1999年の馬鹿

 

39     8mm
オースティンパワーズ     パーフェクトカップル
スネークアイズ        バックトゥーザフューチャー3
パッチアダムス         プライベートライアン
ブルワース       マイフェアレディー
メリーに首ったけ         in and out
悪魔を憐れむ歌    完全なる飼育
虚栄のかがり火          交渉人
人間椅子       蜘蛛女
恋に落ちたシェークスピア     

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39(1999)

 監督:森田芳光

 主演:鈴木京香

 本当のあなたを見せて、本当の声を聞かせてくどうけいすけえ。
とかって、鈴木京香が叫んでる、あの映画です。面白かったです。何が面白かったって?
まあ、それは聞いてからのお楽しみよ。
 鈴木京香ふんする春深(カフカと読みます。国語のせんせえだった親父の命名だそうです)は心理屋さん。犯罪者の精神鑑定をしている教授の助手をしています。暗い演技が光ってます。
駅とかで、肩がぶつかったら謝ることもできないで目を逸らしながら駆けて行ってしまうような、そんな人です。そんな彼らのところに、ある容疑者の精神鑑定の依頼が飛び込んできます。
その容疑者とは、劇団に所属する柴田君です。妊婦と、その夫を二人の自宅で刺殺した、という容疑をかけられています。動機不明、情緒不安定、そして死刑を望む彼は、ありきたりなサイコサスペンスの雰囲気をかもし出しています。でも、それだけで終わらないんですよね。
 当初、誰もが彼の精神障害を疑いませんでした。検察側も起訴とりさげを検討していました。けれど、春深はその決定に対して疑問を抱きます。理由は精神鑑定の最中、彼が別人格に変わった時にあります。そのとき、彼女は首をしめられるのですが、そこに柴田の殺意を感じなかったのですね。けっかとして、検察は彼女を鑑定人に指名し、再度精神鑑定を依頼します。
 そこから徐々に、柴田の殺意の動機が浮かび上がってきます。キーワードは、「詐病」、「妹」そして、「戸籍の売買」です。これらの事柄が複雑に絡まりつつ、事件を思わぬ方向へと誘導していくんです。当然劇映画ですから、多少の都合の良い偶然とか、過度に演出されている裁判風景とか、そういった鼻をつくところもありました。けれど、精神鑑定に対する疑問や、データ一辺倒の現在の心理学に対する警告といったこと、それから、精神科医も時には間違えてしまうものだという観点から、裁判における精神鑑定のあり方を問う方法は、なるほど、と思わせるものがありました。
 この映画を見た後に、思い出されるのは、宮崎勤の事件ですね。皆さんもご存知のとおり、彼は連続幼女誘拐殺人事件の犯人です。そして、ニ度の精神鑑定の結果、精神障害との判定を下された者です。とはいえ、裁判では責任能力が問えるとの結果から、死刑との判決が下りました。この映画の中でも、それに近い過去を持つ男が出てきます。しかし、彼はその事件を起こしたときはまだ未成年で、刑事罰は与えられませんでした。その後、6ヶ月という短期間で退院した彼は、普通に結婚をし、仕事を持ち、暮らしています。それが被害者の夫なのですが、最後の最後まで観るとわかるように(ああ畜生、しゃべりてえ)・・・・・・・
 ともかく、それは見ていただくとして、僕も勉強している一人なのですが、「心理学」と銘打ってみても、内実はまだまだ未完成の学問みたいです。プロじゃないからなんとも言えませんが、まだいまのレベルだと、完璧に演技のこなせる容疑者にぶち当たったとき、彼の心を暴くためにはまだまだ力が足りないようです。けれども、実験にしろ、調査にしろ、倫理的な足かせがあるから、なかなかままならないことも現実で、それを加味すると心理学者たちは、壁にぶち当たってしまうのも当然なのでしょう。だから、余り責めないでやってくださいね。
(でも、この映画を見ると責めたくもなりますわ。)ああ、なんか今日は真面目に書いてしまった。次はくだらなく書くことにしようっと。

 

 

8mm」(1999

 

  監督:ジョエルシューマーカー

  主演:ニコラスケイジ

 ニコラスくん、今回は刑事ではなくて、探偵です。そんなケイジくんは大富豪の未亡人に、ある仕事を依頼されます。未亡人さんが、(ところで未亡人てつかったらいけない言葉だっけか?)旦那の金庫を開けたら、8mmのフィルムが出てきたんですね。そこに映っていたのはなんと、ボンテージ姿のいかにも変態って感じの男が、若い娘さんをぶち殺しているヤバイ内容のフィルムだったんです。はじめケイジくんはこれは作り物だろうと考えました。当たり前だわな。けれども、未亡人はこのフィルムが作り物だとしても、そこに出ている娘さんの安否が知りたいと。(関係ないけど、16歳を少女って言うのやめようよ。毛が生えたらもう大人。人を殺したら即死刑。少年法改正、夜櫓氏苦!!!)
 そんなわけで、彼の調査が早速開始されます。消息を追っていくにつれ浮かび上がってくる倒錯の世界。獣姦、レイプ、
SM、などスナッフフィルム(殺害現場の映っているフィルムだってさ)ほどすごくなくっても、かなりきれているやつがバンバン出てきます。幼児ポルノもありました。それらが売られているのは、裏ルートでしかコネクトできないようなお店です。だからそこにいる人たちもみんなパンクでクレイジーで、ジャンキーな人たちばかり。
 それに比べると、日本のビデオやさんは幸せですね。うちの近くでは、人のよさそうなおじいちゃんが店番をやっています。徳三さん(仮名)は、ニコニコと微笑みながら、「美少女緊縛・愛液まみれ」とか、「犬と老婆」などといったタイトルの棚を整理していました。
 最近は買春防止法とか児童ポルノ防止法だかができて、日本のビデオ屋からロリコンよろしくっていう感じのはなくなったんですけど。外国の人が来て、一昔前のビデオやさんに入ったら、おー、じーざーす!!とか言ったりしたんでしょうね。でも、それでついつい買っていったりとかしたら笑っちゃいますけど、やっぱりいたんだろうなあ、そういう人も。
 ただ、この作品を変態趣味で見ようと思ったら、あまり面白くないかも。そこまですごくはないです。むしろ、この監督さんは、そういう変態はあんたの身近にいて、実は普通の人なのよ。という事を強調したかったみたいです。けどねえ、そんなことわざわざ言われなくってもねえ。俺っていう見本もいることだし。まあ、それは冗談だけど。犯人が最後に妙に雄弁にそう語るのが、なんか興ざめでした。あと、ニコラスは正義の為に、娘さんを殺した犯人を殺しますけど。これは見方の違いなんでしょうね。「ハードウェー」とかで犯人だった金髪の人は、変態連中をぶっ殺してたら、逆にぶっ殺されてしまいましたしね。主人公に。

 

 

「オースティンパワーズ」

 監督:知らない。スパにはデラックスの監督がジェイローチって書いてるけど、この時もそうなんかな?

