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アテネオリンピックも終わり,夏も終わったという感じだけど,最後になってドーピングの話題が一気に盛り上がった.陸上投擲系の場合だと筋肉増強剤かな?耐久系だとエリスロポエチンが有名.詳しい情報は,「おくすり110番」の中のドーピング禁止薬のページや,日本アンチドーピング機構にある. アナボリックステロイドやその元となった男性ホルモンは筋肉増強剤として使われるため,当然禁止薬物だけど,抗炎症薬の副腎皮質ホルモン(全身投与の場合のみ)も禁止薬物.副腎皮質ホルモンもアナボリック作用というか,男性ホルモン様の作用を持っているためと説明されている場合が多い.これは,副作用として多毛症があることと通じるのだが,一方で,ステロイド性筋萎縮という副作用もよく知られており,作用の理解は結構複雑ではある.僕自身,ネフローゼ発症以降,既に1年半以上副腎皮質ステロイドの服用を続けているが,どちらかというと脂肪沈着,中心性肥満(これもステロイドの副作用として多くの教科書に載っている)が目立つ(かっこ悪いなあ).もっともこれは単に運動不足であるがゆえに,摂取しすぎたエネルギーが脂肪として蓄えられるためかもしれず,適度が運動負荷があれば筋肉が増えるのかもしれない.少しは身体を動かせということかもしれん. 副腎皮質ステロイドとならんで,喘息の治療薬で使われるβ2刺激薬もドーピング禁止薬物のリストにある.これはタンパク質同化作用があるためとされている.一般論としては,運動誘発性喘息にはβ2刺激薬は予防的に使用する場合が多い.競技に参加する場合には,基本的に禁止だけど,治療を目的として使用する場合のみ,診断書の提出などの付帯事項がつくようだ.競技参加を目的としている人の場合には,随分大変なことを始めて知った. もう一つ興味を持ったのがエリスロポエチン.これは腎臓で作られるホルモンで,赤血球を増やす働きがあり,全身に酸素を送る効率が高まる.興味深いのは,いわゆる「高地トレーニング」を行うと,エリスロポエチンの産生能が高まるということとの関連.酸素濃度の薄いところで酸素の必要なトレーニングを繰り返せば,酸素を効率よく運べるように体が適応を起こすためでしょうな.エリスロポエチンを使ったドーピングは,高地トレーニングをサボってるわけだな,おそらく.で,医薬品としてのエリスロポエチンは,腎性貧血の治療に不可欠なもの.腎機能が低下するとエリスロポエチンの産生が低下するため,赤血球の産生が衰えて貧血になる.偏った食事からくる鉄欠乏性貧血なら食事の改善と鉄剤の摂取が基本方針だろうけど,腎性貧血の場合には,エリスロポエチンの注射を定期的に行う必要がある.実は,僕はそこまではならなかったのだけど,ネフローゼで入院した直後の赤血球数は,300万個/mm3程度だった.男性の正常値が400〜550万,女性では350〜450万なので,貧血状態にあったのだろう.最近になってようやく400万に到達するようになってきたが,腎機能と赤血球数の関連を実感できたことではあった.で,エリスロポエチンドーピングを行った場合,赤血球数が正常値よりもはるかに高くなる.動物実験では,エリスロポエチン遺伝子を正常以上に組み込んだマウスでは,赤血球数が正常値よりも40%増になったというような記事を目にしたことがある.こうなると,血管を血液が正常に流れるのかしらん?運動中に脱水症状にでもなると,血管が詰まってしまう危険がありそう.実際,競技中の突然死にエリスロポエチンの関連が疑われる例があったということだし,いやはや怖いことではある. というようにして,禁止薬物リストを見ていくと,様々な疾患の治療に用いられている医薬品が随分入っている.なぜ禁止されるのか,そしてそれが本来の治療のためのメカニズムとどのように関連しているのかを考えるだけでも,随分興味深いものである. |
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2004年08月31日 11時56分10秒
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最近,日々やたらと忙しく感じる.毎週薬理学と情報処理入門と対話演習の準備とその後の整理がある.E-learningのさきがけとばかり,薬理学と情報処理入門は,プリントは作らず,資料はイントラネットのHPに掲載することにした.質疑応答もイントラネットのBBSを基本にした.フリーウエアのCGIを使ったら簡単にできた.悪くない試みと自画自賛してるが,放置したままではまずいと思って時々いじっているので,そのことが妙なプレッシャーになっているのかもしれない.情報処理入門では,やはりフリーのCGIを使い,毎回授業内容に対する簡単なアンケートを授業のHPで行って出席としている.