2002年4月5日、YMCA関西主事宅で行なわれた聖書研究会(大層なことはしていないので研究会と名乗るのはお恥ずかしいのですが)のレジュメ。当日配布したものに手を加えてあります(内部の人間にしか意味を為さないギャグの類は削るなど)。


まあなんだ、教訓を見出すだけが能じゃないぜ、なあ。



☆前置き

 例の9・11とその後の経緯、あるいは最近のパレスチナなんかを見ていて、「知る」ということがいかに大事か思い知らされたので、少しでも知っておいてもらったほうがよいと思った。何しろ、アメリカ合衆国でブッシュ政権の宗教的な後押しとなっているのもまたキリスト教なのだ。キリスト教がそういうものだと思われても困るわい。

 しかし、現在のキリスト教派のそれぞれが、ただ一言キリスト教、と表現できるような統一性を持っていない、ということは、まあ皆さんご存知でしょう。
 もちろん統一性はありますよ。
 唯一の神を信じることであるとか。
 イエスが主であると信じることであるとか。

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 それにしても、やっかいなのがこの「教派」というものである。キリスト教を端から見てとっつきにくいものにしている理由の一つは、この多数の教派とそれらの違い(時に争い)であろう。
 実際、現在日本だけでも確か200近い教派がある。世界ではどれくらいの数があるか、というのは、これはもうよくわからないとしか言い様がない。「世界キリスト教大辞典」とかを見てください。
 カトリック関係の方の中には未だにプロテスタントを凄く嫌っている方がいらっしゃるし、もちろんプロテスタント関係者にも激しいカトリック嫌いがいる。これはどっちもどっちなのである。しかし「お前等プロテスタントはチマチマした本家分家争いを延々繰り返していて見苦しい」という批判は、ある面ではあたっている。お恥ずかしい話ではあるのである。

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 さて。キリスト教について知ってもらうということで、日本における一般的な「キリスト教・キリスト者」のイメージについて考えてみる。

 私が京大YMCA地塩寮の寮生だった頃、仲良くしていた寮生の一人(「宗教」に違和感を感じていたようだった。だからあまり彼と宗教の話をしたことはないのだが)と、「キリスト者でもヘヴィ・メタルを聴いていいのか」、といったたわいない話をよくしたものだ。ストライパー に限ってOK、というのは勿論冗談、別にキリスト者がブラック・サバスだろうがジューダス・プリーストだろうが聴いていて別に構わないはずである。

 実は「ロックは悪魔の音楽だ」というノリの人はおそらく現代日本においても存在しているのだが、そういう主張に対しては、受けとめる側が判断すればいいだろう。個人の趣味や嗜好は、個人の意志・判断の問題である。キリスト者が何かを判断し行動する時、それは教会や司祭職の人がそうしろと言うからではない。神の教え(と自分が考えるもの)と照らし合わせて、これはしてもいい、と自分が判断したものについては、したらいいのである。宗教改革以降主張される、キリスト者の自由とはそういう意味を含むだろう。もちろんこういう態度には、神の教えをどう理解するか、について、独善的・ご都合主義的になりかねないという危険性がある。だからまあそのへんは常に注意していたほうがいいのだ。教会とか宗教書とかには、そういう役割もあるに違いない。

 脱線した。「キリスト教・キリスト者」のイメージに戻ろう。寮生氏が抱いていたのは恐らく典型的なキリスト者のイメージ(のひとつ)ではないだろうか。敬虔、清貧、従順、貞淑、早寝早起き、真面目に働き、毎日お祈り、ヘヴィ・メタルなんか聴かない、高いモラル…「大草原の小さな家」の時代みたいですね。

 ところが、福音書を読んでいけばわかるのだが、イエス(やそのまわりの連中)には、寧ろモラル−ブレイキングなところがあるのである。モラルにもいいモラルからイヤなモラルまである。社会体制を維持するために、個人の生き方を制限制約したりするのはイヤなモラルなのであって、イエスらはこれらのイヤなモラルをひっくり返そうと奮闘したのである。神殿の屋台もひっくり返したけど 。そのイエスをスタート地点にもつキリスト教が、イヤなモラルを拡大再生産しているのは、これは確かに情けない話である。

 近代になって、教会が作り上げたイエス像を批判検討し、イエスについての史実を知ろうという学問研究が盛んになった。それを「史的イエス」などと言う。現在の我々が聖書を読む上では、この史的なイエス像をある程度念頭に置いておいて読む方がいいかもしれない。教会組織の都合というのは時折とんでもない害悪をもたらすのであって、教義の中にはイエスが本来言いたかったことから随分離れているところもあるかもしれない。