 主演:M・マイヤーズ:なぜか知ってる。でも、興味無い。

 くそ映画。少なくとも、知ってる人(つまり60年後半から70年代ぐらいの人)だったら分かるだろうけど、少なくとも俺はわかりませんでした。そんなわけで、わざわざ監督名を調べるのもやだ。今からビデオ屋にいって、調べてくるのもやだ。だって雨、降ってるしさ。それだけの映画でした。

 だってさ、ある意味拷問だって。世代間断絶あるし、昔の人が見れば分かるようなことも、今の俺らにしてみれば始めて見るようなこともあるわけで、そうなるとギャグがギャグじゃないようになるんだわ。つまらなかったです。
 ただ、そのなかで使われている演出っていうか、カメラテクニックとか効果とかそういうのはなんか見覚えがありました。たとえば、ハリウッドでオースティンと連れ添いがうろちょろしてるときのバックの効果とか、映像の入れ方とか、いかにも安っぽいブルーバックとかそういうのは分かった。
 でもそれだけ。その意味では、オースティンが出て来たときに連れ添いの女のがした反応と同じかも。
 そういう意味で、とりあえず見たんでかいときましたけど、どれぐらいわけわかんないか(少なくとも俺と同じ世代の人は)一度見てみるのも良いかもしれませんね。

 

 

「パーフェクトカップル」

 監督:マイク ニコルズ

 出演:ジョントラボルタ

    エマトンプソン

 

 これはね、選挙のお話です。ジョントラボルタがね、大統領になりたいんですって。で、奥さんの絵馬はね、旦那が不倫すると顔をひっぱたくんだけど、別かれようとは考えないんだってさ。人間は、お金や権力が絡むと、たいていのことには目をつぶれるもんだというなかなかタメになるお話でした。
 それ意外に何か見つけようとしたけど、あまり僕は頭がよくないんで、分かりませんでした。ただね、クリントンさんはモニカちゃんとやってたけど、あの当時、モニさん、成人してましたよね。でも、この中に出てくるトラぼるは
17歳のこに手をつけます。やる気ありますね。元気なお父さんです。世間のえんこうやってるパパも、買春防止法なんかに負けるなよ!!
 その意味で、巷のやんちゃなお父さんのためには一躍買っている映画だったと思います。それがなかったら、同じ政治家扱ったやつでも、「ボブロバーツ」とかのほうが、臨場感があって面白かったよ。ちなみにそれ、ティムロビンスが出てます。機嫌悪そうでした。

 

 

 「スネークアイズ」

 監督:ブライアンデパルマ

 主演:ニコラスケイジ

ニコラス刑事は悪い刑事です。人のことを平気でぶちます。それもグーで。
 お金を巻き上げたりすることもあります。僕のママが聞いたらびっくりするような、悪い言葉を平気で使ったりもします。とても怖い人でした。馬鹿とのににてるくせに、女の人にもてたりするところも、嫌でした。大人の世界はわかりません。
 そんなニコラス刑事は、今ボクシングの試合に来ています。国防長官が招かれている試合です。彼を招いたのは、子供のころからの友達で、今は中佐になっている真面目な人です。ニコラスさんとは大違いです。ママの再婚相手も、こういう人だったら良いな。
(勝手に離婚さすなって!!)
 リンカーンていう人がチャンピオンです。でも、彼はすごく強いはずなのに、ダウンしてしまいます。その瞬間、ああ、なんという事でしょう!!銃声がとどろいて、国防長官は撃たれてしまいました。びっくりするニコラス刑事、僕もびっくりです。
もう、どびっくり。
それから、ニコラス刑事は犯人探しをします。当たり前ですよね。彼は市警の刑事、別に名前がそうだから刑事刑事って書いてたわけじゃねえんだよ。ああ、面白くねえ冗談だってことも知ってるよ。でも、さ、俺だって冗談かんがえんのつかれんだよね。ほんと、まったく。あーあ、これかいてる間にラーメン伸びちゃったよ。
 おっとっと、こんな言葉遣いしたら、ママにお尻ぺんぺんされちゃうや、だめだぞ。
うめちゃん。
 そこから話はなぞを深めていきます。リングサイドにいた赤い髪の女。真面目な中佐。狙撃手のアラブ人。リンカーン。そして、直前まで国防長官と話をしていた、白い鬘(かつらと読みます)の女。こういった人たちがさまざまな交錯を見せ、舞台は面白さを増していきます。
 と言っても、さっしの良い人だったら、大体分かりますよね。国防長官なんですから。誰が犯人かぐらいねえ。説得力のある結末が必要ですからねえ、それなりに私たちでも想像できる、そんなあなたが犯人よ。ってな感じで、キャッチコピーほどああ、すごいやっていう印象ではありませんでした。しかし、約100分という長さのフィルムなので、飽きる前に終わってくれました。テンポもよかったですし、その意味ではストレス解消にはなりました。ニコラスの役柄がテンポよくしゃべるからかもしれませんけどね。あと、戦略として先にも少し出ましたが、キャッチはうまいですよね。なんでしたっけ、あなたは5分以内に犯人を目撃する、だっけっか、視覚のトリックだっけか、まあ、そういう事言ってましたけど、嘘ではないですから。確かに。でも、それいったら、土曜サスペンスだって、似たようなもんでしょ。
ちょっとだけ、こ・だ・い・こ・う・こ・く?!
 ただ、最後でニコラスがやっぱり自分のやってきた悪さを暴かれたのは、流れとして、へんにヒーローで終わらなかったのでよかったです。だって、それじゃあねえ。おわり

 

 

 「バックトゥーザヒュ―チャ―、その三」(いつだか忘れました)

 

  監督:ロバートゼメキス

  主演:マイケルjフォックス

 

 皆さん、笑ってください。今回は皆さんが見たことある、っていうか、当たり前になってる物です。
でも、別に観たことがなかったって言うわけではないんです。ただ、字幕版を見たのは今回が初めてです。クリストファーロイドの声を意識的に聞いたのは、実は今回がはじめて。駄目人間と呼んでね。
 