学生さんのコメントがHP上でビビッドに得られるのはとても刺激的だし,理解度の把握が毎回行なえるという点で,優れた手法だと自画自賛しているが,学生さんはどう思っているのだろうか(書かれたコメントを見る限り彼らの印象も悪くはないはずなのだが).ただ,いくら出席情報やアンケートを電子化したとしても,その中身を整理して次の授業に生かすのは僕という生身の人間でしかない.単に名前を読み上げて出席をとっていた時代と比べ,一回の授業で学生さんからフィードバックされる情報量が圧倒的に増える仕組みを作ってしまった手前,その情報を生かさねばという気持ちが,精神的な忙しさに拍車をかけることになっているような気がする.あまり深入りし過ぎないで,不謹慎な言い方かもしれないが,パソコン道楽の延長でやっているぐらいの気構えでいた方が随分気が楽ではある. それ以外に忙しかったこととして,今月になって論文の審査が2つあった.いずれも国内の学会が出している英文誌(学会はそれぞれ別)に海外から投稿された論文.一つはその雑誌の編集委員から,彼が編集委員になって以来,最長だが上質の英文コメントだと妙に感心された.日本の学会が出版する英文学術雑誌の質が問題にされて久しい.優秀な研究者は優れた論文を海外の一流誌に投稿する傾向が強い.実際,海外の一流誌に掲載された論文は国際的にも目にとまりやすいため,他の研究者に引用される頻度も高く,論文の価値を押し上げることに一役買っている.そのため,学会の編集委員で他の学会員にその学会の学会誌への投稿を呼びかけている人でも,その人の本命の論文は海外の一流誌に投稿されていることがある.昨日まで国内の雑誌に投稿するのは海外の雑誌に掲載を拒否された場合だけだったような人が,編集委員になった途端,その学会の雑誌に優秀な論文の投稿を呼びかけている例すらある.こんなことでは,一般の学会員も彼らの呼びかけを本気と思っていられない.本当に学会と学会誌の質を高めたいなら,あるレベル以上(例えば学会の理事などの役員以上)の研究者はその学会の学会誌に自分のベストの論文を投稿して,国際的にその雑誌の認知度・引用度を高めさせるべきであろう.それは単に掛け声で終わらせるのでなく,学会役員の義務にしてもよいのではなかろうか.また,投稿されてきた論文に対して,審査を行なう人間は,日々の忙しさの中で馴れ合いのコメントやおざなりのコメントでお茶を濁すのではなく,その論文をどうやったら一段上のレベルに到達させ得るか(自分の審査している雑誌よりも高い水準の内容に到達させ得るか),という点に心を砕いて審査をするべきではないかと思う.これは随分困難な場合も多いし,日々の仕事の合間を縫って裏方に徹して行なう全くのボランティアの行為でしかないのだが,そのような積み重ねこそが,雑誌の質を高める王道であると信じている.だもんでね,そんなことしてるから,自分の時間をつぶしてしまって忙しくなっちゃうわけね. で,これらと時と締め切りを同じくして,3月に行なわれた薬剤師国家試験の問題の検討をしてくれという依頼があったり,学部のホームページの企画をする会議を立ち上げたり(これまた電子会議にしようとしてる)学内の会議がいくつかあったり,来月の公開講座や薬剤師研修センターの講座の資料を作らねばならずと,日々暮らしているわけです.6月は,また学会やら講演会やらで忙しくなりそう.いやはや.暇で困るのもどうかと思うのですが,まあ,大量のタンパク尿が出ない程度に,やりまひょ(2003年にはそれで入院したからね). |
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2004年05月22日 12時33分06秒
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最近引越しをしたせいか,古い本の整理もすることになったので,随分以前に読んだ本を読み直したりする.これまではばらばらに並べられていたり,段ボール箱の中に埋まっていた本たちを,新しい本棚の中に整理して並べていくと,それらの本に伴う僕自身の記憶がよみがえったりする. Gavin Lyallの"The Most Dangerous Game" (Coronet Books)もそんな一冊.日本語訳は「最も危険なゲーム」として菊池光氏の訳でハヤカワ文庫から出ている.同じ著者の"Midnight Plus One"は,日本語訳の「深夜プラス1」(菊池光訳,ハヤカワ文庫)しか読んだことがなく,その文庫すら人に貸したまま行方不明になってしまったのが悔しい.いずれ英文のペーパーバックを探そうと思う.この作者のコアなファンの多くに共通する感想を僕も持つのだが,マクシム少佐シリーズ以降の比較的新しい作品はやや「…」である.