『酒と希死念慮』

−1−

彼と訣別してから丁度一週間目。拭い去る事のできない悶々とした泥沼から抜け出したかったのか、あるいは単なる思いつきなのか、私は酒を飲んだ。

“焼酎のポカリ割。”
昔誰かに、悪酔いするなら焼酎のポカリ割に限ると言われたのが未だに頭の片隅にあった。どんな酒を飲んでも酔えない私にとって、これは最後の頼みの綱でもあった。

“酔える。”
そう思った。酔いたかった。酔わずには生きてゆけない気がした。酔えると思いたかった。
しかし、遂に私に酔うことは許されなかった。意識ははっきりした中で激しい頭痛と吐き気が私を襲い、ひどい苦しみの中私は頭を枕に投げ出した。


−2−

電車の中。昨日の酒がまだ身体に残るのを感じながらまだまどろみの中にいる。これからどこへ行こうか。

“滝。”
昨日、私は死にたかったのだろうか。一回のアルコールで死ぬ人などほとんどいない事くらい私も知っている。私は私のその頭を殺したかったのだろうか。
今日、私は滝に行きたいと思った。身体も殺したくなったのだろうか。

“滝は私をすくわない。”
そんなこと、分かっていた。滝に飛び込む気など端からなかった。私は自殺する気など毛頭ない。ただ、なんと言えばいいのか・・・・・希死念慮。


−3−

山に登る。昨日の酒はもう消えていた。私はどこへ向かっているのだろう。どこへ行きたいのだろう。何がしたいのだろう。

“山。”
私は何から逃れたいのだろうか。彼から逃れたいのだろうか。世界から逃れたいのだろうか。いや、本当は自分自身から一番逃れたかったのかもしれない。
山は、私自身から私を逃れさせてくれるだろうか。

“全体の一部”
私も私の苦悩も全体の一部に過ぎないのだ。私の生も、私の死も、一過性のもの。全てが何事もなく流れている。私が彼に出会った事も、別れたことも、これからも彼を思い続ける事も。それでいいのだ。何を悩む?


−4−

“希死念慮”
そう。私の酒は、希死念慮。
自殺したいのではない。ただ、死を望み、死を少しだけ考える。
そして、何事もなかったように元に戻る。
酒は、死を望む。酒は、死を念じる。酒は・・・私の酒は、希死念慮。



希死念慮。
素敵なことじゃない?

お酒。
素敵なものじゃない?






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