SFは、全然知らないので、ここに立ち入って話をするのは、正直怖いです。
 駄目だしされそうで。ちなみに俺の専門分野はどっちかって言うと、ドキュメンタリー系です。
皆さん「クリスチーネ
F」観ましょうね。ドイツも結構つらいみたいだって、分かるよ。
 さて、そんなわけで、話を進めさせていただこうと思いますが、分かるよなあ、みんな。
 これは、バックトゥーシリーズの最後の話です。(関係ないけど、クリストファーロイド、一発で変換されました。「入れた手のお茶」とかやってる会社。案外フリークがいるみたい)いつもどおり、マーティンくんとドクさんのお話です。ちなみに、今回は久しぶりにアインシュタインが出てます。良いいぬ。
 マイケル君は西部劇の舞台まで一気にタイムスリップします。ああ、なんかかいてるのがあほらしくなって来た。まるで、大学院の物理専攻の学生に、一たす一はニとか言ってる感じです。だからやめましょう。だって、みんなだって、そんなん聞きたくないでしょ。
 そんなわけでマイケルJさんの話をします。まず、彼に最大限の敬意を払わせていただきます。今、彼は病気と、しかも難病と言われる病気と戦っています。僕が彼と初めてであったのは、やっぱりこのシリーズなんですけど、たしか小学生のときだったと思います。彼の顔に惚れたって言うのかな、(別にそう言う趣味じゃないですけど)ただ、アルパチーノとかゲイリーオールドマンとは違ったカッコ良さって言うか、そのころ知っていた外人は、エリッククランプトンとかだけど、そういう渋い人とは違ったカッコ良さを強く覚えたのを覚えています。
 純粋にかっこいいっていうか、アイドルを観てぎゃ―ぎゃ―言ってる女のこの気持ちが少しわかったていうか、そういう感じかな?ともかく、初めて彼を見たときに、子供だった僕の脳みそに、彼の顔と話し振りそして、エネルギー見たいなものが叩き込まれたみたいです。
 「カジュアリティーズ」、「摩天楼は薔薇色に」「ハードウエイ」
etc,etc、、、本当に彼には楽しませてもらいました。もちろん、全部見たわけではないんですが。(実際、内の近くのビデオ屋には、まだ観たことのない物ばっかりです。でも、そこって55000本も置いてるとこだから、ちょっと・・)本当に彼の良さが分かったんじゃないでしょう。
 でも、楽しかった。わくわくさせられた。俳優一人でここまで映画が変わるものだってこと、最近になって分かりました。それも今回あえてもう一度、この作品を見直した理由です。ともかく彼にはがんばって欲しい。
 ホーキングはかせだって、頑張ってるんだしね。将来、彼をスクリーンで見ることが無くなっても、ビデオ屋だけでしか、彼を見ることができなくとも、記憶の中にはまるで今、目の前にいるみたいに彼がいます。
 皆さんも、俳優さんでこういう経験されたこと、ありますよね。本当に、映画って、いろんな人がいて、監督だけでなくすべてのアクター、アクトレス、脚本家、裏方さん、そんな一言では計れない様様な人たちの作り出すエンターティメントなんですよね。これから、もし俳優さんを目指している人が、もしこの文章を読まれることがあったら、そういう観客のためにせいいぱい頑張ってくださることを期待します。僕みたいにぜんぜん映画を知らない人でも楽しませられるような、そんな人になってくださいね。

 

 

「パッチアダムス」

 監督:トムシャドヤック

 主演:ロビンウイリアムス

 感動っていうのは、しばらく味わってませんでしたが、久しぶりにそれを思い出すことができました。これはすばらしくいいお話です。しかも泣かせるのがこれが実話だっていうことです。多少は作っているところもあるだろうけど、それを差し引いても余りあるお話でした。「レオン」と「エデンの東」が今のところ一番感動したお話でしたけど、それにこのお話も加えたいと思います。
 パッチさんは、はじめ自殺未遂をします。それで任意入院をした精神科で、他の患者さんとのコミュニケーションを取ったり、ほかの人を楽しませてやることにより、自分自身の心のケアにもなるということを発見します。
2年後(その時点で、彼は中年なのですが)医科大学へと進学します。
 彼の言動は、当初回りの人達をびっくりさせます。学部長の言葉を借りると、医師としてあるまじき言動を繰り返す人になってます。知らない人が見たら、頭が失敗してるとか、脳が弱いとか、そういう言葉で表現されるようなタイプの人です。僕もそう思いました。けれども、そこらへんはロビンウイリアムすがうまく演じています。コメディアンとして見られるので、変な人というよりは、純粋に彼のセンスを楽しんでください。
 それから、パッチさんとかりんさんという女の医学生との関係も要チェックです。これはどうなるかは言えませんが、人生の深さと不条理さを感じさせてくれます。ともかく、見てみることをお勧めします。
 あと、特筆すべきこととしては、音楽の使い方が非常にうまいんですね。ちょうどここで欲しいと思っている音楽が、まるで背中を掻いてくれるように挿入されてくる、そういう気配りが非常にうまかったと思います。
 人によってはレナードの朝じゃん、っておもうかもしれませんが、レナードは知ってのとおり、そんなにいい終わり方では無かったですよね。それは明らかな現実問題として捉えた場合、勝つことの出来ない病気もあるのだということを知らされるわけで、あの作品が最後悲しくなってしまったのは、いつのまにか患者と医師と病気の関係から、医師と病気の二つだけになってしまったことが原因していると思われます。その結果、無力感と、元に戻ってしまった患者さん達のみが私達の目には残りました。
 けれど、この作品の場合は、あくまで最初から医師と患者の関係のみにしぼり、仮に死にゆく患者がいたとしても、彼の生きている間の生は十分に楽しむ価値があるし、その責任が医師にはあるというテーマのみに徹していたことです。そのため、あくまでオーディエンスとしての感想をいわせて頂ければ、感動したという気持ちを残してエンドロールまで楽しめたわけだと思われます。
 もっとも、現在病気の方がご家族や友人にいらっしゃる方達の場合、上の空になってしまう作品かもしれません。けれど、こういった作品がむしろ、現場のお医者さん達の啓蒙になったり、「死」というものに対して見なおすいい機会になれば、と考えます。勝ち負けで言うと勝ち、とか、そういう考え方はすでに時代遅れになりつつあるのかもしれません。それは、「病気」に対してもいえることだし、また、私達の身近な人間関係においても、そういった清涼剤のような考え方が必要なのかもしれませんね。

 

 

 「プライベートライアン」

 監督:スティーブンスピルバーグ

 主演:トムハンクス

 いやあ、リアルでした。っつっても戦争行ったこと無いから分からないですけど、なんか雰囲気的にはキリングフィールドみたいな印象を受けました。それのリアル版みたいな?SFXの進歩ってすごいですね。
この話は皆さん知ってのとおり、ライアン二等兵を探しに行くお話です。ライアンさんちの兄ちゃんが、みんな戦死してしまって、末っ子のライアン君だけしか残ってなかったんです。だから、探しておうちに返してあげないと、ママが泣くからってことで、ほかの連中に探してこいとの命令が下ります。その役目をノルマンディー上陸作戦を終えたばかりで疲れてるトムハンクスにします。
 だから、トムハンクスは部下を連れて、どこにいるかも分からないライアン君を探しに行くんですね。みんなブーブー言ってます。だって、一人を救うために8人もの命が犠牲にさらされるんですからね。けど、命令だから行くしかないんです。それに、トムさんはこのミッションを成功させることは、結果として自分達がこの戦争で成し遂げた唯一の人間らしいことになるんだと信じて疑いません。

 さあ、冒険の始まり始まり!!

