こんなコトバがありました
'98-01 江の川流域方言調査


その土地に赴き、実際に調査をしてみると
予想もしていなかったような言葉や
意外な言い回しなどに出会い、
思わず、日本語の奥深さを知ることがあります。
ここでは、江の川調査において得られた
そんな言葉を紹介します。





 ボーフラ (南瓜)

人類の敵の幼態であるこいつ→
ではありません。これはかぼちゃの事を指すのです。

この言葉が誕生した裏には、この語が外国語から流入してきたという事情が関係しているようです。
カボチャはポルトガルの船によって日本に伝えられ
九州から広まったという経緯を持ちます。
このカボチャ、ポルトガルではaboboraというそうで
(読み方は分かりません。アボーボラでしょうか…)
これが時が経つにつれて
アボーボラ→ボーボラ→ボーフラ
と変わったという説があります。
その証拠に、実際東北地方の一部で「ボーボラ」という形が残っています。

それにしても、ボーフラ…。
カボチャの煮付けの事を
「ボーフラの煮付け」
というのでしょうか…。ウムム。



 砂糖屋の前を通った (甘みが足りない)

どこを通ったのかを問題としたのではありません。
砂糖屋の前を通った…という発想で味の薄さを現わす表現です。
饅頭などの甘みが足りないときに、何と言いますかと訪ねたところ、
多く聞かれたのが「砂糖屋の前を通った」というもの。
最初の頃は、調査者を混乱の渦に叩き込んだ回答でしたが
良く考えると、おそらくこうではないかという予想がつきました。

砂糖屋の前を通った
=(砂糖屋に入ることなく)砂糖を買わなかった
=甘さが足りなかった

こういう発想ではないのかと。
と、自信を持った我々を、容赦なく叩き潰すこんな回答。
「砂糖屋の前を飛行機で通った」
通り過ぎる速さを現代風に表現した結果でしょうか。
飛行機で砂糖を買いに行く光景はなんだかシュール。
悪い夢を見そうです。

この表現、様々なバリエーションがあり
砂糖屋が飴屋やお菓子屋に変わっていたり、
砂糖屋「が」家の前を通り過ぎたりと
とにかく、その表現の豊かさに圧倒されます。

また、この表現に引かれたのか
(塩味が)足りないという質問でも
「塩屋が遠い」というものが聞かれました。
興味の尽きない表現です。



 ハミ (まむし)

「はみ出とるよ。」
「何が?」という感じですが、こういわれたらまず足元を見ましょう。
頭が三角のニクイ奴、毒蛇マムシの事を指します。

今回調査した島根県中部の他にも
中国四国地方、和歌山県と瀬戸内海を囲む形でこの系統の言葉が分布しています。
歴史上の登場は割合古いようで
本によると、平安時代の辞典にすでに登場しているとか。
ただ、語源は諸説あって定まっていません。
個人的にはマムシの噛みっぷりがそれはそれは見事なので
「食(は)む」が関係するのかなあと思っていましたが
どうも違うようです

余談ですが、この項目を調査しているときの回答に
「あー、これはハミ言うのー」
という回答の後に
昨日もあんたが今いる足元に出たよ
と言われたことがあります。
そーっと足を縁側に上げました。




 サオトメさん (蟻地獄)

この項目については苦労をしました。
調査地が山地が多かったため、
また、教示者が女性であったこともあり、
蟻地獄そのものを知らないという答えに敗れる者続出。

そんな中で得られた回答、
「カッポ」などの語形は予め予想していたのですが
「サオトメさん」というこの語形は全く予想外でした。
どうしてそのような言い方になるか不思議ですが
教示者の方がその理由を教えてくれました。

蟻地獄は巣から出してしまうと、後ろ向きにしか進めないらしいのです。
この後ろ向きに進む姿を
田植えのときに後退しつつ苗を植える早乙女に見立てたわけです。
農業が盛んな土地らしい、比喩の発想法を見ました。
もしこれが漁村であれば、また異なる比喩になるのでしょう。
生活と言葉とは、密着に関係しているのです。





ここで登場した言葉の調査に、以下の文献を使用しました。
『方言の読本』 尚学図書・言語研究所編 1991年8月1日 小学館発行
『日本方言地図』 国立国語研究所編





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