『男運のない女』
「サラリーマンとは結婚したくない」と言う女性が最近増えたと思う。
「どうして?」と尋ねると、「夢がないから」「刺激がないから」「先の見える生活はつまらない」という答えが返ってくる。
ちなみに私はサラリーマンではない。社長ではないが、ちっちゃい会社の経営者のひとりである。大学3年のときに会社を設立して、現在に至っています。
そんな私だが、今年に入ってから給料を1円も貰っていない。なぜなら、「出会いのネットワーク」の広告宣伝費に充てるためにすべて返上しているからである。
自分でプロデュースした以上、個人的に責任がある。たくさん会員を集めなければ、せっかく入会していただいた方々に申し訳ないし、自分の夢を叶えることもできない。
ネットの出会い、ネット恋愛に対する偏見をなくすためにも、ちゃんとした媒体に、ちゃんとした広告を出す必要がある。プロのデザイナー、コピーライター、モデルを遣うのだから、広告費だけでなく制作費もそれなりにかかる。
ただ、貯金は残り少なくなってきた。もし恋人ができても、オシャレなレストランで食事したり、夜景の美しいホテルに泊まることはできないだろう。もちろん、高価なプレゼントも買ってあげられない。いまの私には、実現する保証のない夢を熱く語ることしかできません。
もしかすると、この無収入の生活が1年、2年、いや、もっと続くかもしれない。
はたして、「サラリーマンとは結婚したくない」と言う女性が、こんな男と付き合って満足できるだろうか? 刺激を感じるだろうか?
しかし、夢を追うということ、また、先の見えない生活とは、こういうことなのです。
なにも犠牲にしたくなければ、夢は寝ているときに見るしかない。
今回のテーマは「男運のない女」です。
販売業や接客業のひとならわかるでしょうが、お金持ちの人たちって似たタイプが多いですよね。また、貧乏な人たちも似ているひとが多い。
服装とか身に付けてる物とかじゃなく、しゃべり方とか、雰囲気とか、言動が似ているのです。
たとえば、高価な物を買うひとほど言葉遣いが丁寧だったり、細かくなかったり、買うまでの時間も早い。逆に、安物を買うひとほど偉そうだったり、口うるさかったり、買うまでに時間もかかる。一般的には反対のイメージがありますが、現実はこんな感じ。
ではここで質問。貧乏なひとに宝クジの1等が当たりました。その後、このひとはお金持ちのような言動になったでしょうか?
答え、なりません。服装や持ち物は変わっても、言動は相変わらず前と同じ。なぜなら、このひとは運が良くてお金持ちになったにすぎないからです。
お金持ちになれば、言葉遣いが丁寧になったり、大ざっぱになるのではありません。もともとそういう性格、思考回路のひとだから、お金持ちになれるのです。運だけの問題ではなく、方程式みたいなものがある。
その証拠に、当選金を元手にビジネスを始めたひとは、ほとんどが失敗するそうです。
まあ普通は宝クジなんか当たらないから、思考回路が貧乏モードのひとは、まずお金持ちにはなれないということですね。(ちょっとキツイかな。でも私もいま貧乏だから許してください)
さて、男運のない女、ここでも同じことが言えます。そもそも運とは、自分の力ではどうすることもできない、自然のめぐりあわせのこと。素敵な男性に出会うのも、ロクでもない男にしか縁がないのも、本来、運命です。
しかし、知らず知らずのうちに悪い男を引き寄せる思考回路の女性がいます。ちょっと詳しくお話ししましょう。
「女らしい」抽象的な言葉ですが、男の言う女らしさとは、控え目である、思いやりがある、明るい、という感じです。当然そういう女性はモテるでしょう。でも、これに反発したり、勘違いしている女性がいます。
「なんで女だからって控え目にしなくちゃいけないのよ! 」というひとや、「ニコニコすれば男なんてイチコロよ」というひとです。
前者のタイプは、男女同権という意識が強い。もちろん男女は同権であり、平等だと私も思います。ただ、世の中には風習というものがある。
ダンナが毎朝ゴミを出すのはみっともないとか、スーパーの袋を男に持たせるのはカッコ悪いとか、妻の稼ぎがいいからといって夫が家事や育児をするのは情けないとか。こういうことは理屈ではありません。でも、女らしさという言葉に反発する女性は、そういった風習を受け入れない。男と対等にものを言い、自分のやりたいことをやりたいようにしてこそ現代女性だと思っている。
それはそれでけっこうですが、なぜかこのタイプは他人への配慮に欠ける。自分の言ったことで相手が傷つくとか、やりたいようにやって誰かに迷惑をかけるなんてことは考えない。嫌なことがあるとすぐに顔や態度に出し、自己主張こそ大切だと思っている。
当然と言えば当然ですが、このタイプの女性に男らしい甲斐性のある男性は近づきません。多少なりとも女を知っていれば相手にしないでしょう。
寄ってくるのは、たいてい金魚のフンみたいな男。親の言いなり、女の言いなり、自分じゃなにもできない依存心の塊のような男。そりゃそうでしょう。自立したプライドのある男が、融通のきかない、物わかりの悪い女を恋人にしたいとは思いません。付き合っても疲れるだけの女をわざわざ選んだりしません。
でも、負けん気が強い女性ほどヘラヘラした男より、自分を手なずけてくれる、強くて男らしいひとが理想なんですよね。
次に後者、女らしさを勘違いしている女性です。このタイプはやたら男に媚びる。男の前と女の前では態度がはっきり違う。いつも男の目線を気にして、強烈なコロン、濃厚な化粧、悩殺ファッションと、表面的な色気を振りまけば、男が女らしさを感じてくれると勘違いしてる。
確かに色気を振りまけば、いろんな男から口説かれるでしょう。でもね、それで寄ってくる男は所詮、エッチ目的。目的が達成された後のことなんか考えてない男なんです。
はっきり言いますが、女らしさと色っぽさを間違えてる女性は、男の下心に火をつけることはできても、愛を燃えあがらせることはできない。
だから、遊び相手や、本命が見つかるまでのつなぎにされてしまう。
