
ようすけが思いつくままに書き綴った徒然日記です。

吉田兼好さん(1283?-1350?)
お知らせ
数が増えてきたので目次を設置しました。
来月になったらページを分けようとも思っています。
このページを携帯でご覧になっている方がいらっしゃるようなので携帯版をつくりました。
今日のようすけ携帯版
サイズを減らすため画像とかは置いてありません。
ご希望やご提案などありましたらBBSまでお願いいたします。
目次
2003.09.25 物事はなんでも快感の度が過ぎると不快になるの巻
2003.10.15 (これでいいのか?)ぶらり18人の旅〜完結編〜の巻
〔またもヌシにやられた!の巻〕10.19
今日は昨日の晩から泊まりに来ていたタクとケイコとそれにアキコを迎え、シンスケを加えた五人でお鍋パーティーをやった。
鍋といえばヌシは欠かせませんね。以前には鮫を入れて腹を壊したという話は知っている人は知っていると思うが、
ヌシとはつまり、一風変わった具材のことである。
今回のヌシは「あん肝」まあ普通に鍋にもある具材だが、どうも具合があまりよくなかったみたいだ。
タクとそれを楽しみにして、いざ食べてみたら、なんともいえないまずさだった。タクはそのまま撃沈。
少し頑張ったが、小生も間もなく撃沈。それを見たアキコとケイコは手をつけずにいた。
当たり前である。しかし、あん肝キラーがいた。シンスケである。すごい漢だ。
それはともかく、通算のヌシとの勝負は3勝2敗である。
今年も本格的に鍋のシーズンを迎え、これからも開催されるだろう、この鍋パーティ。
参加希望の方はこちらまで
〔伝説の塩ラーメンの巻〕10.17
今日は昨日の二日酔いで仕事もそこそこで夜、飲みに行った。
トシからの誘いがあって、断るにも断れなかったからだ。
新宿に行き、トシ、コウジ、シホと4人で飲んだ。
しばらくして、カズヒサが来た。いつものメンバーだ。
カズヒサとはその日、昼も会ったので二回目ということになる。
軽く飲んで、カズヒサと二人で伝説の塩ラーメンを食べにいった。
このラーメンについては、伝説ゆえに余り多くは語れない。あまり話しをすると命が危ない。
ここはでも本当にうまいので気になる人は直接聞いてください。
連絡はこちらまで
小生の怠慢で今日はお開き!
〔ロシアの神の再来!の巻〕10.16
前回のまとめ方は落ちがなかったのでちょっと強引でしたね。反省しています。
先週、いなかった爪あとはひどく、今日も残業をした。
21時くらいになって先に帰った上司から、他の会社の人と飲んでいるからこい、と言われた。
ついつい行ってしまったのが、ことの始まりだった。
よく行く銀座のクラブに先につき、一人で飲んでいると、間もなく二人は現れた。
小生はまだそんなに飲んでいなかったので、その表情からすぐに二人が酔っているのが読み取れた。
その上司とは一緒にロシアに行った人で、当然のように話はロシアのことであった。
しばらくすると、上司が「ママ、ここはウオッカあるの?」と聞いていた。
さすがにないだろうと思ったが、「ある」と一言。へぇ〜と関心・・・している場合ではない!小生は氷ついた。
酔っ払っている二人に思いっきり飲まされたのだ。ボトル一本をものの15分足らずで空けた。
ロシアでの失態があるので、気合でロシアの神に打ち勝った。でも二人の酔いっぷりはますます酷くなっていった。
次の店行くぞ〜といわれ、二軒目に。そこでまたヘネシーをシコタマ飲んだ。
さすがに他の会社のひとはそこでダウンし、いつのまにか帰っていた。
しばらく飲んでいたが、上司はその間に完全に出来上がってしまった。
