枚方市立 山之上小学校

 

 A:沿革

    枚方市大字山之上1228番地に枚方市で18番目の小学校として創立され、

    枚方市立山之上小学校と称する

    開成小学校の藤田・山之上地区と五常小学校のさつき丘・宮之下地区、及び

    枚方第二小学校の田宮地区の一部の児童452名と職員18名で

   昭和44年 4月 1日 開校する。

   昭和44年 4月17日 竣工式及び開校挙式 (以降 4月17日を創立記念日と制定)

   昭和44年 9月     プレハブ教室新設

   昭和44年10月     校章 校旗制定

   昭和45年 2月     校歌制定(竹内清・作詞、山名義信・作曲) 

   昭和45年 3月     運動場にプレハブ教室の新設 (教室)

   昭和46年 3月     南校舎普通教室増築工事竣工(4教室)

   昭和46年 3月     体育館竣工

   昭和46年 7月     プール建設工事竣工 プール開き挙行 

   昭和47年 5月     管理棟増築竣工 (東側半分)

   昭和48年 1月     

   昭和48年10月     運動場拡張工事完了 (拡張面積3、704u)

   昭和49年 5月     南校舎西側半分増築工事竣工(6教室) 

   昭和51年 4月     養護学級新設(1教室)

   昭和52年 3月     プレハブ教室の新設 (2教室)

   昭和54年 3月     プレハブ教室の新設 (2教室) 運動場 

   昭和54年 5月     留守家庭児童会発足(運動場南端に児童会室竣工)

   昭和54年 8月     管理棟3階普通教室増築工事竣工(8教室)

   昭和54年 9月     プレハブ教室撤去(4教室)

   昭和55年 3月     単独調理場竣工(315u) 

   平成 元年 3月     管理棟一階職員更衣室・休養室・印刷室竣工

   平成 3年11月     保健室改修

   平成 4年 3月     管理棟一階廊下改装

   平成 5年 6月     自転車置き場新設

   平成 5年11月     創立25周年記念として航空・集合写真撮影

   平成 6年 9月     教室(北館)大規模改修工事竣工

                  運動場及び体育館の放送アンプの新設と、管理棟玄関扉の改修他を含む。

   平成 8年 9月     南館・北館階段の手すり新設

   平成10年 9月     創立30周年記念として航空・集合写真撮影

   平成10年10月     南館・管理棟の1、2、3階トイレの改修

                  現在に至る


  B:開校時における主要事項

 (1) 竣工式・開校式の挙行

     昭和44年4月17日(木)音楽室において、市長・教育長・市議会文教委員、並びに市教委関係職員

     及び地元公職者を招き、まず竣工式、引き続いて開校式を挙行し開校を祝賀した。

     そして、この日をもって、創立記念日とすることにした。

 (2) 入学式

     それに先立ち、4月3日(木)に新一年生男子44名、女子41名、計85名を迎え第四中学校において、

     入学式を挙行した。2クラスより出発する。

 (3) 教育方針・努力目標の設定

     @教育方針 小学校教育は人間形成の基礎的な場としての、重要な意義を持っていることを認識し、

      知識編重に陥らないよう、知・情・意・体の調和的な発展を心がけ、円満な人格の基礎づくりが、

      もっとも大切であると考え、望ましい子ども像をつぎの通り定める。

         明るい     情緒豊かで、人に愛され信頼される児童

         たくましい   健康で、生き抜く力のある児童

         考える     正しい判断に基づき、自主・自発・創造的に物事を処理できる児童

     A努力目標    「望ましい校風の樹立」

        ◇学習環境づくり

           清潔な学校

           学校規則の制定と遵守

           教材教具の整備と活用

        ◇教育内容の充実

           学習指導   児童の能力を適切につかみ、基礎学力の徹底をはかるとともに、

                    能力・特性に応じた指導法の工夫

           生活指導   道徳・特別活動を通して児童との結びつきを深め、生活指導の

                    徹底を計る。


  C:校章・校歌の制定について

       校章・校歌の制定については、学校新設の喜びと、校運発展への期待を込める意味において、

       広く創意を集めるために公募することになり、昭和44年5月13日に保護者宛てに文書を配布し

       教職員にもその趣旨を理解して応募するよう呼びかけた。

       しかし、なかなか予期していたように事が運ばれず、結果的に校長が応募作品を整理補修して

       まとめ上げ、校歌については作曲を山名義信氏(校区在住)に依頼し、昭和45年2月5日(木)

       に音楽室において発表会を催して、公式に校歌を制定した。 

       校章・校歌ともに、いずれも昔日山之上地区が良質の竹を多く産し竹細工が盛んであったこと

       にちなみ、そのモチーフとして制定する。


    竹細工

       本校玄関に掲示している竹細工は、校区に住む方々の作品である。

       山之上校区が昔、質の竹を多く産し農家の副業として竹細工を行っていた。

       現在では、竹細工を行える人は、4丁目に住む奥鉄藏氏のみと聞いている。