だいたいね、同性が見ても「なんかエッチっぽいなぁ」と感じるような、白いキャミソールに黒のシースルーのブラウスなんか着たって、中身がカラッポに見えるだけ。内面からにじみ出てくる、知性とか、優しさとか、かわいらしさとか、本来の女らしさとはほど遠い。これでは男が本気になることはまずありません。たとえ誠実な男性でも、不誠実になってしまう。だって悪魔がささやくんです、「もう十分に堪能しただろ。情が移る前にポイしとけよ」って。
結果、このタイプも「私ってけっこうモテるのに、男運ないのよねぇ」と嘆くことになるのです。
どんな人間にも相反する人格が共存しています。優しいところと冷酷なところ、真面目な部分と不真面目な部分というように。そのときどき、場面に応じて、どちらかの人格で対応しながら人間は生きています。でも女性の場合、これを自分でコントロールするのがすごくヘタ。逆に男は上手な生き物なのです。
たとえば、家庭では良き夫、良き父親でありながら、外で愛人を作る。
こういうことがけっこう平気でできる。ただ、同じ男と付き合っても、妻になるか愛人になるかで女性の人生は大きく変わります。
「愛人になってくれ」と頼まれて「いいわよ」と答えたら、愛人の人生が待っています。
「結婚してくれなきゃイヤ! 」と答えたら、妻になるかその男とは別れるか、いずれにせよ愛人の人生はない。
結局、男運が悪いと嘆いているひとの大半は、自ら悪い男を引き寄せたり、男の持つ悪い人格を引き出していると思う。自分の責任によるところが大きいと私は思うのです。
もちろん生まれもって男運のないひともいるでしょう。でもそれは死ぬまでわからないこと。今までは悪かったけど、これから良くなるかもしれない。そう考えなくちゃ人生つまんないし、夢も希望もなくなっちゃう。
女って自分を激しく燃やしてくれる何かに憧れているものですよね。
その何かとは、やっぱり恋であり、愛であり、つまりは男性でしょう。
私はね、その憧れをいつまでも捨てないでほしいと思うのです。外見的には若いほうが評価されますが、女らしさって年齢ではありません。おばあちゃんになっても憧れを持ってるひとは素敵だし、かわいいし、すごく女らしい。本物の色気を感じる。
逆に、物わかりの悪いひとや、若さと安っぽい色気を売り物にしているひとは、なんか醜い。女としてだけでなく、人間的な魅力を感じない。
白馬に乗った王子様とまでは言わないけど、「いつか素敵な男性が現われる」そう信じてこそ、人生は明るく楽しく生きていけるのです。
少なくとも幸運は、陰気で絶望感が漂っている所には訪れません。不思議だけど、明るく楽しそうな所を選んで訪れるものなのです。
あなたに素敵な出会いがありますように。
「遊ばれて なお目が醒めず 厚化粧」
 

『好きになる理由』
不思議に思う。
なぜ男は、太っている女より、スマートな女のほうがいいのだろう?
太く短い足より、細くて長いほうがいいのだろう? 小さい胸より、大きいほうがいいのだろう?
よく考えてみると不思議なことだ。なぜなら「その理由は?」と聞かれても、うまく答えられないからである。男にとって、なにか大きなメリットがあるのだろうか? 
いや、ない。ということは、太っていても、だいこん足でも、ペチャパイでも、どうってことないはずである。しかし、なぜか多くの男は、スタイルのいい女を好む。
もちろん、みんながみんなこだわっているわけではない。ただ、好きなほうを選べと言われたら、ほとんどの男はスタイルのいい方を選ぶだろう。
ところで、私は以前から「妥協して結婚したらいけない」と言っている。「妥協と後悔はワンセットだ」とも言った。例えば、私は優しい女でなければダメだ。思いやりに欠け、打算的な女は絶対に選ばない。過去の苦い経験から、優しい女でなければ幸せになれないと知ったからである。優しさにこだわり続け、妥協できないからこそ、いまだに独身なのだろう。しかし、それで後悔はない。独身を恥じてはいないし、負い目も感じない。自慢こそしないが、正しい選択だと思っている。
ただし、優しさや誠実さといった内面的なことではなく、外見的なことを妥協できないとしたら、その人間は不幸だと思う。顔にしてもスタイルにしても、よほど生理的に受けつけないタイプでなければ、本来、こだわる必要のないものだからだ。聞かれても理由を説明できない、ましてなんのメリットもないことにとらわれているとしたら、それはどう考えても愚かなことである。
誰しも結婚相手には、ただ一点のこだわりがあるはずだ。これだけは目をつぶれないという、ちゃんとその理由を説明できるこだわりがあるはずだ。結婚における妥協とは、その一点に目をつぶることである。だから、「できれば太っている女よりも、痩せている女と結婚したい」という男が、仮に太った女と結婚しても、それを妥協とは言わない。
結婚は、あまり多くの条件を相手に求めても仕方がないと思う。条件を10も20も挙げるひとがいるが、結局それを全部クリアーできるひとなど見つからないだろう。
外見がいいにこしたことはない。どうしてもこだわりたいならそれもいい。しかし、肝心の一点だけをジッと見つめていたら、外見を含め、他のことなど目に入らなくなるものだ。一点が定まらずにキョロキョロしているから、どうでもいいことばかりに目がいくのである。
自分にとって何がその一点なのかを考えていただきたい。もしその答えが見つからなければ「結婚するにはまだ早い ! 」ということです。
今回のテーマは、『好きになる理由』です。
誰かを好きになるのに理由はない。これが恋愛では通説になっています。
確かに、私も若い頃はそうでした。プロセスや理由などなく、気がついたら好きになっていた。「どうして彼女のことを好きになったの?」と聞かれても、「これこれこういう理由で」なんて答えられなかったと思います。
しかし、20代後半から30代になって、ふと考えてみると、滅多なことではひとを好きになれなくなったように感じます。的確に表現するのは難しいですが、これは理想が高くなったとか、感性が鈍ったという問題ではなくて、感情と理性が一体になってそうさせているように思います。そしていま、もし誰かを好きになるとしたら、自分なりに好きになった理由をちゃんと説明できると思うのです。「なんとなく好きになった」ではなく、「しかじかこういう理由で彼女のことが好きになりました」と言えるような気がする。これって、私だけのことでしょうか? 
