足利直義 「偶然の産物」史跡
ふらーっと歩いていて偶然めぐりあった、足利直義関係の史跡です

●足利直義邸跡
「京都のとある神社」付近がそう(らしい)です。
『太平記』を読むと、ある程度目星がつくかな〜?
ただ、確証がないので一応名称は伏せます。
江戸時代に記された「中古京都図絵」だと、正しいかなとは思うけれど。

●六本杉
これも『太平記』の記述。
大塔宮の怨霊が「直義の子に生まれ変わるぞ」って語った場所。
まあ、物語の記述だから、本当かどうかは分からないのですが、仁和寺にあると聞いたので、とりあえず探しました。
が、やっぱり跡も何も無かったです。
まあ、場所はこの辺かな〜って目星がついたんですが。
南北朝時代、現在の立命館大学くらいまでが仁和寺の境内だったそうです。
わーびっくり。
ってことは、等持院って仁和寺の横に建っていたってことですね。

●足利直義書状
京都をふらーっと歩いていて、偶然入った資料館でご対面!!
特別展示だったみたいなんですが、「あーっ!!直義のだー!!」ってすっごくうれしかった。
軍勢着到状だったから、花押だけが彼のものなんですがね…
こういう偶然があるから、一人旅はやめられません!
あれから見たこと無いな、あの書状…もう一度見たい。

●多々良濱合戦場
99.7の九州旅行でも行ったのだけど、実はその前に一度行っています。
多々良濱のどの辺りが合戦場だったのか、まったく分からなかったんですが、香椎宮の方に聞いたり、付近のお年寄りに聞き込んだり、『梅松論』の記述を照らし合わせたり、最後には地元出版の本を旅行先で手に入れて、タクシーで強行!
運転手さんに40分強さまよって貰ったあげく、見つけました。
2度目は間違えませんでしたよー^^
ただ、箱崎宮と香椎宮の関係(菊池と足利)を取り違えていたけど。

●井出沢古戦場
足利直義が北条時行と直接戦った場所。
ここで破れた直義は、護良親王暗殺を命じ、三河に退きます。
町田市にあるのだけど、誰も知らなかったから、とりあえず町田駅に行って情報収集。
「井出の沢」という地名があるから、その辺りだということで、バスで出かけ、さまようこと2時間。やっと見つけました。
なんて事はない、ちゃんと看板も碑もあるんですね。
当時、銀杏がとてもきれいでした。
ふっ……まさか数年後に町田市民になろうとわ(笑)
今は引っ越しちゃったけど、直義さまが踏んだだろう土地に住んだのよん。

●淵辺義博の史跡
直義が護良親王暗殺を命じたという淵辺義博。
彼の史跡は「淵野辺」から「古淵」(両方とも神奈川県)に点在。
徹夜明けで行ったんですよね〜
一番苦労したのが、「淵辺義博館跡」の碑を見つけること。
淵野辺の図書館で調べて目星つけて行ったのだけど、1時間以上迷いました。
住宅街をさまよった怪しい女が一人…


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