20050113
「ペトロは調子に乗るタイプ」(マタイによる福音書、14章22節〜33節)
序 私とキリスト教
私はほぼキリスト教家庭の生まれである。ほぼというのは、母方の祖母、母は受洗したキリスト者であるが、父方はそうでないため(浄土真宗である)。それゆえ、キリスト教はもともと馴染みのある宗教であったが、単に家の宗教であるに過ぎなかった。私は京大Y地塩寮在寮時も一応「求道者」ということにしてはいたが、「年数回しか教会には行かない求道者」であった。
学Y寮といっても、当時の地塩寮でキリスト教的活動は殆ど行われておらず、私などでさえかなりキリスト教的な人間の部類に入るほど、キリスト教的ではなかった。だが、学生運動の名残を残した当時の学Y寮(いや、京大が特にそうだっただけかもしれないが)にあって、左がかった(いや、私も多分に左がかってはいるが)寮生たちから、キリスト教が過去〜現在までやってきたことの意味について、つまり今風に言うところの「グローバル化」の黒幕としてのキリスト教ということについて、問われ、考えざるを得なかった、ということは非常にいい経験だったと思っている。隅谷三喜男は日本のキリスト教が置かれた状況を「壮大な実験」などといっていて、まるで他人事だなあ、と思ったのだが、確かにこれは世界的に見ても独特であって、「当たり前のようにキリスト教」でない、ということはキリスト者にとって決して悪いことではない。恐らくヨーロッパや北米では、何故キリスト教なのか、なんてあんまり問われず、あんまり問われなければ、きっとあんまり考えないに違いないからである。まあ私一人がどうこうしたところでキリスト教の大勢は変わりゃしないですけどね。
そのように「内的」にはキリスト教的であった私が「外的」にもキリスト教的なったきっかけは、勤めていた会社を辞めたことである。あまり自慢できたことではないが、とにかくしんどくなってやめたのである。しかし辞めたはいいが、どこにも行かなくていいというのは、もちろんそれはそれで不安なものである。私は組織に属すということがかなり苦手なのであるが、それでもなおどこにも所属していないというのはどうにも不安なのである。だからといって私の能力、性能、そういう部分でしか私を判断しないような組織に属すのは当分ご免だったので、教会に行くことにしたのである。宗教関係ならば(少なくとも表向きは)そういう能力主義的なことはしないだろうと考えたわけである。そこで教会を思いつくことができたのは幸運であった。
それから3年くらい「教会に行く求道者」をやっていたのだが、牧師と副牧師(李明生氏である)の両方が転任することになってしまったので、求道者であることにそれなりにこだわりもあったのだが、どうせ受洗するのならその二人から受洗したいと思って受洗したのである。どうでもいいことであるが、「じゅせんしゃ」と入力してMSIMEで変換してみて下さい。「重戦車」と変換されるはずです。イヤですね。
このように、受洗もしたし、キリスト教学の大学院にも入ったし、後から結果だけ見るとあたかもこうなることを目指してきたかのように見える。しかし実際のところは環境に左右された部分が大である。それを「導き」と言い切るだけの情熱は私にはないのである。そしてとうとう、イエスが伝道をはじめたくらいの年齢になってしまったのである。
本日の箇所
マタイによる福音書、14章22節〜33節
イエス、水上を歩く。
ペトロもつられて歩く。
マルクス主義から転向し、キリスト者となった作家、椎名麟三は、「信じられないということ」という講演(文章化され全集にも収められている)の中で、この箇所について述べている。以下は、椎名の言葉の抜粋である。
「一切の奇蹟が、人間でないものであるからできたのだ、ということになれば、理解にとってこれほど便利なものはないのであります。七つのパンで四千人に食べさせた上に、まだあまったんだって。ああ、あのイエスという男は、人間でないんだからなあ、という具合にです。そしてありがたいことには、それですむんです。『神って何だい?』『人間でないもんだよ』『ああ、そうか』というのと同じにです。理解出来ないことは、何でも彼でも『人間でない』せいにすれば、理解しようとし、信じようとする努力などいらないからです。人間的な一切の困難というものは、『人間でない』ということによって簡単に消えてしまうわけなのです。」
「(中略)海の上を歩いたイエスは、神の子であるからそうできたのである、ということを承認しましょう。(中略)としますと、イエスは無限に滑稽になって来ます。どうして海の上を歩くという、くだらない手品師の真似をしてその神の子であるという自分のほんとうを証明しなければならなかったのでしょう。また、七コのパンで四千人を食べさせてなおあまったというが、どうして一万人ではなく、また地球全部の人間でなかったのでしょう。また盲人の眼をなおしたというが、そんな五人や十人の人間でなくて、どうして人類から病気を追放することができなかったのでありましょう。(中略)