考えてみましょう。
自分自身について言うならば、若いうちは、“惚れる”と“好き”がごっちゃになっていたと思います。「いいなぁ」と惚れた瞬間に、彼女に興味を抱いた瞬間に、相手を好きになっていた。理屈ではなく、一緒にいたいという気持ちがすべてだった。悪いところがあっても悪くとらず、まるごと好きになっていたように感じます。またそれが恋であり、女に惚れることであり、好きになることだと思っていました。
人間は年齢を重ねるとともに、さまざまな経験を積み重ねていきます。
その経験が肥やしとなり、やがて自分なりの目を養っていくものです。
裏切ったり裏切られたり、騙したり騙されたり、傷つけたり傷つけられたりしながら、ひとを見る目も養われていきます。そして、いつしか自分の中に定規のような基準ができると思うのです。「このひとは信用できないな」とか「コイツに近づいたらヤケドしそうだ」といったことを、過去の経験に照らし合わせて判断できるようになります。これを学習能力というのでしょう。場合によっては5分話しただけで、あるいは相手の表情を見ただけで判断を下すようになるかもしれません。
私は、これがストッパーの役割を果たしていると思うのです。惚れることはあっても、その先に行かせない。つまり、好きにならないためのストッパー。
たいていの男は30才前後になると結婚を意識するようになります。誰かと付き合うにしても「とりあえず」と考えて、適当な相手と適当な付き合いはしなくなります。また、ヘタに変な女に手を出したら、後々大変なことになると考えるでしょう。これは臆病になるのではなく、自分の残りの人生に対して責任を持つようになるからです。ある意味、男として地に足がついてきたということ。 ただこうなると、自分では意識しないうちに、さまざまな場面でストッパーが働きます。例えばクルマを買うにしても、パッと見のカッコ良さにつられて衝動買いはしなくなる。安全性、居住性、操作性、燃費、コストパフォーマンス、対外的なステイタス、さらにはローンの金利までよく考えて買うでしょう。特に、過去に衝動買いをして失敗した経験があれば、なおのこと慎重になるはずです。
もちろん、そこまでして買っても後悔することはありますが、でも、それはそれで納得できるものですよね。「あの時点では最善を尽くしたんだから、仕方がない」となるでしょう。
女性に対しても同じだと思うのです。いい女を見て、瞬間的に惚れることはあっても、それだけで好きになったりしない。無意識のうちに相手
を観察してチェックしているはずです。外見はバツグンだけど、中身のない女だなと思ったら、とりあえずそこで気持ちにストップがかかる。好きにならない。反対に、外見は普通だけど、中身が最高だと思ったら、ストッパーのロックが外れて、好きになるための気持ちの準備が整う。そこで一気に好きになるひともいれば、徐々に好きになっていくひともいる。これはひとそれぞれ個人差がありますが、いずれにしても「あのひとなら好きになっても大丈夫だよ」という指令が、どこからともなく聞こえてくると思うのです。 
男は年をとるごとに、多くのものを背負っていくものです。社会的な責任、仕事での責任、家庭を持てば家族への責任。否応なしにさまざまな責任を負い、役目を果たさなければなりません。当然、本気で好きになった女に対しても責任を感じるはずです。
悪く言えば、若いころは何も考えずに無責任な恋ができました。いまが楽しければそれでよかった。後々のことまで気にせずに突っ走れました。でも、だんだん年齢相応の責任を負うことによって、無鉄砲に恋ができなくなっていくものでしょう。
これを「つまらない」と言うひともいますが、私は決してつまらないことだとは思いません。事実、近頃は私も以前ほどノーテンキに女を好きにならなくなりましたが、それでつまらないとか、自分が男として枯れてきたとは思いませんから。逆に、「俺もようやくおとなになってきたな」と自覚できるようになりました。
「なぜ彼女のことを好きになったの?」
「誠実で優しいから」
「それって好きになった理由じゃなくて、彼女の好きなところでしょ?」
「もちろん好きなところだよ。でも、好きになったひとがたまたま誠実で優しいひとだったんじゃなく、誠実で優しいから好きになったんだ」
「頭で考えながらひとを好きになれるもの?」
「理性だけでは好きになれないだろう。ただ、自分の心がずっとそれを求めていたんだと思う。だから彼女を本気で好きになったような気がする」
なんの理由もなく、無邪気にひとを好きになることが悪いことだとは言いませんが、ちゃんと理由を説明できるって、男として素晴らしいことだと思います。また、だからこそ女に対する責任感が芽生えるのです。ほんとにつまらないこととは、自分が女に何を求めているのかわからずに、さまようように浅い恋をくり返すことなのだから。
男には責任がある。そうそう失敗ばかりしてはいられない。だから慎重になる。理屈っぽくもなる。誰かを好きになるには理由がいる。
しかし、これは悲しいことではない。淋しいことでもない。言うなれば、せつなさだと思う。そして、理屈抜きに女を好きになれなくなった自分を「せつないな」と感じたとき、“男の子”は“おとこ”になるのでしょう。
さて、あなたのストッパーは、ちゃんと機能しているでしょうか?
「恋愛で はじけたいなら 若いうち」
 

『不倫』
私は不倫が必ずしも悪いことだとは思っていない。もちろん良いことだとは思ってないし、「失楽園」のようなバイ菌文学に対しては、強い抵抗を感じます。
そもそも人間は乱交性だと解説している学者がいます。またそれがDNAや脳内モルヒネの仕業だと言うひともいます。まあ、難しいことはわかりませんが、民法が制定される以前の日本では離婚率が高く、不倫も意外と多かったことは事実。それが法律や社会倫理が確立するとともに、不倫イコール反社会的なもの、あるいは「暗い」というイメージが定着してきたのです。
ただ、「好きになったひとがたまたま結婚してた」と言う気持ちもわかるし、人間の感情は道徳や倫理観だけでコントロールできるものではない。かといって、「何でもあり」というわけにもいかない。
そこで今回は、万が一あなたが結婚してる男性を好きになり、かつ、どうしてもその気持ちを抑えられないとき、また、友達から不倫の相談を受けたときのために「不倫のオキテ」を私なりに考えてみました。参考程度に読んでください。
オキテその1 本気であること
ファッション感覚で不倫するバカ女がいる。こういう女は動物にも劣ると私は思います。命がけとまでは言いませんが、本気であることは最低条件です。
だいたい不倫はだれかが傷つくものなんです。自分か相手か相手の奥さんか。へたをすればひとの一生に影響を与えてしまう。それを自覚しているなら、遊びで不倫なんかしちゃいけない。みんながハッピーエンドになる不倫なんかないし、恋愛に後悔はつきものですが、本気であるがゆえに、逆に自分のこころの傷は浅くてすむものです。
オキテその2 経済的な援助を受けてはいけない
援助を受けたら愛人、あるいは妾です。あくまで恋人の立場でいなくてはなりません。だいたいカネが絡んだら言いたいことも言えなくなってしまうし、相手の意識も変わります。「最後はカネで解決すればいいや」と軽くみられてしまいます。普通の恋愛で男からお金をもらうことなんてありませんよね。
オキテその3 二股をかけてはいけない
土日や休日に相手に会えないからといって、他に彼氏を作ってはいけません。寂しいのは覚悟の上なのです。それが我慢できないのなら、はじめから不倫する資格なし。不倫相手はいいにしても、新しい彼氏がかわいそうすぎます。ウソにウソを重ねるような恋愛だけはしないように。まともな恋愛ができなくなってしまいます。
オキテその4 奇麗に別れる
ほとんどのケースの場合、男のほうは奥さんと別れません。なにかあれば、不倫の関係を清算しようとするでしょう。でも、これは仕方のないこと。婚姻届けに判を押した瞬間から、男には妻に対する責任が発生します。ただの恋人とは比べものにならないほどの、法律的、道義的しがらみがあります。それくらいわかってあげなきゃいけない。ゴネたりしちゃダメ。もともとリスクの大きい恋なのだから、諦めも肝心。間違っても手首を切ったりしないように。
オキテその5 親にはナイショにする
だれが一番悲しむって、そりゃあ親ですよ。友達にとっては他人事ですが、普通の親なら責任を感じます。たとえ証拠を突きつけられてもシラをきりとおしましょう。
もちろん、口の軽い友達にも話してはいけません。不倫を清算して別のひとと結婚することになったとき、バラされることも考えられます。そうなったらせっかくの結婚がパーになるかもしれません。所詮、「日陰の女」「秘められた恋」ということを忘れないように。
オキテその6 子供をつくらない
欲しくなるかもしれないけど、やっぱり産んではいけない。子供を盾にとるのは卑怯だし、私生児として生まれてくる子供も不幸です。不倫はもともとドロ沼なんです。それがもっと複雑になってアリ地獄に陥ってしまう。簡単にやり直しがきかなくなってしまう。自分のエゴでやったことに子供まで道ずれにしてはいけません。
オキテその7 冷静でいる
冷静じゃないから不倫すると思うでしょう。でもね、感情的になったら破滅的な道を選んでしまうのが不倫の特徴なんです。はじまりは仕方ないにしても、できるだけ早いうちに冷静さを取り戻す必要があります。
「やっぱりいけないことだ」と思えば、やめればいい。「でも、どうしようもない」と思えば、やればいい。いずれにせよ、冷静になって考えた上で行動すれば、そうそう人間は大それたことはしない。だからすごく大切なことなんです。
どうです? これ全部守れって言われてもきびしいでしょ?
