2001年3月某日、四捨五入すれば余裕で40歳となった私は、全くその年齢とはかけ離れた、自分が受験した大学の合格発表を見に行くという行為を行う。

 電車を乗り継ぎ、幾時間、暇つぶし用に持ってきた小説は当然の事ながら少しも頭の中には入っては来ない。「大丈夫、受かっているさ」と自分に言い聞かせたり、また「絶対無理だって」と自分を待ち受けているであろうショックから己を守る為に前もって心に防御壁を形成したり。

 そして、自分は目的の大学の構内に足を踏み入れる。二度と目にすることの無い場所になってしまうのか、当たり前の風景になって、これ程緊張してこの場所に来た事など、忘れてしまうようになるのか・・・。

 合格者掲示場所に近づくにつれ、私の鼓動は高まってゆく。遠目に掲示が見えてきた。その一点だけを見つめさらに近づく。少ない、余りにも合格者の数が少ない。あの中に自分の番号があるということが有り得るのだろうか。視野が狭窄し、思考力を失いながらそれでも、掲示板に近づかないわけにはゆかない。数字が識別できる距離まできた。番号は、上下に列挙されているのか、それとも左右か。縦に横に、視線を送る。
  あった。受かった。やった。良かった。うれぴー。まじかい。信じられない。
 
 私の目は、自分の番号の上に釘付けになる、見れば見るほど、現実性が薄れてゆく。見なれた数字が全く馴染みの無い記号へと変化してゆく。頭の片隅で自分が合格したことを認識しながら、全体はまだ緊張を解けないでいる。歓喜の爆発は起こらない。ますます現実感が薄れてゆく。

 どれくらいの時間一点を見つめたまま、私はその場所に立ち尽くしていたのだろう。視線を外せば、自分の番号が無くなってしまうようで、なかなかその場所を立ち去ることが出来なかった。
 緊張を解そうと何度か試みた後、やっと成功し妻に合格の連絡をすることができた。
 
 

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 こうして、2年間にわたる、(再)受験生活にピリオドを打つことが出来、一歩前へ進むことができた。