むしろ,"The Wrong Side Of The Sky"や"Shooting Script","Venus With Pistol"なども含めた比較的初期の作品に,これぞハードボイルドというものを感じる."Midnight Plus One"は,ミステリーファンなら承知のごとく,様々な人気投票などでも上位の常連だが,僕にとっては"The Most Dangerous Game"も甲乙つけがたい.他の文学作品やエンターテインメントでもそうだけど,その作品が読み手の心の中にどのように入り込むかは,その作品の持つ雰囲気や情景,あるいは登場人物の心情などと,読み手がその時に置かれた状況や読み手自身の心情などとどのようにマッチするかに大きく依存する.そういう点では,僕にとっては,"The Most Dangerous Game"を読んだ時に僕自身があった状況やその時の僕の心情が,この作品を推す理由になっているのかもしれない. Dashiell HammettやRaymond ChandlerからRobert B. Parkerに至るアメリカのハードボイルドミステリーも決して嫌いではないのだが,むしろ初期から中期にかけてのDick FrancisやこのGavin Lyallの描くイギリスの作品が,僕にはぴたっとくる.一人称ハードボイルド小説でも,どうもイギリス人の方がアメリカ人よりも寡黙な感じがする.これも国民性の違いだろう.とはいうものの,英語でミステリーを読もうと思ったきっかけは,Robert B. ParkerやRaymond Chandlerの翻訳に出てくる小粋な男女の会話のシーンなんぞを,自分も原文で読んで,あわよくばその英語を自分のものにできないかと思ったから.そういう意味ではお喋りな探偵さんも悪くない.そう思って以来,丸善の洋書コーナーでペーパーバックを随分買って読んだけど,粋な英語を使うチャンスなんてなかなか訪れないから,果たして自分のものになっているのかどうか,残念ながら試したことはない…. |
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2004年05月05日 15時15分50秒
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| 「エルネスト・チェ・ゲバラ伝(上・下)」(パコ・イグナシオ・タイボII著,後藤政子訳,海風書房),「ゲバラ日記」(チェ・ゲバラ著,高橋正訳,角川文庫).チェ・ゲバラというと,共感を持って彼のことを語る人は少なくない.革命家としてのチェ・ゲバラは,キューバ革命を成功に導き,キューバ政府の閣僚の仕事に満足できず,アフリカや中南米のゲリラ革命に参画する.そして最後はボリビアで政府軍に捉えられて最期を迎える.もちろん彼の生き様はこんな単純なものではないが,その純粋さや情熱に,共感を覚えるのである.僕とてその例外ではない.「ゲバラ日記」は,そんなチェ・ゲバラ自身の戦闘の日々の中でつづられた日記であり,彼の心情の吐露であると思うが,書かれた期間が限られていることもあって,そこに至るまでのゲバラをもっと知りたかった.「エルネスト・チェ・ゲバラ伝」はそのような僕の欲求を満たしてくれた.特にこの上巻の帯に書いてあった「ドクトルからコマンダンテへ」という言葉に強く惹かれた.若いころには医師を志し,また,1950年代にはアルゼンチンの医師ピサー二の下でアレルギーの研究をしていたことを,この本を通して始めて知った.この本にもその当時の論文があることや学会発表があったことに簡単に触れられているが,PubMedを使ってGuevara E AND Pisaniという人名キーワードで検索を試みると,1952年から1957年にかけて3報の論文が見つかった.いずれもアレルギーに関わるタイトルの論文であった.もし彼が政治的な革命の波に巻き込まれておらず,その純粋な情熱と莫大なエネルギーを研究に振り向けることができていたら,アレルギーの研究にどれほど大きな貢献をしたことであろうかと考えると,同じアレルギーの研究をする者の一人として,なぜかとても胸が熱くなった. |
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2004年04月30日 10時31分09秒
