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目次
出発前日
(どこが4つ星のホテルだよ・・。)
現在ローマは午後10時を回っている。
和久の家を出てから31時間が経過し、疲弊した体を待っていたのは、
出発前にインターネットで調べたホテルの格付けとはかけ離れた・・・民宿。
出発後に日記を書いておこうと思っていて、飛行機の中では書くことができず、
今に至っている。
出発の時間が早く高幡不動から空港まで行くと間に合わないので、月島にある和久の家に
コウジさん・陽子・俺は泊めてもらうことにしていて、4人は新宿で待ち合わせをしていた。
和久が新宿でパチスロをしていたのでとりあえずパチンコ屋で合流。
無類のパチスロ好きの俺も出発前に旅の資金が減るのは困るので、
良く考えて・・・よーく考えて・・・・・ふやすことにした。
そして・・・・
ふえた。
和久も勝つことができ、二人とも上機嫌でコウジ君・陽子を待つことに。
待っている間にエースから電話があり、楽しい旅と安否を願ってくれた。いい人だ。
電話を切ってから20分ほど後、新宿駅西口近辺でコウジ君と合流した。
あとは陽子を待つのみ。電話をしてみた・・・。
おい陽子。何でおまえは・・・・
既に月島にいるんだよ!
月島では第一の国、イタリアの旅行ガイドを見たり、
インターネットで宿泊ホテルをチェックしたりと、旅行へのドキドキを隠し切れずにいた。
ちなみに和久は夜景が絶景の高層マンションの29階に住んでいるが、
その恩恵に預かっているのは、弟のコウジ君で(マジでいい部屋だよね)、
和久の部屋からは通路との間にある、丈夫なアルミ製の鉄格子しか見ることはできない。
思い思い旅への期待を膨らませていると、「ご飯食べない?」と斎藤君。
月島ということもあり、もんじゃを食べることにしてビールが心地よく喉を通った時、
エースとナオキさん登場。
予想をしていなかった出来事は斎藤君との連携によって計られていて、
かといって2人は長居することはなかった。
「明日仕事あるし・・。気を付けてね。」と。いい人たちだ。
二時間ほど飲み食いをし、再び基地に戻って、俺は再度パスポート・旅行証券を確認した。
忘れ物をよくするし、初めての海外旅行というのもあって心配だった。
公美から借りたバッグは2週間の旅行には若干小さいのかも知れなかったけど、
いつも紙袋で生きてきた俺には十分だった。
公美ありがとう。好きだ。
さて、当初の予定どおり朝までは寝ないことにして、することもないので
マージャンをすることにした。
何故寝ないことにしていたか、それは・・・
@飛行機で15時間も起きてるのは嫌だから眠気を貯めておく作戦
A寝坊するであろう危惧
B盛り上がって眠くはないだろう
という予想であるが、部屋の雰囲気を見る限りB番だけは確実に外れている。
グロッキー・・・。マージャンでは既に掛け金がユーロで行われた。ダラダラになりつつも、
準備する時間までゲームを続けた。
準備は滞りなく進むなか、漁師が口を開いた。その言葉は・・・
な、なんと
南斗水鳥拳!
「時間がやばい」と。・・・寝坊と変わらん。(Aもはずれです)
とりあえず急がなくては。急いで準備を終えて、走って地下鉄月島駅へ。
間に合うのか?
判定は・・・・
ギリギリだった。
でも間に合って良かったが、オールで疲れて朝からこのパニック、
電車に乗ってからみんなのテンション、最悪。
誰もしゃべらないし、誰も笑わない。
コウジ君に至っては電車の中で腕に注射を打ち始める始末。
陽子に至っては、ブサイクになる始末。
和久に至っては、夜景の見えない部屋で暮らしている始末。
おい!みんな!
空港着いたら・・・・気を引き締めようぜ。
旅立ちの時
(今回は書き様もなく、内容も薄いよ)
こんなにも成田空港が遠いとは知らなかった。
京成スカイライナーを使えばさほど時間はかからないんだろうが、
俺たち4人は安易に座って成田まで行くことを潔しとできない。
地下鉄はガラガラだったので非常に楽だったが、
乗り換えてからが通勤・通学の人ごみで座ることができず、
陽子は人目を気にせずトランクに馬乗りで跨っている。
そのアンバランスさから電車が揺れる度に和久の腕にしがみつく。
それに対し和久は人目を気にせず、喜んだ。陽子のトランクはゼブラ柄で非常に目立ち、
荷物を受け取る時等便利なものだった。
ユウヤと美樹は越谷から、篤は狭山から成田に向かい、
俺達より幾分か早く到着していた。
空港に着いてすぐに旅行証券を取り出し、航空券に換える手続きを俺と和久は行った。
カウンターで種々の説明を旅行代表者である俺と和久は聞いたけれど、
説明する人もおそらく何十組に説明したのだろう。
おねいさん・・・・早口すぎて何をいっているか、
わかりませんよ。
そんな説明を受けたあと、荷物の手続きを終えて、
フランクフルトまでの10時間の事を考えてタバコを吸いだめしているときに、
斎藤君が「シンヤは?」と。
実はシンヤはある事情で旅行への参加が不可能になったんだが、
あえて篤とコウジさんには言わずにいた。
その事を告げたのだが・・・・
ふーんって。おい!
その後、出発時間まで空港の中にあるレストランで2週間口にすることが
出来ないであろうラーメンを食うのだが、
実際は熊王ラーメンという伝説の店でラーメンの封印は解かれることとなる。
空港のレストランというのはこれから旅行に行く人々の高揚や
日本を後にする人々の安楽で満たされていて、華やかな雰囲気に感じる。
飛行機のジェット音と相混じって、自然と疲れていた7人にも元気が。
余談だが、ジェットと氷室のビートどちらが速いのか、大学に入った辺りから疑問だったが、
その答えは、つい最近明らかとなった。(洋輔のボヤキ参照のこと→こちら)
さて、篤以外の6人は免税店でタバコを1カートン買って、飛行機の搭乗へと向かっている。
沖縄からの旅行で恒例「座席は乗るまでわからんよ」
というゲーム(搭乗券をシャッフルするだけ)を今回も採用し、
12時間のる座席は座るまで分からない。(そのうち沖縄旅行記も書く予定)
飛行機に乗り、新聞を手にして座席へと向かう。
普段なら気にならない座席。12時間ともなると、不安要素が・・・。
不安的中。
座席の配置は、
ゆうや
陽子
美樹
おじさん(他人)
コウジさん
和久
トシヒロ
不安要素
上記の通りである。
どう考えても、
俺が狭い!
