論文の書き方
「書く〜B研究論文をまとめる」
I.引きつける論文を書くコツ
A子さんは看護大学を卒業後,外科病棟に勤務して3年目となりました.癌(がん)の手術を受けて,退院していく患者さんに対して,いつまでも,もっと健康で長生きをして欲しいと思うことが多くなりました.
癌の予防,再発防止のためには,健康的なライフスタイル(生活習慣)が重要であることが明らかにされてきました.A子さんは患者さんが入院中にライフスタイルが重要であることを説明し,ライフスタイルが入院前に比べ,入院後で健康的になったのかについて,その説明の効果を検討することにしました.
入院前と入院後のライフスタイルを検討する調査を行ったところ,例えば,毎日の運動量が増えたり,免疫力を高めるような食事になったり,たばこを止めたりする患者さんが増えたように感じました.A子さんは,入院中の患者さんへの説明をもっと工夫すれば,さらに癌再発防止のためのライフスタイルを送れるようになると思いました.しかし,現在までの研究成果を整理したところ,これまでの成果を論文として報告し,その後,引き続きライフスタイルに関する研究を行うことといたしました.
A子さんは,「癌とともに生きるライフスタイルの発見」などのタイトル(表題)の論文を書く準備を始めました.論文は著者自身のために,すなわち研究成果の確認のためにもなりますが,読者に読んでいただき,著者が得た成果を広く社会に還元することが重要な目的と考えられます.引きつける論文を書くことにより,多くの読者が論文を読み,その論文に感銘することでしょう.
引きつける論文を書くコツはまず,タイトルです.どんな立派な研究内容であってもタイトルが魅力的でないと,読者の興味がわきません.このコツは,タイトルになるべくサブタイトル (副題)をつけず,1つの文章とすることです.1つの論文における研究成果は通常1つですので,その研究成果を1つの文章で要約して表現するのです.A子さんは,「癌とともに生きるライフスタイル」,「癌とともに生きるライフスタイルを見出す方法」,「癌とともに生きるライフスタイルの発見」,「入院期間中に癌とともに生きる健康的なライフスタイル教育を行った効果」などのタイトルを考えました.これにたとえば,「癌とともに生きる. 入院期間中の健康的なライフスタイル教育を行った効果」としてサブタイトルを付けたとしても文章が2つに別れてしまい,タイトルの持つ情報量が増え,引きつけるものとなったとは思われません.読者が求めているのは結論が1つの論文全体の内容が,1つの文章による要約により表現される一目瞭然なタイトルなのです.
タイトルをつける場合はたとえば「癌とともに生きるライフスタイルについて」などのように「〜について」は取ったほうが簡潔な表現となり,すっきりします.
II.わかりやすい論文とは
論文は理論的に書かれていると分かりやすくなります.理論的に書かれているとは,推論の根拠が科学的に正しいということです.科学的に適切な表現とは,現在までに明らかになっている事実と今回の研究によって明らかにされた事実を区別し,今回の研究によって明らかにされた事実の有用性を述べることです.すなわち,ある事実が著者が今回明らかにした事実なのか,あるいは他の研究者が明らかにした事実なのかを区別した表現をすることです.
著者が今回明らかにした事実は過去形で表現します.A子さんは,「癌とともに生きるライフスタイルの発見」の論文の中で,もし,退院後の運動量が入院前よりも増えたことを観察しえた場合には,「退院後の運動量が入院前よりも増えた」との結論の表現が望ましく,これをたとえば,「退院後の運動量が入院前よりも増えている」との結論の表現は望ましくありません.科学的な論文では,調査結果,観察結果,実験結果は必ず過去形を用いて表現し,現在形は用いません.
他の研究者が明らかにした事実に関する引用の表現法には2通りあります.たとえば「癌に対するある種のライフスタイルが存在する」との報告を引用する場合,現在形で引用する場合と,過去形で引用する場合があります.すなわち,著者がその事実を真実であると思っている場合には現在形で引用し,著者がその事実を真実である,あるいは真実でないとの価値判断をしない場合には過去形で引用します.この理由はその事実を著者の結論を導き出すのに有利となるか,不利となるかあるいは,論文の価値を高めるかどうかの判断によるためです.たとえば,今回の論文の結論が単に「癌に対するある種のライフスタイルが存在する」との報告を検証しただけのものであれば,現在形で引用した場合には,すでに真実を語った論文の存在を認めることとなり,有利とはならず,また論文の価値を高めるものとはなりません.しかし,今回の論文の結論が「癌に対する新しいライフスタイルの存在を見出した」ものであれば,過去形で引用することにより,今回新たな発見がされたという事実が生きてくるわけです.この場合読者が注意すべき点は,過去形での引用は単に事実として引用しているのであって,その報告された事実が真実であるのか,あるいは真実では無いのかの価値判断を著者は行っていないことを十分理解する必要があります.