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ヒゲという字を漢和辞典で引くと,髭(鼻の下のふぞろいなひげ),髯(ほおひげ),鬚(柔らかいあごひげ)の三つが出てくる.それぞれ,クチヒゲ,ホオヒゲ,アゴヒゲとも読むらしい.こんな話題を選んだことに大した理由はない.自分自身で貧弱なヒゲを生やしているせいもあるけど,それよりも,今日,Mike ParsonsのHPを見つけたから. 彼は,かつてのSmith Kline & French社の研究者だった.彼が日本に来たときに当時の僕のボスに紹介してもらい,その後も日本でもイギリスでも何度か会ったことがある.SK&Fの研究所の副所長だったとき,ジーンズにTシャツ,70年代のデニス・ホッパーを思わせる長髪ともじゃもじゃのヒゲが印象的であった.彼はJames Blackの下で様々なH2拮抗薬のもとになるhistamine類似化合物の薬理作用を調べた男.BlackがH2受容体を薬理学的に同定し,最初のH2拮抗薬であるburimamideを発表したNatureの論文(これがBlackのノーベル賞につながる.Mikeも共同研究者として名前が載っている)には,参考文献としてMikeの学位論文が引用されている.胃酸分泌に影響を及ぼす薬物のスクリーニング法として,Mikeが学位論文の実験で開発した方法が用いられたのだ. 今日,消化管の炎症に関わる文献を調べていたら彼の名前を見つけた.懐かしくて,今はHertfordshire大学の教授になっている彼の研究室のホームページを見てみると,相変わらず長髪,ヒゲもじゃのMikeがそこにいた.もっともヒゲは白くなってしまっているし,髪の毛は随分後退していたのだけれど. |
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2004年03月02日 14時25分54秒
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これは,「踊る大捜査線 The Movie」の1本目で,青島刑事が言うセリフ.しかし,いざ自分が病気になって入院したり通院したりしてると,普段は免疫薬理学の研究をしたり薬理学の講義をやっていることが,どれほど現場からずれているかを感じることが少なくない.以前にも書いたけど,ステロイドや免疫抑制剤の作用や副作用などは,自分で実際に実験で使ったり講義で喋っていても,自分自身の体で感じてみると,これまで講義の中で強調していたことと軽く流していたことのバランスが,自分の肉体的感覚と異なっていたりする.実際,ステロイドの副作用だけみても,僕の場合には,ムーンフェイスはほとんど見られなかったが,皮膚はものすごく弱くなった(一時期は本当にハゲることを覚悟した).睡眠障害はかなり強くイライラする傾向も現れたが,多幸感はほとんど意識できなかった.しかし,主治医に尋ねると,どんな副作用が現れるかは患者によって随分違うようで,メンタルな副作用が強く現れることも少なくないので,特にパルス療法のように大量投与する場合には,事前に精神科医のバックアップを仰ぐこともあるらしい.いやはや,薬学部の薬理学では,こういうことは習わなかったし,教えてこなかったことを恥じている.自分が病院に行くたびに,このような経験をしていると,病気は現場で治すんであって,研究室や講義室で治療ができるわけじゃないと痛感する.健康であることはなによりだけど,医療関係者は一度ぐらい病気になって入院したり通院してみるといいかもしれない. かつて医師になった先輩から「お前ら薬理屋はネズミの集団の平均値でしか有効だの危険だのと言わないが,こっちは一人一人の患者さんが相手だし,一人一人反応が違う.ネズミの平均値で判断すると危険な量の危険な薬でも,その患者さんにとってはベストな薬のベストな量ということが少なくない」と説教されたことがある.Pharmacogenomicsという分野は,患者さんの遺伝子を調べることで,この「一人一人反応が違う」患者さんに合った適切な医療を目指そうとしている.方向は間違っていないと思うのだが,果たして,一つの疾患に対して,あるいは一つの薬を用いるにあたって,どれだけの遺伝子を調べればよいのかしらん?今のところ,副作用の軽減と有効血中濃度維持という観点から,薬物分解酵素を調べる研究が多いけど,自分がいろんな薬を服用してみると(僕の場合,多いときで,毎日10種類の薬が出てた),なかなか単純ではないだろうなと思ってしまう. |
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2004年02月27日 10時08分45秒
