2001年11月2日、京大YMCA会館で行なわれた有志による礼拝企画『礼拝の喜びをあらゆるところに』でさせてもらった話の原稿に少し手を加えたもの。


通りすがり


 私はキリスト者の家の生まれである。
母親の方は祖母の代からのキリスト者である。が、洗礼を受けた信徒なのは祖母と母だけである。だから他宗教・生活習慣とのかかわりにおいては、恐らくかなり寛容な考え方をしている方だ。

 例えば「…あらゆるところに」には帝国主義時代の宣教師のような響きを感じとってしまわないでもない。なんだかそこには誠実に日々を暮らす仏教徒とかへの配慮がないような気もする。まあ悪意のないタイトルなのだろうからそれはそれでいいんですが。

 私はお葬式について研究した際、いくつかの教会を回って、未だに教派対立がなくはないのも見た。だから、私のようなキリスト教について確定的な考えを持っていない人間がここで話すことにも、意味はあると思う。

 私は洗礼を受けてはいない。
 これは色々な理由があって、カッコイイ方からいくと、誰か他の人間から認められなければ自分はキリスト者ではない、というのはヘンじゃないか、と思うところがないでもないからだ。

 カッコワルイ理由は組織に正式加入するのがコワイからです。これは私の臆病なメンタリティーのためだから言い訳できない。あとは維持献金がつらい、とか。月収10万円だからね。
礼拝に行って、献金の段になって、財布を開けたら小銭がない、これはちょっとショックじゃないですか?

 まあしかし、つまり私はキリスト者である、と思うところからキリスト者である、そこからでいいんじゃないですか。聖書には信仰が内向的に閉じこもってしまうばかりではよくないと書いてあるので、それだけではいけないのだけれども。しかし進歩とか拡大とか深化とかばっかりが能じゃないですよ。(学Yの報告書とかで、「問題意識を深められた」のが一番大事なことのように書いてあるのを見ると、少しフクザツな気分になる、自分だったら第一に「面白かった」と言って欲しいからだ。)

 地塩寮というのは実は異常に恵まれたところである、考えよう、話をきこう、語りかけよう、という姿勢があるからだ。

 実社会は結構そうじゃない。まあ皆さんよくお分かりでしょうけど。

 そういうメンドクサイ奴は「ずれている」という扱いを受けるし、しばしば周囲と関係を(和を)作る努力を怠っているとみなされる。お前がずれているのだ、と言われ続ければ、そんな気になってしまう。


 あるところに神経系統の理由で病気になった人がいるとする。でも原因がわからないから、お前は汚れているのだとか罪人なのだとか言われる、言われ続けてると本当にそんな気がしてくる。
 病気はますます治らない。
 そこにイエスが来て、「お前は罪人じゃねえだろ」と言ってくれる。
 「いやあ、でもみんなそう言うし」
 「じゃあ俺が許してやる、お前の罪は許された、これでOKだ」
 

 これはある種信仰のはじまりだ。(もっとも、今でも、障害とか病気とかの人のところには、お払いとか祈祷とかしてやる、という宗教家からじゃんじゃん勧誘がくるらしいですよ。つまり宗教がいつもリリーフにつながるとは限らんのです。因みにキリスト教会はしていないと思う。少なくとも作家の大石邦子さんは、入院されていた時多くの宗教勧誘を受けたが、キリスト教は来なかった、と言っておられた。)


 聖書に書いてあることを正しく読むのは大事なことである。しかし、その「正しさ」が、現代の我々の魂が元気に生活していけるための活力源にならないのなら、それはどういう正しさであろうか。

 例えばパウロの女性差別観なんかはやはり「正しく」はないわけである。パウロは差別するつもりはなかったのだ、と屁理屈をこねても仕方ない。パウロは男尊女卑的なところがあったし、ルターだって時々態度を変えるのである。それは事実。
 そこから「正しさ」を読み取るのは我々の仕事である。


 さて。

 本当はタイトルはつけたくなかったのだ。
 キレネ人シモンのようなチラッと出てくるだけの人についての話と、最初からわかっていると意外性が減ってしまって面白くないからだ。

 まあいいのですが。

 ここで聖書をもう1回読んでみよう。

 刑場までひき回される途中。イエスは既に疲れ果てていて自ら十字架を運ぶことができなかった。そこでローマ軍の兵士たちは、野次馬の中から一人の男を選び出し、代わりに担がせる。

 それがキレネ人のシモンである。この人物は共観福音書と呼ばれるマルコ・マタイ・ルカのそれぞれに登場する。

 このキレネ人シモンが聖書の中で登場するのはここだけである。彼とイエスの間に、どんなつかの間の交流があったのかはわからない。

 キレネは北アフリカの町、今でいうとリビアにあるのではないか、この時代の感覚ではきっと田舎町である。彼は祭り見物の観光客だったかもしれないし、祭日で里帰りしていたのかもしれない。ディアスポラのユダヤ人だったのである。

 田舎と訳された言葉には郊外、畑、等の意味もあり得るという。恐らく屈強な体格の男だったのだろう、イエスの代わりに十字架を担がせるくらいであるから。

 マルコ伝にのみ「アレクサンドロとルフォスの父」という記述がある。マルコ伝当時の読者たちには馴染み深い名前であったのだろう。マルコ伝当時の読者たちに馴染みがあるという事は、この息子たちは信徒たちの中である程度指導的な立場にあったことが想像できる。少なくとも有名人だったのである。

 偶然居合せただけで、しかも巻き添えを食うようなかたちで福音書に登場する男の、その息子たちが、しかし信徒の指導者になった。シモンもキリスト者になったのだろうけれども、エルサレム教会のペトロ、ヤコブ、ヨハネら、あるいはヘレニスト的教会のパウロ、バルナバ、ステパノら、どちらにもその系譜は出てこないから(使徒行伝に出てくる全てが古代教会だと思ってはいけないのであろうけれど。著者ルカには、両者の紛争を調停したい気持ちがあったようであるから)、そんなビッグネームではない。もちろんパウロやペトロ、ヤコブのようなビッグネームではないが、しかし彼らとて無数の中堅信徒・一般信徒に支えられてこその「大物」であったはずだ。

 人がなにかをする・なにかになるうえで、そこに偶然居合わせただけ、ということは、その理由として全く十分である、ということではないか。

 そして、別に「大物」でなくてもよいし、立派でなくてもよい。
パウロのような劇的な回心を経験しなくてもよいし(ある種羨ましいところがなくはないが)、ペトロのような振幅の大きい激烈な感情を持っていなくともよいのではないか。

 最初からキリスト教徒の家に生まれると、パウロのような回心体験は味わえない。宗教は当たり前のものとして身の回りにある。それは熱狂性につながるような熱心さにはなりにくい、しかしそのかわりに穏やかさ、穏健さを身につけられるものだ(と思いたい)。

 教会にいって、でも、どこでもいい、活動の現場でもいい、自分より熱心に活動する人の姿を見て、恥じ入るばっかりな気分になることがあるだろう、私はあるのだが。

 それでもいいではないか。シモンみたいなあり方だってあるはずだ。それでもいいというのはあまりに無反省にきこえるから、そこからでもいい、としておくべきか。

 気楽にはいっていけばいいし、「問題意識の深まり」「関係性の広がり」なんてはまりこまないでもいいんだよ、多分。


トップページにもどる