だから普通のひとは不倫なんかしないほうがいい。独身同士で恋愛したほうがいい。する以上、それなりの覚悟がなければいけない。
だいたい不倫してる男って、動機が不純ですよ。刺激がほしいとか、色気とか、そんなもんなんです。口ではうまいこと言うだろうけど、本音じゃない。ウソ。私も不倫してるひとを何人も知ってますけど、みんな似たり寄ったり。見てればわかります。少なくとも私は、本気で惚れた女がいたら、別の女と暮らすことなどできない。どんなに大変でも、ちゃんと別れて、惚れた女を選びます。それが、本気で女に惚れることだと思っている。だから私は勧めない。絶対やっちゃいけないとは言わないけど、「結局、女が傷つくよ」と言っておきます。
独身女性の30%は不倫経験があると言われています。「意外と少ない」あるいは「多すぎる」と反応はさまざまですが、私は「こんなもんだろう」と思っています。
なぜなら、魅力的な若い男が少ないから。男らしい男が極端に少ない。
女に対してガツガツ、セコセコしてるヤツが多い。余裕がない。勉強ばっかりしてきたから、女の扱いが下手。
その点、若い頃に遊んでたオヤジはうまい。下心ミエミエで近づいたりしない。ツボがわかってる。だからそういうオヤジに若い女たちがコロッといっちゃう。ある意味しょうがない。
不倫してる女性をかばうわけではありませんが、彼女たちは男に失望してるのかもしれません。なかには「ひとのものを奪うのが好き」という女もいますが、普通のひとは相手が独身であったほうがいいと思うはず。でも周りに独身でいい男がいない。そんなとき、妻子はいるけど優しくて包容力のある男性が現われる。今までの男たちにはない雰囲気を持ってる。「いけない」とは思いつつ、好きになってしまう。相手にもそれが伝わって、なんとなく始まってしまった。これが不倫のパターン。
この一連の流れのなかに不自然さはありません。唯一残念なのは、それを止めてくれるひとがいなかったこと。同僚でも友達でもいい。「やめたほうがいいよ」と真剣にアドバイスしてくれるひとがいれば、止めたかもしれない。でもいなかった。だから始まっちゃった。
私は不倫が法治国家の社会に定着するということは、あまりに人間関係が希薄な証拠だと思います。また、本音で生きれない社会だからだとも思います。自分の言いたいことも言えないし、言う相手もいない。みんな心が抑圧されてる。だから恋愛に自由を求める。ルールのないその領域だけは「好きにさせて」と、誰にも文句を言わせない。不倫だろうと、援助だろうと、「自分の責任でやってるんだから」となる。
やっぱ世紀末なのかなぁ。でも私は「妻子がいる? そんなのハナから眼中ないわ」と言う女性のほうが正常だと思います。あなたもそう思うでしょ?
以上、「排他的な意見が多い」「女に理想を求めすぎ」と非難されてる、独り言でした。
「善し悪しが 気になるうちは 本気じゃない」
 

『いい男がみつからない、とお嘆きの貴女に』
これを読んでいる優秀な女性からすれば、いまの男たちはみんなバカに見えるでしょうね。
男の私が言うのもなんですが、30代以下で魅力的な男、いわゆる、いい男はほとんどいないような気がします。
精神的に弱く幼稚なくせに、理屈だけはいっちょまえにたれる、女の腐ったような男たちが、世の中の大半を占めているように感じます。
なぜ男たちは、こんなに堕落してしまったのでしょうか?
理由は二つ考えられます。ひとつ目は、豊かになったから。ふたつ目は、世の中が平和だからでしょう。
よほどのことがないかぎり、今どき「食うに困る」ことはまずありません。幼稚な男でも仕事をしていれば、そこそこの収入を得て、そこそこの生活ができます。ローンで車を買って、休日には彼女と一泊二日の旅行をするくらいのことは、誰にでもできます。結婚して、子供が生まれて、頭金が貯まったら郊外に3LDKのマンションを35年ローンで買う。
この程度の生活は、いまの豊かな日本の社会では決して夢ではありません。
しかし、これがいけないのです。バカでも普通に働いていたら、そこそこの生活ができる社会が男たちをヘナチョコにしてしまったのです。世界広しといえども、普通に働いているだけで食べ物に不自由せず、車や家が買えて、豊かな生活ができる国はほとんどありません。 幸せなことだと思うかもしれませんが、それと引きかえに、男たちは骨抜きにされてしまいました。
 勉強もそこそこ、仕事もそこそこ、恋愛もそこそこ。つまり、すべてそこそこにやっていれば、そこそこのものが手に入ってしまうのです。
だから人一倍働いたり、努力したりすることがアホらしく感じてしまうのです。あえて苦労してまで、より大きなものを追い求めたりしません。そこまでしなくても、そこそこ豊かな生活ができてしまうのだから。
ただ、人間はさまざまな経験や苦労をしなければ成長することはないでしょう。横並びの生き方をし、夢や目標もなくダラダラと生活していたのでは、いつまでたっても幼稚な男の子のままでしかありません。
また、平和な世の中は、男たちの本能を消し去ってしまいました。
50年以上も戦争がないこの国では、平和なことが当り前になっています。まして徴兵制がない日本の若者にとっての戦争は、映画やゲームの中のバーチャルな世界でしかありません。
しかし、60才以上の人たちにとっての戦争は、間違いなく身近かな現実でした。たった一枚の召集令状という紙切れとともに、自分や家族が問答無用で戦場に狩り出されていたのです。天皇陛下のため、お国のため、そして家族のために、命がけで戦わなければならなかったのです。
いまの日本で、自分の命が危機にさらされることなんてありますか? 