公美を日本に残してしまうこと、シンヤが来れないこと、座席。
色んな思いを抱えながら、七人の侍ヨーロッパへ向け
出発!
フランクフルトへ(1月31日)
背中にかかる重力を心地よく感じながら7人は離陸した。
ルフトハンザ航空という旅行に行く前は聞いた事もなかった会社で
ドイツのフランクフルトに向かっている。
周りには俺達と同年代の学生と思われるグループが30人ほど同じツアーに参加しているようだ。
我々と同様に、第一の国イタリアの旅行ガイドを見ながら、話が弾んでいる。
離陸して15分、俺達はイタリアに行ったら何を食うか、そんな話をしていた。
「陽子、ココのパニーニすごいうまそうじゃない?」と和久。
・・・・・・。
えー、陽子さんと美樹さん、すでに就寝なさってます。
左を見ると、斎藤さん・・・・風前の灯火。
みんな疲れているんだな、と思いつつ右を見ると
ノリノリだし。
和久は後にそのパニーニで手痛い思いをする事になろうとは知る由もなかった。
ただ読者の方には、和久はパニーニを相当楽しみにしていた事を覚えていて欲しい。
ユウヤは持参したポータブルCDを聴いている。肩と頭で小さくリズムに乗っている。
「氷室 京介だな。」俺にはすぐに分かった。
そんなこんなで、気が付いたらフランクフルトだった・・・
っていうのは嘘で俺と不安要素の2人以外みんな眠りについてしまった。
篤は就職先の「住友林業の木」(そんな感じの本)を読み始め、
俺も4月に試験のある保険の勉強を始める事にした。
5ページ位読んだ辺りで凄まじい眠気に襲われて、仲間達のいる眠りの国へと旅立った。
この後2ヶ月間、5ページより先は開かれる事はない。
1時間から2時間経ったであろうか、騒がしい人の声に目を覚ますと、
機内食のサービスが始まっていた。
人間とは強欲なもので、俺を含めこんな時ばかりは目覚めがいい。
国際線に乗ることが始めてだったので、機内食も初めてで、相当おいしい物を想像していたんだけど、
味の方は、腹は減っていたが半分残した、そんな味だった。
当然の事ながら両サイドは完食していた。
食後、みんなは再び眠りにつくが、俺と篤だけ起きていた。二人で色んな話を語り合った。
一時期は犬猿の仲と言われた二人が、4年の付き合いを経て、異国へ向けた飛行機のなかで・・・
再びいがみ合っていた。
社会人になってからの話とか、篤の恋愛についてとか、くだらない話を延々と続けた。
結構ゆっくり話したのは久しぶりだったので、話す内容は尽きなかった。
しばらくしてからトイレから帰って来た篤に促され、窓を覗くと一面に広がる銀世界があった。
ツンドラである。 綺麗だった。
高度12000Mから見渡せる位だからどれだけ天気が良かったかは想像できるであろう。
美しい世界を見た二人は・・・
始めるより道がなかった。
どれだけ飲んだのか覚えていない。
大酒をしたわけではなく、会話を楽しんでいたからかもしれない。
ふと気が付けば到着まで残すところ4時間ほどであった。
和久も起きて再びガイドなんかを見たりして、騒いでいると周りのみんなも起床し、
再び旅行の計画をし始めた。
飛行機が傾いた時に、ヨーロッパ特有の美しい街並みが見えるようになり、心は躍った。
機内もいよいよ騒がしく、長時間の搭乗にみんな身体を伸ばしたりしている。
いよいよ到着だなー。(まだフランクフルトだけど)
着陸のアナウンスが流れる。ゆっくりとシートベルトを締めた。
イタリアへ
約12時間ぶりに吸うタバコに少しクラクラしながら、次の搭乗の時間と搭乗口の確認をしていると、
篤の姿がない。
唯一の非喫煙者なのは分かるのだが、「どうして10分、仲間に合わす事が出来ないのだろう」
とみんなが少々苛立っているところに、あの調子で元気良く戻ってきて、カズの機嫌を更に損ねた。
せっかくだからという事で写真を撮るのはいいのだが、何台も同じカメラで同じ様な写真を撮るので、
「後で焼けば一緒じゃん」
と俺は腹が立った。フランクフルトの写真に俺の笑顔はない。
しかし、今はこう思う。「どうして10分、仲間に合わせて笑顔で写真に写れないのか」と。
空港内で両替所(この先からはchangeと書くからね)をコウジ君とカズと俺で見て回ったけれど
レートが高く、イタリアで換金する事にした。
飛行機の機内食がまずかったのもあって、空港で腹ごしらえをする事にしてマクドナルドに行って、
全員で食べるのだが・・・・店員も外国人。
マックだし注文くらい平気だろうと思っていると、マックのおねーさんに、
この子ってば・・・・
しかられてるし。
そう。もう他人には英語しか通じない世界にいる事を実感した。
「英語で通じるなら、まだいい。」と後には思うのだが。
ドイツからイタリアへ向けて出国手続きは極めて簡単で、ユーロランドはすでに国境のない
国となっているのだ。と実感していたら、我々のメンバーの1人が職務質問をされているではないか・・・。
俺達のメンバーにそんな人相の悪い・・・奴。
いた。
「どこの国に行くのか?何をしに行くのか?職業は何だ?
何で夜景の見えない部屋に住んでいるのか?」
色んな質問をされ観光客と分かったらしく、無事放免となった。周りを見ても誰一人として、
質問されている人間はいないのに・・。
何故彼だけ質問されたのか。未だに分からない。
約2時間半のフライトで特に取り上げて書くこともないんだが、
離陸して20分程度で機内食のサービスがあった。
サンドウィッチとチョコレートバーと乾き物おつまみといった内容だった。
サンドウィッチは美味しかったんだけど、チョコは甘すぎ。そして、真空パックに包まれた謎のおつまみ。
恐る恐る口にしてみると・・・
まずすぎて食えん!