 だからといって史的なイエス像、「イエスが間違いなく本当に言ったこと」こそが一番大事なのか、というと、これは難しい。例えば「三国志演義」に出てくる関羽や張飛の姿と、史実における彼等の実像とはもちろん異なるだろう。しかし作り話であっても「三国志演義」は面白いじゃないですか。史実と違うからそんなもの読んでも時間の無駄だ、なんて言う奴はいない。それと少し似ているかもしれない。

 そもそも史的なイエスは1世紀の人である。死海文書級の超発見でもない限り、厳密なイエスの伝記など明かにできるはずがない。

 しかも日本から遠く離れたパレスチナ文化・風土のもとで成長した人である。
 
 常識的に考えて、何かものを言うとき、いつでもどこでもどんな場合にでもあてはまるように、と考えてものを言う人などはいない。自分が今語りかけている相手、今話しているその場所のことを考え、相手・時・場合に合うように心を砕く方が、よほど誠実な話し手である。だからイエスも当然、時代的地域的その他の背景をもとに話しているわけである。中には1世紀のパレスチナでしか言えない・わからないこともきっとあるのだろう。大っぴらに言うとパクられるようなことは、喩え話にしないといけない、なんて事情もあるわけである(結局パクられてしまうけれども )。

 もちろん聖書から現代に通じるものを読み取ることはできる。その上で各時代の人々がどのように読み取ったのか、ということは参考になるだろう。であるから、最近の良心的な解説書には大体、史的にはこういうことであろうという説と、それを歴史的にどう理解してきたのか、と、両方書いてあることが多い。結局、本当かどうかよりも、読む側がどう読むか、が問題になるのであり、あなたの読み方が、あなたにとっての正解である、ということになる。ここにもまたキリスト者の自由がある、ということです。きれいにまとまりましたね。大体、史的イエス像の数は学者の数だけある、というのが現状なのです。
 

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 なお私はキリスト教徒なのか、というと、実はよくわからない。「洗礼を受けた人がキリスト教徒である」と定義するなら私はそうではない。キリスト教的には、私のような、教会に行ったり、イエスや聖書について勉強したりするくせに、正規の教会員になる度胸がない薄っぺらい奴のことを、求道者と呼ぶ。私の行く教会では「教友」という呼び方をして下さることもある。そういう意味ではキリスト者ですが、教徒ではないです。

 というわけで、以下、間違い、偏見、暴言、笑えないところなどもあると思う。皆さんで指摘して正してください。やっと本題です。


☆新約聖書について

 私は旧約聖書については、新約聖書について知らない以上に知らないので、思いきって流させていただきました。ごめんなさい。

 新約聖書の「新約」とは新しい約束ということである。神との約束である。つまり旧約は古い約束なのである。旧約聖書はユダヤ教の聖典でもある。もちろんユダヤ教の方にとって旧約はただ単に「聖書」である。新しい約束とは、神がこの世にイエスを遣わしたということである、と言っていいと思う。
 

 新約聖書には以下の27の書物が入っている。
・福音書4篇(マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネ)
・使徒書22篇(使徒行伝と手紙21篇)
・黙示録(ヨハネの黙示録)
 手紙類のうちのパウロによる手紙がもっとも古い。これらは原始教会の成立期に書かれたものである。それ以外の文書は、教会の成立より新しいものである。だから、先に成立した教会の都合が、既にそこに反映されているかもしれない(いや、されているのだが)。なお新約聖書は全部ギリシャ語で書かれている。
 
 

◇福音書

 福音書はイエスが生涯において語ったこと、なしたことを記録しているが、厳密な伝記、歴史書ではない。
 古さの順に並べると、マルコ→マタイ・ルカ→ヨハネ、となるようである。マタイとルカは、資料としてマルコと「Q資料」 というものを使用して書いていると言われている。Q資料とは、散逸してしまって現存しないがイエスの発言集のようなものではないかと言われている。マルコには含まれないがマタイ・ルカには含まれるエピソードが、Q資料の存在を推測させる、ということらしい。