著者が真実ではないと思っている論文を引用する場合には,過去形で引用します.この理由は,過去形での引用は単に過去の事実を示していることと,論文中でその著者に対して失礼のない唯一の方法だからです.論文を引用する場合,たとえばその論文が間違っているとか,正確では無いとか,不十分であるとかの表現は避けることが大切です.
日常的な,あるいは文学的な文章ではよく括弧(かっこ)「」が使用されることがあります.しかし括弧でくくられた単語の意味は,本来の意味と異なることを示すわけですから,科学論文では括弧の使用はできるだけ避けることが大切です.また,「ただし」という接続詞の使用は止めましょう.「ただし」という接続詞は前に述べた文章に条件を付けることですから,前に述べた文章そのものが不完全なことを示していることになります.
条件を付ける場合には,「しかし」という接続詞を用いた文章構成を考えたほうがすっきりします.
III.論理性の大切さ
論文の構成は「はじめに(背景)introduction,方法method,結果results,考察discussion,文献references,図表figure,
table」の順番でされており,通常は「はじめに」の前に要約abstractを掲載します.結論conclusionは考察部分で述べます.要約は,抄録とも呼ばれます.要約は「はじめに,方法,結果,考察」の本文をまとめたものであり,本文とは独立して読まれることも想定していますので,単に結論を記載するだけでは不十分です.
論文には真実truthを書くのではなく事実factを書くことが大切です.真実とはほんとうのことであり,事実は観察しえた結果です.真実は観察しえた結果から推論することにより可能となります.統計学の言葉で表現すれば,母集団から任意抽出したデータの集まりがサンプル
(標本)であり,サンプルの特性,すなわち検定統計量から母集団を推定することが研究の目的となります.真実は現在形で表現し,事実は過去形で表現いたします.すなわち,今回のライフスタイルに関する研究結果は調査した特定のサンプルでの結果ですので,その結果を普遍的に推定して真実として述べることは不可能なのです.母集団は推定することは可能であっても,断定することは不可能なのです.
A子さんがたとえば,要約中に書く文章は,研究結果ですから,「健康的なライフスタイルを検討した」との表現が良く,「健康的なライフスタイルを検討している」との現在形は,検討内容そのものが真実であることを,著者自ら述べることになり,適切ではありません.
IV.提出先(院内・院外)によって違うこと
患者さんのプライバシーを守るため,必要のない固有名詞は避ける必要があります.しかし,事実の客観性を高めるためにはなるべく具体的な名称を挙げる必要があります.結果で重要な点は再現性があることです.すなわち,調査者,観察者,実験者がだれであっても同様な結果が得られることが科学には必須だからです.提出先が院内の場合でも患者さんのプライバシーを守るための配慮が必要ですが,提出先が院外の場合であっても現在では一般の人でもインターネットなどで容易に要約などを読む機会があるので,注意が必要です.
発表の仕方
I.発表場所(院内・院外)によって違うこと
B子さんは看護大学を卒業後,総合病院の小児科病棟に勤務して2年目となりました.入院してくる患者さんのバイタルサインとして,脈拍,呼吸,体温の観察を行ってきました.B子さんは患者さんの状態をもっと正確に,もっと客観的に知りたいと思いました.看護大学で,フィジカルアセスメントphysical
assessmentを勉強した経験をいかして,「聴診器を用いた方法」と現在まで行ってきた「視診,触診を用いた方法」を検討いたしました.聴診器を用いた方法を用いる場合には,病棟ナースの同意と協力体勢が必要になってきます.B子さんはまず,心音,肺音に関するフィジカルアセスメント能力向上のために,適宜院内勉強会と発表会を開催することにしました.
院内発表会においては,出席者はある程度研究内容が分かっていることが多いので,いままで明らかになっていたことを確認し,今回新たに明らかにしたことを区別して発表します.院外発表会であれば,出席者は必ずしもフィジカルアセスメントに関する知識,技術が十分とは限りませんので,はじめにフィジカルアセスメントそのものについての説明が必要となります.すなわちフィジカルアセスメントは身体査定,身体審査とも訳されますが,身体検査physical examinationとの相違点もあり,一般的に普及しているフィジカルアセスメントという単語を用いて説明する必要があります.
