「愛すべき人へ」

 冬の寒さよ、その冷たい夜風に僕は酔いしれる。神聖な空気に包まれたこのときに、どれほどの人々が足を休めて星々を見上げたことであろうか。そして、彼らの心がどれほど落ち着いたことであろうか。ただ純粋に魅せられ、そのまま言葉を失ってしまうとは!

 君への愛しさよ、その溢れんばかりの愛しさに、この心はもろく崩れてゆく。いっそこのままこの命、朽ち果てても何らかまわない。君を想うがために僕は存在し、君がために燃え尽きるのだ。

 君の美しさよ、それは冬の澄んだ夜空に似ている。とても冷ややかで、悲しいほどに幻想的なのだ。決して触れることはできない。そう、かすかに微笑むだけの星。一夜の夢幻の余韻、静かな大地に舞い降りるきらめき。唯一、君との出会いが僕の今までの人生を肯定し、価値を与えてくれるのだ。

 愛すべき人よ、どうか僕のくだらない話、陳腐な表現に気分を損ねないでください。しょせん言葉では伝えきれない感情があるのです。僕はあなたと出会って初めてそのことを実感しました。あなたのことを想う度に、僕は自分の女々しさと劣等感を感じ、そして、それでも幸せな気分になれるのです。あなたへの想いが、僕の唯一の誇りであり、真実なのです。


 愛すべき人よ、君の眼差しは悲しみに満ちているようで、僕は君の瞳を見つめることさえできない。僕の心の内は君への純粋な愛で甘く包み込まれている。でも、その気持ちがすでに罪なのだ。僕もそれは承知の上だ。いや、違う。君のその麗しさこそ罪なのだ。君はあまりにも美しすぎる。そして、はかないのだ。僕の心は永遠に沈黙してしまうであろう。君の微笑みでこの心は浄化され、君がいるから生きる喜びが見い出せる。君の内に僕の姿が映るのなら、この身も心も捧げよう。君の意志が僕の意志となる。そして、君のためだけに残りの人生を費やすのだ。君は時折思い出したように、そっと僕に微笑んでくれさえすればいい。それ以上の幸せがこの世にあるのだろうか?

 愛すべき人よ、君は決して微笑んでくれないだろう。むしろ僕に微笑んでしまったときにすべてが崩壊してゆくであろう。僕の中の君が崩れていってしまうのだ。僕は君を神聖化し、理想化し、そして、その面影に淡い恋を抱いているのだ。君が本当の意味で僕に微笑んだとき、それは幻滅に値するのだ。君はいつまでも高嶺の花でなければならない。そう、まるで偽りの温もりに魅了されているかのように。この葛藤、この苦しみこそが僕を現実の世界から引き離し、深い感傷の世界へと誘い込む。君への愛によって僕は生かされている。もしも君への愛が途絶えたならば、僕はこの身を闇にさらけ出し、真実のはかなさとともに大地に泣き崩れるであろう。


 愛すべき人よ、僕はあなたの愛に応えるだけのものが自分にはないかもしれない。そして、自分というものの限界を知っていながら、愛されたいと望むというのは、いわば君を詐欺にかけようとしているようなものだ!

 僕は放蕩に身を沈め、堕落の中で魂を圧殺してきた。人の嘲笑や愚弄を浴びて、反抗心はあっても反抗力はなく、生き恥をさらしてきたのだ。自分に自信を持てない、中途半端にしか生きられない僕は、真の心を閉ざして食いつないでいるのだ。僕の義侠心や倫理、価値観、優しさ、その他諸々、理性の司るものすべては虚構、受け売りの、そして偽善に根ざすものに過ぎない。僕が克服したものは何一つない。それ故、多くを語る資格はないのだ。ただあるのは、乾いたエゴイズムとすさんだ協調性から生まれる旋律のみ。

 愛すべき人よ、君は僕の書いた事柄の半分も解せないだろう。それは当然のことなのだ。僕の言葉をすべて理解できたとゆうのなら、それこそ本当に愛するに値しない女性なのだ。そんな女性は、良き理解者でもなんでもない。この僕をも上回る大ペテン師と言えよう。なぜなら僕自身、自分で書いているものを把握できていないのだから。それほどこの想いは高揚し、僕をも困惑させている。それを対処できるのは、数少ない詩人だけ。

 愛すべき人よ、君は僕のことを頭のいかれた精神薄弱者のように思ったかもしれない。それでこそ君は僕が慕う愛すべき女性なのだ。しかし、君はすぐに僕が平凡な人であることを見破るだろう。君が知的であるからこそ、自分をカモフラージュせねばならないのだ。実に単純且つ退屈な男であることをも君は悟るのだ。

