2006年6月29日、YMCA関西主事宅で行なわれた聖書研究会のレジュメ。

20060629主事宅聖研
パリサイ人ニコデモ



前置きの前置き
 この聖書研究(というほど立派なことはしていないのであるが)会には毎年度新しい人が加わるので、その都度私は自己紹介を前置きとして挟んでいる。2度 目・3度目になってしまう方には申し訳ないのだが、学生団体はいれかわっていくものであるから、ご勘弁頂きたい。前置きを入れておくのは、恐らく知ってお いてもらわなければ話が通じないところがあるのではないかと思う故である。なお私が過去に聖書研究において発表した原稿は全てhttp: //www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/2849/でお読み頂ける。それからこれも白状しておくが、私のネタ元 は内村鑑三、椎名麟三、小田垣雅也、田川建三等である。但し田川氏にはちょっとついていけないところもある。



前置き
 さて、私は半分キリスト教家庭の生まれである。母は受洗したキリスト者であるが、父はそうではない(もっとも職場は南山大学であり、もうすぐ定年 である が、無関心というわけではない)。ともあれ、私にとってキリスト教とは馴染みのある宗教ではあったが、一方で「家の宗教」に過ぎなかった。「私の宗教」で あるという自覚を有してはいなかったのである。私は京大Y地塩寮在寮時も「求道者」を自称してはいたが、「年数回しか教会に行かない求道者」であった。

 当時の地塩寮でキリスト教的活動は殆ど行われておらず、私などでさえかなりキリスト教的な人間の部類に入るほどであった。学生運動の名残を残した 当時の学 Y寮(いや、京大が特にそうだっただけかもしれないが)にあって、キリスト教が過去〜現在までやってきたことの意味について、つまり今風に言うところの 「グローバル化」の黒幕としてのキリスト教ということについて、問われ、考えざるを得なかったのである。教会内ではハシクレ程度でありながら、教会外では キリスト教側の人間としてキリスト教について考えねばならない、というのはなんだかイソップ童話のコウモリのようでもあるが、しかしいい経験であったと 思っている。
 そのように内的にはキリスト教的であった私が外的にもキリスト教的になったきっかけは、勤めていた会社を辞めたことである。もちろん自分にも原因はある が、色々とつらくなってやめたのである。ところが、どこにも所属していないというのはどうにも不安なものである。しかし私の能力値的な部分でしか私を判断 しないような組織に属すのは当分ご免である。そこで教会に行くことにしたのである。そこで教会を思いつくことができたのは、何はともあれキリスト教がそれ なりに「私の宗教」であったのだ、ということなのだろう。
 それから3年くらい「そこそこ教会に行く求道者」をやっていたのだが、牧師と副牧師の両方が転任することになってしまったので、どうせ受洗するのならそ の二人から受洗したいと思って受洗したのである。そして今ではイエスが十字架につけられたくらいの年齢も過ぎてしまった。
 このように、受洗もしたし、キリスト教学の大学院にも入ったし、結果だけ見るとこうなることを目指してきたかのようであり、このような道行について、良 い導きがあったのだと言って下さる方もいる。しかしそう言われると私は内心、少しばかり、冗談ではない、という気にもなるのである。会社勤めしていた頃の 辛さ苦しさは紛れもなく本物であり、しかも私自身の辛さ苦しさだったのであって、それについて良かったとか悪かったとか外から簡単に判断されたくはないか らである。



導入
 インリン・オヴ・ジョイトイ(以下インリン)という人がいる。この人がある所で、「自分は信仰を持っている、等と言う人を私は信じない」という中身のこ とを述べていた。私は自分自身がまあ信仰を持っている人間であり、しかもインリンという人が決して嫌いではないので、これを読んだ時少なからずがっかりし たのである。
 よって以下は私の希望的観測である。インリンはここで「信じない」と言っているが、「信じない」と言えるということは、「信じる」こともできる、少なく とも「信じる」ということをわかっているということではないか。だが「信じる」のと「信仰する」のとは、基本的に同じ仕組みのはずである。「信じる」こと ができる人間が、「信仰する」ということを信じない、というのはなんだか奇妙である。ということは、インリンが信じないのは「信仰を持っている人」ではな く、「信仰を持っていると言う人」なのではないだろうか。しかも「信仰を持っていると言う人」という表現から、インリンとの関係性は感じ取られないように 思われる。私の感覚でいくと、信仰の話というのは非常にデリケートでプライベートで、イタイ話になりがちなのである。どうしても「私は大丈夫なんですかね え」といったことが絡んでくるからだ。そういうイタさまで受けとめるくらいの人間関係ができていないと、信仰の話は成立しにくいものである。そういう相手 と、ひっそりとしたい話なのである。そのような人間関係ができていない相手から、唐突に「私は信仰を持っている」と言われても、確かにそれを信じるのは難 しいであろう。
 誤解のない様に申し添えておくが、私は信仰についての話はしない、できない、と言っているのではない。中野重治が「歌うな」という形で赤とんぼを歌った ように、信仰についてはそういう形で話したい、と考えているのである。