心優しいユウヤはまだイタリアにも着いていないのに、
「慎也へのお土産決まった」と。そう。このおつまみだ。
ちなみに、これを完食できたのは、
機内食史上カズヒと篤だけらしい。(ギネス2003参照のこと)
そして、本当にユウヤからお土産として慎也に寄与される。
飛行機の中で、食事中に俺は恥ずかしながら、大きな放屁をした。
確かに大きな音だったし、後ろに座っていた外人は嫌な顔をしていたが、
「おめー、下品だな」
とカズに言われ、カチンときた。
フランクフルトのマックでコーラをがぶ飲みして
「げふっっ!」ゲップを店内に轟かせ、
外人に「クレイジー。」とつぶやかれた男に言われては俺も黙っちゃいられんよ。
でも今はこう思う。「どっちも、最低だよ」と。
機内には自分達がどの辺を飛んでいるか分かるよう様に、現在地が表示されていて、
予想到着時刻も掲示されている。
和久と俺はイタリアでサッカーを見る事を楽しみにしていて、その話をしていた。
他のメンバーとは少し席が離れていたのでどんな会話をしているのか分からなかったけれど、
イタリアに着いてからの話をしているようだ。
ドイツ語・イタリア語・英語で着陸のアナウンスが流れ、俺はゆっくりとシートベルトを締めた。
着いたぜイタリア
イタリアの空港に着いた。
日本の北海道の最北端よりやや北に位置するローマも北大西洋海流(暖流)のおかげで
東京と同じ位の気候ではあるが、この年のヨーロッパは異常気象で例年より寒いらしい。
空港について例によって例のごとく6人でプカプカしていると現地の観光会社の人間が点呼をとり始めた。
我々と同世代のツアー客は35人位いるが、その構成は多くて4人だったので俺達のグループは
騒がしかったし、目立っていたのではないかと思う。
点呼をとりながら東京からの荷物を受け取るのにしばらく時間がかかっている。
というのもトランクに特徴のないものが多く、なかなか自分のものを見つけられない為である。
その点陽子のトランクは一目瞭然で(ゼブラ柄)すぐに見つけられた。
これから先日記の中で飽きるまでは陽子のことをZEEBRAと表記していきたいと思う。
空港の中では軍人が大きな機関銃を持って警備にあたっていた。
イラク戦争によるテロの厳重警戒だと思う。
荷物を受け取り日本人一行はホテルまで向かうバス乗り場に向かう。
イタリアはもう夜になっていて辺りは真っ暗になっている。我々を歓迎するかの如く、
台風のような暴風雨のなかグチュグチュじゃなくてビショビショになりながら走った。
つかれている時にこの雨は辛かった。
修学旅行なんかでバスの一番後ろに座り、一人二席位平気な顔して座って大騒ぎしている
ダメな集団ってよくありますよね。
それが
我々です。
ちなみにこのポジションはツアー客の中で暗黙の了解になってしまい、
俺達はこの特等席で騒ぎつづけることとなる。
バスの中で現地の観光会社の人が、
「イタリア交通機関の利用法、水道水は飲むな、夜は出歩かないように、酒は飲んでも呑まれるな。」
種々の説明をしてくれていたが、
コウジさん、
ユウヤ、
美樹、
そして、ZEEBRA、
HEAVENに行っていらっしゃる。
残りの3人で余す事なく説明を聞き、そしてこの事がイタリア旅行で重宝されるだろうと信じて疑わなかったが、
重宝しない。
ホテルに着くと部屋のメンバーが呼ばれ、部屋のキーを渡されるのだが、
俺は申込上ZEEBRAと同じ部屋で呼ばれ、なんとなく照れました(若い男女が二人部屋だしね)。
ホテルのロビーで35人が見守る中、男5人でグートッパを行った。
部屋は、
美樹・陽子(飽きた)、
綾のコウジきみまろ・渥美(芸能人コンビ)、
ブ・ヒゲ・ウンコ(チームお下劣)
となりました。
部屋で荷物を整理しシャワーを浴びて、ホテルの近くにあるレストランで夕食をとることにした。
ホテルの案内に書いてあった店で日本語のメニューがあるとの事だった。
歩いて3分のその店は、一見ポパイ合宿の食堂のような内装で落ち着く感じの店だ。
「こんな日本語に訳すか?」メニューをみて誰もが笑いをこらえられない。
間違いなくこのメニューを作ったのは、ZEEBRAとしか考えられない。
その一部を紹介しよう。(すべてカタカナ表記だった。しかもへんな所にスペースがあった。)
「アサリトシメジノ ボンゴレ」
許す。
「ソーセージ トタマゴノ ピザ」
許す。
「サカナト ヤサイ イタメタ」
「ニク ヤイタ」
「ホウレンソ ベーコン バターイタメタ」
絶対に許さん。
助詞を使え。しかもホウレンソは日本にない。
そんな楽しいメニューからまずビールから入り、綾小路はワインを飲んだりして、
期待していた本場イタリア料理を待った。メニューから考えて美味そうではないが。
来た。
味のほうは・・・
腹が減っていただけではない。予想外にというか本当に美味い!
店員のおじさんも非常に友好的な人で好感が持てた。楽しく美味しい食事に一日の疲れを癒され、
ホテルへ帰る途中にミネラルウォーターを買った。
ホテルに着きトイレに行くとそこには便器が2つある。しかも片方は座椅子が壊れていて水道が付いている。
「気前がいいじゃないか!」と思ってはいけない。
俺は最初本当にそう思った。和久いわく、これが噂の、
ビデらしい。
バカな話はこの辺にして、ここで日記の最初にあるように、寝る前に日記を書き始める。
一日分書くのにこんなに時間がかかるものとは思っていなかった。
BBSに応援を書いてくれた人どうもありがとう!励みになるよ。
次更新する時は旅行も本番になるんだけど、今チョットゴタゴタしてて定期的に書いていけるか
分かりませんが、次号から中身も濃くなっていくので、応援宜しく。
コンドルは飛んでいく
空調の悪さから喉に不快な痛みを感じながら目が覚めた。
イタリアに着くまでにかなり疲労した事も考慮して起床時間はやや遅めにと
みんなで決めていた。
チームお下劣では俺が一番最初に目が覚めたのでユウヤと和久を起こし、
女部屋と芸能人部屋に電話をすると、既に起床していた。
ロビーで待ち合わせをしていると、ツアー客の何人かは準備を整え出発している。
「まあ一日は長い。急いでもしょうがない。」
俺達の学年ではいつも生ぬるい雰囲気がある。
ゆっくり朝食でもと食べに行くとバイキング形式の朝食となっていて、種類は・・、
バターロール、クロワッサン、オレンジジュース、コーヒー、水。
オカズなし。
ゆっくり朝食も楽しめるわけがなく、俺とユウヤは10分位で食べ終え、
みんなをロビーで待つ事にした。みんなで相談した結果、とりあえず、
ホテル発の無料シャトルバスに乗ってそれから分かれて行動するということに。
いざ、無料シャトルバスに乗るときにこのバスがどこに行くのか誰も分からない。
けど、出発!イタリアの街並みを眺めながら15分。
我々はサンピエトロ寺院近くに降ろされた。
歩いてすぐのところにchangeがあったのでレートを確認して両替をした。
50000円→380ユーロ。約132円で悪くないレートである。
2週間の旅の中でココが一番いいレートとなる(俺は)。
3〜4分歩いてサンピエトロ寺院に着くと、周り一面を白の彫刻達が囲み、
その美しさに感動した。
この寺院の講釈をしたいところだが、知識をひけらかす日記ではないので省略したい。
写真をみんなで何枚撮っただろうか?