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| 今朝,知人から「お前からウイルス感染メールが届いた」という電話があった.こっちはノートンの最新版を常に自動更新していてかなりの頻度で完全スキャンをしているから,感染はしていないという(あまり根拠のない)自負があっただけに,ちょっとびっくり.ウイルスのタイプを尋ねてみると,感染したパソコンの中のHTMLファイルからメールアドレスを拾い出してFrom:とTo:に入れていくタイプのもの.それなら犯人は俺じゃない可能性が高いと,ウイルスに関する説明をした上で,相手にも納得してもらった.とはいえ心配なので,PCの完全スキャンをしたが感染してなかった.で,メールを開くと,同じウイルスメールが僕にも届いていた.From:のとこにあるのはNIHの研究者とおぼしきアドレス.でもヘッダを詳しく見ていくとメールサーバーはUCSF(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)の学内サーバー.UCSFの誰かが感染していて,その人がたまたま僕のアドレスののってるHPを見たために起きた騒動なのかもしれない.もっとも,そういう巧妙なウイルスだと,メールサーバーはUCSFのを利用していても,それはあくまでも足がかりにすぎず,どこか全く別のところからUCSFのSMTPサービスだけを使っていたかもしれない.こうなると全く疑心暗鬼というか,何を信じていいかわからんね.こういうのを作るのはおそらく愉快犯で,混乱を見て楽しんでるだけかもしれない.またそれが愉快犯の愉快犯たるゆえんだろう.それにしても,僕が送ったようにみせかけたウイルスメールを知人が受け取り,僕に電話をかけて感染の有無のやり取りをして,最終的に僕の感染がないこと(そして僕にもウイルスメールが来ていたこと)が明らかになるまでは,相手の中で僕の信用は少なくとも50%減にはなってたであろうことを思うと,はなはだ迷惑なやつではある.メールアドレスをHPなどで公開することの危険を感じるのである. |
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2004年01月20日 17時49分30秒
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倫敦シリーズ第一弾.とはいえ,いつまで続くのやら(しょっぱなからそういうことを書くのも心もとないが). 世の中英国のことがやたらもてはやされているようなのである.まあ,私自身,1年間だけだがロンドンに住んだことがあり,結構ミーハーになって帰ってきたのだから仕方ないのかもしれないが(ローバー114SLiというマイナーな,でもマニアックなクルマに乗ってたことがあるのも,スコンを焼くのが好きなのもそのせい?). 大英博物館の秘法展が開催されている.確かに随分いいものが来てるけど,エルギンマーブルやロゼッタストーンなどはさすがに門外不出なんだろうね.それに,あの博物館は博物館そのものが持つ迫力こそが最も価値のあるもので,切り売りする性質のものではないと思う.ミイラを並べている部屋など,有名無名を問わず床から天井までミイラを積み上げているようなところを見ると,それだけで迫力に圧倒される.エルギンマーブルも,これ以外の有名無名の大理石の彫像や建物の一部が大量にあるからこそ,余計に輝いているように思える.日本の文物でもそうだ.世界中から掻っ攫ってきたものを陳列している盗人国家の博物館だとして,ギリシャやエジプトなどの国々から返却を迫られているものもあるが,やはり一箇所にいろんなものを陳列することによって生じる迫力はすごい.これこそが「博物学」の源泉であり,博物学が「分類学」を生み,分類学の中で例えば生物の分類を系統的に並べることの必然性から「種の起源」が出てきたものだと考えると,類まれなる蒐集家国家の英国には敬意を表さざるを得なくなる. |
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2004年01月14日 13時19分12秒
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村上陽一郎氏の著作には随分惹かれるものがある.こういう言い方もヘンだが,大学2年生の時からの村上ファンである.先方はこちらのことを知るはずもなかろうが,僕が大学2年の時,当時在籍していた大学の物理学科で夏の集中講義として行なわれた「科学史」の講義には強烈なインパクトを覚えたのである.細々した内容なんて忘れちまってるのだが,当時,若手の科学史研究者として颯爽と教壇に立たれた村上氏が,理路整然と語ってくれる科学史に,新たなものの見方を教えていただいたのである.それ以来のファン(?)なのである.で村上氏の著作は数多いのであるが,今回は「科学者とは何か」(新潮選書),「生と死への眼差し」(青土社)をあげたい.前者はこれからサイエンスを志す人,若手研究者の人には是非とも読んで欲しい本である.僕が留学から帰ったころの生意気な盛りの時に,物理学科在籍当時の恩師から勧められて読んだ本であるが,今もその価値を失っていないと思う.サイエンスとテクノロジーの違い,サイエンスを生業として生きることの責任について考えさせられる.後者は特に医学薬学系の人たちには読んで欲しいと思う.生死観を歴史的観点から捉えなおすことで,現代医学のかかえる様々な問題をより大きな視点から考えることができると思う. 今日は妙に真面目に書いてしまった…. |