 愛すべき人よ、だから僕は沈黙の日々を過ごしているのだ。君への愛は大きな試練なのだ。いつも素直な気持ちを押し殺し、この想いを冗談として自分に言い聞かせ続け、君を見つめることさえ理性で否定する。その意志とは逆に、君への愛情は沈むどころか情熱へと昇華していく。決して憂鬱な恋ではない。今にもこの胸は引き裂かれそうだが、確かに僕は生きる喜びをつかみ取れたのだ。

 愛すべき人よ、いつも君のことを想っているわけではない。心の片隅に君がいて、悲しみと孤独感で打ちひしがれそうなときに君が現れる。ぼやけた世界に優しく彩られた女神。その姿に僕は安堵の涙を抑えることができない。君が僕に勇気を与えてくれる。


どうか僕を憐れみの眼差しで見ないでください。どんな侮蔑に罵声、冷徹な仕打ちにも耐えることはできても、愛すべき女性の憐れみの目だけは、あまりにも切なく悲しすぎるから。僕はもう、再びあなたを見上げることができず、そして蜘蛛のように地を這いつくばってゆくでしょう。それでもあなたへの忠誠をしっかり抱き。


 愛すべき人よ、僕は君と会えるのが当たり前のように思っていました。でも、僕は初めて気付きました。今まで会えたことが何よりも奇跡だったのです!でも、それは、はかなくも永遠だった!そして、君へのこの限りない想いも。ずっとあなたのことを慕ってきました。ずっとずっと愛していました。



あとがき・解説

 自分の正直な気持ちを書こうと思った。かつて誰よりも愛しく想い、また身近に感じていた女性について。ずっと僕は報われない片思いをしていた。それは気が遠くなるほどの時間の流れとともに。いつも僕の胸の中にはあの人がいた。友達としてではなく、理想の女性として映り出し、不思議な安らぎがあった。時間の限り一緒にいたいと思った。しかし、僕はその想いを罪とした。その人には彼氏がいたからだ。

 言うまでもなく、僕は飽きらめざるをえなかった。僕にはその彼氏に勝つ可能性はゼロのように思えた。そんなことを考えた自分がすでに恥ずかしかった。でも、自分のことも見てもらいたかった。その彼氏と同じような幸せ、安心感を与えることなどは、僕にはできないだろう。僕とは話題も違うだろう。もしも彼女に対する愛情の差が、彼とたいして変わらないのなら、僕は何一つできない。その前に、彼女がこの僕を愛してくれるわけがない。それが、絶対的な結論だった。もうすでに、僕のその想いは否定されているように思えた。ただ、こみ上げてくる愛しさを押し殺し、友達として接することしかできなかった。それは本当に悲しくて、むしろその人とは出会わない方がよかったと思うことさえあった。

 結局僕は、この人に告白しなかった。告白できるチャンスは何度かあった。しかし、僕はしなかった。なぜならもう僕には、振られるのがわかっていても告白できるほどの若さはなかったからだ。それか本当に好きな人だからこそ、その時を大事にしたかったのかもしれない。きっとそうだ。たったのひと言で、今までの友達としての関係がいきなり崩れてしまうのが怖かった。彼女の友達ともギクシャクしてしまうだろうとも思った。それを犠牲にしてまでも、自分の気持ちを伝える勇気がなかった。

時間が流れ、彼女によって与えられる幸せも、最終的には悲しみと形を変えてゆくようになった。そして、僕は自分の気持ちをごまかしながら、いつしか、その想いを完全に心の奥底に押し込めた。それは本当に長い時間が必要だった。皮肉にもその反動だろうか、それからあのころと同じくらいの愛情をたった一人だけに注ぐことは無理みたいだ。

 僕は純粋に後悔している。頭の中であれこれ考えて、そこですべて計算し、整理してしまった。相手の返事よりも大事なもの、それは自分の素直な気持ち。そしてその想いを伝えることは、本当は素敵なことだった。自然にその人のことを好きになってしまったのに、執拗に自分を責めすぎてしまった。自分を信じることを放棄し、その想いをも裏切った。裏切り続け、冒涜した。その価値を認めず卑下した。そして、いまだに癒えずにいる。

 だから、僕は手紙を書こうと思った。それは決してあの人には届きはしないけど。ただ、自分自身に対する償いとけじめだ。あの人のことを本当に愛していたという真実だけで十分だと思うから。ただ、素直な気持ちで綴りたかった。
 本当に好きな人がいるのに、告白できないでいる人がたくさんいると思う。どうか、選択を誤らないでほしい。自分に素直になることの難しさに負けないでもらいたい。きっとその一言が、自分にとって大切なものを与えてくれるだろうから。−終わり−

ささやかな感想をお待ちしております。
ちなみにこの文章は、当然オリジナルです。 戻る