 話としては、今まで書かれて来た戦争ものに似てます。つまり極限状態の人間心理という言葉で要約できるようなものです。ライアン君を探しに行くために、8人もの人達がかり出されるというのも、その異常さということを説明するには、少し説得力が欠けていたように思われます。何故なら、死んでいるかもしれないライアン君を探すという任務は、たしかにびびりますけど、なんかヒロイックな話としては当たり前かなあと。つまり予想がつくという意味で。もし、これが探しに行ったらライアン君が、実は宇宙人で、とかそういうくだらない話だったら笑いますけど。こういった感動系の話においては、もうほとんど出尽くしてしまった感がありますよね。
 僕達はだから、そういったどこかで聞いたようなストーリーというようなものでも、何とか新しい要素を見つけなければならないし、そういったものが少しでも見つかれば、そこには感動が生まれるんでしょうけどね。
 もっとも、作る側としては、そういった新しいもの、誰も見たことの無いものを作りたいんだけど、それができるまで待っていると食べられないというジレンマに悩まされているでしょうから、しょうがないんでしょうけどね。
 (それにしても優柔不断な、喋り方だ…)
 その意味で、この話で感動するところといえば、先に上げたようにリアルだったということです。カメラワークとか、吹っ飛ばされる人とか。そういうのが、タイタニックの終盤で舳先から転落していく人達を見たときと同じような、そういった新しい映像世界という意味での感動がありました。スピルバーグさんはえらいね。そういったカメラワークその他もろもろの演出があるから、トムハンクスの言葉とかも、変に聞こえなくて、良かったですわ。はい。
 関係ないけど、時々トムハンクスとティムロビンスをごっちゃにしてしまうことがあるのは僕だけじゃないでしょうな。なんかキャラがかぶってるんだもん。

 

 

「ブルワース」

 監督:ウォーレンビューティー

 出演:ウォーレンビューティー ハルベリー ドンチードル

 よーめん、まざふぁっか、ふぁざふぁっか、きれきれぷっぷ。
 なんだか、そういう言葉がいっぱい出てくる映画でした。どういう話かというと、ブルワースさんという上院議員が選挙をしています。でも、彼は自殺するつもりでした。寝られないし、物も喉をとおらないし、うそっこばっかりついている議員生活が嫌になってしまったみたいです。自分の選挙のコマーシャルを見ながら顔をしかめている彼からは、極度のストレスがうかがえるでしょう。
 けれど、自殺をする勇気もない彼は、人を雇って暗殺をしてもらうことにしました。その手はずが整うと、急に彼は元気になります。演説で行った先の教会では、なぜ、政治家は公約を破るのかという問いに対して、そりゃあんたらが献金をしねえからじゃんとか、そういうことを言ってます。それ以外にも、献金集めのためのパーティーの先で、同じように、本音バンバントークを繰り広げます。
 そんな彼にはいつしか人々の注目が集まります。これまで見られていたようなお定まりの政治家イメージを払拭してくれるような彼の言動に、人々は関心を寄せるのでした。ハイ、お終い。
 それぐらいの話だったんで、これ以上いうことはありません。
 愛や、バイオレンスや、サスペンスもある作品でした。見たい人は見てみましょうね。
 でも、何でそういうのかっていうのも分かりますよ、見れば。だって、彼の本音トークって言うのは、もうダブルスタンダードとして、外人の俺ですら知ってたことなんですもの。その意味で真新しさを感じろっていう方が無理ですよ。例えば、エディーマフィーのホワイトハウスラプソディーとか、ティムロビンスのボブロバーツとか・・・・・・
 ただ、面白かったのは、めちゃくちゃスラングがでまくるんで、見てる方としては下世話な楽しさは感じられて良かったですね。後、彼の参謀をやってる人が、ジャッカルでジャッカルに請け負ったパーツの制作費をぱくったせいでぶっ殺される人が演じていて、そこらへんのギャップが面白かったです。

 馬子にも衣装。

 

 

「マイフェアレディー」

 

 監督:ジョージキューカー

 出演:オードリーヘップバーン

    レックスハリスン

  

 皆さん、良い映画を見ましょうね。これは面白かったです。とても勉強にもなりましたし。音声学の講義をとっている最中に見たので、その意味からも、この映画は非常にためになりました。アカデミー賞も分かります。
 何でこれまで見なかったんだろう?
 さて、オードリーさんは花売り娘です。イザベルという名前の、なかなか狂暴そうな女の子です。年齢設定は、俺より
2歳年下です。そんな彼女がある日、金持ちどもにはなを売ろうとしていたら、彼女の訛りをメモしている男に出くわします。てっきり彼女を売春婦だと考えている刑事だと思い込んだ彼女は、コックリー訛り(イギリスの労働者階級に特有の発音だそうです)でがーが―がなり立てます。それに対して、彼は余裕かましながら、半年あればこのこをレディーにして見せると声高に宣言します。もっとも、その日はそれで終わります。
 翌日、イザベルは自分の親父に金をたかられます。いつものことだけど、やはり良い気分はしませんよね。ちょうど昨日教授と出会っていた彼女は、彼の言った言葉に少し興味を持ち始めます。そして、その興味はいつしか決心へと変わりました。彼女は思い切って教授の家のドアをたたくのでした。
 その後は、皆さんが見てください。というか、この作品に限らず、この時代の作品はミュージカルな物が多く、話だけで見ていったら、単なるサクセスストーリーセックス無しぐらいの言葉でつづられてしまう物ですけど、やはり、それをミュージカル的な要素や、語り的な要素によって、総合的なエンターティメントにしています。今みたいにリアリスティックなものが増えた時代だと、妙にこういう作品も面白く感じられてしまうものですね。
 でも、昔の物がすべて良いというわけではありません。
 今日の晩御飯、僕は焼肉だったんですけど、作ってくれたうちのおばあちゃん、鼻が悪いのか狂ったサルがうんこをそこらじゅうに撒き散らすぐらいの勢いで、おもいきり大蒜を入れまくってくれました。臭くてかないません。今も気分が悪いです。昔の物でも、やはり良いものと悪いものがあるっていう事ですね。はい。

 

 

 「メリーに首ったけ」(1998

 

  監督・脚本・プロデュース:ボビ―ファレリー・ピーター

               ファレリー

  出演:キャメロンディアス(メリー)

     ベンスティラー(テッド・片思い13年童貞じゃない)

     マットデュロン(ヒーリー・変態保険調査員)

     クリスエリオット(ドム・靴が好き)

     リーエバンス(タッカ―・やさしさは、嘘なのねん)

         

   