写真をみんなで撮って、俺とキミマロと和久はローマのオフィシャルショップに向かうことに。
見たいところがあると、高橋・渡辺・福田・ZEEBRAは歩いて旅立っていった。
サンピエトロから徒歩5分地下鉄サンピエトロからA線でスパーニャへ。
ローマの地下鉄はA線とB線の2本しかない。
そのかわりバスが細かく分かれているが、細かく分かれすぎて上手に利用するのは
観光客には難しい。
地下鉄チケット1.8ユーロを10ユーロ札で購入。
無事おつり2.2ユーロを受け取り・・・
チョットまて!
おつり少ない。もう一回列に並んで、抗議すると4.7ユーロを渋々返してきた。
まだ足りないけど「もういいや」と思って、地下鉄に乗り込む。
落書きが沢山してあってみんながイメージする通りの地下鉄。
15分程の戦いだった。
5人のスリ集団に狙われた僕ちゃん達は盗まれないように必死に戦い抜いて、
何とかスパーニャ到着。
スパーニャ駅は広く迷って出るのに時間がかかった。
駅を出て少し歩くとローマの休日で有名なスペイン広場がある。
観光客で溢れていて賑やかだけど、別段心に訴える魅力はないように感じる。
騎士の格好したイタリア人が「ナカタ!イナモト!マンコ!」と近づいてきて、
写真撮ってやるというので騎士と写真を撮ろうとしたとき「金かかるよ」と和久が一言。
そういうことか、と思ってお断りすると、コウジさんが別のイタリア人に指にミサンガ
を巻かれている。
「いらない」と断るコウジさんにお構いなしで巻きつけた後、
「3ユーロ!」と。
小銭を探している隙に札を取って去って行った。
コウジさんの指にはヒモみたいなミサンガが巻きつけられ、
確認すると50ユーロ抜き取られていた。
ファッキン・イタリアン、
頭にくるぜ。
コウジさんは別に珍しい事でもないといった感じで、その後も変わらず凹むことはなかった。
気持ちを切り替えて、クラブ・ローマのオフィシャルショップに、向かった。
目的は翌日に行われるローマ戦のチケットを手に入れる事で、
店の2階にあるチケットカウンターで聞いても、売り切れで手に入らない。
楽しみにしていたが、見れないものはしょうがない。
3人で元気を出していこうと励ましあったが、和久は肩を落としションボリしてしまって、
圭介くらいの大きさにみえた(実際は約2倍ある)。
もう一度スペイン広場へ引き返して、トレヴィの泉を舐め回すように拝見し、
その近くにあるガイドに載っていたレストランに入って昼食を取ることに。
コウジさんはウォッカベースのパスタ、俺は名前で選んだシャネルという名のパスタ。
和久は野生の勘で選んだ変な名前のパスタ。3本ミネラルウォーターを注文し、
料理を待つ事20分、俺とコウジさんのはガイドに書いてあるだけあって美味しいパスタ。
和久のパスタは正露丸の匂いを放ち、茶色の木の実をすり潰した激マズパスタ。
和久も頑張ったが半分も食せなかった。腹ごしらえが済んだところで、
スペイン広場から近いブティックを見て回ることに。
ブティック街は別として、街の出店等で、サイモンとガーファンクルの
「コンドルは飛んでいく」をよく耳にした。
ルイヴィトンをはじめとして、有名ブランドは日本人で溢れていて、
日本人スタッフが駐在する店も多くあった。
意外と母親と娘という組み合わせが多い事に気が付く。
俺も当時付き合っていた彼女にお土産の1つでも買って帰ろうと思っていたのだが、
ユーロが強く、そんなに安いという感じはしないし、この先どれだけお金が必要か
分からなかったので、購入は見送ることにした。
ブランド中古品ショップも見て回ろうと店に行くが店は3時まで昼休み。
ココが日本と違うなーと思いつつ、和久が先ほど半分しか食べてないし、
何か食べたいと言うので喫茶店に入った。
俺は柄にもなくアイスクリームを注文。コウジさんはコーヒーを、
和久はパニーニを注文。会計を済ませ店員が机まで持ってくると、
「チップ!チップ!」と店に響く声で騒ぐので、俺は2ユーロを上納。
まだ足りない?
さらに3ユーロ上納。
湊さんはこんな感じで12ユーロ上納。(パエリエ3・5ユーロに対し)
その店員は再び店内に響く声で、
「ジャパニーズ!グラシアス!グラシアス!」と。
和久・・・凹む。
払う俺達が世間知らず過ぎるのもあるが、あの状況で小心な日本人は払ってしまうだろう。
不快な気分で店を出ると、通りにある出店の本屋からあの歌が流れている。
地下鉄の料金・コウジさんのミサンガ・和久のパエリエのチップ、
確かに・・・
コンドルは飛んでいった。
伝説の男
交差点を渡る時、道路を横切る時どうしても右を見てしまう。
ヨーロッパは車が右側通行だから左を確認すべきなのに、慣れない。
これは2週間経っても感じ続けること。
高級パエリエを食べた我々は、和久の希望もありサッカーショップやスポーツショップを
見て回ることにした。
レストラン「グラシアス」?から歩いてローマ最大の国際線駅テルミニまで歩く事に。
20分位歩いたところに小さなスポーツショップがあって、そこで少し見てからさらに歩く事15分。
やっとテルミニ駅に到着。
テルミニ駅はローマ最大の駅でイタリアの周辺国の主要都市を結ぶ電車が通っている。
テルミニ駅の中はショッピング街になっていて、和久はフットロッカーでイタリア代表のユニホーム
を見たり、俺はスーパーで何故か整髪料を買ったりした。
和久はヨーロッパにくる最大の楽しみがサッカーであったので、
試合はもちろんのこと、地元ならではのグッズ購入等を楽しみにしていた。
テルミニ駅に来たのは、地球の歩き方に載っているショップが近くにあるという部分が大きい。
テルミニ駅から徒歩7分ほどの小道に入った治安の宜しくない場所にその店はあった。
僕等は「ひょっとしてチケットが残っているかな?」という淡い期待を胸に、店に入った。
店は小さく、店員二人で細々と経営している趣であった。
コウジ君と和久はチームの名前の入ったライターを買い(400円!たかっ!)、
俺は、片言の英語で店員にチケットがあるか聞いてみた。
店員いわく、
店員 「もうチケットを売っている店はないよ。ただ当日券がスタジアムに
行けばあるかもね。wxywxywxyw(聴き取れず)トゥナイ。」
俺等 「チュナイ?!」
試合の予定日は、明日のはずだがイタリアのカルチョは変則的になる事もあるらしい。
(地元の人はスポーツ紙で確認したりする)
二つの驚きだった。あと二時間後に試合が開始される事と、不可能と思われたチケットが
できちゃうかも!