ニコデモのはなし ヨハネ3:1-16
 そこでやっと本題に入るのである。聖書本文は読んでいただくこととして、ここに現れるニコデモという人はパリサイ派に属する人物であるという。パリサイ 派について、詳しくは新共同約聖書巻末の用語解説に載っているのでそちらを見て欲しいのだが、彼等は大体において律法を守ることを重視する宗派であると 思ってもらって間違いないと思われる。いわゆる律法主義である。ユダヤ教律法主義の本質について現代では様々な見解があるのだが、福音書に書かれている限 りでは、彼等は律法を守ることこそもっとも重要であると考え、それができない人間は罪人であると見做しているようである。そのため羊飼いなど職業的制約か らどうしても律法を守れず「罪人」にならざるを得ない人たちが出てくることにもなるのであり、この点でイエスの罪理解とは随分異なっている。よって福音書 の中では、彼等はイエスから偽善者として批判されることも多い。

 少し話はずれるが、私はこの、彼らが偽善者として批判されるというのまではまあ仕方ないのかもしれないと思うが、救済の対象からもはずれているか のよう に言われるのは、ちょっといたたまれないのである。
 ともあれ、ニコデモという人はイエスとは見解を異とするパリサイ派に属していながら、イエスの話を聞きにきたのである。そしてそれは夜の出来事であっ た。ニコデモは昼間に公衆の前で堂々と話を聞きづらいややこしい立場であるから、これはやむを得ないだろう。しかし私は、信仰の話は夜にひっそりとするの がふさわしいのかもしれない、とも思うのである。福音書に描かれるパリサイ派は、大体堂々と「私達は信仰を持っている」と言うような、自分たちは間違って いない、という主張をする人々である。しかしニコデモという人は、それに関して何かしっくりこないものを持っていたのではないだろうか。それでイエスの話 を聞きにきたのではないだろうか。
 ニコデモはイエスに「あなたが神の教師であると知っています」と言うが、それに対してイエスは「人は新たに生まれなければ、神の国を見ることはできな い」と言う。ニコデモは、イエスは人々を神の国へと導く教師である、と考えたのであろう。それに対してイエスが答えた言葉の中の「神の国を見ること」は、 救済されることと解釈してもよいのではないか。ではそのためにどうすればいいのか。正しい信仰を持っていると自称するパリサイ派に属していながら、ニコデ モは「私は大丈夫なんだろうか」と不安であったのではないのだろうか。
 これも私の勝手な印象であるのだが、ニコデモという人は結構な年配の人物だったのではないか。彼の言葉にある「年をとったもの」は自分を指していると考 えられるからである。年をとると、自分より若い人間に教えを請うのはなかなかできないことである。このことひとつ考えても私はこのニコデモという人はなか なか立派だと思う。しかし、自分の年から「生まれ変わる」=(修行を)やり直す、と考え、それはちょっとムリだ、と彼は言ったのではないか。
 それに対するイエスの答えはまた印象的である。「新たに生まれる」とは霊によって新たに生まれるのであって、しかも霊は風のように思いのままに吹き、ど こから来てどこへ行くか知らない、と言うのである。であるから、ニコデモの方でどれくらい修行したり律法を守ったりしたか、等ではなく、霊の方からある種 勝手に彼を生まれ変わらせてくれる、ということになるのであろうか。自分は大丈夫なのか、という問いは非常に恐ろしいものである。自分を疑っている以上、 自分の中から答えは出てこないからである。キリスト教的には、答えは神からしかこないのであり、恐らく他の宗教にも同じようなことがあると思われる。とも あれ、ここでのイエスの言葉はちょっと厳しいか、という気もする。
 しかしイエスはさらに、有名な「神はその独子をお与えになったほどに、世を愛された」という言葉を続ける。この言葉がペトロら弟子ではなく、パリサイ派 に属する人に対して向けられているのだから、ヘンな言い方であるが、本当にそうなのだ、と感じさせられる。もちろんなんでもかんでも生まれ変わらせてくれ るわけではない。信じるものは、とあるからである。ニコデモがこの場面で即信じてイエスについていったら、もっと劇的であったかもしれないが、そのような 大それたことをしない常識というか恥らいのようなものが彼にはあったのではないだろうか。信じさえすればいい、と言われても、その、信じるということが難 しいのである。そしてなかなか初対面の相手に「信じる」とは言えないものではないか、とも私は思うのである。心の中で信じてもいいかも、と思っていてもで ある。



ニコデモのその後
 残念ながらこのニコデモという人物はその後あまり出てこない。祭司長たちやパリサイ派の人々がイエスを逮捕させようとすると、正論を述べてそれを諌める のがニコデモである(ヨハネ7:50)。そして十字架につけられたイエスの遺体をひきとるのがニコデモ(と、アリマタヤのヨセフ)である(ヨハネ19: 39)。いずれもなかなか勇気の要る行動である。遺体を引き取ったあとはおそらくマリア達とともに墓を手配したりしたのだろうから、イエスのグループと交 流を持っていたということになるだろう。イエスのグループには収税人等パリサイ派から見れば罪人になる人々がいるのであるから、彼がパリサイ派のままだっ たかどうかは不明であるが、ニコデモの中に徐々に変化が起こり、具体的な行動をもとるようになったのだな、と思わされる。果たして彼は霊によって生まれ 変っただろうか。福音書記者は脇役についてあまりフォローしてくれないのだが(脇役だからだが)、気になるところである。もしそうであるならば、勇気づけ られることである。

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