「趣味はなんなの?」 「本を読むことは好きです。」 「誰読んでるの?」 「いろんな人のを。」 「赤川次郎とか?(ニヤニヤ)」
これ、オレはお前を下に見てるよ的アピールに感じらる。イヤだ。
こんなとき、読書家を気取る人なら、「赤川次郎なんて」と答えるかもしれない。もしくは、「昔は、読んでました。」と今は読んでいないことを強調してみたり。
私の場合、「赤川次郎とか?」の質問を黙殺して「コレット(※註2)好きです。」と答えた。
山田詠美です、とは言わない。やっぱりオンナコドモだわ、って思われるだろうから。
変な納得させるのが悔しいくらい、山田詠美は好き。好きだということを言葉を尽くして語るのが
惜しいものだってあるのだ。コレットは赤川次郎を挙げるような人の興味の外らしくて、
返って来る返事は大抵、「ふーん」という感じ。何がふーん、か知らないけど、死んだ人なら文句は出ない
みたい。
でも、「どうせ赤川次郎だろ」と他人を見下ろすやつは自分は読書家と
思っていても司馬遼太郎(※註3)がいいところだ(私の経験上)。
「竜馬がゆく」全巻読んだ、なんてことを読書家としてのよりどころとしているのだ。
そんな奴にはカタカナの死んだ作家を挙げておくに限る。
または、オンナコドモ口調を使って反撃するか。
「あー、赤川次郎ってかなり下に見られてますよねー。」
と桜庭あつこ(※註4)のしゃべり方なら完璧だ。
「赤川次郎ってユーモアミステリーが有名ですけどぉ、ホラーも構成とかしっかりしてるんですよねー。
人間の心理をついて恐怖感をあおっているし。
さすが人気あるだけ在りますよねー。」
と語尾の「ねー。」で相づちを強要しつつ、ふかしまくる。
ほんとは小説の構成なんて考えながら読んだことはないし、赤川次郎は構成がいい、なんて話は聞いたことないけれど。
「それに、赤川次郎を軽いって馬鹿にしてるくせに、わたせせいぞう(※註5
)の『ハートカクテル』
を好きだ、とか言う人っていますよね。わたせせいぞうマンガの世界をかっこいいと思ってる。
ちょっと、勘違いしてますよねー」
的中。
相手は『ハートカクテル』の世界をかっこいいと本気で思い込んでいる人だった。
なぁーんだ、わたせせいぞうがあなたの好きなものだったのね!
早く、そう言ってくだされば。
西海岸の風に吹かれるイイ女風に振舞まったり、ちょっとミステリアスな雰囲気を
背負ってみせたりしましたのに。それにしても、わたせせいぞうと司馬遼太郎だなんて!わたせワールドでトイレを探す「ねじ式」の主人公(※註6)くらい不思議な取り合わせだという気もしますわ。
でも、わたせせいぞうの世界に生きたければ、他人を俗物だと決め付ける態度はやめたほうがよいと思う。 あの世界は 「とほほ」な感じだけど、登場人物は、他人を貶めようと待ち構えるようなことしないのだから。
こうやって、例を挙げているけれど、私は赤川次郎も、司馬遼太郎も、わたせせいぞうも嫌いじゃない。趣味と言う程、読書傾向が固まっているわけではないし。だいたい、はじめっから「読書が趣味です」なんて大上段に構えてないのに、「趣味が読書と言うからにはそれなりのモノを読んでいるんだろうなぁー。ああん」と言う感じで迫ってくるのはやめて欲しいものです。
いや、だいたいが「小説読むの好き」なんて言うのが間違いかー。「散歩は趣味です」と言うことにしよう、これからは。散歩だったら「へぇー、どこ歩くの?ふーん、その程度なんだー(苦笑)」ってことにはならないだろうしね。
多分。
「本好きと言ってもその程度か」的な世間の風潮について、つづきます。
「本好きだという人に何読むのか聞いて『赤川次郎』と答えられて脱力した。」
という文章をどっかweb上で見た。
「本好きですと言ったら『読むのは赤川次郎?』と言われ、馬鹿にすんなーと思った。」
と友達が言った。どちらも、赤川次郎は軽くて、読書のうちに入らないということが前提にあるような気がする。
私も、そう決めつけられて頭にきた覚えがある。
けれど、それは、私自身が
「赤川次郎の本=くだらない」
の図式を思い浮かべてるわけではない。 そうではなく、質問した相手の中にあるイメージ、
赤川次郎の本=くだらない;
女コドモ=俗っぽい;
その他の等式から、
私の読書傾向=赤川次郎の本
という正くないの等式を導き出し、すなわち
私は軽んじるべき存在
であると考えたことが容易に想像でき、頭にきたのだ。 それを意識的な嫌味ではなく、無意識に言うあたり、 ほんと私ってなめられてんなー、いいけど。
あ、この間おもしろいこと言われたので、お話はつづきます。
「本好きです」 「何読んでるの?」 「えっと」 「***とか?」 「(内心)むかっ!」
または、
「本好きです」 「何読んでるの?」 「***です。」 「がくーぅ(本好き、って言ってもその程度ー)」
この流れで***に赤川次郎が入る場合が多いと思う。それ以外にも***には内田康夫、シドニー・シェルダンが当てはまることはよくあるだろう。(例えが古いか?)