とりあえず行くしかないでしょ!ってことで、向かおうとするが時間がない。
急いでテルミニ駅に戻り、地下鉄に乗り込み、またもやスリ集団とお触りプレイの戯れの後、
目的駅に着いた。ここからバスに乗って向かうことに。が、しかしバスの乗り方が難しくて分からん。
迷っている暇のない俺達はとりあえず、正当と思われるバスに乗り込んだ。
しびれた。そこにはチームローマのニット帽を被り、
マフラーを巻いた小学生くらいの子供とお父さんが乗車していた。
「間違いない。この二人について行けば、スタジアムだ。」
そう俺達は信じて疑わなかった。6つ目くらいの停留所で下車し、その親子についていった。
人気のない道を、ゆっくりとゆっくりと歩く親子。
俺達もゆっくりゆっくりとついていく。何とその親子はアパートの門を開け、
自宅と思しきアパートへと消えていった。
やっちまった。
時間もない事に加え、自分達がどこにいるのかも、よく分からない状況で諦めムードの中、
小さな商店にダメもとで聞いてみると、英語が通じなかった。
「スタジアム!」と連呼したら理解戴けたらしい。
「ココからまっすぐ歩いて徒歩15分だ」と。
失望と希望の繰り返し、失望の中に光が射すから僕等はいつも歩いている。
徒歩15分露天や人混みの中を歩き、スタジアムに到着。
サポーターは一様にタオルを頭に巻き、ユニフォームを身にまとい、
雰囲気はカルチョの国イタリアの熱狂に紛れもなかった。
当日券売り場に向かい、目の前に見えた時、ダフ屋がチケット売ってやると声をかけてきた。
おそらく高いのだろうと思いきや、
「一人50ユーロだが、3人で180ユーロでいいとの事。」
高くなってんじゃねーかよ。と思いつつ、3人で相談し、日本で買うともっと高い事も考慮して、
割高になったチケットを
!!!!!
久しぶりなのにお粗末。じゃなくて石松。
ローマ対ボローニャ
露店では、どこの国でも売っているような、フランクフルトやフライドポテトが売っている。
さて、チケットを手に入れた我々は試合時間まで40分だし、
早速スタジアムに入場する為、該当するブロックの入場口に向かった。
続々とサポーターが増えているのが、試合時間が近づいている事を教えてくれた。
当然その雰囲気は楽しみにしていた観戦のテンションを上げてくれるのに十分だった。
ダフ屋から買ったチケットには13列目と記されており、
頭の悪い俺は「めちゃくちゃ前じゃん!」と大喜びしていた。
が、実際はブロックが相当ピッチからは離れた場所で、
「さすがダフ屋!」と感心させてくれる。
スタジアムは大きく、ブロック入場口に行くまで10分位歩いた。
コウジ君が地図で入り口を探してくれている。
その時、少しカズと俺から離れた一瞬、
事件がおきた。
地図を見ているコウジ君に急に1人の男が突然殴りかかってきた。
数秒の出来事だったが、その後、走って逃げていった。
何故襲われたのか、未だに分からないが、
チケットを持っていたので奪おうとしたのだろうか。
コウジさんもビックリしていたが、怪我もなくそれが何よりだと思った。
そんな事があって、一気に俺と和久のテンションは下がるのだが、
コウジ君は、その後いつも通りでいて、頭が少し腫れているほか変化がなかった。
とても大人な人だと思う。そのおかげで後述していく観戦は自然と楽しむ事ができた。
入場ゲートにつくと簡単な手荷物チェックを受け、特に問題なく入場した。
席はとてもいい席とは言えないが、チケットの値段を考えると、
こんなものだろうという席で、少しはなれた席では熱狂的なサポーターが
待ちきれないとばかりに怒号に近い応援を始めている。
ローマのホーム試合という事もあって、当然サポーターもローマが多いが、
印象的だったのは、対するボローニャのサポーターよりも、乱闘阻止の警備員が
サポーターより多かった事。ボローニャのサポーター200人位を取り囲むように
警備員は警戒網を張っていた。
(実際の写真じゃないですがこんな感じ)
スタメンが発表になると、場内のテンションはピークに達し、
色んなところで赤色灯がたかれている。たまに爆発音も聞こえた。
そんな中ゲームが始まる。
試合は終始ローマペースで進むが、決定的チャンスを何度か逃し、
今シーズンの不調を露呈していた。
試合中、詳しい和久に色々と解説してもらいながらの観戦で、
俺が知っているのはトッティ(王子様)がワキガということくらいだった。
イタリア人はワキガが多い。そんな中ローマが1得点目を挙げる。
会場は歓喜と興奮に包まれ、何を言っても聞こえない位の大歓声だ。
セルジオ越後がいたらこう言っただろう。「ここ、気をつけなきゃだめですよ」
その通りだフェラチオ越後と言わんばかりのカウンターでボローニャのシニョーリの
カウンターであっさり同点に追いつかれてしまう。
同点に追いつかれてからは、一進一退で4・5分後にハーフタイムに入った。
ハーフタイムではギャルが踊っていたが、それどころではない位寒くて、
寒さに耐えながら後半を迎える。後半に入ってからローマは調子がつき、
ゲームの支配権を握り、15分に2得点目、30分に3得点目を入れ勝利を手にした。
ローマの勝利に我々も興奮したと同時に、これで暴動には巻き込まれないと、
ない胸を撫で下ろした。
どうやって帰ろうかと話し合っている時に、元ポパイ部長、漢熊澤が迷案を提言する。
それは、「みんな帰るほうに帰れば、帰れるからついていこう!」と。
そんな感じでローマ戦を振り返りながら群集について行く。
一人、また一人と駐車場やら、タクシーやらに散っていき、
気がつけば僕等はダウンタウンと呼ばれる治安の良くない所を三人で歩いていた。
もう一時間くらい歩いたが、どこにいるか分からず、警官に聞くも英語通じずで、
まいったなーと思って歩いていると、我々の前を歩く酔っ払いが突然酒のビンを
地面に落とす。周りには人影がない。
その男は30メートル位先の物陰に入っていった。
ヤバイ雰囲気満載で物陰を通ると、
お友達がいらっしゃたのね!
