今週の宇宙

このコーナーでは宇宙に関する悲喜交々を紹介します。笑えません。感動の嵐です。


6月13日「宇宙船と紙飛行機」

今週は演習です。答えは来週。わからない人は死刑です。
問題:宇宙船の中で紙飛行機を飛ばしました。どういう飛び方をするでしょうか?
ヒント:船内は無重力で3次元空間です。


6月6日「ガガーリン」

コルホーズ(集団農場)の労働者を両親に持つガガーリンは、1957年にオレンブルグ航空士官学校を卒業してソ連空軍のパイロットとなり、選抜されて宇宙飛行士となる。彼の乗った人工衛星ボストーク1号は、1961年4月12日、A-1ロケットによってバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、地球周回軌道に入り、地球の大気圏外を1時間50分弱で1周した。人類は無重力の宇宙空間と、その眺望を初めて経験することとなった。ソ連がアメリカに先んじて有人宇宙飛行を実現したことになる。そのときの感動を27歳のガガーリンは「地球は青かった」という言葉で表した。その後、世界各国を親善使節として歴訪、1962年に来日し、帰国後は宇宙飛行士の養成、訓練に努める。彼は1968年、ジェット機飛行訓練中の事故により34歳の若さで亡くなったが、未知の宇宙空間に人類として初めて挑んだガガーリン少佐の名は、忘れられることはないだろう。


5月29日「バイコヌール宇宙基地」

かつて西側諸国を恐怖に陥れた宇宙ロケット発射基地。基地の所在地はチュラタムという都市だが、西側を欺くために100キロ離れた都市の名前をつけた。
管轄はRSA(ロシア宇宙庁)、宇宙軍。ソユーズに代表されるクラスターロケットの大半はこの基地から発射され、モスクワ近郊のツープで管制される。ポカリスウェットのCMで使われているソユーズもこの基地から発射された。
バイコヌールはロシアではかなり南方に位置している。その理由は地球で最も遠心力が強い赤道上空軌道へ載せやすいからである。アメリカ帝国のヒューストン発射基地も同様。


5月22日「セルゲイ・コロリョフ」

旧ソ連宇宙計画の父と呼ばれる人物。
OKB−1(コロリョフ設計局、現RKKエネルギヤ社)のチーフデザイナー。
スプートニク計画、ウォストーク計画、ウォスホート計画等を指揮し、優れた指導力でこれらの計画を成功に導いた。
ソユース計画と有人月着陸計画もコロリョフの指揮のもとに進められたが、1966年1月、結腸癌の手術中の事故で死亡。
それまでの宇宙計画の成功は彼の並外れた指導力によるところが大きく、計画途上での彼の死はソ連にとって最大の損失であり、この事が有人月着陸計画失敗の最大の要因であると見る向きも多い。
だが実際のところ、当時のソ連の宇宙計画のほとんどは彼の手によるものであったが、それがあまりにも多岐に渡っていた。仮に命を永らえたとしてもそれらをまとめていくのは至難の業であったと思われる。


参考文献

いろいろ