 とおさん、元気ですか?富良野は、もう雪が降り始めるころですね。僕は最近、いろいろとあるわけで。ガソリンスタンドに勤めてたころはめちゃった有機苗、ではなくてゆうきさんは、最近ぜんぜんテレビに出てこないわけで、黒猫ヤマトのコマーシャルにも出ないわけで・・・ 蛍は元気ですか?けつの穴に指を突っ込む病院の看護婦をしているらしく、僕もそれはとても良いことだと思うわけで・・・
 話は変わりますが、最近、僕は一人の女性と知り合いました。彼女の名前はメリーといいます。みんなの憧れのメリーは、プロムの日にテッドと行くはずだったのに、彼が大事なものをチャックにはさんでしまったせいで、行けなくなってしまったという過去を持っている女性です。
 その他にも、結婚寸前まで行ったプロフットボールの選手と別れたり、(っていっても、オージェーシンプソンじゃありません。だったら、メリーさん今ごろ、頭割られてるはずです)ストーカーに付きまとわれたりしている悲しい過去を持っている人で、今は、整形外科医をやりながら、障害を持つ弟さんや、同様の障害を持っている人たちを暖かく援助しているすばらしい女性なわけで。
 そんな彼女を一心に
13年間も思いつづけていた人がいます。テッドさんです。僕は純情そうな顔をしながらいろんな女に手をつけてますが、彼はその点で僕より真面目なわけで、ある日、友人のドムにメリーが忘れられないと話しました。彼は、テッドに一人の保険調査員を紹介します。ヒーリーです。だけど、彼が曲者で、調べている最中に、メリーさんを好きになってしまいました。その結果、テッドさんは、嘘の情報を教えられてしまい、彼が悩んでいる間に、ヒーリーさんはメリーさんとよろしくなってしまったわけで。嘘を知って、マイアミに来たテッドさんと一悶着が始まります。
 マイアミはあったかいです。でも、ホモがいっぱいいるハイウエーがあったり、男汁をジェルと間違えて頭に塗りたくる人がいたり、一流建築士の振りをする変なピザやさんがいたり、年甲斐もなく欲情しているたれ乳のおばさんがいたり、しゃぶをやってる犬がいたり。おっかないところです。僕はもう嫌です。
 父さん、富良野に帰りたいよ。とうさん・・・・・・
 てな感じで話が進行していきます。終始、三下のラブコメディーにならないのは、やはり、真面目な場面でそれを茶化す歌を使っているからでしょう。くだらなさは一流です。キャメロンはあまり好きじゃないけど、良いおっぱいしてます。テロップで、ヒーリーがもんでますけど、マットディロン、素に戻ってました。でも、男としてわかる気がします。なんとなく。

 

 

 「IN and OUT」(1998?)

  監督:スコットルービン

  出演:ケビンクライン(ハワード・いつも胸におててを当てて)

     トムセレク(ピーター・梨本インアメリカ)

     マットデュロン(キャメロン・こいつこそホモっぽい)

     スマイリー(ジョンキューザック・もとでぶ女)

 

 これは、真面目に見ると損をします。なんでかというと笑おうと思って笑えないからなんですね。別に面白くないわけじゃないんだろうけど、途中で真面目になっちゃうところがだめなんですよ。こっちも素に戻っちゃうから。できれば最後までくだらない話で盛り上げてくれればよかったのにって思います。
 グリーンリーフだかグリーングリーン(俺の頭の中の音)だか知らないが、その町の高校の先生をしているハワードさんは、結婚を三日後に控えていました。結婚相手はスマイリーという、まるで漫才師みたいな名前の女の人。先生同士の結婚ですが、二人は婚約してから三年になっていました。ハワード先生に関する目下の話題は、アカデミー賞候補のキャメロンの先生だったということ。生徒もその話題で持ちきりです。
 さあ、いよいよ、アカデミー賞の発表です。みんな固唾を飲んでテレビを見守っています。ここらへんは、おらが村から有名人が出たって言うので、みんな、まるで自分のことのようによろこんでいる心境なんですね。相手はおめえなんか少しもしらねえっていうのによ。
 案の定、今年の最優秀男優賞に選ばれたのは、キャメロンくんでした。喜びながら壇上に上がった彼は、スタッフと共演者に対する感謝を述べた後、一番に感謝する人は、母校のハワード先生だといいました。盛り上がる一同。先生も、わおーとか言って喜んでます。 やったね、みんな!!
 そして、キャメロンさんは締めの言葉を述べます。

 「and He is gay

 やっほー!!人の不幸って楽しいですね。ハワード先生はその後、当たり前だけど、さまざまな困難にぶち当たります。ピーターとかいうキャスターに追っかけまわされたり、男らしいみのこなしを学ぶために、変な通信講座に手を出したり、大丈夫なんでしょうか、(頭がじゃないよ、ねんのため)彼は本当に結婚できるのでしょうか?
 見終わった後の感想は、なんというか日本語吹き替えで見たせいかも知れませんが、いまいち面白さが伝わらなかったような・・また、そうでなくともお決まりのパターンになってしまったって感じました。ゲイの問題は田舎町では特に深刻でしょうから、こういう書き方になるのもわかりますけど、もう少し遊んでもらいたかったなって思います。別に頭の硬いおじいさんおばあさんはこういう映画見ないわけで、若者にしてみたらゲイカルチャーっていうのは結構、ブラックカルチャーと同じくらい許容されているはずです。だとしたら、啓蒙的なものよりはむしろ、わかった上で遊んでほしかったなって思いました。

 

 

「悪魔を憐れむ歌」

 

 監督:グレゴリ―ホブリット

 主演:デンゼルワシントン(鼻の下が長い)

 あなたはね、霊の存在を信じますか?私は信じません、だって、怖いじゃん。でね、今回のお話は、そういう霊が存在して、それが触ると感染して広がっていくっていう話です。怖くはなかったけど、最後がなんかディアボロスみたいでした。
 デンゼルさんは刑事さんです。ニコラス刑事と違って、真面目一徹の人です。関係無いけど、この人には、そういう役が良く似合いますよね。間違っても、エディーマーフィーとは大違いです。とはいえ、僕はエディーさんのほうが好きです。けど、ドリトル先生をやってるやつは見ないようにしましょう。シュワルツネッガーがクリスマスプレゼントが欲しいって暴れまわる親父の役をやっているやつと同じぐらい面白くなかったです。
 さて、そんなデンゼルさんが、リースという自分が挙げたホシに(死語)会いに行きました。彼は今日、死刑になります。その席で、リースは彼に向かってわけのわからない言葉で話し掛けてきます。デンゼルさんは呆れてさっさと出て行きました。リースの話していたわけのわからない言葉、というのが結構あとで大事になってきます。皆さん要チェックです。訳せる人は訳してみましょう。ちなみに僕は不可能でした。
 もしもできた方がいたら、ぜひ連絡ください。ゆびのあいだにえんぴつをはさんでひんまげてあげます。 さて、そんなわけで彼は死刑になります。妙にハイテンションな死刑囚です。がーが―がなりたててます。多くの立会人の前で、彼は歌っています。「
time is on my side」と。しかし、いよいよガスが彼の体を包み、彼は生きたえてしまいます。息を呑む一同。その後、カメラは鳥瞰に変わります。つまりそれが悪霊の正体です。後は見てのお楽しみです。
 総合的に感想を述べますと、真新しさは無かったです。あと、残念だったのは、山小屋でデンゼルさん地下室を発見しますけど、そこで見つけた本とか、そういうのに対してもっとディテールを出して欲しかったです。なんか、そこで見つけた本がもっとつながりを持つのかな、と、期待してたのに、そんな説明が無かったのが残念でした。ただ、ここで出てくるおね―ちゃんと同じようなことを言ってる人が、最近増えてますよね。(見てもらえば分かります。あまり言うと、後が怖い)いろいろと大変な時代になったと思います。「わたしが共犯者である」とか言う人もいるし(共犯者を別の言葉にしてみようね。ええ、僕はしませんよ。ポアされるとこええもん)困ったもんです。
 いろんな自由があっていいと思うけど、こういう話はあくまでも物語のなかだけにしておきましょうね。
 はい。