足早に通り過ぎ、振り返るとしっかり2人ともついてきてくれている。
三人でヒソヒソ話し合い、「あそこの柱からダッシュしよう」と。
どうやら巻けたみたいだけど、場所は全く分からず。その時、
「良く聞け。中高年よ」と今日のMVPが口を開く。
「自分に騙されたと思ってついてきて。」と。コウジさんについて歩く事10分、
そこには地下鉄の駅があった。そこから、地下鉄に乗り、テルミニ駅へ戻り、
タクシーに乗って、ホテルまで帰ることができた。
タクシーにもナンダカンダでしっかりボラれ、部屋についたのは、1時過ぎだった。
部屋につくとユウヤ・アツシ・ミキ・ヨウコもこの日には色々あったらしく心配して
起きていてくれた。その事については次号で書こう。
今日は色々と長い一日だったし、色々嫌な事が多かった。
金をたくさんボラれたり、殴られる人がいたり、怖い思いしたり。
イタリア人に一泡吹かされた。
よし。明日は気合をいれてイタリア人と
一泡吹いてやろうじゃないか。
さて、イタリア2日目
昨日は、肉体的にも疲れていたし、色々な事があって精神的にも疲れていたので、
6時間程寝たが、体が重い。
イタリアは日本より北に位置しているため、当然日本より日は短い。
俺達の泊まっているホテルは、壁が暗めの青色ペンキのようなもので塗られ、
日当たりが悪いのでなおさら朝は憂鬱。
前号で書き切れなかった、ユウヤ達の事件は俺達3人より重い。
まず、ユウヤもコウジさんと同様に指にミサンガを巻かれ、
札を抜き取られそうになったが、すばやい身のこなしで逃走し免れたらしい。
さすが・・
飛べるブ○。
ところが、その後警官の服装した男に、
「薬物を持っていないか?」と全員タバコをチェックされ、
その後、身分証・偽札のチェックを促されて行ったらしい。
しばらくしてから陽子の財布から金が盗まれている事に気付く。
観光ガイドもニセ警官については注意していたが、
本当にいつ抜き取ったのか分からないらしい。
その金額、7万。
陽子は日本から持ってきたお金のほとんどをイタリア初日で失ってしまい、
パニックになって大変だったそうだ。
昨晩は今後の旅行にあたり、陽子にみんなでお金を出しあう事を話し合った。
美しい友情に聞こえるかもしれない。
でも当たり前の事だと思う。美樹、和久、俊宏よ・・。
借りたもんは返そうや。
そんな話をしたあと、床についたのだった。
今日も昨日と同じように味気ない朝食を食ったあと、
俺は篤と観光をする事にした。みんなは陽子の被害届を出しに行くらしい。
今日はシャトルバスは使わずに、徒歩20分で路線のバス停から、
篤の行きたがっていた「ノミの市」に行き、その後遺跡巡りをする事に。
その途中で小さなフリーマーケットをやっていたので、チョット見てみることに。
出店している人は親切な方が多く、慣れない英語でディスカウントに応じてくれた。
そこでお互いに何点かお土産を購入した。楽しい買い物だった。
バスの路線を調べて、いざ篤の目指す「ノミの市」へ。
俺は今日フォロロマーノという古代遺跡に行きたいと思っている。
バスに乗ってすぐに、スリがお触りしてきた。
篤も戦っているようだ。スリにもチョット慣れた気がする。
本当に多いなと思うのと同時に、こいつ等はバカだなと思う。
お金持っているように見えますか?
こいつ。
(緑のはゴミ袋を設置するものです)
本当のスーパー銭湯
今日は日曜日だからだろうか。篤とバスを降りたベネチア広場は人通りが多い。
今日は快晴で宮殿も美しく見える。
このベネチア広場にはイタリア統一を成し遂げたエマヌエーレ2世の銅像と博物館がある。
この広場からローマの主要道路はすべてつながっている。
「すべての道はローマに通ず」
このベネチア広場で写真をとり、篤の目指すノミの市へバスを乗り換えて向かう事に。
バスの路線も大多数がここを通るためバスに乗るのも大変だった。
乗車して間もなく、かつてないほどの便意を催し、死にそうになりながら
目的地に辿りついた。
ようやく便意も治まって精神的にも余裕ができたので、露店にて、エロ本を購入するが、
買ってから分かったんだけど、無修正ではなかった。
「ルネッサンスは?ありのままの芸術は?」
憤りに震えていたら、本日2度目のBIG WAVE!