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2004年01月08日 11時14分03秒
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まずはこの年末年始の休暇に読んだ本から.三島由紀夫「不道徳教育講座」(角川文庫).いいねえ,このタイトル.この本の元になる「週間明星」(古いなあ)の連載は昭和33年だから,道徳規範も今よりもずっと厳しかったと思うし,確かに時代を感じさせる部分はあるのだけれど,そんなことを通り越して,三島由紀夫という男のダンディズムを感じさせる本だ.でも,「人に迷惑をかけて死ぬべし」という見出しで書いているセクションが「どうせ死ぬことを考えるなら威勢のいい死に方を考えなさい。できるだけ人に迷惑をかけて派手にやるつもりになりなさい。これが私の自殺防止法であります。」と締めくくられているのには,正直ちょっとびっくりした.彼が自衛隊市ケ谷駐屯地で自決したのは僕が中学3年の時.衝撃を受けたし,よく覚えている.その彼がこんな文章を残しているとはこれまで知らなかった.彼の死に対する認識が少し変わったのであった. もう一冊紹介する.町田健「コトバの謎解き ソシュール入門」(光文社新書).帯にはこう書いてある「構造主義を創始した言語学の巨人を21世紀の文脈で読み解く」.いやはやなんとも大げさな帯だが,キャッチィなコピーを書こうとすると,こういう文章になっちまうのかもしれない.ソシュールは以前から気になってたのだ.構造主義は20世紀には言語学だけでなく,哲学,政治学から自然科学まで,人間の思考に関わる多くの分野を席巻したしそれは今も変わらない.その端緒がなぜ19世紀の言語学であるのかが気になっていたのだ.というのも,19世紀に起きた自然科学における発想の転換を迫る発見やサイエンスの体系化(相対性理論,量子力学,種の起源),あるいはこれらと同質のマルクス経済学やエンゲルスの発想が,20世紀の思想に与えたインパクトの強さに比べ,ソシュール言語学がなぜそのような影響を持ち得たのかを,これまで私自身きちんと理解してこなかったためである.で,この本であるが,わかりやすいのである.ソシュール入門というタイトルであるが,現代言語学への入門書でもある.もちろん,ソシュール言語学から始まった構造主義が,レビ=ストロース,ジャック・ラカン,ミシェル・フーコーらによって発展され展開し,今も大きな影響を及ぼしていることがきちんとわかるようにも書かれている.こんなこともお前はわかっていなかったのかと笑われそうだが,いや,勉強になったと,白状するのである. |
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2004年01月06日 13時12分22秒
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今年は1月にネフローゼで入院したが,病気に気づいた直接の変化は急激な体重上昇だった(水分貯留.つまり水ぶくれだな).一週間で体重が15kgぐらい増えた.4月の回復期には一週間で体重が15kgぐらい減った(貯まってた水分が大量の尿になって出た).その後しばらくして退院できたが,それ以降,現在に至るまで,毎日体重を量るように医者から言われている.ネフローゼが再発すれば急激に体重が増加するため,常にモニターする必要がある.とまあ,こっちも一応は薬理学者と名乗っているのだから,理屈ではわかる. ただねえ,現実にはこれが決して気安いことではない.毎日体重計に乗ること,そして体重をノートに記録するということそのものは大したことではない.むしろ気が重いのは,ネフローゼの再発ではなく年齢を反映した緩やかな体重増加がノートの数字から明らかに読み取れることなのだ.これをExcelでグラフにしたりすると(悪趣味かなあ)退院後じわじわと,しかし着実な体重増加が読み取れる.たまに食べ過ぎたかなと思うと,確実に翌朝の体重は増えている.それを落とすのに何日かかかる.毎日体重を記録することがダイエットの基本だと言うが,まさしくその通りだと思うと同時に,それだけではいささか気が重くはなるものの完全ではないことも感じる昨今ではある. |
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2003年12月26日 13時31分14秒
