アメリカ研修の概要

9月1日、ポートランド空港に着いたときから、アメリカらしい力強い雰囲気を味わいました。それは、外国人同士が話しているときのあの大きな反応を、目の当たりに見たことです。日本人同士だと、何か、自信がない感じで話し、あまり目をあわさず、声も小さめです。アメリカ人は、声は大きいし、胸を張っている感じがしました。そして、空港の職員を見ていると、職員同士すれちがった時に、手をたたいたり、マグワイヤがホームランを打った後、仲間と互いのお腹をグーでたたくようなしぐさをしていました。ひとつのことをやるでも、楽しんでやっているように感じました。それは自分には夢があり、自分のやったことに自信を持っているようかのようでした。
そして、アメリカの街を歩いて思ったことは、本当に、通りによって人種、人の様子がまったく変わってしまうことです。どう見てもいい人でないような人が歩いていて、建物も壊れて、窓ガラスも割れているとおりも、少し歩けば、超高層ビルが立ち並び、身なりのきちんとした人が歩いている。何か互いのとおりには、見えない壁があるように感じました。やはり人は平等ではないかと思わせました。
どうしてこのような現状になってしまったのだろうか?
それは単一民族でないことが理由なのだろうか。予想していたとおり、荒れた通りは黒人がしめていました。これは黒人差別が如実に表れている結果であると思う。もう根本的にそういった家庭に生まれた時点で、小さいときは教育を受けられず、教育がないといい仕事に就けない、仕事に就けないと収入がない、そして犯罪をしてしまう。そういった図式がある以上階級の差は改善しないのだろうか。日本ではそもそも階級の差というもの自体がないために、通りによってあからさまに階級がかわるということはないが、実際アメリカでその違いを目の当たりにすると、これは深刻な問題であると感じました。
事実、アメリカで有名な黒人バスケットボールプレイヤーがいるが、彼らもコートの中ではヒーローである。しかし所詮、彼らもスラム街に寝泊りしている黒人と同類なのである。
ボストンではアフロ・アメリカン博物館を見学しました。そこの地域では、今風で言うと“黒人狩り”が行われ、それから逃れるための逃げ道がありました。その他にも黒人の指名手配の紙などが貼ってあり、そのひとつひとつに歴史を感じました。
サンフランシスコでは、夜中、パトカーのサイレンで目を覚ますと、ホテルの下で、黒人が数人うつ伏せになって、警官に銃を突きつけられていました。他に、黒人の浮浪者の多さ、高級のオフィス街になると黒人がめっきり減ってしまう。これらの現状を実際にこの目で見ることで物事の深刻さを実感できました。
しかし、公共の場で必ず一人は黒人が働いているという政府の処置もありました。サンフランシスコのケーブルカーでは、運転手はみな黒人でした。その他にも図書館、博物館では、必ず黒人が働いていました。アメリカ映画でも上役には必ず黒人が出演しているがこれは今の現状ではまだまだ小さな処置ではあるが、どんどん発展してほしいと思う。
僕は、アメリカに行く前に黒人差別に関する映画を見ていきましたが、それは所詮ブラウン管の中の出来事でしかすぎず、実感できなかったのですが、今回アメリカに行った事はそのことで大きな勉強になりました。
僕は、最初は、アメリカという国に対してあまり興味を持てず、今回の旅行も行く前は憂鬱でしたが、実際アメリカへ行ったことで、自分では気づくかない心の奥底で、アメリカへ対しての印象が変わりつつあります。それを、もう一度確かめるために、またアメリカへ足を運び、前回と違った視点から見ることができるように、英会話、アメリカの研究に力を入れたいと思います。
とりあえず写真