次の店行くぞ〜といつもの号令で次にいった。ところがさっきまでいた一軒目の店にまた行ったのだ。
もう完全にブラック・アウト状態だっただろう。そこで少し飲んでから店を出た。
(【ブラックアウト】飲酒中やその直後にとった自分の行動のうち、その一部の記憶が翌日には消えていること。アルコール性記憶喪失ともいう。ブラックアウトの出現は、アルコール依存症の入口とされる。Asahiホームページお酒の用語辞典より)
なんのために来たんだろうと思いながら、さすがにもう帰る、と思いきや、
例のアレ
次の店行くぞ〜と云うのかと思い、先に小生が云ってしまった・・・。
正に勇み足。
近くにある「みゆきアンドレミ」という入ったことのない店に入った。
席につくと、ママであるみゆきさんが挨拶に来た。そこまではよかった。次にもう一人のママである。レミさんが来た。
その人は確かにレミという名には程遠い、フィリピン系の顔立ちで結構年もいっていた。
要はブサイクだった。
上司はその人を見て
「おまえがレミか、おまえみたいのがレミだと俺は認めねえ」
となぜかキレて、「ヨウスケ、帰るぞ」と云って、金を払って帰ったのだ。
その間わずか2分くらいでしょう。クラブ最短記録は間違いないと思う。
これはもうやばいと思い、タクシーで送ってから、電車が無かったので小生もタクシーで帰った。
タクシーの中でレミさんのことを考えるといたたまれなかったが、じきに家につき、シンスケと少しじゃれて寝ました。
〔ウォッカに負けた日本の酒の巻〕10.14
さすがに月曜は死んだように寝ていた。
久々に仕事に行き、軽く残業をした後、ひょんな流れからナオキと一緒に赤羽に行くことになった。
ユウヤとシンヤとヨウコとミキで飯を食べるということだったので合流した。すっかりいつもの生活に戻っている。
赤羽で合流し、ヨウコが学生時代に働いていた「魚民」というキャバクラに行き、氷室のビートに乗せて盃を交わした。
ビールを呑んだ後、久しぶりに日本酒が飲みたくなり、ユウヤと一緒に飲むことにした。
しかし、その酒のまずいことなんのって、飲めたもんじゃなかった。そこは先輩パワーを使ってユウヤに全部飲ませてしまった。
ウォッカに慣れてしまったのかと思ったが、ユウヤもまずいと云っていたので、本当にまずいと思う。
ユウヤ、あの時はごめんね。
それにしてもあんな酒を出す店もどうかと思うし、そこで働いていたやつはもっとどうかと思う。
(たぶん本人はこれを見ていないと思うから、ちょっとオーバーに言っている)
しかし、その場は非常に楽しかった。日曜もそうだったけど、いつもOB一年生に混じって遊んでもらっている気がする。
この場を借りてありがとう!そしてフォーエバー!(どんなまとめ方だよ。)

〔(これでいいのか?)ぶらり18人の旅〜完結編〜の巻〕10.12〜10.13
そこまで9000キロくらいの道のりを移動してきたのに、宇都宮までの150キロは想像以上の道程であった。
さすがに鉄人の名をほしいままにしていた小生も残り50キロで助手のシンスケに代わってもらい、先を急いだのだ。
宇都宮に入り、ムラの仕事が終わるまで待機することになったが、ロシアを出てから36時間が経ち、
その間3時間強の睡眠しかとっていなかったため、その待ち時間は死ぬほど長かった。
2時間ほどシンスケと時間を潰し、カズヒサからムラと家で合流したとの連絡が入り、時間差で家に向かった。
ベランダ側からこっそり覗くと皆の驚いた顔があった。
町田からのガソリン代と高速代―3000円、ロシアからの疲労。そして皆の表情…Priceless!
