文学の近代を考えるための作品解説


【舞姫】  森宝外の短編小説。1890年(明治23)1月《国民之友》に発表。東大法科出身の官吏太田豊太郎は法律研究のためベルリン大学に留学したが,仲間の讒言(ざんげん)で免官になり,貧しく美しい踊り子エリスと同棲する。しかし,ベルリンを訪れた天方伯と随行の友人相沢謙吉から帰国をすすめられたとき,生来の性格の弱さゆえに拒みきれず,発狂したエリスを残して帰国の船に乗る。宝外自身に,ドイツ留学から帰国後,ドイツ女性が後を追って来日した事実があり,ドイツ体験の深層を虚構化したと目される問題作。太田の手記の形で知識人の内面の矛盾を描き,文体も文語体を基調に清新な近代性をそなえる。当時の水準を超えた傑作。

【破戒】  島崎藤村の長編小説。1906年,〈緑蔭叢書第壱篇〉として自費出版。被差別部落出身の青年教師瀬川丑松(うしまつ)が,〈社会(よのなか)〉の不当な差別と戦う先輩猪子蓮太郎の思想に共鳴し,〈社会〉で生きるためには素性を打ち明けてはならぬ,という父の戒め,さらにはこのまま現在の生活を続けたいという自分の欲求,下宿先の蓮華寺の娘お志保に対する恋に悩みつつ,猪子の死を契機に従来の誤りを悟り,教室で自分の生れを告白し,新生活を求めて町を離れて行く物語。被差別部落問題に対する認識があいまいだという限界はあるが,作者の自我解放の欲求と社会正義の問題が結びついたリアリズム小説として,自然主義文学の出発点となった。

【蒲団】  田山花袋の中編小説。1907年(明治40)《新小説》に発表。花袋みずからをモデルとした中年の文学者竹中時雄が雑誌社の仕事や結婚生活に畏怠を覚えているとき,ミッション・スクールの神戸女学院の学生横山芳子が父親伴十郎に連れられて入門して来る。時雄は,女を G. ハウプトマンの《寂しき人々》の女子学生アンナ・マールに擬し,その才知と美貌に心ひかれ,芳子の愛人田中秀夫に激しい嫉妬心をいだく。しだいに身辺に非難の眼を感ずるようになったので,保護者の立場にかくれ,芳子を国元に帰した彼は,女の残していった蒲団に顔を埋め,性欲と悲哀と絶望に泣く。H. イプセンが《ロスメルスホルム》において対象にしている問題を取り上げ,明治末期における新旧思想や人間のエゴイズムといった事柄,人間内部の醜悪な面の暴露に焦点を据え,自虐的に客観視している。島村抱月は〈肉の人,赤裸々の人間の大胆なる懺悔録〉と評しており,島崎藤村の《破戒》とともに自然主義文学の位置を決定づけた作である。

【小説神髄】  坪内逍遥の小説論。1885‐86年刊。上巻は小説の原理論,下巻はその技法論を論じている。従来日本の小説は,戯作(げさく)の名のもとに漢詩文や和歌よりも品格の劣るものと見なされてきたが,これに対し文明社会では,文学の諸ジャンルの中でもっとも進化した形態とされ,芸術として重んじられていた。西洋におけるこうした小説の役割を基準に,日本の小説は改良されなければならないとして提唱されるのが,人情及び世態・風俗の模写,すなわち写実主義の理論である。とりわけ,〈外面(うわべ)に見えざる衷情(したごころ)をあらはに外面(おもて)に見えしむべし〉とあるように,不可視の〈人情〉を心理学に即して視覚化する描写の意義に力点がおかれている。構成論,文体論を含む下巻は上巻より微温的であるが,総体としては,小説の自律性の名のもとにその思想性が切りすてられているものの,近代写実主義小説の路線をひらいた史的意義は大きい。
「作者が人物の背後にありて屡々糸を牽く様子のあらはに人物の挙動に見えなバたちまち興味を失ふべし試に一例をあげていはん歟彼の曲亭の傑作なりける八犬傅中の八士の如きハ仁義八行の化物にて決して人間とハいひ難かり作者の本意ももとよりして彼の八行を人に擬して小説をなすべき心得なるからあくまで八士の行をバ完全無欠の者となして勧懲の意を寓せしなりされバ勧懲を主眼として八大士傅を評するときにハ東西古今に其類なき好稗史なりといふべけれど他の人情を主脳として此物語を論ひなバ瑕なき玉とハ称へがたし」

【南総里見八犬伝】 読本(ヨミホン)。全九輯一○六冊。曲亭馬琴作。室町時代、安房の武将里見義実の女(ムスメ)伏姫(フセヒメ)が八房(ヤツブサ)という犬の精に感じて生んだ、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の八徳の玉をもつ八犬士が、里見氏勃興に活躍する伝奇小説。主潮は勧善懲悪。一八一四〜四二年(文化一一〜天保一三)刊。里見八犬伝。八犬伝。