II.論理性の大切さ
研究発表は「はじめに(背景)introduction,方法method,結果results,考察discussion,結語conclusion」の順番で発表します.「はじめに」で,なぜ,この研究を行ったかについて述べます.行う必然性が分かるようにします.単にあることに着目したとの表現では不十分です.結果は過去形で述べ,考察では結果の重要性が分かるようにします.結語において,研究の要旨summaryを述べます.要旨とは,研究の結論をまとめたものであり,「はじめに,方法,結果,考察」の部分は省略いたします.その理由は要旨は本文と一体であると考えられており,要約abstractのように本文と独立したものと考えられていないからです.研究発表で結語を述べるのは,研究発表全体を通じて,結論を述べる場が最後しかないためです.すなわち,最も重要な事は一番後に述べることが聴衆の興味を最後まで引き付けるコツなのです.はじめに重要な事を発表してしますと,後が盛り上がりません.
断定的なことが言えない場合には,「〜ではないかと思われた」との表現をせず,「〜であると示唆suggestされた」という表現をします.
III.プレゼンテーション能力
「フィジカルアセスメントに関する検討を行ってきました」などと,現在完了形の継続用法を用いると,研究の選択理由および継続性が良く表現されます.
研究発表の場合の「方法」は,「結果」の説明と一緒に行うのが聴衆を引き付けるコツです.研究方法のみを詳しく説明しても,その間は結果が現れてこないので,聴衆は退屈です.知りたいのは結果とその解釈ですから,それに合わせた発表が大切です.
聞いた時に理解しやすい言葉を使いましょう.たとえば「聴診器を用いた方法は視診,触診を用いた方法よりも優れているのではないかと思われます」との表現は「聴診器を用いた方法は視診,触診を用いた方法よりも優れていると思われました」とします.「〜ではないか」との表現は,「ない」という否定的な言葉が入るため,分かりにくくなりますし,また「優れているものと思われます」のは今回の研究により明らかにされた事実ですので,「優れていると思われました」と過去形を用います.「優れている」とこの部分は現在形となっていますが,「思われました」が過去形ですので,「優れている」は時制の一致で,意味は「優れていた」と,過去形になります.
「〜でないことはなかった」などの二重否定の表現は使用しないようにします.また「前者」あるいは「後者」の表現も分かりにくいので使用しないようにします.
「〜はずである」と言う言葉の使用にも注意が必要です.「〜と推定できる」,「〜と言われている」などの意味の場合には「〜はずである」を用いず,これらの表現を用いましょう.「〜はずである」と言う言葉は自分の推測を示す言葉ですが,感情が混入してしまい,科学的な文章にはふさわしくありません.また,「さきほども述べましたが」と言う言葉も,くり返しであることを示すわけですので避けましょう.
座長が表題,所属をアナウンスしたら,ただちに「はじめに」から発表を開始します.演者自身が再び表題,所属をくり返す必要はありません.研究発表には予定された持ち時間があります.どんなに優れた発表も,持ち時間をたとえ少しでも超えてしまっては台無しです.ルールを守れない発表者の研究内容を信用する聴衆は少ないでしょう.時間内にぴったり終わるように最初のうちは何回も予行練習をします.一分間に300-350文字程度のスピードでしゃべると良いでしょう.図表などの画像(スライド)は一分間に一枚程度とします.たとえば,発表時間が7分であれば,全体で2100-2450文字程度の原稿で,画像は7枚程度が適当です.プレゼンテーションの開始から終了まで,スクリーンに何か図表などの画像を提示しておきます.参加者の目を常にスクリーンに向ける必要があります.ポインターのオン,オフはあまりしないようにし,またゆっくり動かしましょう.プレゼンテーション時に質問者に対して答えるときには,質問者の目を見て,質問者の満足が得られるように話します.日本語の場合には単語あるいは文章の終わりは音程は下がります.強調する単語は大きな声で話します.単語あるいは文章の終わりが上がったりすると大変耳障りですので,そのような表現は避けましょう.
IV.視覚で補う
最近はすぐれたプレゼンテーション用のコンピュータソフトが容易に使用可能となってきました.シンプルで見やすい画像に仕上げましょう.細かすぎて聴衆が見えないような画像は,用いないようにします.しかし,たとえ見えにくい画像であっても,「恐縮ですが」などの言葉は不必要です.言い訳をしても見えやすくなる訳ではありません.むしろ,貴重な発表時間が削られてしまいますし,何よりも簡潔さが求められる学会発表の趣旨に合いません.
V.あいさつの仕方
あいさつは必要最低限にしましょう.謝辞acknowledgmentの必要がある場合は忘れず言及しましょう.研究は1人の力ではできません.共同研究できるということは,信頼されている証拠です.共同研究に対する謝辞は通常は最後に画像にて,あるいはタイトルとともに最初に示します.