 

 

「完全なる飼育」(1999

 

  監督:和田勉

  主演:岩田(竹中直人・餡泥メディアよりはまとも)

     邦子(小島聖・表情が良いです)

     その他:ヨード卵光のコマーシャルのおばちゃん・ガッツ

 

 せくしーこまんどーばくはつどんぱちどんぱち(心の叫び)
 まるで、今の社会病理を繁栄するかのように、高学歴であるがゆえの心の病を抱えてる
40台中年男がいました。ツムラ文房具に勤める岩田さんです。
彼はもと家具やさんの跡取息子、だけど、同僚の女性を好きになってレイプしちゃったせいで、今の文房具やさんで外回りの仕事をしています。
 そんな彼が、ほれちゃった女の子がいました。邦子さんです。彼女は、親父が信用金庫に勤める家の娘さんで、
18歳のぴちぴち女子高生って感じ。けど、当初はものすごくどんくさい女のこです。ただ、気性が激しかったのが、真面目な子は拉致られてもおとなしいままだろうという通年をぶっ壊している点で、面白かったですね。
 ある日、彼女はマラソンの途中にガードしたで岩田に拉致られてしまいます。
岩田が彼女をらちった目的は、「完全なる飼育」を目指すこと。つまり、心と体、その双方に愛を感じるための飼育です。当然ですが、初めはものすごくサイコな雰囲気が漂っています。彼女に手錠をかけたり、ナイフで脅したり、そういう事をしていながらも、彼女のことを大事なお客様と呼んで、食べたいものなどはさっさと走って買ってくるという。当然レイプもありません。その点では、ファウルズのコレクターを踏襲しています。けれど、私はあの作品より面白いと感じました。時間軸でいったら、あの作品を踏まえているはずなので、こういう言い方は卑怯なのですけどね。
 また、この作品は誤解しないでほしいのですが、和田勉が原作者ではありません。松田美智子さんという人がそうです。本の名前は小さすぎて見れませんでした。女の人だから、こういう書き方をしたのかも、と少しだけ考えました。
 根底に愛という概念がつづられてます。ええ、僕もそこに注目しましたよ。けして小島聖はおいしそうだなあ、とか、こういうエッチはうらまやしいなあとか、そういう不純な考えは少ししか考えていませんよ・・・・・・・・・
 ただ、愛という事で話すなら、ここにつづられているのは、一見変態による束縛ですが、その変態は女性に対して非常に従順だという。今ある男女関係をパロディー化している点が興味深かったです。つまり、一方的ではないんです。単なる一方的な物語だったら、別にAVでも見りゃ良いんですね。なんだかんだいって、哀れな男と、自分の殻を破れずにいた矮小な女の子、その二人が形は奇妙ではあるけれども、愛という幻想を追い求めている作品。こういった書き方を松田さんはしたかったんでしょうか。だとしたらこの作品は、見るものにたんなるエッチだけで終わらせない印象を残すはずです。
 けれど、ひとつだけこの作品の功罪があるとしたら、見る人によっては、初めから提示されていた「完全なる愛」という事を見失ってしまい、ただ、「女は束縛されればいう事を聞く」だとか、「やっちまえば、処女の女はすぐすけべえになるもんだ」というある種行動主義的な印象を与えかねない点です。それでは、ただの犯罪になってしまいます。(結末も、社会通念として彼には犯罪者のレッテルをはりますが、これは恐らく倫理的な問題でそうかかざるおえなかったということと、話に少しでもリアリティーを持たせるためにはしょうがなかったのでしょうね)たぶん、岩田と同じ状況下にいる人が、「僕もこれで良いんだ」
とかほざくかもしれませんけど、それはあんたが間違ってます。もっとソフトにしましょうね。
 従って、みるべきは、男と女という生物の、ある人には忌むべきもの、けれど当人同士にとっては、むしろ喜びになるような、そんな「愛」を追いかけている姿だという事です。その意味で、人間は不思議なものだと思いました。映画を腐るほど見ているはこういう書き方は当たり前だ、というかもしれません。また、フェミニスティックな女性だったら、そんな考えになんかなるはずもない、と怒るかもしれません。もしくは、倫理的な面からふざけるなと言われる事も想像できます。(確かに、学校の上映会じゃながさねえだろうしなぁ)だとしたら、この作品を非常に面白く感じてしまった僕の理由は、ひょっとしたら竹中と、小島の好演に原因していたのかもしれないですね。
 ともかく、それは皆さんの目で確かめてください。

 

 

 「虚栄のかがり火」(1990

 監督:ブライアンデパルマ

 出演:マッコイ(トムハンクス)

    ピーター(ブルースウィリス)

    マリア(メラニ―グリフィス)

    判事(モーガンフリーマン)