命がけでなにかをするなんてことがありますか?
もちろん、私は戦争が起こったほうがいいと思っているのではありません。ただ、平和ボケした現代の男たちは、「自分の大切なものを守るためには、命をかけてでも戦う」という本能を失ってしまったことだけは確かです。そして、自分の身を守ることで精一杯の、器の小さい男に成り下がってしまったのです。
もし、過去の戦争で無念の死を遂げた人たちが、今の男たちの姿を見たら「俺たちはこんな子孫を守るために死んだんじゃない ! 」と嘆き悲しむことでしょう。
「じゃあ、いい男を見つけるのは無理ってこと?」と思うかもしれませんね。
はっきり言いましょう。かなり難しいと思ってください。
あなたが「そこそこの男でいいわ」と言うのなら、いくらでも見つかると思います。でも、ほんとにいい男を見つけたいのなら、あなたにもかなりの努力が必要です。もちろん、ネットの出会いははずせない。というより、これが一番見つかる確率が高いでしょう。なにせ「出会いのネットワーク」だけで、何千人もの積極的な男性がいるのです。そしてあなたにその気さえあれば、このすべての男性たちにアクセスすることができるのです。これだけいれば、いい男は必ずいます。より多くの男性とメール交換したり会ったりすれば、必ず自分にとってのいい男は見つかります。
ただし、待っているだけではダメ。届いたメールに返事を送るだけでなく、自分から探してどんどんメールを送る。そして実際に会う。そのくらいの労力を惜しむようではいい男は見つかりません。
雑誌等で見たひとがいるかもしれませんが、恐らくこれを読んでいるほとんどのひとは私の顔を知らないでしょうね。
たぶん私に対するあなたのイメージは、「年齢のわりには、オヤジくさいことを言う男だ」「そんな仕事をしてるくらいだから、どうせオタクだろう」という感じでしょうか。
あえていままで黙っていましたが、私の顔写真はこのホームページに使われています。デモ画面のプロフィールのサンプル写真は、実は私です。興味のあるひとはクリックしてみてください。
写真を見たひとは想像していたのと違って、きっと驚かれるでしょう。
私は頭が悪いせいか、実際の年齢よりも若く見られます。さすがに学生に間違われることはなくなりましたが、32才に見られたことは一度もありません。
書いている文章と実物とのギャップがあまりに大きいため(見た目はただのアホガキ )、取材をされるマスコミの方たちは皆さん驚かれます。
そして、私は辛口な人間だというイメージが強いようですが、友人たちからは「堤にしては、ずいぶんおとなしい文章を書いてるね」と言われています。
つまり、普段の私は、本やここではとても書けないくらい、もっともっと過激な発言をする男だということ。ほんとはこんな程度ではありません。
結局、電話で話したり、そのひとが書いた文章を読んだくらいでは、相手を正確に知ることはできません。まして、たった一回のメールだけですべてを判断するなんてナンセンス。
だからこそ、送られてきたメールにはなるべく返事を書いてください。
相手の男性の本質を知る努力をしてください。そして興味が湧いたら試しに会ってみるのです。いい意味で期待を裏切られることもきっとあるはずです。
はじめにも書きましたが、いまのほとんどの男たちは、私たちの先輩方が築いた豊かな社会のレールの上しか走れない人間です。
女を守るどころか、女の言いなりになってヘラヘラしているような男たちが、現代の日本男児の悲しい姿。どれだけまともな男が生き残っているのか、私にもわかりません。
でも、自分にとってのいい男にめぐり逢うことができなければ、女としての幸せの大部分を得ることはできないでしょう。
まずはあなたがポジティブに考えて、積極的に行動することが、いい男をゲットする近道。
今回、私が言いたかったのはそういうことです。
「いい男 見つけたいなら まず返事」
 

『結婚に向かない女』
女の好みは千差万別。だから、あなたがどんな好みで、どんな女性と結婚すれば幸せな家庭を築けるのかわかりません。しかし、どんな女性と結婚すれば不幸になるかはわかります。
それは、もともと結婚に向いていない女を選んだ場合です。
こういう相手と結婚したら、たとえあなたがいくら頑張って努力しても報われることはありません。
それでは早速、結婚に向かない女について具体的に説明しましょう。
まずひとつ目は、「打算的な女」です。
わかりやすく言えば、常に損得を計算し、自分の利益にならないことは決してしない女です。
「そのほうがしっかりしているから安心じゃないか」と思うひとがいるかもしれませんね。
確かに家計は安心して任せられるでしょう。でも、それだけ。ほかに良いところはありません。
打算的な女は、他人に心を開きません。もちろん、夫にも。不倫する女に一番多いのがこのタイプ。
「旦那はお金を運んできてくれるひと。恋愛はほんとに好きな別の男とするの。一度きりの人生なんだから楽しまなきゃ」という感じです。(実話)
打算的な女の特徴はウソつきです。また、ウソをついても罪悪感を抱くことはありません。自分の利益を追及することが、あらゆることに優先します。
物事のすべてを自分にとって「損か得か」、あるいは「楽しいかつまらないか」「楽か辛いか」で判断します。「情」や「心」といった、人間的な感情の部分が欠如しています。自分のためなら平気で他人を裏切るでしょう。当然、信用できない人間です。
はっきり言います。打算的な女と結婚したら、悲惨です。子供も安心して任せられません。精神的に満たされることもないでしょう。どんなに見た目いい女だったとしても、決して選んではいけない相手です。
結婚しているひとに話を聞くと、「家族がいるのに、孤独を味わうことほど辛いことはない」と言います。「そばにいるのに、気持ちが通じない。話をしてもわかってもらえない。宝石やブランド物や旅行にしか関心を示さない。こんなことなら独身でいればよかった」(実話)
あなたは、こんな結婚生活に耐えられますか?