イエスの歴史全体、この人類全体という観点から考えて、海の上をノコノコ歩いて来たイエスの神性なるものは、限界をもっているといわざるを得ません。そして限界をもっている神性なんていうものは、すでに神性ではないのであります。ここに舟のなかにいた人々が、『神の子である』ということの上に、『ほんとうに』をつけずにはおられなかった秘密があるのであります。このことは、『ほんとうに』と私たちがいうすべての場合と同じように、それは、他の何かによってでなく、自分自身によって、そう認めるということをあらわしているからであります。」
「(中略)イエスを神の子として信ずる者も、人間として信じられない者も、海の上を歩くということは、人間の事実に反するということを根拠にしていることは、うたがう余地もないことだと思います。
それでは、何故人間の事実に反するのか。それは、『海の上を』歩いたからです。お弟子さんたちの眼に、海のあれくるう波が見え、そのあれくるう海に関して、イエスが理解されているからであります。このことは、残念なことに、人間の変えることのできない運命的な精神の限界をあらわしているのであって、つまり人間が、何かを何かとして知るということは、他の何かに関してしか知ることはできないのであります。早い話が、汽車に乗っていて、車窓に移っている景色をながめているとします。山があり、川があり、田があって、それは後へ後へととんで行きます。ところが、そんな景色に興味のないひとは、汽車から降りたとき、どんな景色が車窓に展開したか、全然覚えていないのです。(中略)
私たちが何かをはっきり知るということは、何かに関してしか知ることはできないという人間の精神のあり方を示していると思うのであります。海の上を歩いたイエスも同じなのであって、その人間の限界のなかで理解されているということなのであります。神の子として理解した者も、人間として理解できない者も、実は、この人間的な理解のなかでとらえられていると申し上げることができましょう。
だが、ここで奇妙なことが起っているのであります。あのペテロなのです。イエスから『おいでなさい』といわれて、水の上を歩きだしたのであります。だが残念なことにそのペテロは神の子ではなく、私達と同じ人間なのであります。イエスが神の子だからそうできたという理解は、ペテロも水の上を、たとえ少しにしろ歩いたんだということによって打ちやぶられているのであります。だが、かわいそうにペテロは、やがておぼれかかった。どうしてかというと、聖書には、『風を見ておそろしくなり』と書かれています。そしてこの『風を見て』というのが、奇蹟全体の、少くともこの海の上の奇蹟をとく鍵だと思うのであります。端的に申し上げれば奇蹟なんか存在しないのであります。奇蹟だと思われるのは、みな風を見ているからだ、風や波に関して、イエスを見ているからだということができるのであります。
ペテロが最初海の上を歩き出したとき同じように、イエスを、それだけを見ることです。正直に素直にイエスを見ることであります。何故なら、そのときイエスは、信じること、信じられないことを超えてあるだけでなく、その両方をしっかとささえられているからであります。ここでは、信じる者も、信じられないものも、その両者を超えて、救われてあるのだ、ということが人間の事実として示されてあるのであります。私が、『信じられないこと』を『信じる』ことと同じ価値を与えたいというくわだてをもっていると最初申し上げたのは、実はこのことをさしていったのにほかありません。
人間の精神は、どんなものに対しても、意味をもたずには見ることはできないのでありますし、その対象にあたえた意味によって、逆に人間はしばられます。海の上を歩いたイエスに、神の子であるという意味を与えることによって信ずるということも、それによってしばられるのであります。何故ならペテロは、『主よ、おたすけ下さい』といって、『信仰うすい者よ、何故うたがったのか』と叱られながらも救われています。何故うたがったのか、風を見たからであります。神の子であるという意味であるにしろ風から与えられているかぎり、それは、人間性の破滅なのであります。イエスが、何故うたがったのか、という叱責は、どうして自分を見ないで風を見たかということでもあるのであります。
しかもそのペテロが叱られながらもすくわれている。『主よ、おたすけ下さい!』といったとき、イエスを唯一のすくいの綱として見たとき、実はそのときすでにたすけられていたのであります。」