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昨日に引き続き,自分で体験した薬物の副作用の話から入る. シクロスポリンA(以下CyAとする)は免疫抑制剤である.強力な免疫抑制作用があり拒絶反応を抑制する作用が強力であることから,移植医療を劇的に進歩させた薬である.免疫が抑制されるから,感染症に罹りやすくなるが,そのリスクよりも移植による生存のメリットが大きいから使われるのである.このような薬だから,免疫が身体の中で暴れている病気(自己免疫疾患,アレルギー)に使用されるようになるのは当然であったし,また私自身,そのように講義の中でも説明したことがある.しかし,次のような体験は,講義の中でのお話を超えていた. 今年治療を受けたネフローゼでCyAを投与された.現在は50mg/dayにまで減量したが,最高150mg/dayであった.人によって違うと思うが,私の場合,75mg/day以上の量では明らかに手足が震えた.150mg/dayの時など端から見ていてもひどかったようだ.細かい作業に支障があったし,食事の時にもこぼさないようにヘンに力が入るなど,Quality of Lifeという観点からは決してよくないことであった.たしかに副作用として「震顫」や「痙攣」と書いてあるし,患者さんへの注意書きにもそのような症状を経験したらすぐに医師・薬剤師へ,というようなことが書いてある.それにしても,これほどとは思わなかった. ここから話はやや面倒になる.中枢神経系の抑制性神経伝達物質であるGABAの受容体は,リン酸化されると脱感作されてGABAの信号を受け付けなくなる.GABAの信号を認識するように元の受容体に戻るには脱リン酸化されることが不可欠.ところが,CyAは,脱リン酸化を阻害する.だからGABAの信号が受け付けられなくなり中枢性に震えが出る.ひるがえって,免疫系の細胞では脱リン酸化を阻害することが,免疫系の抑制につながっている.こう考えてみると,同じ薬物の同じメカニズムが,対象によって全く異なった作用を発揮する.これが薬の怖いところでもあり,研究者としては面白いところでもある(面白いことの例は,いずれまた日を改めて書きたい). とはいうものの,とまた立ち止まる.免疫系と神経系は,記憶と化学的情報伝達という点で非常に類似している役割を持つ系であると考える.免疫学的記憶とは,自己と非自己の認識と記憶であるが,例えば免疫グロブリン遺伝子の構造上の可塑性と神経の可塑性と,どこか類似しているのではないか.また,免疫系の細胞にせよ神経細胞にせよ,これらの細胞は,単に情報を記憶していたって意味が無い訳で,その記憶を元に他の細胞に化学的情報伝達によって情報を送ることにこそ重要な存在意義を持つ細胞であるという点で,やはりアナロジーを見出せるのではないかと思うのである. |
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2003年12月25日 10時17分57秒
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今年は1月から4月にかけて入院し,ステロイドのパルス療法を3回受ける羽目になった.退院後かなり減量されてきたが,今でもステロイドを服用している. 薬理の講義を担当し,免疫薬理を専門領域とする身としては,これは貴重な経験であった.講義の中ではステロイドの副作用として「創傷治癒の遅延」だの「皮膚が弱くなる」だのといったことを喋っていたが,具体的な経験はなかった.まず気づいたのは,腕時計の竜頭に当たる部分の皮膚が簡単に負けてしまったり,ちょっとした水仕事をしてもすぐに手が荒れてしまうことであった(ステロイドの減量とともに回復傾向にあるが).しかし,それ以上に驚いたのは,髪の毛の変化であった.これも頭皮という皮膚の変化であろう.ステロイドパルスを受けたり,ステロイドが高用量の時には,見事に髪が抜けたのである.退院直後には,美容院の人から「見尾さん,地肌が弱くなってるねえ.かなり髪が薄くなってるから気をつけないといけないよ.でも,この地肌の様子は,普通に年をとって髪が薄くなってるのとは違うね.薬のせいで髪が薄くなる人を何人か見てきてるけど,それと同じタイプだね」と指摘されていた(さすがプロだ!).入院中から気づいてはいたが,シャンプーのたびに大量の髪が排水口にたまり,ドライヤーで髪を乾かせば肩のあたりに髪が随分落ちていた.その抜け毛が,ステロイドの減量とともに減ってきたのだ.プレドニゾロンの量にして10mg/day以下になったころからはほとんど抜け毛は気にならなくなった.一方で,次第に髪がヘンな盛り上がり方を見せ始めた.美容院の人から「見尾さん,薄くなってたところに短い髪の毛がいっぱい生えてきてる.もともとの長い髪を短い髪が下から押し上げてるから,これじゃあヘアスタイルはまとまらんわねえ」と言われた.この年(48)になって新たに髪が生え始めるとは意外であったが,これは嬉しかった.あまりの嬉しさに,そろそろ髪が寂しくなり始めた同世代の友人にこの話をしたところ,突然そいつの機嫌が悪くなってしまった. |