 マタイ・マルコ・ルカの3篇には共通する話が多く含まれているので、これら3編は共観福音書と呼ばれる。ヨハネ伝はかなりノリが違う。

 なお、福音書では、ファリサイ派・律法学者(ヨハネ伝では「ユダヤ人」)は文字通り「救いようがない」(正に文字通り!)連中として描かれているが、これには時代背景がある。書かれた当時のキリスト者はファリサイ派・律法学者から具体的・物理的な攻撃を受けたのであり、それまで彼らの主たる活動拠点であったユダヤ教の会堂から、強制排除されたのである。激しい恨みを持つのも仕方ないかもしれない。が、21世紀の我々はそんなユダヤ教への激しい恨みまで学び取らなくともいいと思う。

◆マタイ伝

 冒頭にイエスの長い系図を書いているあれです。マタイ伝が新約聖書の先頭に来ているのは、その系図重視からもわかるように、伝統的要素を大事にしているから教会の側も受け入れやすかった(教会組織の権威付けに好都合だった)、というところがあるのではないだろうか。

 成立年代は70年代後半か80年代。著者マタイはユダヤ人キリスト者であろう、とのことである。12使徒の一人・収税人マタイである、というのは成立年代からすると苦しい。黙示録にあらわれる「4匹の生き物」(聖獣とでもいうのでしょうか)のうち、「人間のようなもの」がマタイに擬せられている。

 マタイ伝はユダヤ教から改宗したユダヤ人に向けて書かれており、だから「キリスト者になることがユダヤ的な正しい生き方へ背を向けることになるわけではない」とアピールしたいのである。だから、イエスの教えのうち、ユダヤ教と矛盾しないところに目を向けているところがあるように思える。

◆マルコ伝

 突然イエス30代(ヨハネによる洗礼)からスタートする、一番短い福音書。マルコ伝はイエスの言葉より寧ろ行動に目を向けており、著者は「イエスに続くものは具体的にその行動に倣わねばならない」と考えている、と言われる。これは当時既に権威主義的になっていた教会への批判が含まれているため、と考えられている。使徒たちは、福音書の中ではかなり出来の悪い連中として描かれるが、マルコ伝ではそれが際立っているように思われる。イエスの家族も同様に批判される。

 著者がエルサレム陥落を知っていたかどうかについては意見が分かれている。知っているなら成立年代は70年代。著者マルコはペトロの通訳ヨハネ・マルコである、とする説は、やはり苦しいらしい。アラム語もギリシャ語もわかるユダヤ人キリスト者である、というのは間違いないようだが。黙示録にあらわれる「4匹の生き物」のうち、「獅子のようなもの」がマルコに擬せられている。

◆ルカ伝

 洗礼者ヨハネの誕生からはじまる福音書。使徒行伝へと続いていく長編である。旧約時代→キリスト時代→教会時代と3つに歴史を分け、救済の完成に至るまでの中間期が、彼の所属する時代であるとするのである。当時「終末・再臨の時はまだ来ないのか」という焦りが教会内にあって、それに応えるためにこのような説を編み出した、とも言われているし、マタイ同様ユダヤ教からのスムーズな連結を意識したとも言われる。受難でさえ、彼は神の壮大な計画の一コマと捉えているところがある。だからイエス十字架上の最後の言葉も随分聞き分けのいいものになっている。著者には「僕たちアブナいカルト集団じゃないですよ」とローマ政府に対して訴えたい意図があったらしく、全編ローマに対しては好意的である。

 成立年代はおそらく80年代。著者ルカは異邦人(ユダヤ人でない、という意味で)キリスト者ではないかとも言われる。ともあれ、パウロの同労者・医者のルカである、という説はこれもまた苦しいらしい。黙示録にあらわれる「4匹の生き物」のうち、「牡牛のようなもの」がルカに擬せられている。

◆ヨハネ伝

 「初めに言葉があった」ではじまる福音書。他3篇とはエピソードや登場人物がかなり異なる。内容の特徴として、他3篇より霊的・神学的であると言われている(のだが、私には正直言ってよくわからない)。他3篇と背景が違うのは明らかであり、その背景となる教団は、ゼベタイの子ヨハネをシンボルとする教団らしいのだが、しかし当のヨハネという名前はここでは出て来ないのである。全て「イエスが愛した弟子」になっている。じゃあペトロは愛されてへんのか、ということになるが、まあこれを書いた人たちはそう思っていたのかもしれない。

 成立年代は80年代末以降。著者はローマからの大迫害を知っている。キリスト者がユダヤ教会堂から追い出されたのも知っている。著者は、ヨハネ派教会の誰か、ということである。伝説的にはゼベタイの子ヨハネだとされるが、それは年代的に苦しい。黙示録にあらわれる「4匹の生き物」のうち、「鷹のようなもの」がヨハネに擬せられている。

