次の四つの命題を、全て必ず引用して(順番は問わない)イ・ロ何れかのテーマで、レポートを作成しなさい。
 グループでの作業を基本とする。
 最終的にレポート送信するが、途中経過を掲示板に公開することを推奨する。

風景描写のある文章は読みにくい
風景描写があると場面が想像しやすい
風景描写があると物語に引き込まれる
風景描写は非時間的だが読むには時間がかかる

イ.風景描写と非日常的主題(一年生推奨)
ロ.風景描写と近代的主題(二年生推奨)

学生番号 = 057101
氏名 = さくさや・土屋いくみ
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題名 = 風景描写と非日常的主題
レポート = 風景描写のある文章は読みにくい、しかし一方で風景描写があると場面が想像しやすい。なぜなら表現されているものや場面が主人公の視点に集中されてきてしまう。ものや場面は細かく記されているから、いろいろな人が読んでも主人公と同じ場面を共有することができる。
作者が読者の想像を制限することによって限定された世界を想像させる。文章にあることを想像しつつ読むので読みづらいが、作者が書こうとしている場面を想像しやすくさせている。
先ほども書いたが、主人公と同じ場面を共有できるということで、読者を主人公と同じ立場に立たせ、同じ視点で見ることができる。そうすると自然に物語に引き込まれやすくなる。それが、風景描写があると物語に引き込まれるという事になる。
 読みづらいものを想像しながら読んでいくのは時間がかかる
学生番号 = 057103
氏名 = 猫型ロボット
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題名 = 無駄に長い
レポート = 風景描写(以後、風描)のある文章は読みにくいか、と問われれば、読みにくいというわけではないと答える。なぜそんなに曖昧に答えるのかというと、人それぞれだからだと、言うほか無い。ようはその文章に興味を持てるか持てないかではないだろうか。興味が無ければ、どんなに詳しく風描が描かれていたとしてもそれを想像するのは非常に困難である。SF小説を読んだことがあるだろうか?私は数こそ少ないが読んだことがあるのだが、あれはまさにわたしたちの日常からは考えられないような世界を描いているように思う。
その世界も、作者がしっかりと風描を描いているから、主人公が旅している場所も、戦闘があればそのようすも想像しやすいのだ。とくに小説中の世界を愛してやまないSFファンにとっては、より物語に引き込まれていくための要因になるだろうと思う。
他には、たとえば恋愛依存の女性がいるとする。その女性は恋愛小説が大好きだ。そんな彼女がある本を読み始めたとする。会社の先輩に薦められた歴史小説だ。半ば強制的に読まされたようなその本は始めは面白くないかもしれない。「○○時代××の戦いがあり〜〜」なんて言われて、恋も愛も書かれてないような文章で、だから何?みたいな気分になって文字の羅列にしか見えなくくってくる。そうなるともうどんなに詳しい風景描写が描かれていたとしても、読む気が失せる。しかし先輩に進められた以上はきちんとした感想を述べなくてはならない時がくるかもしれない・・・そんなことを考えてなんとか読み進めていくうちに、主人公の侍とある国の姫君が禁断の恋に落ちてしまうなんていう場面が出てきた。となると彼女の眼は文章に喰いつくのではないだろうか。「姫は侍に会うためになんの物音もしない暗黒の世界のような暗くて段差の急な踏むたびにきしきしとなる階段を、触るとザラザラと不快に感じる土壁に手をつきながら大きな音を立てないように慎重に歩く。」なんていう文章も、姫の不安や緊迫感を一緒に味わうために一生懸命読むだろう。いつのまにかつまらな い歴史小説が、面白いものに変わっているのだ。どんなに回りくどい風景描写であろうと、それが文章の場面をよりリアルに想像するための描写であったら、端から端まで読み通し、どんどん世界に引き込まれていくのではないだろうか。
学生番号 = 047102・3・4
氏名 = 和奈・あっちゃん・YOU
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題名 =
レポート = 風景描写があると場面が想像しやすい
 ※宮部みゆきの「地下街の雨」では台詞が多く比較的読みやすいが、それだけでは目で  捉えたことを正確に想像できない。《地下鉄の改札口を出たところの、小さな広場》 《二人の職場のどちらからも、あまり遠くなく、近すぎもしない手ごろな駅の、手ごろ な人ごみ》などのどちらかと言うと一般的な体験が書かれているから読みやすいとも言える。自分の体験の中の“誰か”または“どこか”とかぶって想像しやすいからである 。
 ※固有の体験が細かく描写されていると、想像の範囲が限定される。