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2003年12月24日 10時42分53秒
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学生時代に演劇をかじっていたせいかどうかはしらないが,人と人との距離感がえらく気になるたちである.テレビ的なアップを多用する演技では,人と人との立ち位置や距離が,人間関係の象徴にはなりにくいかもしれない.しかし,顔のアップなど期待できない演劇の舞台では,立ち位置などの物理的な距離感が,精神的な距離や人間関係の象徴になる. これは日常の人間関係でも同じだろう.人と人とが向かいあっているとき,互いの手を伸ばしても届かない距離で話をするのは,事務的な関係であったり疎遠の象徴であったりする.互いの手を伸ばせばお互いに届く距離は適切な親近感を現しており,これが欧米では握手という形で表現される.同時に,離れすぎず近すぎずという距離は,適切な敬意を相手に表明し得る距離でもある.いずれか一方が手を伸ばせば相手の肩に触れる距離というのは,親密さの象徴になる.どちらか一人の手が相手の方に触れることができる距離とは,その人の手で相手を引き寄せることのできる距離に等しいからである.悪事の密談などというのもこの距離で行なわれる.更に,耳元でささやく距離,頬と頬との接触による挨拶を示す距離などというのは,極めて親密であることの象徴となる. このような距離感をきちんと心得ている人ばかりなら,人間関係はずいぶん楽である.しかし,世の中は必ずしもそうではない.握手のレベルにも至っていないと思っている相手が,突然片手で届く位置以内の距離に近寄ってくると,とても嫌な気分になる.「こいつは喧嘩を売る気か」と身構えてしまう.実際,喧嘩を売る時の距離感を物理的な距離で象徴しようとすれば,相手と目が合ったら間髪入れずに相手との距離を詰めればよい(片手で相手の胸倉をつかめば最高である).他人の気持ちに配慮しないタイプの人には,このような距離感を理解していない人が多いような気がする. 臨床で活躍することのできる薬剤師を育てるにあたり,適切な距離感を身に着けた人間を養いたいものである.(2003/12/22) |
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2003年12月22日 12時36分13秒
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| 今年は1月から4月にかけて入院し,その後も通院していることもあって,体調に自信も無く,周囲も気を遣ってくれるのをいいことに,教授会をはじめとするありとあらゆる会議をサボりまくった年であった.それでも先日久々に会議なるものに出たら疲れてしまった.特に予算編成に関わる会議は,お互いにきれいごとを言いながらも,本質的にはそれぞれのエゴが見え隠れするから嫌いだ.しかも,膨らみすぎた予算を削るという作業そのものは明らかなのに,覚悟を決めるまでの準備に会議の場が使われている.これでは時間とエネルギーの無駄遣いだ.早々に退席して,学生のレポートを採点していた.稚拙な文章を読むことになるとは言え,会議よりもよほど面白い.(2003/12/20) |
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2003年12月20日 16時57分04秒
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| そもそも日記などというものを書く習慣もなく,自分のプライバシーをさらけ出すのも憂鬱なのに,なんの因果でこんなものを書かねばならんのかとも思うが,まあ,それでも徒然なるままに思いつくことを書き残しておきたい年齢になりつつあるのだろう.そんなこんなでとりあえず,何か書いてみようと….いつまで続くのか,どんなことが書かれるのか(書いてしまうのか),自分でも皆目検討がつかない.登場させられるかもしれない人々にとっては迷惑極まりないことかもしれない.それでもとりあえずは始めてみないとどうもならんだろから,とりあえずはこれではじまり.(2003/12/20) |
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2003年12月20日 16時46分06秒
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