訪れ質問。自己中のアジア人(女)によって邪魔され聞きたい事を全く聞けず、OfficeHourは閉じられる。大変な事になった・・・
ご飯を食べてEcon100Bをやる。101をやる時間がない。。ヤバイ・・・ヤバすぎる。甘く見すぎてた。。。結局、今日も帰宅は朝5時。


6月8日(火) 落とし穴に落ちる
落ちた。ふかーい闇に落ちた。っつうか騙された!!全範囲の問題が出るっていってたのに、出た所はほとんど最後の章からの問題。結果、飛ばしたところがすべて出る。悲しい結果になりました。100Bをナメ過ぎた・・・・
悲しみに打ちひしがれる暇もなく、今日も、今夜も、深夜も、明け方もテスト勉強。あたしは明日恐怖の101だけだけど他の方々は恐怖の101に加えてもう1つのクラスのテストがある。皆、顔が死んでる。Mはドライアイで涙を流しつつ勉強。アタシも肌は荒れるしクマが酷い。何度か叫びたくなった。朝8時からテストがある2人には寝る時間がない。そんな彼らをよそに、帰宅。朝6時。空が明るい・・・・


6月9日(水) 残念な結果になりました。
落ちた。ふかーい闇に落ちた。全くだめだった。分らない。いつもより一時間テスト時間が長いからっとゆっくり一問ずつ解いていったアタシ。またもや浅はかな考えだった。。。あのクラスのテストで余裕をもって答えを書きつづける事ができるって思うこと自体が間違い。問題の半分も答える時間が無くおわる。っていうか時間があっても答えなんて書けなかっただろうけど・・・。あーー、死んだ。モーガン(教授)が最後に「you guys are fine」と慰めの言葉を書けてきてくれた。ならパスさせてくれ!!っと叫びたかった。Cくれー。このクラスのリテイクだけは勘弁。


6月10日(木) さよおなら・・・・
落ちた。ふかーい闇に、いいや、ふかーい落とし穴に落ちた。終わった。。このクラスは大丈夫だと思ってたのに。Bob(教授)あの人一体なんなのーー!! なんなのよあの問題は!!あんなの無理。はぁ・・・このクラスだけ希望を持ってたのに・・・今日のテストも絶対F。はぁぁぁ〜〜〜ハラヒレホレ〜〜〜・・・・・Goodbye、サンタバーバラ。日本に帰りたくなる。ぐゎーーー、危険だ。。危険。危険。危険。
昨日、無理が祟って大変な目にあっていたMに加えて、今日はRが無理が祟って同じ病気に掛かり、テストの途中でクラスを出たらしい。ウィールスだって。可哀想。
もう、ずーーっと前から気が付いていた事だけど・・・・・・、あたい達、コツコツやって行かなきゃ駄目なのよ。過去の栄光は忘れなさい。今までのようには行かないよ。追いこみで点数取れるなんて甘いこたー考えちゃいけねぇー★
あー、なんか、眠くて吐きそーだ。イヤな事はすべて忘れて寝よう。


6月12日〜18日 親が来た
親が初めてアメリカに遊びにやって来た。2人とも歳取っててビックリ。じーさんばーさんだった。ま、そんな年齢だものね。当たり前か。出会ってすぐ、親に色の薄めの黒人と間違われる。黒人に悪意は無いけど、かつては色白と言われた私「どーいうこと!?」と遺憾に思う。約1週間、色んな所へ連れて行った。とりあえず、LAはお決まりの、サンタモニカ、ビバリーヒルズ、ハリウッド、ユニバーサルスタジオ。そしてサンタバーラにも連れて来て、クジラウォッチングのフェリーにのる。お目当ての鯨は見れたものの・・・アタシは気分が悪くってクジラやイルカ所じゃなかった。買い物も結構したし、最後にはサンディエゴまで行って、アメリカだけどメキシコ気分も味わう。彼らは、アタシと会う前にラスベガスにも行ってたし、かなりもり沢山な旅行だったと思う。結局、ミドリの走行距離は12日から18日まで、約950マイル。車を労る昔のアタシは今や存在しない・・・・・3年で人は変わるのです。とにかく、すんごい運転し、さすがに疲れる。にしても、あっと言う間に時は過ぎた。

親とさよならした後に、久しぶりにUSC(南カリフォルニア大)に通う、サクラメント時代の友Cん子に会う。彼女は何でだかわからないけど、韓国料理をおごってくれた。Cん子と別れた後、UCSをぶらりと観光。Cん子は、ご謙遜なさってたけど、さすがプライベートスクール!噴水がいっぱい、そして噴水の周りにはバラが咲いてたりして、ゴージャスな大学だったわ。それにくらべてUCSB。プライベートに負けないくらい学費払わせてるくせにショボイ。これまた、どーいうこと?納得いかなかった。 


6月19日(土)喜、焦、怒、怒、怒 
昨日からバーバラに来たZん子と念願のファイヤーストーンのワイナリーに行く。“アンドリューのパパ♪”っとドキドキして訪れたけど、パパは居ないし(写真はあった)、なんか雰囲気が良くなかったわ。朝早すぎたのか?そんなわけで、違う所のワイナリーへ行く。そこの雰囲気は良かった。人もいっぱいいたし、ツアーも短くって良かった。秋にまた来ないと〜!!
その後ソルバングっていうデンマーク村へ行き、デニッシュを買う。ガソリンチェックをせずにソルバングを発ったアタシ、帰り道に死にそうになる。だって、進めど進めどガソリンスタンドが出てこない。見えるのは、山、海、焼け野原。もう少しで死ぬところだった。結局、バーバラの隣り町ゴリータについてようやくガソリンスタンドを発見。後もう少しでガスケツっというダサイ結果に陥る所だった。にしても、あれは良くないと思う。途中でガススタ作るべき!国に訴えようと思う。
夕方、ゴリータビーチでBBQをやる。最強のBBQだった。そしてBBQは仲良い人と、最高6人ぐらいでやるものだと悟った。ま、2度と同じメンツでBBQやる事ないからいいけど。