ふたつ目は「バカで素直じゃない女」
これも悲惨です。プライドの高い男性ならケンカが絶えないでしょう。
私は持論に「女は賢くなくても、素直ならかわいい」というのがあります。
できれば賢い女性を選んで結婚したほうがいいかもしれません。しかし、これも分相応。男の自分より賢すぎるのも考えものです。
知らないことは教えてあげればいい。間違いは正してあげればいい。そして相手が成長していく姿を見ることは、男にとって喜びでもあります。素直に聞いてくれるなら、優しい気持ちで見守ってあげたくなりますからね。
しかし、バカのくせに素直じゃない女はこうはいきません。いちいち反発してくるし、言うことも聞きません。たとえ自分が間違っていたとしても、認めようとはしないでしょう。相手のためを思って言ったことでも、逆恨みされるかもしれません。
こんな女をかわいらしいと思えるでしょうか?愛くるしいと感じるでしょうか?
たぶん、その女に対する気持ちはいつしか憎しみに変わるはずです。
殺伐とした家庭にしたくなければ、これまた選んではいけないタイプの女です。
そして3つ目は「貞操観念のない女」です。
言い替えるなら、“軽い女”。これは説明する必要はないかもしれませんね。しかし、念のためにお話しします。
男というのは愚かなもので、簡単に落ちた女でも「俺だったからだ」と思う傾向があります。つまり、「コイツは軽い女じゃない。俺に惚れたからすぐに落ちたけど、ほかの男だったらこうはいかないだろう」と勘違いしてしまうのです。
そう、勘違い。その女は、やっぱり軽いんです。ほかの男でも簡単に落せます。
女の貞操観念というのは、相手の男によって変わるものではありません。 堅い女は誰に対しても堅いし、軽い女はあなた以外の男に対しても軽いのです。これは生まれもった感覚であり、根本的な資質の問題です。言い聞かせても変わるものではありません。だから、浮気する女は、どんな相手と結婚しても浮気するということ。 結婚してからそのことに気が付いても遅いですからね。
4つ目は「マイナス思考の女」です。
そもそも人はなぜ結婚をするのでしょうか。
目的や考えは人それぞれ違うでしょうが、共通しているのは、今よりも幸せを感じたいからです。
しかし、物ごとをマイナス思考でとらえるひとに、明るい未来は開けません。
結婚生活にかぎらず、人生は決断の連続。「YesかNoか」「のるかそるか」「やるかやめるか」を常に決めなければなりません。
でも、そのときにいつも悲観的に考えて「No」と答える人が、チャンスを掴めると思いますか? 幸運が訪れると思いますか?
仕事も結婚も、人生すべて明るく考えて、積極的に行動しなければ、実を結ぶことはありません。
たとえ一時は失敗しても、その失敗を教訓に、次こそうまくいくと信じてチャレンジする、つまり、プラスに考える。だからこそ、障害が現れても苦労と思わずに乗り越えられるのです。
内助の功という言葉がありますよね。成功を手に入れた男の陰には、妻の内助の功があったとよくいわれます。陰で夫を励まし、支え、ときにはアドバイスをしたのです。ただ、こういう考え方ができるのは、プラス思考の女に限られることを知っておいてください。
この先あなたにチャンスが訪れることがあったとしても、マイナス思考の女がそばにいたら、せっかくの運を逃すことになるでしょう。そして、不運に見舞われたとき、さらに不運を呼び込んでしまうのも、マイナス思考の女です。
結婚して今よりも幸せを感じたいのなら、プラス思考の女を選んでください。
さて最後は、「愛の意味がわからない女」です。
あなたは、愛とはどういうことなのか、説明ができますか?
この言葉の意味に正解はありません。人それぞれの考え方があっていいと思います。
しかし、「よくわからない」と答えるひとに、結婚する資格はありません。
結婚は愛がベース。愛のない結婚は、法律上認められた共同生活にすぎません。自分なりの考え方で相手を愛することができなければ、結婚しているとは言えないと私は思っています。
結婚後の生活設計を事前に立てておくことよりも、「このひとをずっと愛していこう」という気持ちが結婚前には必要です。
勢いだけで結婚して後悔している人たちを私はたくさん見てきました。
その人たちに共通しているのが、愛のない結婚をしているということです。
もちろん、結婚してから愛が芽生えるカップルもいるでしょう。でも、いい年になって愛の意味も言えないような女に、家族を愛することはできません。母親になる資格もありません。
「愛ってどういうことだと思う?」と、恥ずかしがらずに相手に聞いてみてください。
その答えで、あなたはその女性と結婚して幸せになれるかどうかわかるはずです。
先日、テレビで「結婚ははずみでするものだ」と言っていました。
確かに自分のまわりを見回すと、そういうカップルが増えたように感じます。恋愛結婚と言いながら、実は愛のない恋結婚であることが多い。
しかし、これに比例して年々離婚率も上昇しています。
結婚は賭けです。結局してみなければ結果はわかりません。
でもあなたは賭け事をするときに、自分の勘だけに頼りますか?