◇使徒行伝

 ルカ福音書の続編。キリスト時代に続いて、使徒・教会の時代を記録する。新共同訳では「使徒言行録」となっているが、直訳は行伝だそうです。パウロの手紙などでわかる通り、ペトロ・ヤコブ派とパウロ派との間には対立もあったのだが、著者はなんとか文章上でこの2つを和解させようとしているような感じである。原始教会は非常に理想的な教会であるかのようにここでは描かれる。前半はペトロ中心、後半はパウロ中心で、宣教と伝播の歴史がその主題である。

 成立年代・著者はルカ伝同様。パウロの手紙から読み取れるパウロのキャラクターと、行伝のパウロのキャラクターは随分違うので、この著者がパウロの側近の医者ルカであるとは思えない、ということらしいです。晩年のパウロは丸くなってたのかもわからんけど。

◇手紙21篇(パウロの手紙、その他の手紙(公同書簡))

 私は手紙類にもそんなに詳しくありません。ごめんなさい。

◆パウロの手紙

 ローマ書、第1コリント書、第2コリント書、ガラテヤ書、エフェソ書、フィリピ書、コロサイ書、第1テサロニケ書、第2テサロニケ書、第1テモテ書、第2テモテ書、テトス書、フィレモン書、ヘブライ書。

 パウロよく書いたな。しかし、このうち何篇かは実は本物のパウロが書いたものではない。第1・第2テモテ書とテトス書は違う。この3篇は牧会のあり方について述べているので、牧会書簡とも言われる。またエフェソ書・コロサイ書も違うらしい。最近の学説では第2テサロニケも違うらしいということである。ヘブライ書もまた明らかにパウロ著ではなく、またその内容は、神学小論文的なものだそうである。

 そもそも手紙というものには、それぞれ受取人があるわけであり、「京都の信徒への手紙」とかはないわけである。だから現代の我々が、1世紀のローマの信徒向けに書かれた手紙を読むには、しょっぴいて見なければならないところもあるのではないのか?例えば有名な「男の頭はキリスト、女の頭は男」 なんてことを、現在の我々が学び取らなくてもいいのではないだろうか。

 ともあれパウロは、各教会の信徒や特定の個人に対して、励ましたり、アドバイスしたり、慰めたり、懇願したり、泣いたり、怒ったり、怒ったり、怒ったり、している。
 
◆パウロ以外の手紙(公同書簡)

 ヤコブ書、第1ペトロ書、第2ペトロ書、第1ヨハネ書、第2ヨハネ書、第3ヨハネ書、ユダ書。

 これらの手紙は特定の読者に向かって書かれたものではないので、公同書簡と言われる。

 ヤコブは主(イエス)の兄弟ヤコブ、ペトロとヨハネは十二使徒のペトロとヨハネ、ユダはやはりヤコブ同様イエスの兄弟のユダ、と、それぞれ解説されているが、全部本物ではないであろうと言われている。

 なお、新約聖書には2人大物のヤコブがいる。一人はゼベタイの子・ヨハネと兄弟のヤコブ。もう一人がこのイエスの兄弟のヤコブである。ゼベタイの子のヤコブは初期に殉教しているので、使徒行伝後半でエルサレム派の大物として登場するのは主の兄弟のヤコブである。イエスの弟であるということで大物指導者になったということは、エルサレム派には古典的な血縁重視があったということで、そのあたりは問題ないとは言えなかろう。

 オマケであるが、ヘロデもたくさんいまして、ヘロデ大王の子供たちはみなヘロデと書かれている。だからヘロデが死んでエジプトから帰ってきたはずなのになんで受難の場面でまたへロデがいるのか、というと、ヘロデの息子もヘロデだからです。

 ◇ヨハネの黙示録

 ローマによる強烈な迫害に苦しめられる各地の信徒を励ます書である。象徴的イメージにより語られており、実際のところ何をどうあらわしているのか、というのは凄く難解である。黙示文学とは、神から得た啓示・ヴィジョンを述べたもので、当時は幻覚による神の啓示は、信憑性の高いものであると考えられていたのである。
 著者はゼベタイの子ヨハネとされているが、これもまた怪しい。
 成立年代は90年代後半?と言われる。


☆まとめ

 まあ好きなように読んだらええのだが、何とでも取りようのある書き方がされているところが多いので、結局よくわからん、ということになってしまうかもしれない。上記の背景知識が役に立てば幸いですが、色々参考資料もあるし、まず気楽にはじめたらいいでしょう。
 
 
 
 

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