 ニューヨーク、それはさまざまな人種や階層の人々が集うメルティングポット。なんて言い古された言い方をしても何も面白くないけど、これはそんなお話です。ピーターはいまいちぱっとしない新聞記者。いつも酒ばかりのんでます。そんな彼が、ピュ―リッツア賞を取るきっかけとなったある事件が、この映画の本筋です。
 マッコイさんは、ウォール街でディーラーをしています。毎日、億単位の取引を行い、それの多くを成功させてきました。彼は今、不倫をしています。お相手は、マリアというパツキンえろえろ女です。その彼女とあるひ車に乗っていて、彼らはひょんなことからブロンクスに車を進めてしまいました。
 お約束どおり、彼らは強盗に会ってしまいます。道のタイヤをどかそうとマッコイが車を降りたときでした。しかし、マリアが機転を利かせて車を発進させたことで、彼らはお金を取られたり、命を取られたり、おら、俺の太いのしゃぶれや、とか言われる事もなく、逃げることができました。
 けれど、そうは問屋がおろしません。問屋も最近の不況でなかなか卸してくれないんですね。そういう客に対する態度がなっていない問屋なんかつぶれちまえば良いんだ。ジョニーだって、はじめは一生懸命仕事をしようって、この町を出ようって張り切ってたのに、あのカルロスのやつ、俺たちの足もとみやがって、結局、ジョニーはまた刑務所に戻る羽目になっちまったよ。
 おっと、誰かが乗り移っていたみたいですね。ジョニ―さんもがんばって欲しいものだと思います。
 さて、話は戻りますが、逃げたときに強盗の一人を轢いてしまったんですね。結果として、その高校生は重体になり、マッコイさんはつかまってしまいます。別に彼が轢いたわけではないんですが、人種的な問題や、選挙前で人気取りを狙う地方検事の陰謀などで、彼のせいになってしまって、さあ大変。挙句の果てに、マリアは別の男と逃亡するしね。
 はたして、彼に未来はあるのでしょうか?
 ニューヨークを扱った作品は、腐るほどあります。上流階級の話では、「ウォール街」や、「摩天楼はばら色に」なんかが有名ですよね。それ以外にもギャングものでは、「ゴッドファーザー」シリーズはここが舞台です。個人的には「ニュージャクシティー」とか、「レオン」なんかが好きです。
 あとは、変り種として、ポールオースターが原作脚本を担当した「スモーク」なんかがあります。これは面白い作品でした。これ以外にも山ほどニューヨークを舞台にした映画があります。映画というエンターテインメントの舞台になれるほど、この町には何か魅力が詰まっているんでしょうね。少なくとも西那須野町とは大違いなのが少し悔しいです。(皆さんご存知ですか?)
 そういえば、話の中で、マリアの友達の子が酔っ払いながらコピー機に丸出しの黒あわびを乗っけてコピーするシーンがあります。皆さんは、そういう事をしないようにしましょうね。それでも我慢できずにしてしまったのなら、ぜひ、私までご一報を。

 

 

「交渉人」

 

 監督:F・ゲイリー・グレイ

 出演:サミュエルLジャクソン、ケビンスペイシー、JTイウォルシュ

 ネゴシエイターという映画が、エディーマーフィーの主演でありました。だから、これは「交渉人」なんですよね。かぶるから。で、その交渉人というのは、人質を取った犯人と交渉をすることによって、何とか人質の解放をするという仕事らしいですわ。それをサミュエルさんがやってます。変な顔。
 サミュエルさんはとても優秀な刑事さん。ニコラス刑事とは大違い。で、その交渉人としての彼は、友達のネイサンさんという冗談みたいな名前の人にある日、相談を持ちかけられます。その相談とは、横領事件のこと。つまり、横領事件の犯人の尻尾を捕まえたということですけれど、その相談を聞く日に、彼は何者かによって射殺されます。ちょうどその現場にいたサミュエルさんは、その疑惑をかけられるのです。
 ただ、あらかじめネイさんから話を聞いていた彼は、この事件は署内の横領犯が俺達を嵌めたんだと主張します。だが、その話も認められず、ついに彼は窮地へと立たされてしまいました。そこで、彼は一計を案じます。いきなり、内部調査課の部屋に怒鳴り込むと、人質を取って立てこもってしまいます。みんなびっくり。ほかの連中はいろいろと手を講じようとしますが、何せ相手はこちらの手の内はすべて知り尽くしています。超お手上げって感じ。
 そんなとき、サミュエルさんがある人を交渉人として指定してきました。それが西地区ナンバーワン交渉人のクリスでした。クリスさんは間抜けな顔をしながらちょうど家にいて、奥さんの機嫌をなだめたりしてる最中です。いきなり電話がかかってきて、楽しいスキー旅行は後回しになってしまいました。残念。
 とか、そんな感じなんですけどね。ただ、最後まで誰が犯人かわからなかったので、面白かったです。まあ、話が分かり辛いところが多少あったので、そのせいかもしれませんけど。ただ、みんなはんにんぽいから、その意味では最後まで集中してみることが出来ました。でも、何度見てもサミュエルさんは変な顔をしてます。こればっかりはしょうがないでしょう。はい。

 

 

「人間椅子」(1997

 監督:水谷俊之

 主演:清水美砂

 椅子がね、人間なんですよ。いやね、正確に言うと、なかに人間の入った椅子なんですね。だから、人間椅子。誰です?人間便器を思い浮かべたのは。そういういやらしいものと、この格調高いお話をいっしょにしないでください。ええ、格調高いですよ、どすけべですし。
 そういう訳で、この作品。原作は江戸川乱歩です。彼のお話は、いろいろ映画化されてますけど、ご存知ですよね。
RAMPOとか、屋根裏の散歩者とか。卑猥なお話が多いですけど、今の世の中でも十分通じる変態なお話でした。だって、あなた椅子になりたいなんて思います?女の人の感触を、薄革一枚で感じたいだなんて、ねえ。
 ええ、私は思いませんよ。
 清水美砂は、小説家です。旦那さんは、外務省に勤めるエリートで、腹話術が趣味です。よく腹話術の人形を持ち歩いては、人を笑わせています。当然、声色を変えることも得意なんですがね。(ここらへん伏線です)ある日、彼女は、
1通の小包を受け取ります。なかには原稿用紙が10数枚程度、入っていました。そこには、貧乏な家具職人の独白がかかれていました。
 はじめ、彼女はまったくそれを相手にしませんでした。当たり前ですよね。椅子になりたい男が、自分の作った椅子の中に入ってしまうだなんて、普通の人は信じません。ましてや、彼女は小説家です。そのような話は一笑に付してしまってもおかしくない。
 しかし、そうはならなかったんです。彼女はそこにかかれている、彼の味わった官能。先にも書いたように、薄革
1枚隔てた上には、女性が座っている。その肌触りを、彼女の香水や体のにおいを、そして、その温かさを、彼は椅子の革を通して感じていたんですね。まるで、それは、レザーフェチやゴムフェチのような感覚だったんでしょう。
 そのような彼の体験談に、次第に清水さんは引き込まれていきます。
 このお話の感想ですが、いや、このお話以外にも、多くの乱歩作品の映画化に関係しますが、概して、乱歩の作品はみな妖艶な雰囲気を持っています。それを映像にしようとすると、多くの作品が、なにかシュールレアリズムのような様相を呈してきます。そのこと自体は否定しませんが、頭が疲れているときとか、ただ話を楽しみたいときには、そういった芸術的ニュアンスのある物はあまりみたくありませんよね。その意味で、娯楽ではないです。
 だって、もしこの作品を娯楽にしようとするならば、途中で三浦靖子(あの三浦です。ちなみに劇中では素顔です)と、運転手のエッチシーンを流しますもん。俺ならね。それとか、三浦を椅子の中に入れて、それで椅子取りゲームをするとか。とりあえず、車で轢いてみるとか。そういうお遊びの要素がもっと欲しかったです。まあ、そういう映画じゃないからしょうがないですけどね。ただ、一つだけ言えることは、美術館に絵画鑑賞に行くのと同様に、この映画も余力があるとき観ることをお勧めします。