競馬なら競馬新聞や雑誌を参考にするし、パチンコなら過去のデータや出そうな台を人に聞いたりしますよね。もちろん、プロはそういう情報収集や分析の手間を惜しみません。そうやって勝率を高めるのです。
結婚も同じ。はずみや勢いや自分の思い込みだけでは、失敗する確率が高いのです。
親や友達など、周りから反対された結婚は別れる確率が高いといわれています。これは当然でしょう。当事者よりも周りの人たちのほうが冷静に見てますから。
恋は盲目とは言いますが、今一度冷静に、また客観的に自分の結婚を考えられる余裕を持ってください。そして他人の意見を無視してはいけません。
もし、「この女は自分にふさわしくない」と気づいたら、その結婚をやめる勇気を持ってください。 たとえそれが結婚式の当日であったとしても、相手にどれだけ非難されたとしても、「やめてよかった」と、必ず後で思うはずです。
結婚前は両目をしっかり開いて相手を見つめ、結婚したら片目をつぶる。
これが結婚して幸せになるための条件です。
「賭け事は あつくなるほど 負けるもの」
 

『SEXのお話』(女性)
ひとり男を知るごとに、女はスレていく。これ、私の持論です。
スレるとは、スレっからしのこと。つまり、世間なれ、オトコなれして、悪賢くなるという意味。
たとえば、あなたが10人の男性と経験するとしましょう。すると、9人、あるいは10人の男にあなたは失望することになる。なぜなら、心から愛してくれるひとは、ひとりいるかいないかだから。ほとんどの男は、あなたのカラダ目的。一度関係をもてば、SEX なしの関係ではいられない。会う度か、定期的にカラダを求められる。そして気付く、「所詮、そんなものなのね」と。「愛だ恋だと言っても、結局オトコはSEXがしたいだけなのよ」と。
こうなると、冷静に男を分析できる。近づいてくる男の下心が読めるから、それを逆手にとって駆け引きするようになる。カネかモノか結婚か、いずれにしても愛以外の目的を手に入れるために、カラダをエサに自分もうまく立ち回る。そこにはまだ男を知らぬ頃の純情さはない。オトコなれした、スレっからしの女の姿。
ちょっとシビアに表現すればこんな感じです。
「また堤の偏見がはじまった」と思うかもしれませんね。確かに、スレっからしなんて言葉を遣う私は、男性経験豊富な女性に偏見を持っているかもしれません。でも、これは私というより、世の男たちみんなの意見だと思ってください。
男はもともとSEX を“きれい”なものだとは思っていません。口ではどんなにうまいことを言っても、性欲を満たす行為、動物的な本能の行為と思っています。もちろん愛や恋とはリンクしていない。でなければ風俗産業は成り立ちません。そして、オトコの欲望をたくさん満たしてきたオンナのことを“汚れている”と感じてしまう。遊びで付き合う相手ならそれでもかまわない。後腐れない分、かえって都合がいい。しかし、結婚相手は処女であってほしい。自分の奥さんになるひとは、過去も未来も誰の手にも触れられてほしくない。汚されてほしくない。
なんとも身勝手で矛盾だらけの感情ですが、これがほとんどの男の本音なのです。
これを女性のあなたに納得してほしいとは言いません。しかし、アクセスストーリーを読んでくれてるあなたには、安っぽい女にはなってほしくない。だから、あえて言います。「オトコ遍歴を重ねるということは、自ら女としての価値を下げることである」と。
女性にも性欲はあります。個人差はありますが、まったくない人間はいません。ただ、女性の場合SEX するとき、たとえ一瞬でも相手を好きになろうとする。自分に嘘をついてでも、「このひとのことが好きなんだ」と思い込もうとする。性欲だけのために嫌いな男と寝ることはできない。仮にしても、その後ずっと自己嫌悪と戦うことになる。
これはね、自分に対する言い訳なんです。援助交際にしたってそう。
「お金のため」という言い訳がある。なぜ、女には言い訳が必要なのか? 男のように、見ず知らずのひとにカネを払ってまで欲望を満たすことができないのか?
答えは、性(さが)。自らの性欲を抑制するための、女の性。もし、女性が握手をするかのごとくSEX をするようになったとしたら...。
世の中は父親のわからない子供で溢れてしまうでしょう。子育てを放棄し、男漁りする母親で溢れてしまうでしょう。もう世の中ハチャメチャです。だから、神様はそうしなかった。女は性欲を満たすだけのSEX に抵抗を感じるように作った。たとえしても、むなしさを感じるようにプログラムが組まれてある(一部、不良品もあり)。私はそう思うのです。
「男だけズルイ! 」と思うでしょう。確かにズルイ。男は好きでもないひととSEX しても、快感を得られるのだから。でもね、そこは神様もちゃんと考えているんです。本能のおもむくまま、ひたすら女のケツばっかり追っかけてると、バカになるようになっているのです。愛のないSEXばかりしてると、理性ばかりか、知性まで失うようにしてあるのです。
当然こういう男は仕事もできない。他人から信頼されることも、尊敬されることもない。地位も名誉も財も、そして愛にも縁がない人生を送ることになる。たとえそれらを手に入れたとしても、一瞬の快楽のためにすべてを失うことだってある。男として最低最悪の生き方です。こうしてうまくバランスがとれているんですね。
こういう話を女性にすると、「私はもう手遅れ。今さら処女には戻れないもん」と言われることがある。そして私は同じことを言う。「今日から、値上げすればいい」と。
モノだって値段は上がったり下がったりするのです。まして人間、下がった価値は、上げればいいのです。たとえ100人の男と経験があっても、101人目の男には安売りしなきゃいいのです。「この男には愛がない」と感じたら、寝なければいいだけ。
エッチはね、習慣みたいなもの。いつもしてたら、いつもしたくなる。
逆に、してなければ、しなくて平気になる。しなきゃ死ぬってもんじゃない。だから、開き直って惰性でするようになっちゃいけない。自分に対する言い訳がうまくなっちゃいけない。男の欲望を満たすためだけの、都合のいい女になっちゃいけない。自分の価値は、自分でしか上げられないのだから。
あぁこんなこと書いて、また「カッコつけんな ! 」とか言われるんだろうなぁ。最近ね、男性からのメールが少ないんです。毎日のように感想とか激励のメールを頂きますが、半数以上は女性から。男性のほうが何倍も読んでるはずなのに。それに、「堤は女に甘くて、男に厳しい」とか言うひともいるんです。そんなつもり全然ないんだけどなぁ。
それはともかく、私は「女は、生涯ひとりの男しか知らないほうが幸せ」って思うのです。生涯、ひとりの男にだけ愛される。そして、自分も一生ひとりの男を愛しつづける。こういう生き方は素晴しいと思うし、理想だと思います。
「いっぱい男がいるんだから、いろんな男と付き合わなきゃ損よ」と言うひとがいるかもしれないけど、決して損なことじゃないと私は思う。
いろんな男を転々としたら、心がすさんでくるような気がします。可愛らしさ、素直さ、誠実さがなくなっていくような気がします。
SEX に対する考え方って、ひとそれぞれだから言葉にするのは難しい。
ただ、愛しても愛されてもないひとと、快楽だけのSEX を女がするようになったら、なんか悲しい。男である私の勝手な幻想なのかな。
あなたは、キスのないエッチでも満足できますか?
「夏に風 冬に太陽 人に愛」
 

『SEXのお話』(男性)
先日、「愛のないSEX ばかりしてる現代の若者たちに、警笛を鳴らしてください。あなたには、その使命があるのではないですか?」と、読者の方からメールを頂いた。
なんとも荷の重い話である。というのも、私自身、そういった経験がないと言えばウソになる。時代に関係なく、健康な若者なら、いろんなオンナといろんなエッチをしてみたいと思うはず。愛だ恋だと言う前に、カラダが勝手に反応するはずである。それを「我慢しろ ! 」とは、私の口からは言えない。たとえ言っても、だれも耳を貸さないでしょう。しかし、「使命」とまで言われた以上、なんらかのことは書かなければならない。そこで考えたのが、今回のお話です。
女性が「抱かれてもいい」と感じる男とは、どんなタイプでしょうか?
俳優のようなカッコイイ男、スポーツマンタイプの爽やかな男、どことなく知的な雰囲気の男。こういったタイプは定番だと思うでしょうね。
しかし、外見や雰囲気だけで落とせるほど女は甘くない。あくまでプラスアルファ程度にしかならないと私は思う。では、いったいどんなタイプか?