日本と違ってコンビニなんてないし、喫茶店を探した。篤と向っているノミの市は、
観光客など来るような場所でない為、喫茶店では英語が通じず、篤は紅茶を、
俺はコーヒーを頼んだつもりが、頼んでいないクロワッサンがついてきた。
注文を間違ったらしい。
俺は用を足すべくトイレに行くと、拭いた紙は普通のゴミ箱に入れておくため、
悪臭が漂っている。これもここが観光地ではないからかもしれない。
喫茶店から徒歩3分くらいのところからノミの市は始まっていて、なんでも売っているし、
様々な人種がいた。
観光地で日本人(アジア人)は差別的な目で見られ、俺達も例外ではなかったけれども、
ここでは、そういった奇異の視線も感じる事はなかった。
活気があって本当に大きな市だった。すべて見て回っては夕方になってしまうので、
ある程度で切り上げ、フォロロマーノに向うことに。
篤と地図を見て、
「歩いていけるな」
という間違った判断をし、そこから一時間半歩く事となる。
田舎道を延々と歩くが、ほとんど人もいないため、歌など歌いながら歩き、
「どの辺まで来ているのかな?」
と地図を見ると、すぐ側にカラカラ帝大浴場があると思い込み、そこで篤とカラカラ帝も
好きだな。
なんて言いながら、ノリノリで写真をとりますが、
そこはカラカラ帝の大浴場ではありませんでした。。。
この人がカラカラ帝です。(銅像)
今はイギリスにある大英博物館に展示されてます。
大浴場には一度に1600人も入浴できたそうな。
くどいようですが、相当好きなのでしょう。
お風呂。
注意:本来の大浴場とは民衆のために作られたものです。
大人の娯楽施設ではないのでご注意を。
美しき崩壊
「カラカラ帝の大欲情」と思っていた遺跡から徒歩7分位の場所に地下鉄が走っていたので、
一時間半も歩いて疲れているのもあり、そこから3駅地下鉄に乗り、コロッセオに。
さすがに人が多く、スリと思しき人間や、騎士の格好している人間がいるなど駅前はスペイン広場に
似ている。駅前にはコロッセオがそびえたっている。
このコロッセオというのはフォロロマーノ遺跡の中にあり、直径は最大 188メートル、
外周は 527メートル、収容人員 5万人というから、現代のスタジアムに匹敵する規模である。
こんな巨大な建築物が築かれたのが西暦 70-90年頃、日本では弥生時代で、高床式住居の時代だから、
古代ローマの文明の高さが伺える。
戦いに勝った者は民衆のヒーローとされ、敗者は観客の判断に委ねられる。
(民衆の判断で)当然死することも少なくない。
コロッセオでのショーは戦車や剣闘士たちの戦いだけではなく、
当時普及していないキリスト教徒や囚人が残虐に殺された場所でもある。
コロッセオは時の権力者が民衆の娯楽を目的に政治的に作ったものだ。
篤と相談して、コロッセオの入場料を考慮し、
「コロッセオには入場せずフォロロマーノに行くか」
と動き出した時に、怪しい外人が話かけてきた、その瞬間に、篤は、
「NO−!」
とすごい勢いで走り去ってしまった。外人も困惑したが、残された俺はもっと困惑した。
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フォロロマーノはコンスタンティヌス凱旋門等、古代文明の素晴らしさを俺に教えてくれた。
半分壊れてしまった宮殿、途中で折れて風化してしまった柱、その崩壊は、全て美しい。
フォロロマーノは丘になっていて、宮殿すぐ側の展望台からは、夕日でオリーブ色に染まった
ローマの街並みを望むことができる。人それぞれの価値観があるとは思うが、
俺にとってはここがイタリア最高の場所に感じた。
フォロロマーノを二時間弱観光し、丘を越えるとそこはベネチア広場でそこからバスでホテルまで帰ることに。
時間は早かったし、まだ元気はあったけど、要は早く飲みたかったのよ。
バス車内で出発を待っていると、
「ビダルサスーン?」
すごい美人が乗車してきた。
高鳴る俺の鼓動!しかし同時にとんでもない悪臭が。この美女、ワキガ!
「NO−!」
もったいない。
バスを降りて、その足で初日の夜に食べに行ったレストラン「まいうー」で
今日一日を振り返りながら、飲酒開始。
篤は今日ノミの市で買ったマユミへのお土産を、嬉しそうに俺に見せてくれた。
例によって猫ちゃんのお皿やら色々購入したみたいで、篤も満足そうだ。
ここの料理はやはり美味く、お酒も安い。
ほろ酔いになり、話はいつもどおりエロトークに。
あっ君が爆笑した時、椅子の上に置いてあった猫ちゃんの皿が落ち、粉砕。
篤、本日2度目の、
「NO−!」
ホテル到着後の飲み会
篤が猫ちゃんの皿を割ってから20分程後に店を後にした。
ホテルに着いてからしばらくすると、ユウヤ・コウジさん・ヨウコ・美樹が帰ってきた。
が、和久の姿がない。ユウヤ曰く、タクシーには乗りたくないので地下鉄で帰ってくる
ということだった。
昨日危険な思いをしているのに、勇気のある奴だと俺は関心していた。
警察にヨウコの被害届けを出しに行ったが、コミュニケーションの問題で明日もう一度
行かなくてはならないらしい。
明日は特にしようと思っていることもないし、俺もついていこうかなと考えていた。
今日の一日の出来事を各自語っているが、やはり陽子の元気がないように感じる。
昨日の今日という事もあるし、警察に行って手続きをしなければならなかったりと
精神的に疲弊しているようだった。
その一時間後、和久が帰ってきた。和久が俺に話した内容はこうだ。
ユウヤ・こうじさん・和久・陽子・美樹はどのように帰るか話し合っていたが、
一日中歩き疲れていたのもあり、ユウヤがこう言ったらしい。
「あー、疲れた。今日は歩きすぎた。俺混んでる地下鉄とか乗りたくないし。
おい!美樹どうする?陽子お前は?・・・・そうかじゃタクシーだな。
ん?5人いるから1人乗れねーな。2台にすると高くなるし。」
こんな流れで、「じゃ俺が地下鉄で帰るよ。」という事になったらしい。
最初はチョット一人で帰るのが怖かったが、帰ってきてみると色んな発見等があり、
楽しかったと振り返っていた。
和久たちのグループは陽子の警察に行った後、ローマの休日で有名な真実の口に
行ってきたらしい。
周知の事とは思うが、ついている人はその口にかまれて手が抜けなくなってしまうという。
なるほど。
なるほど。
観光地として有名なわりに非常に空いていたらしい。
その後、俺と篤の行かなかったコロッセオに行き、その後街をブラブラして帰ってきたらしい。
(コロッセオの中)
そんな感じの一日だったらしい。
一日を振り返りながら、昨日とは異なり大きなトラブルもなく、酒宴が催された。
乾杯です。
結構飲んだ事と、非常に疲れているのもあり、悪酔いしてしまう者多数。
こうじさんが結構酔ってた。
イタリア二日目が終了。
写真を読み込んだので画像が多少粗いけど、掲載してみました。
とりとめのないローマ最終日