6月20日(日) さよおなり
長年連れ添った(?)悪友とおさらばする日がやって来た。バーバラをちょっぴり観光して、可愛いスケボーダーを見せ(ちなみに、今日のスケボーダー達はイマイチだった)アタシの勉強場所に連れて行って、で最後にアタシの買い物に付き合わせてお別れをした。とっても、悲しく、つら〜〜いお別れの瞬間だった。(誇張です)大粒の真珠のようなの涙が頬をつたって流れてたことを彼女はキット知らなかったであろう・・・・。あの人は、最後までアタシにいっぱい借りをつくって去って行ったので、今後どのように作った借りを返して行ってくれるのか乞うご期待!
あ、それにしてもアメリカにいる間、Zん子を1度も滅茶苦茶に壊す事が出来ず悔やんでる人達が存在するようなんだけど、写真の中のZん子は大抵壊れてたと思う。あたしの勘違いか?
とりあえず、友よ、しばらくさようなら。そして、彼女のオヤジカー、永久にさよおなら。良い買い手が見つかる事を願う。

夕方、Rの引越しを手伝う。結構時間が掛かった。気が付けば手にトゲが数本ささる。あたしの引越しを手伝ってもらわねば。


6月22日(火) 出てくる出てくる
物が・・・あふれ出てくる。人にあげたし、コーヒーテーブルも売ったし、物減らしたはずなんだけどなぁ。。かたずければかたずけるほど、部屋は散らかるし、引越しの行方を思い途方にくれる。長く住めば住むほど教科書も増えるし・・・売れなかった教科書が邪魔だ。だけど貧乏症だから捨てれないんだなぁ・・・悲しい性。それにしてももっと物売らないとだめだわぁ。はぁぁぁーー引越しめんどうだーーーー。


6月25日(金) さらばカーペット。
怨念カーペットを捨てる。気分がすっきりした。引越し荷造りの見通しが付いて来たので、いくつかの荷物をNの家に置かせてもらう事にした。久しぶりの夏らしい、暑い天気の中を動き回って汗をかいたので、珍しくどこかで軽く1杯飲みたい気分になって外食する事にする。SBに来てから気になっていた学校近くの海辺のレストランへ行く事にし、店に近づくと思った以上に高級な雰囲気。そして、ラフな格好の私達は一瞬たじろぐ。でも勢いずいて豪華にいってしまった。で、結局、カニたべちった☆☆ピナカラーダも飲んだし。最終的に何故か、Nが支払いをしてくれる。N曰く、「これで“BreakーEven”=プラマイ0」らしい。でたっ!経済用語!ダテに経済のクラスとってない。というわけで、とりあえずありがたく奢ってもらった。
その後、S達も含めて夜な夜な無駄話。Nが取り出してきた、自称“自分が可愛く写ってる”写真を見てSが「牧原則之に似てる。」と暴言(?)を吐く。鎖骨が痛くなるぐらい笑った。あの子、危険な発言多いわ。思いもよらぬ事実も知り、世の中って不思議よねぇ・・・・・っとまたそんな事を思ってしまった。


6月27日(日) あれっ?あはは。これ最後??
友達思いのキモエはわざわざ、朝早くに起きてLAXへ向かった。その理由は!?もちろんアイツの背中を見送ってやる為さっ。しっかりデジカメ&普通のカメラを持参し、サクラメント4人組が揃う最後のチャンスを逃す事なく写真に収めるぞ!っと各々のポーズまで決めてLAXへ行ったはいいけれど・・・・、それどころじゃ無かった。Sヲも「涙のお別れ!」っと騒いでいたけど、感傷に浸る時間も雰囲気もなし!!そして、何故か私達サクラメント組は、最後なのに彼女の会社の友達に遠慮したりしまして。Sヲもあたいも「どうぞ、どうぞ、こちらの事はお気になさらず」って雰囲気になってた。あやつ、中々の人気者!?!?あたしに負けず劣らずの八方美人なこたー間違いねいやい!!そんな訳で、あっけない別れの瞬間だった。(笑)そしてあの人はやっぱり今回も同じ事をやりました。むかーし昔、時代は私達がサクラメントにいた頃までさかのぼる。1度、Mと私は空港まで日本に一時帰国する彼女を見送りに行った事があった。当時、9/11が起きる前、国内線はお見送りだけの人も直接搭乗口ゲートの所まで行く事が出来た。ゲートまで彼女について行きMと私は飛行機に乗りこむ彼女を見つめる。彼女は乗務員に搭乗券を見せ、券の切れ端を受け取りスタスタと歩きだす。そして見守る私達に振り帰って合図をする事なく飛行機に乗りこんで行った・・・・・。振り向いてくれる事を期待した私たちは・・・見つめあい、そして苦笑。Mの口から放たれる「オーマイガット!」の言葉と笑い声。そして今回も再び彼女はやってくれた。最後に彼女が振り向くと思って彼女を目で追う私達。「あれZん子?何処?」「あ・・・・もう消えてる」。さすが、Zん子。最後までありがとう。伝説を・・・・・・!!
P.S.最後の彼女へ宛てた手紙にいつもの76に行くと書いたけど、結局手前に出現したシェルでギャソリン入れた。そして、1k損する。また焦っちゃたわぁ。焦っちゃだめね。