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ここは日記です。時事問題とは違い、100%管理人の思い込みで書くつもりです。 下へ行くほど古い日記となります。

2003年 (平成15年) 4月9日 (水)

 今日は気晴らしに街にでてみたが、驚いたことに首都が陥落し、戦争の大半は決したというのに未だに反戦デモをやっている団体が居ることだ。(去年韓国ではやった女子中学生轢死事件に関する反米デモの手法と同じくロウソクデモだった)しかも反戦デモではおなじみの「イラクの子どもを殺すな」といったキャッチフレーズを一番に強調していたようである。
 
 私としては、北朝鮮の拉致事件や核・生物・化学兵器の問題が自分たちの重大な懸案であるにも関わらず、それに対するデモの類はせずに関係の薄いイラク戦に対する反戦デモができるのか理解できない。彼らの頭の中は米国といった大国がする事はなんでも反発する回路ができているのだろう。彼らからはアメリカ航空機突入テロを起こしたビン・ラディンやイラクのフセイン体制に対する批判の声など聞いたことがない。(そういえば極左過激派やサヨクが反米でアラブに同情的だというのは偶然?)

 戦争に至った歴史すら勉強せず、偏った情報を垂れ流す反戦デモは正直嫌いだ。彼らが人間の盾としてイラクに行くと言うならその心構えだけは認めるが、そこまでの勇気もなく北朝鮮を無視して「安全」な日本で「反戦」とはおめでたい連中である。

 とはいっても、やはりイラクの子供達が傷つくのはやはり心が痛んでしまう。日本では空爆を避けるため疎開を行ったものだが、イラク政府も子供を疎開させるべきだった。それすらしないフセイン政権はやはりそれだけの政権だったのだろう。戦争は半分を過ぎたと思われるが、わが国も人道援助は惜しまないで欲しいものである。


2003年 (平成15年) 4月8日 (火) 教科書

 
今日の共同通信社の報じたニュースによると、来春から使用される高校教科書から宇多田ヒカルさんやイチロー選手が教材として登場するそうだ。ノーベル賞を受賞した田中耕一さんや小柴昌俊さんの話もでるようで、不況で悩む日本人に自信を取り戻させる意味では好ましい傾向だ。このニュースでは具体的にどのように業績を紹介するのかには触れていなかったが、純粋な教材として使用する例もあるようで、たとえば音楽は宇多田ヒカルの「FINAL DISTANCE」を使用し、別の教科書はテレビドラマの主題歌だったKiroroの「Best Friend」を使用するようだ。何事にも高校生の世代に受けそうなものから興味を引かそうとするのは単純ではあるが、いい試みだと思う。

 ちなみに私は社会科学の学問を好む。小学生の時は教科書といえば活字の多い面白みに欠けるものであったが、あまりそこからは知識を得なかったように思う。もちろん自発的に、という意味であるが。私が自発的に知識を得た媒体は図書館にあった歴史のマンガ、あるいは社会経済をマンガして説明したものだった。マンガは活字から場を想定する想像力を伸ばさないと非難されることもあるが、やはりわかりやすいという点は並の教科書など比にならないと思う。マンガが私の得意科目を作ったと言っても過言ではなかった。もちろんすべてをマンガで解説せよと言っているのではない。数学などはマンガで表現しにくいだろうし、マンガは悪用すれば子供を容易に洗脳する手段にも使われる。歴史教科書などはその手の手法が使われてしまっている。マンガには危険性もあるが、もうすこし教科書に楽しむ要素も入れるべきというのはおかしいだろうか? 別にマンガに限らずほかの手段もあり得るが。


2003年 (平成15年) 4月7日 (月) ハローワークとイラク急報

 自分は新たな「職」を探すため就職活動中であるが、ハローワークにはよく世話になっているものである。職員の方もなかなか愛想がいい。今日も行ってきたのだが、ハローワークに通うようになってから思い浮かぶことといえば、とにかく若い人が多いことだ。ハローワークは職を求めにくる人がほとんどだろうが、自分には若い人がたくさんそこを訪れる状況というのは好ましい事とは思えない。今は不況なので人が有り余っているのはわかるのだが、もうちょっと何とかならないものか。仕事がないのなら自分で作ろうとする若者も少なからずいるが、日本でのベンチャー支援は限られてしまっている。いっそ下手な鉄砲数ちゃ当たる方式でどんなアイデアでも構想としてしっかりしている物であれば、資金提供も含め行政は積極的に支援するべきだ。税金とは別に成功した中で儲けの一部を納めてもらう形をとれば、行政も必ずしも損はしないと思う。そこで新産業ができれば雇用も増えてこよう。