いやー久しぶりだ。日記を読み返すと何気に頑張ってここまで書いたなとは思う。
よし再開しよう。
昨日はかなり飲みすぎてしまったようで、脳みその中心から外側に染み出していく重さと、
歯茎に感じる渇きを感じながら洗面する。そう、これが噂の二日酔いだ。
今日も部屋で一番早く起床し、熱いシャワーで酔いを飛ばそうとしていた。
朝食前に歯を磨くことは普段しないのだけれど、口の中が気持ち悪いので、
「朝食のあとに2回目を磨けばいいかな」と思い、歯磨き粉を見ると、
歯磨き粉のふたが開いていてカリカリになっている。
使ってもいいけど、ふただけは閉めるよう部屋のメンバーには念を押したのに。
大人気なく寝起きの和久・ユウヤに怒鳴り散らし、犯人を突き止めることに。
まず、今朝最初に歯磨きをした人間。→俺
昨日、ユウヤと和久は俺の前に歯磨きを済ませていたことが判明。
つまり、
おれかよ。
みんな、ごめんね。
朝食会場で顔を合わせると、皆二日酔い気味のようだ。
昨日のフォロロマーノで俺は大満足しているし、今日は、みんなの行きたい所に付いて
巡る事にした。明日の早朝にローマを発つので、今日がローマ最後の日という事になる。
まず、陽子が盗難の件で警察に行かなければならず、7人で警察に向った。
ホテルの最寄駅「コルネリア」まで歩き、そこから地下鉄A線でテルミニ駅の一個手前の駅まで。
そこから三越の前を通り警察署まで徒歩3分ほどだった。書類作成にかなりの時間を要し、
最終的には近くにある三越の日本人スタッフの方に調書を作成してもらった。
警察の話によると、我々のほかにも盗難に遭う観光客が多く、非常に困っている。と憤慨
していた。警察はイタリアの治安に憤慨しているのか、警戒心の足りない観光客に憤慨して
いるのか俺には分からなかった。
書類を三越で作成してもらっている間、和久・コウジさんとマクドナルドで食事をとり、
陽子の書類が完成したので陽子・ユウヤ・美樹・村島は警察に再度向った。
我々はまず、和久の希望でテルミニ駅内にあるフットロッカーでイタリア代表のユニフォーム
を購入した。随分と悩んだ挙句の決断だった。日本で買うより随分と安い値段らしい。
その後地下鉄に乗り込み、お土産を買うためにスパーニャへ。
ローマのオフィシャルショップへ行き、3人ともここでお土産を購入した。
和久はまたしてもローマのユニフォームを購入し、とても満足しておりました。
購入後、スペイン広場近辺でお土産の購入をしていると、ヨーロッパの美しい街並みを
徘徊している、渡辺君・高橋君・福田さん・遠藤さんとバッタリ出くわした。
市場に行って買い物をしていたらしく、皆、結構な荷物を持ち歩いていた。
(市場)
お互いの一日の幸運を祈り、別れたあと、ブランド街を覗いたりと特にここで書く必要
のないほどダラダラと買い物を行って、ホテルに戻った。
その日は次の日も早かったのもあり、酒は飲まずに早寝した。
いつも、なるべく落ちは作るようにしているんだけど、この日は本当に書くことがない。
たまにはいいでしょ?こんな終わり方。
じゃ、また明日。
スペインで慎也参戦!
朝6時45分にホテル出発ということで、5時40分に起きた。
和久とユウヤに声をかけ、朝の仕度を始める。眠気でテンションは上がらない。
ロビーに6時40分に集合したが、ローマは緯度が高いため外は真っ暗でほぼ夜だ。
バスで空港まで向かい、みんなでタバコを吸い貯めしてから、飛行機にノリコンダ。
慎也のチン○はアナコンダ。
慎也の名付け親は「慎ましい男たれ!」と名付けたんだろう。
でも、決して慎ましい男性自身を持ち合わせていない。
目立ちたがり屋の暴れん棒だ!まちがいない。
今回は格安旅行ということで、飛行機の乗り継ぎは良くなく、バルセロナに向うのにも、
いったんフランクフルトを経由しなければならない。
フランクフルトで一時間半ほど待ち、バルセロナ行きの飛行機にアナコンダ。
スペイン到着前乱気流により機体は大きく揺れたが、さすが慎也。
無事に情熱の国にペッティングじゃなくて、ランディング!
スペインは非常に暖かい国だ。日差しは暑く、空は透き通っていた。
空港に着くと現地の日本人スタッフが我々を待っており、観光バスまで案内してくれた。
我々のツアーの女の子のトランクが飛行機で破損してしまい、
その手続きで1時間程バスの中で待たされた。
ほーら、やっぱり暴れん棒だ。女の子は気をつけろ!
バスは出発すると美しいスペインの美しい街並みを通り、
バルセロナオリンピックの会場を通り、バルセロナ港を一望できる高台で休憩をとった。
気温も随分と高く、みんなも随分テンションが高いようだ。
(一番左の人は現地で絡んできた人です)
しばらく休憩を取ったあと、丘を下り、みんなが楽しみにしていたサクラダファミリアに
向うようだ。
バルセロナの街並みをバスで通る途中も現地スタッフの方から、ガイドしてもらい、
街並みを楽しむことができた。
サクラダファミリアはとても大きく、外観も壮大で、歴史的な重みも感じさせてくれる
建造物だった。
このサクラダファミリア未だ建築途中で完成まであと100年はかかるといわれていた
ものだが、寄付金の集まりが近年好調で、50年後には完成するのらしい。
生きているうちに完成するのであれば、完成後是非みたいと思う。
塔の高さはおよそ100メートルあり、慎也も負けるが、真介さんはいい勝負らしい。
その100メートルを螺旋階段でひたすら登って、見下ろすバルセロナの景色はきれいだった。
苦労して登ってきた達成感がその景色の美しさを増しているかもしれない。
・・・・ゆうや、テメー、エレベーター使いやがって。
本当に美しい景色だった。
(右の人は現地で友達になった中国人)
サクラダファミリアを訪れた後はホテルにバスは向かった。
ホテルはとてもキレイなホテルでイタリアのきったねー「ホテルウンコ」に比べ
格段に良かった。
近くに大きなショッピングセンターもあって便利だし。
部屋割りは、
@ 陽子・美樹
A ミナト・斎藤
B 俺・ユウヤ・現地で知り合った中国人(珍 皮包さん)
しばらくゆっくりしたあと、Bの部屋は近くのショッピングセンターで夕食を済ませ、
部屋で翌日の旅行の計画を立てていると、@Aの部屋のメンバーも食事を済ませ、
お酒を買ってきたので、飲み会を催した。
色んなビールを買ってきたが、中には激マズビールもあった。飲み会が始まってすぐに、
「慎也に超面白いお土産買ってきたんだよね」(陽子)
近くのショッピングセンターは確かにいろんなお店がたくさんあって、
お土産を買うものは沢山あった。どんなものを買ってきたのか聞いてみると、
陽子はそのお土産を差し出しながらこう答えた。
「慎也にチン○のオブジェ買ってきたんだけど、色とか形とかスゴイの!」
っていうじゃない?
でも、アンタ・・・
慎也は色も形ももっと立派なもの股間にありますから!
残念!
金子慎也の環八渋滞斬り!
拙者、色も形もあまり良くありませんから、
切腹!
次号へ続く