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『徒蝉』という言葉はありません。私の造語です。 『うつせみ/空蝉/虚蝉』はご存じでしょう。セミが成虫となって抜け出した後に残る抜け殻です。 地上に這い出て羽化に成功する確率は、皆さんが考えているよりずっと低いのです。翅の基盤が成長し始めたら、もう地中の生活はできません。早く殻を脱ぎ捨てないと急激に進む体型変化に追従できず、内圧によって悶死してしまいます。羽化を開始はしたものの、うまく殻が裂けずに、まさに「立ち往生」してしまう場合だってあるのです。安全な羽化場所を見つけられずウロウロしていればもちろんのこと、羽化を始めた後も運が悪ければ、蟻・ネズミ・鳥・その他の害敵に捕食されてしまいます。殻から抜け出るときに羽を傷つけてしまうと、体液が漏れて翅内圧が昇らず、飛翔能を有した翅を伸展形成できません。確保した足場が剥がれ落ちたり、しがみつき方が不充分だったりすれば、地上に落ちて羽化のタイミングを失ってしまいます。羽化に成功した後に遺された空蝉は、幸運の印でもあることを知っていましたか? 空蝉の反対語を探したのですが、見つかりません。実物を目にする例数は決して少なくはないというのに、殻の中に翅基をかかえて、必死に羽化の場所を探す幼虫や、不運にも羽化に失敗した充実性の死虫を表す単語がないのです。言葉通りならば『実蝉/みぜみ』あるいは『充蝉/じゅうぜん』ということになるのでしょうが、それは不安と焦りでいっぱいの生きた最終齢幼虫に譲って、(あだばな/徒花の類推から)『徒蝉/あだぜみ』という言葉を作りました。羽化に失敗した死蝉を表すものです。私のこのサイトは、実を結ぶことを期待できず、死にざまを曝してみせることが唯一最大の効用になろうと予感するからです。 |
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セミ類の幼虫期間や地上に出てからの寿命はよく判っていません。「永い幼虫時代を過ごして、せっかく成虫になったのに短い余生で可哀想そう」という誤った言葉をよく聞きます。 地上に出てからの期間が圧倒的に短いことは事実ですが、「成虫」が本来の姿であるというのは、勝手な思い込みに過ぎません。それは、生殖のためだけに特殊化した異形な姿に過ぎず、実は、「幼虫」時代こそが彼らの一生であり、極楽なのです。 乾燥の心配をする必要もない湿気に恵まれ、(モグラやダニ・菌類等の害敵もいますが)基本的には、親が選んでくれた樹木の根から樹液を思う存分吸って、快適な温度の地中生活を謳歌します。しかし、一生を終わるに当たっては、子孫を残さねばなりません。地中で交尾・産卵ができればよいのですが、翅を獲得した昆虫類は、安全よりも勢力分布の拡大戦略を選ぶことによって生き残ってきました。セミも例外ではありません。目も眩むほどに明るくて、害敵がいっぱいいる地上の世界は恐怖と不安の塊ですが、分泌昂進した生殖ホルモンは、そうした不安を撥ね飛ばして矢も楯もたまらぬ地上への衝動を掻き立てます。上記のような危機を回避できたとしても、害敵や並み居る競争相手を押し退けて交尾相手を獲得する熾烈な競争がまっています。それでも一生の最後を迎えるために、地上へと死出の旅路に這い出すのです。 ほとんどの昆虫にとって、「幼虫」こそが本来の姿であり、「成虫」は死装束をまとった異形・臨終の姿であること、最後に残された義務行為が生殖であること、を明確に知っていただきたいと思います。「徒蝉」は、『義務競争』に参加することなく死を迎えた、ある確率で生起する命の終わり方の一形態なのです。 |