 午後にイラク戦争で急展開があった模様。長期化すると一部で言われていたのが、はやくも敵の本丸を攻めているようで、戦争は早く終わってもらいたいものだ、と思う自分には朗報だ。当初言われていたように共和国防衛隊や特別共和国防衛隊の抵抗も今のところ激しくはなく、米軍も拍子抜けしているようだ。

 それにしてもマスコミの誤報にはうんざりである。A10対地攻撃機を「A10爆撃機(発音もエーテンではなくエージュウ)」または「A10対戦車爆撃機」などと勝手に名前をつけていた。自分は軍事にそれほど詳しいわけではないが、勝手に名前を捏造するほどではない。粉塵爆弾のデイジカッターを燃料気化爆弾と誤報したときもそうだが、もうすこし常識的な知識くらいはつけたほうがいい。


2003年(平成15年)4月6日(日) 統一地方選挙になぜ拉致問題?

 「**をよろしくお願いします」「**が立候補のご挨拶に参りました」と外が騒がしい。そういえば今月の4日から統一地方選がはじまっているようだ。自分の選挙区では幸い無投票当選といった最悪の状態は避けられた。候補者が他にいないということは選択肢がないということだからだ。正直、地方選は国政選挙ほど興味はない。それでももちろん投票には行くが。

 ところで、今回の統一地方選は地方選挙のはずであるのに、なぜかイラク問題や拉致問題が出てきている所もあるようだ。東京都や新潟県がそのようでもはや外交問題の中でも最も難しい部類に入った北朝鮮による拉致事件問題や戦争になっているイラク問題がなぜ地方選に出てくるのか理解に苦しむ。

 さらに理解し難いのは拉致事件の取り上げられ方がなんと「私は数年前から拉致事件に取り組んでいた」と宣伝工作に使われている事だ。これだけならまだ不謹慎で済むかもしれないが、一部報道によれば、拉致事件解決に全く興味を示さなかった地方議員が「拉致事件解決に取り組んできた」と主張し、事実を捏造して拉致被害者の家族を困惑させているというのだ。これには吐き気がした。2002.9/17日まで拉致事件に触れる事は朝鮮総連や社民党から圧力がかかり、地方・国政共にタブーだったのに、拉致被害者の家族の知らないところで活動する事などできるのか?疑問は尽きないが、そういえば日朝首脳会談から拉致議連(北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟)に加入希望する議員が急増したと聞く。それまで被害者家族が助けを求めていたのを無視していた議員がである。拉致被害者家族が社会的に絶対的な被害者とわかると擦寄ってくる。または前から支援してきたような顔をする。お前ら恥というもんを知らんのか?


2003年(平成15年)4月5日(土) 日記開始・自爆攻撃

 HPを再開してみたものの、単なる自己満足にすぎないのかな?と思ってしまうものである。ネットに自分の意見をのせた所で何の意味があるのか考えてみたが、わからない。でも日本の国が正式に認めた言論の自由の行使には違いがない。賛同してくれる人がいればうれしいのだが。時事問題はともかく、日記はできるだけ毎日更新していきたい。(できるだろうか?)

 わが国は基本的に自由の国である。言論の自由がある事はすばらしいことだ。こうやって自分の考えを表明できることは某国には考えられないだろう。つくづく日本に産まれる事ができてよかったと思う。

 ところで今日は3日ぶりに晴れくれたので部屋の掃除をしたが、晴れの日は動く気力がでて雨の日は憂うつになって何事にもあまりやる気がおきない。今日は晴れだったのでなんでもやる気がでたが、やはり嫌な気持ちになる事もある。それはNHKによる米国の対イラク戦争のニュースが原因だったが、妊婦が米軍に自爆攻撃をかけたというのだ。自爆攻撃など正規の戦争ではない。いや、戦争だから何でもアリと言われてしまえばそこまでだが、戦争という言葉に盲目的にならないように勤めている自分も自爆攻撃といった言葉にはやはりかなりの抵抗がある。自爆した彼女はおそらくイラクに相当な愛国心を持ってやったことだろうが、ワイドショーのゲストは「洗脳されている結果」と発言していたが、自分はそれを「洗脳された結果」とは思わない。洗脳などと決め付けるのは彼女に失礼だろう。自分には自爆攻撃などできないが、自爆という道を選んだ彼女はおそらく祖国が侵略されていくのを我慢ならなかったのだろう。自分の国、日本は自分が生きている期間に本格的な軍事侵攻を受けたことはないが、仮に侵略などされたら自分も腹の虫がおさまらないと思う。その点において彼女の気持ちもわかるような気がする。自爆という道は選べないにしても。