なんて気はさらさらなかった。やっぱり来たよと言わんばかりの対応!重い航海の後の軽い後悔。
帰りたい気分になった。でもそこは宇都宮。開き直って、2時間くらい談笑をした。
その後、ユウヤ車の皆ともムラの家で別れ、虚無感を胸に抱き、帰路についた。
とりあえず運転して疲れたところでシンスケと代わるという作戦でまず運転した。
東北道を川口まで、川口線から池袋線、飯田橋で降りて会社に寄った。時計は午前3時を指していた。
用を済ませ家に向かおうとしたが、シンスケが実家に取りに行きたいものがあるというので、
止むを得ず町田に向かった。飯田橋から渋谷を抜けR246で町田方面へ。
眠い眼をこすり、自分で云うのもなんだが、頑張って運転をしていた。ふと助手席を見ると、
ありえない光景にわが眼を疑った。
シンスケが寝ていた。シンスケが寝ていたのだ。
さすがにこれにはショックで精いっぱいアクセルを踏んだ。
目が覚めたシンスケは小生の異様なオーラを感じたのか、すぐに謝罪をしてきた。あまりの眠さでどうでもよかった。
その後、無事に家に着いたのが6時。
一週間分の遅れを取り戻そうと2時間くらいニュースを見て、8時には床についた。
なんかだらだらとロシアに関係ないことを書いたが、要するにロシアは予想以上に飯もうまいし、
姉ちゃんはきれいだし、カジノでは勝ったし、面白い国だ。
〔ぶらり18人の旅〜その2〜の巻〕10.12
帰りはサンクトペテルブルクからフィンランドへ行き、
4時間30分のトランジットの後、9時間掛けて成田に帰ってきました。
前の日の晩に記憶を飛ばし、12時間も寝ていた小生は、飛行機で全然眠ることができず、不快な空の旅を楽しんだ。
朝9時過ぎに成田につくと、やっと眠くなり、っていうかものすごい悪いタイミングで眠くなった。
近くのホテル
に車を取りにいき、上司を乗せて、一路杉並の上司の家に向かい、その後自分の家に帰った。
すぐに寝たが3時間後には目が覚めて、シンスケを向かいに町田のシンスケの実家に向かっていた。
その途中、カズヒサからユウヤ車でトシとシホと4人で宇都宮に行く情報をゲットした。
なんか楽しそうだったので、シンスケを拾った後、カズヒサ以外には内緒で宇都宮に小生らも向かってみた。
〜明日に続く〜
〔ぶらり18人旅〜その1〜の巻〕
やっほ〜!帰って来ました。
チェチェンの大統領選挙でテロの心配もありましたが、なんにもそれらしいものはなく、無事!?帰ってきました。
なんか行っている間に福ちゃんが結婚したそうですね。これはロシアのニュースでも取り上げられていました。
ヤンキースの松井も喜びの余り、シャンパンかけをしていたのは有名な話ですね。
飛行機でロシアに向かうときにふと思ったのですが、飛行機って早いですな。時速約1000キロ。
一分間に16.6キロ、つまり100メートルを0.36秒で進むということになります。
さすがに氷室のビートもかないません。
ロシアという国はご存知のとおり、10何年前までは社会主義国家でした。
いまでもその名残はいたるところに見受けられます。中心部のモスクワでは道路は片側4車線ずつ、計8車線です。
これはいうまでもなく、戦車が通ったり、飛行機の離着陸ができるようになっています。家も一軒家なんてなく、アパートがほとんどです。
これは以前は国から家を支給されていたため。などなど(いっぱいあるが、打つのが面倒なのでこれくらいに・・・)
ロシアといえば、有名なのは、ピロシキ、ボルシチ、ビーフストロガノフなどがありますが、やはりウォッカでしょう。
驚いたことに、ある料理店でウォッカがピッチャーででてきました。すごいですね。思いっきり記憶を飛ばしました。
一緒に行った方々は有名企業の人事の偉い方や、組合の委員長など錚々たるメンバーだったのですが、その人たちの話だと、