 

 

  「蜘蛛女」

 

 監督:ピーターメダック

 主演:ゲイリーオールドマン

 ゲイリーさん、汚職警官です。いつものことだけど、この人は悪役がうまいですね。普段の生活もそんなんじゃないかなって、勘ぐってしまいます。たぶんそうなのでしょうね。妊婦の腹をけったりとか、そういう人なんでしょう。けけけ。
 それは冗談として、彼より悪い人が出てきます。彼はどっちかというと小金を稼ぐという感じで、情報を漏らしたりしてました。ある日、イタリアマフィアの仲間を殺したロシアンマフィアを探せや、という命令がドンから下ります。彼はいつもどおり、そのロシアンマフィアのいる場所を彼らに教えます。っていうか、そのホテルまで彼が連行していくんですけど、そのロシアンマフィアっていうのが女の人なんですね、美人の。助べえなゲイリーくんは一発かまそうとするんですけど、逆に軽くあしらわれてしまいます。
 ですが、のほほんとしていたゲイリーくんの元に、そのマフィアが逃げたという話が飛び込んできます。ドンの人は青筋もので怒ってます。びびるゲイリーくん。キャー殺されちゃうよう。という感じで、
(どんな感じだろう)ゲイリーくんは一生懸命にその女の人を探すわけですね。そういうお話です。
 印象的だったのは、ロシアンマフィアのお姉さんがものすごい人なんですよ。もう、あじゃこんぐって感じです。見た目はすごく美人なだけなんですけど、怖いです、とにかく。で、悪い事をしたら笑うんですね、ははははは、って。そう、まるで水戸黄門みたいに。そういう話です。裏水戸黄門。それだけ。

 

 

 「恋に落ちたシェイクスピア」

 監督:ジョンマッデン

 出演:グウィネスパルトロウ・ジョセフファインズ・ベンアフレック・ジュディディンチ

 シェイクスピアっていうと、ソネットっていうプロバイダがあって、そのソネットは作品群としてのソネットと、so-netをかけてて面白いなあ、ぐらいしかないんで、あまり見る気がしなかったんですけど、見てみるとこれがおもしろいったらないんですね。以前サムライフィクションを俺は、ちょんまげが嫌いだとかそういうわけの分からない理由で見なかったことがあって、あとで見てみてもっとはやくみとけばよかったって後悔したことがありました。それとおんなじです。やっぱり初めがあまり期待してないから、予想以上に面白いっていうのもあるでしょうけどね。(ちなみに、その反対は、「プラクティカルマジック」だった。サンドラさんがでてるから、やっぱファンとしてはチェックでしょうって思ったのが運のつき。ただでさえ、今ちゃりんこ盗まれて金も心もヤバイのにとても損した気分にさせられたよ、本当に)(←注:去年の話です。)
 さて、このお話はシェイクスピアさんそのものを扱っています。彼は戯作を書いてます。
(当たり前だよね。これで彼がミッキ―の人形を行商しています、とかいったらわけわかんねえもん)だけど、いま彼的には才能が十二分に発揮できない状態です。友達のマーラーだかマーローだかは芸術的にも内容的にも面白そうな物を作ってるのに、彼は今で言うところのソープオペラみたいなもんを作ってるだけ。いらいらさんです。
 そんなときに、彼の新作のオーディションにトマスくんがやってきます。彼はほかの連中がマーなんとかの作品のせりふを言っているのにたいし、シェイクスピアの作品の文句を、オーディションの作品に選びました。シェークスピアさんだらけて寝てたんですけど、急に立ち上がって追っかけます。トマス君びびって逃げ出しました。追っかけるシェイクスピア。半泣きで逃げるトマスっち。青筋立ててがなりたてるいい年したおっちゃん。鼻水だらだら流しながら、片方の靴を無くしても駆ける、ぼ・う・や。
(ここらへんは嘘です)
 ともかくトマス君が飛び込んだ先は馬鹿でっかいお屋敷でした。そうなんです。実はトマス君はバイオラ
(バイアグラじゃねえよ)さんという女の人だったんですね。当時は女の人が役者をすることは出来なかったので、演技をしてみたいと思っていた彼女はわざわざ変装をしてオーディーションに参加していたんですね。軽い気持ちで参加したのに、シェイクスピアが急に乗り気になってしまったので、びっくりしてしまったんですよ、このこ。
 結局、気持ちが定まらないのと、その日に政略結婚の相手も招いたパーティーが開かれる関係で、彼は出てきません。しかし、シェイクスピアとしては、自分の作品を評価してくれただけでなく、才能を感じさせる彼
(彼女)の演技にひかれていたため、なかなか帰ろうとしませんでした。そんなときに、知り合いの連中が楽団としてやってきました。シェイクスピア君はしめしめということで彼らに便乗してお屋敷に入ります。
 そこで、彼は素顔のバイオラさんを見ます。いっぱつで惚れました。それは相手にしても同様です。もともと彼女の方が、シェイクスピアの作るものに対して感銘と尊敬の念を持っていたわけですから、当然二人はひかれあいます。踊りを踊っている間も、超楽しそうな二人。しかし、婚約者の方はプライドと、彼自身の野望を邪魔する者としてシェイクスピアを無理やり彼女から引き離します。名前を聞かれたとき、シェイクスピアはとっさにマーなんとかの名前を出します。
(これがあとの伏線になってきますので、お楽しみに)
 それからしばらくの間、彼はトマス君
(まだばらしてないんですね)に手紙の運搬役をやってもらうことで、彼女に会いに行きます。会いに行くときの状態ってのが、結構ロミオとジュリエットなんですが、それもそのはず。あの作品は、二人の実際の恋愛が舞台になっているという設定で、この映画は作られているんですから。(あーここまで引っ張ってくるので結構疲れちった)従って、ロミオとジュリエットの各場面のベースとなっているところが、彼らの実体験として(もちろんそのままじゃないよ)いろいろと語られており、これを見た人が、ロミオとジュリエットの本を買って読んだだろうってことが(もしくはデカプリオがでてるロミオとジュリエットを見た可能性があるってことが)容易に想像つきますよね。
 僕はすでにデカプのやつを見てたので、借りてくるようなことはしません。でも、あの作品で、でかぷがジュリエーットって叫ぶ場面が最後の方にあったんだけど、あれはカッコ良かったなあ。
 ともかく、見てください。これはお勧めです。かなりテンポがいいから、少なくともめちょめちょして、ねばねばして、ぬるぬるして、くにょくにょした他の恋愛映画などとは違います。
 例えば、ジュリエットゲインズブールのでてる「愛されすぎて」とかとは違うっていう事です。でも、あの人のでてる「セメントガーデン」
(邦題は「ルナティックラブ・禁断の姉弟」だってさ。悪いけど、この題名最低だと思う)は良かったですけど、まあそれはいいとします。そりゃプライベートライアンを押さえるわ。
 あーなげえ文章だな