水上を歩くのは奇蹟だと思われている。しかしイエスは神の子であるから実はこれは特に奇蹟ではない、という考え方ができる、と椎名は言うのである。確かに、仮に人間の手が再生したら奇蹟であるが、トカゲの尻尾が再生しても奇蹟ではない。トカゲの尻尾は再生するものだからである。神の子が水上を歩くものなのかどうか私にはよくわからないが、とにかく人間として見るから奇蹟になってしまうのであって、イエスをイエスとして見るならば、それは奇蹟ではないのかもしれないのである。だが、水上を歩くから神の子だ、というのではもちろんない。ドクター中松のような人が水上を歩ける靴を発明したとして、彼は神の子であるかというと、もちろんそんなことはないからだ。
椎名は、それではここでペトロがつられて水上を歩いてしまうことがオカシイことになると言うのである。なお、並行箇所ではペトロは歩かない。マタイ伝はユダヤ系教会寄りということになっているのだが、はたしてこれはペトロの権威を増すことに繋がっているだろうか。
ペトロが水上を歩けたのは、イエスをイエスとして見ていて、しかもそのことに集中していたからではあるまいか、だから彼が風を見て我にかえって、自分はただの人間だったことを思い出した時、もはや水上を歩けなくなって溺れかけてしまった。神の子だから水上を歩いたとか、そういうことではなく、そもそも水上を歩くから信じるとか、祈りを聞いて願いをかなえてくれるから信じるとか、極端な場合は十字軍のように敵に勝たせてくれるから信じるとか、そういうものではないんじゃないか、と椎名は言いたいのではなかろうか。
しかし「何かをそのままの何かとして見ること」はいかにも難しい。
大体我々が人間関係において不満を感じる時、それは自分をきちんと自分として見てくれていないということから生じているのではないか。私が仕事を辞めた時もそうである。私としての私ではなく、社員としての私としてしか見られていないことが耐えられなかったのである。
だが、思えば、自分を理解して欲しい、と言うのは、わがままでもある。仏教的にいうならば執着、煩悩のにおいがする。
かといって、自分が理解されてもされなくても全く気にならない、という状態に達したら良いのか、というと、どうもそうでもないような気がする。つまりそのような状態には容易には達せられないからである。結局のところ自分は理解されたくて仕方ないのだが、しかしそう簡単に理解してはもらえないという、その状態のまま、その状態を受け入れることになるのではないか。そうすればとりあえず相手を恨むことはなくなる、あるいは、恨むのだが、恨みながらその恨んでいる自分を認めることになる、あるいは、恨んでも仕方ないかな、と思えるようになる。とにかく恨みが陰湿な形で降り積もることはなくなるのでないか。
弟子たちが本当にイエスをイエスとして、ほんとうに神の子として見ることができるようになったのは、結局復活後である。十字架の場面ではペトロでさえ逃げ隠れしていたのであるから。そしてその変化は、弟子たちがどうこうして起ったことではない。このように仏教的に言うならば他力本願なあり方は、精神の怠惰を生むという考え方もあるかもしれないが、私はそうは思わない。あるがままなあり方とは、何もしないことを意味するのではなくて、変わりたかったり変われなかったりすることまで含めてそのようにあるがままであると考えるからである。大体何もしないであり続けることの方が余程強靭な意志を必要とするはずだ。
ここでのペトロように、何かをするのに夢中になっていたり他のことを忘れていたりする時、我々は存外充実しているものである。恐らく作業療法というものもそういうものではないかと思う。長くなってしまったのでこれについてはもう引用しないが、小田垣雅也「現代のキリスト教」参照。流れの中にあって何か作業なり何なりに熱中している時、我々は結構充足している。不安を感じたりしない。そのような充実は後からふりかえることによってしかわからないものではあるが。
この時のペトロはいわば「調子に乗っていた」のであろう。「調子に乗る」ことをあまりいいことと考えないような立場もある。反省が足りないと言うのである。しかし逆に、自分について悩んだりすること、一体今の自分は何をしているのかと自分で自分を問い責めるようなことは、まさに反省行為から生ずるはずである。自分を責める相手の中では自分時自身こそが最もイヤな相手である。逃げられないからである。だから、人間、反省すればいいというものでもないのである。
最後に小ネタ
Q:講義が始まる時間が30分も過ぎても教授が来ないので、学生たちはみな帰ってしまいましたが、バルト君はずっと待っていました。何故でしょうか。
A:休講ケイジがなかったから。
参考文献
『椎名麟三全集16』(冬樹社、1974)
『現代のキリスト教』小田垣雅也(講談社学術文庫、1996年)