一人でそのピッチャーを空けていたそうです。そして、その店から帰るバスの車内で「酒はないのか〜!」と言って暴れていたそうです。
通路で暴れていたそうですが、バスが前を走っていた車に追突し(小生は知らないが、本当に事故ったらしい)、
バスの前方まで飛んだらしい。この話は全部次の日の朝に聞いた話だが、一番聞いてショックだったのは、
「櫻井くんの口が急にふくらみだして、手で口を押させているんだけど、指の間から液体が飛び出てきてさ〜、あわてて袋をあげたんだよね〜」
今までに寝ゲロもしたことないのに、ロシアにてそれに近いものをやってしまった。
正にみんなに対するテロ行為である。皆が恐れていたテロはこんな形で起きていたのだ。
文が長くなってきたので、今日のところはこのへんで・・・
〔肉とジャージと私の巻〕9.30
昨日元気を失った小生はその日も呑みに行きました。
会社の人と新橋のトラジで焼肉を食べようということで、お店に入ると、キャラ的に微妙だけど、
前に 江本 孟紀 がいました。軽い挨拶を済ませ、肉を食べました。生中を3杯呑んで、
それから韓国焼酎を2本呑みました。つまり酔っ払いました。
焼肉屋の後は、ティファニーという大人が遊びにいくところに行き、バーボンを呑まされました。
元気のないその日だったが、酔っている割にはしっかりとしていました。
なぜなら、その後地元で先輩との呑みがまだあったからです。断腸の思いでその・竜・・宮城を出た小生は、
お土産の玉手箱を手に・・・ではなくて、かばんを持って急いで地元に帰りました。
さっき焼肉屋にいたのに、地元の呑みは大串(分かる人は分かる)というところで焼き鳥を食べました。
小生の25年間の歴史で焼肉屋の後に焼鳥屋に行ったのは初めてで(当たり前か)そこでまたビールを呑み、
日本酒を呑みました。さすがにベロベロになり、やっとの思いで家に帰り、寝ました。
朝起きたら、シンスケのジャージを履いてました。んっ!?いまだに真相は分かりません。
もしかしてウバッチャッタ?
そして、只今18:50。未だに酒が抜けないでメールを打っている小生でした。

参議院議員 江本 孟紀 先生
〔一番元気な日の巻〕9.29
昨日もカズヒサと遊びました。
カキコミにあったとおり、勤務中の買い物の時に一度有楽町で会い、仕事後に新橋で会いました。
「越」という居酒屋で呑み、そこで僕らは氷室のビートに乗せて、ラーメンの話をした。
その話が盛り上がりラーメン屋に行くことになりました。行ったラーメン屋は、
小生が塩ラーメンで一番うまいと信じて止まない、げんこつ屋。
ここの豪快ラーメンは、なんともいえない塩加減で味がしっかりとしているが、さっぱりスープ。
後をひくそのスープは正に絶品です。
ラーメンを堪能した後は、いつものカラオケで一時間ほど氷室を歌いました。
ここ何回かのカラオケは氷室しか歌っていません(実話)
トシ曰く「月曜日が一週間のなかで一番余力がある」と言っていましたが、
月曜で一週間分の力を出してしまいました。
〔桜田門外の変の巻〕9.26
幕府の日米通商条約無断調印に激怒した孝明天皇が条約の調印は天下の危亡のもとであり、
退位したい旨の密勅を水戸藩へ下した。
これを水戸藩の幕府転覆の陰謀とする大老井伊直弼は関係者及び一橋派の徹底弾圧にのりだした。
(安政の大獄)
これにより、水戸藩は特に厳しい処分を受け、さらに藩が密勅の返納を決定し、反対派への弾圧が始まると、
追い詰められた激派の中心人物たちは脱藩し、薩摩藩尊攘激派の一部とともに、
安政7(万延元)年3月、大老・井伊直弼を江戸城桜田門外で暗殺した事件。

金曜日ナオキが会社に来てから、とりあえず飯を食べようということで、飯を食べました。カズヒサが、