しかし、この間、***に私にとっては予想がつかないものが入った。笑ったー。
居酒屋で初めてあった人との会話で、
私:「趣味ってほどじゃないですが、本読むのは好きです。」
相手:「へぇー、何読んでるの?」
私:「えっと(何と答えようかな)」
相手:「ハーレークイン文庫とか?」
私は、「えっ?」と尋ね返した。「ハーレークイン文庫って何ですか」という雰囲気で。
相手はあわてて、「あ、なんでもない」と誤魔化した。「勝った」と内心思った。
「何読んでるの?]から「ハーレークイン文庫とか?」までの時間の短さったら。
彼の脳の表層に「ハーレークイン文庫」って言葉が常時浮かんでることを
明らかにしてしまった事件であった。(おおげさ?)
この言葉は私を馬鹿にしてだというのははっきりしている。口調と、表情がそれを物語っていた。それは、これ以前の会話で、私がバカっ話をしていたせいかもしれない。がそんな嫌味には乗らず、初めて聞いた言葉だ、とばかりにまじめに聞き返したもんだから、あわてていた。イイ気味。足下見ずに人の足を払おうとするから。
ここで、怒りを含んで「えっ?」と聞き返すと、私も「ハーレークイン」に代表されるニュアンスを理解していることを明らかにしてしまう。
とっさに判断しての「えっ?」で、絶妙の演技であった(自画自賛!)山本(仮名)さんの「しまった」という顔ったらないね。
あわてて打ち消しても、しっかり、聞いたって、山本(仮名)さん。
場を誤って下ネタを発してしまたった人みたいでした。深追いしないのは武士の情けです。
でも、ハーレークインロマンスは読んだことある。設定やストーリーの進み方、ヒロインの心の揺れ、に「ないない」と突っ込み入れる楽しさがある。(ヒロインが「はっ、私はあの人を愛してしまったのね」といつまでも自分の本心に気付かない。納得できないんだけれど、そういうもの?)
サービスシーン(っていうのかな?男女のからみ)についてのコメントは、差し控える。でも、オベンキョーになった。おほほ。
ところで、山本(仮名)さんにとって、ハーレークイン・ロマンスは女性用ポルノみたいなイメージなのか?あの激しい打ち消し様は。こっそりとしか言えないものを読んでるだろー、と言いたいんだとしたら、なおさら私って馬鹿にされてるわー。
「ハーレークインですか?よく読みますわ。
山本(仮名)さんも読んだら共感なさいますよ。
きっと、お好きだと思うわ。」
と答えておけばよかった。登場人物は、
「時代遅れとは分かってるけど、結婚式までは清い体でいたいの。」
「こんな体が震えてくるようなキス初めて。あなたが運命の人だったのね。」
みたいな人、多いし。
そーいうのお好きそうだものね。山本(仮名)さん。
コレット
司馬遼太郎
桜庭あつこ
わたせせいぞう
「こんにちは、ひらがなのわたせせいぞうです。」
こんなトークショーあったらイヤだ。
「こんにちは、326です。」
わたせせいぞうと関係ないか。
トイレを探す「ねじ式」の主人公
「シェリ」「シェリの最後」「牝猫」「青い麦」。中でも「シェリ」が好き。ヒロインの女の降り方は、いい。
「妖怪」「真説・宮本武蔵」「アームストロング砲」「国盗り物語・上編」など読みました。一等、おもしろかったのは、「国盗り物語・上編」。斉藤道三役には渡辺謙がいい、と思いながら読んだ。これ読んどくと清水義範の「蕎麦ときしめん」のおもしろさが増す。
'99年もっとも名を挙げた人。羽賀研二と噂になった。
「あー、あの絵ー。」'99年度の流行語大賞を外れて残念。
赤川次郎と同じく、元サラリーマン作家ってことで。『菜』のような妻が理想だって人もいる。
「こんにちは、ひらがなのいしだあゆみです。」
「こんにちは、司会のみのもんたです。」
あとさー、数字表記人名のトークショー。
「こんにちは、16です。」
「え、あんた誰よ。オレ、326(ミツル)よ。」
「ボクはオリオンズの16(イチロー)です。」
「って16ちゃうやんー」
江口寿史のマンガ。わたせせいぞうの『ハートカクテル』な世界である「わたせの国」に紛れ込んでしまった「ねじ式」(つげ義春)の主人公がトイレを探し求めさまよう。『20世紀ディナーショー』かなんかに入っているのを見た気がする。
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