風景描写があると物語に引き込まれる
 ※「東京日記」のように非日常的体験と固有の体験が細かく描写された文章だと、読み手は自分のキャパシティを越える体験をすることでその場にいるような臨場感を味わうことができる。
 ※風景描写は物語の流れ・出来事である。次に読み進めていくことで場面が展開するので物語に引き込まれる。
 
風景描写は非時間的だが読むには時間がかかる
 ※物語の中で一瞬の出来事であったことが、読むという行為を経由することで認識するまでに時差が生まれる。

風景描写のある文章は読みにくい
 ※そこに表されている情景にたどり着くまでに時間がかかるから。
 ※作者に与えられた言葉では、限定されるので自分の想像に違和感を覚える。

「風景描写と近代的主題」
学生番号 = 057105
氏名 = あさみはん
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題名 =
レポート = 会話文だけの文章よりは風景描写のある文章は読みにくいかもしれない。
作品の素材が日常的なものだったら会話文だけでもいいかもしれない。でも素材が非日常的なものの場合、作者の創り出した世界を読み手に伝えるためには、風景描写がなければ伝わりにくいと思う。
それは、風景描写があると場面が想像しやすいからだ。言い換えれば、作者という他人が創りだした世界の非日常的な素材のものを風景描写なしに読み手が想像するのは難しい。
同じ言葉でも受け取る側の人によって感じ方は人それぞれにある。日常的なものでもそうなるのだから、非日常的なものとなれば、読み手に作者の世界を同じように伝えようとすることはもっと難しくなる。でも風景描写があることで、それはそれほど難しいことではなくなってくるのだと思う。
日常的なものではないから読みにくい。でも場面が想像しやすくなると、作者の世界に入りやすくなる。世界に入りやすくなり興味がでてくると頭にどんどんその世界が広がり、物語に引き込まれていく。
学生番号 = 057104
氏名 = 増衛門
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題名 = まとまってないけど...
レポート = 風景描写のある文章が読みにくいかというと、そうでもないような気がする。
風景描写のない文章は内容が読者に伝わりやすく、内容の把握が容易であろう。しかし、いくら文章がしっかりと伝わっても、作者の伝えたいことが伝わるかはわからない。ただ、内容が伝わるだけで、感動を与えたり同じ世界を共有する必要のないものの場合は、明確な言葉で、より簡単に書いたほうがいいだろう。
逆に、風景描写のある文章は読者に伝わりやすい。そして感動させることもできるだろう。それは、想像させることができるからだ。ただ何の情景も想像できなかった文章よりも、自分で想像した文章の場合、自分が実際にその世界に入っていくような気分になり、印象にも残りやすく引き込まれていくのである。文章の中に引き込まれていくと、非時間的でも時間がかかるとは言えない。それは、文章がもう自分の世界になってしまうからである。また、非日常的な素材の場合はとくに、読者に共通の想像をさせるために詳しく描写する必要がある。でないと読者の伝えたことが正しく伝わらない。
怖い話の場合、作者はいかに読者を怖がらせるか、推理小説の場合では、いかに読者を混乱させ推理困難な状態にさせるかが問題であると思う。怖いのならより怖いほうがおもしろい。そして読者を怖いと思わせるためには、読者を世界に連れ込んでしまうことである。だから、風景描写をより詳しく書く。読む人によって想像の世界はもちろん違うから、すごく怖い想像をする人もいれば、あまり怖くない想像をする人もいる。もし作者が最強に怖い世界を届けたいのなら、詳しく描写をして同じ世界に引き込むことが必要。
学生番号 = 047105
氏名 = 内藤千香
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題名 =
レポート = 風景描写のあるものは読みにくいけど、場面が想像しやすいのは確かである。
その想像の内容とは、主人公の主観であり、作者の意図だと思う。
主人公固有の表現であるから、その小説という世界に引き込まれていくんのだ思う。

主人公の見たものを、想像するには一定の共通理解が必要だ。

以前先生が言ったように言葉にはそれぞれ想像のキャパシティ(??)がある。
なるほどと思った。小説とはまさにその世界だと思う。
風景描写とは私たち読者に対するキャパシティに訴えかけるものである。

全く同じ場面で会話だけのものと、風景描写を描いたものを見ると、全く違うだろう。
その違いが風景描写は非時間的だと思わせるのだ

ごめんなさい。。。とりあえず思うがままに描きました。もっと考えてみます・・・・。