仕事があがるまでにまだ2時間以上あったので、ナオキと飯田橋は神楽坂から新橋まで歩いていくことにしました。
ルートは神楽坂から靖国神社を抜け、千鳥が淵から甲州街道半蔵門、三宅坂、桜田門、祝田橋、日比谷、
内幸町、新橋とお堀をぐるっと回るコースを選びました。(地図)
二日前の呑みすぎから体調を崩していた小生は、お腹の調子が悪いとも言えず、
氷室のビートに乗せて、無理やりに闊歩していました。
千鳥が淵あたりでは、さすがにトイレに行きたくなり、ナオキに告白。
一転トイレを探す旅となりました。
しかし、そこは皇居の堀の周りのコンビニすらない道でトイレは全く見つかりませんでした。
顔は青ざめるが尻は熱い。
なんとか桜田門まで我慢をしたが、もう限界!地下鉄の入口を見て、ほっとしたのか小生の出口が・・・。
尻が熱い、そして重い。
「2003年9月26日、桜井門外の便」
歴史に名を刻んでしまいました。
その後は、地下鉄のトイレでいろんな所を拭き、電車で新橋に向かいました。
「註」:以上は実話に基づくエピソードに少しのスパイスと氷室のビートを加えたものです。

井伊直弼さん(1815〜1860)
〔氷室のビートに乗せての巻 〕9.25
昨日もカズヒサと会い、遊びました。
「カズヒサフェア」が開催され、思う存分飯を喰らいました。
カズヒサありがとう!!
そういえば、先週の土曜日にはユウヤにご馳走になり、日曜の昼はトシに、その晩はシンヤにご馳走になりました。
なんと情けない先輩なのでしょう。そして、なんと金を出したがる・・・、
違う!違う!なんてやさしい後輩たちなんだろう。
その後は、ナオキも合流して、カズヒサとナオキと三人でカラオケに行きました。
氷室のビートに乗せて、小泉内閣の話、総選挙の話など知的に語り合いました。氷室のビートに乗せてね。
「ファッキン・小泉・頭にくるぜ!」こんな感じで。
いま会社でパソコンを打っていますが、なぜか隣にナオキが来ました。
今日も今からナオキと後で来るカズヒサと氷室のビートに乗せて、原監督の話でもしようと思います。
追伸、ホームページを見てくれている人たち、ありがとう。
なんでもいいから書き込んでね〜
〔物事はなんでも快感の度が過ぎると不快になるの巻〕9.24
その日は19時から仕事の付き合いで、東京電力労働組合の委員長ほか6名、新橋で呑んでいました。
若いのは自分だけだったのでやたら呑まされました。
その席はとても楽しく、呑まされていても快感さえ覚えるほどでした。
2時間もするとまさかの地球逆回転が始まり、目に映る光景が逆回転を始めました。
自分の快感の軸も回り過ぎたか、逆回転をしたのか、不快感を覚えるようになりました。
しまいには食べるという機能も入れるから、出すという逆の作用に変わりました。
その後、チャイニーズクラブに寄り、新橋駅から電車に乗って帰ろうとしたとき、何を想ったのか、
普段使っている横須賀線ではなく、東海道線に乗ってしまいました。
川崎で下りて乗り換えればいいや、と思っていたが、その東海道線は快速でした。
初めて快速に乗りましたが、まさかあんなことになろうとは・・・
新橋を出て普通なら品川〜川崎と行くのですが、なんと快速だと品川の次が大船という駅で、
そこまで行ってしまいました。(参考)その距離なんと1区間で39.7q。
わかりづらいので参考までに京王線でいうと新宿〜八王子間が37.1qなので、
それより少し長い間をノンストップで行く感じです。
快速だから早くていいなんて思っていた僕は、そのあまりにも快速過ぎる電車でものすごい不快になりました。
その存在を初めて身体で体験し、覚えたこと
それは・・・
物事はなんでも快感の度が過ぎると不快になる
ということでした。