実は、「抱いてくれそうにない男」に、大半の女性は弱いのです。具体的には、エッチな雰囲気を感じさせない男、いろんな面で余裕のありそうな男、一本筋が通っている男、内面的な色気を感じさせる男、などです。なぜだと思いますか?
これは、男と女のSEX には、根本的な違いがあるからなのです。女にとってのSEX は、基本的に受け身。自分からバンバン求めて、ガンガン攻める立場じゃない。性欲が頂点に達したからSEX をするのではありません。ここが男と大きく違う。男のように後先考えずに、「とりあえずエッチしちゃおう」とはならないんですね。
女は恋愛する上でSEX は目的ではなく、言ってみれば、ふたりにとっての潤滑油のように考えている。まったくなければうまくいかないけど、ありすぎても困る。いずれにしても、恋愛においてSEX に重きを置いていない。だから、SEX したい雰囲気が漂っている、SEX が大好きそうな男には、プレッシャーを感じて拒絶したくなる。逆に、あまり自分のカラダに興味を示さない男には「このひとは、本物だわ」と思って、自分から潤滑油を注ぎたくなる。抱かれてもいいという気持ちになるのです。(ある程度その男性に好意を抱いているのが前提)
まあ、あまのじゃくと言えばそれまでですが、やっぱり女はSEX目的の男と付き合うのは嫌なんです。完璧にダマしてくれるなら別ですが、カラダと同時にこころも許したい、こころも同時に求めて欲しいと思っているのです。
「またマジメ話か」と思うでしょうね。「理屈じゃねえんだよ。俺はただ女とやれりゃいいんだ」と言うひともいるでしょう。もちろん、やりたきゃ、やりたいだけ、やりゃいいんです。
しかし、9人の男がひとりの女を奪いあって、ひとりの男に9人の女が集まるのが世の中の現実です。つまり、いつも女が周りにいてSEX に困らない男は、10人にひとりってこと。あとの9人はいつも女に飢えている。
したくてもなかなかできない。でも、せっかく読んでくれてるあなたには、その9人の中に入ってほしくない。だから私、この話を書いているんです。
愛のないSEX をする若者、ナンパしまくってつぎつぎ女とSEX する男を、私はモテるとは思いません。そういう男は、自分でもわかっているのです。カスのような女しか自分を相手にしてくれないってことを。ほんとにいい女、ほんとに自分がしたい女を落とすのは難しいってことを。だからつぎつぎアホな女を見つけては口説いているだけ。ただ単に、ケツの軽い女を見つけるのがうまいだけなんです。自分もそうなりたいと思うなら、ひたすら女に声を掛ければいい。そのうち誰か引っかかるだろうから。でも、ほんとにモテる男、「抱かれてもいい」と女性が感じる男になりたいなら、まず、おんなの性(さが)、おんなの気持ちを理解する必要がある。
最近はアダルトビデオの影響があって、より刺激的、より野性的なSEXをすれば女が喜ぶと思っている男が多い。これはとんでもない勘違い。
女性はね、SEX よりキスのほうが感じるんです。あらゆる技を駆使されるより、優しく長くキスされるほうが喜ぶのです。なぜでしょう?
これは、キスされてると、本能的に愛されていると感じるからなんです。気持ちもカラダもほぐれてリラックスできる。そして、精神的にも肉体的にもスムーズに受け入れられるのです。ちょっと表現がわかりずらいですね。
とにかく、「早くやりたい」っていう雰囲気を感じたら、女は理性を取り戻して醒めちゃうってこと。だから、どんなに百戦錬磨の男でも、SEX のテクニックだけで女を虜にすることはできません。優しい言葉と上手なキスにはかなわない。性欲を満たすだけの感情のないSEX では、本来、女は満足できないのです。
いまの時代、いろんな女とSEX するのは難しいことではない。なぜなら、貞操観念のない、感情を失った女がいっぱいいるからです。なにせ、10代の素人(セミプロ?)までカネで買える時代である。ちょっとした口説きのテクニックとあつかましさがあれば、100人、200人の女とエッチすることは大したことではないし、自慢にもならない。そういった意味では、いまの若い男の子たちは恵まれていると思う。
しかし私は、日本中のカレー屋を食べ歩いて、それでも満足できずにインドまで食べに行くより、たった1 店のカレー屋しか知らなくても「この店は日本一うまい ! 」と言えるほうが幸せだと思う。たとえ「そういうセリフはなぁ、日本中のカレーを食ってから言え ! 」とバカにされても、自分にとって「最高 ! 」と言えるものに出会えたら幸せだと思います。何十、何百のカレー屋に行き「まずいまずい」と食べるより、よっぽど幸せだと思うのです。
私がまだ中学生、高校生だった頃、同年代の女の子たちはいまの娘たちのように軽くはなかった。長いスカートにチリチリのパーマ、スケバンと呼ばれるこういういでたちの娘でさえ、カラダを売るようなことはしなかった。いざ口説いてみて、外見とはうらはらの純情さに驚いたものです。だから、学生がSEX をするということは、“すごいこと”だったように思います。たったひとりの女を口説き落とすために、夜も寝ずに考え、悩み、あの手この手でアプローチし、それでもなかなか思い通りにならない。そんな時代でした。
でも私は、性が氾濫する以前の時代に青春を過ごせて良かったと思っています。
あなたは、自分に惚れてない女とエッチして、ほんとに満足できますか?
「尻軽な 女と恋愛 身の破滅」
 

『SEXのお話 Part2』(女性)
ダイエットをしているひとにとっては、「食べなさい。遠慮しないで、さあ、どんどん食べなさい」と他人から言われるのは苦痛であるはずだ。私自身、もう10年以上ダイエットを続けているのだが、何より困るのは、こういうときである。
母親や友人たちは知っているので、あえて勧めてくることはない。しかし、付き合いの浅いひとと食事したとき、あまりにも私が食べないからだろう、遠慮していると思って、たいてい勧めてくれる。
断って残すのも失礼なので結局食べることになり、翌日にその食べた分を調整することになる。(私は1日1食なので、次の日はほとんど食べない。空気を吸うだけでも太る体質の私は、そうやって身長174センチ体重58キロを維持している)
“苦痛”と書いたが、ただよく考えてみると「食べなさい」と言ってくれるのは、大変ありがたいことである。親であれ友人であれ恋人であれ、感謝こそしても、ありがた迷惑などと考えてはいけない。バチがあたる。
食欲、これは人間のもつ本能だ。多くの人間は、この本能を満たすために働いている。(私はそういう動物的な生き方は大嫌いだが)どん欲なひとなら、ひとに勧めるよりも、まず自分が先に満たすことを考えるだろう。その後で、残ったものを他人に勧めるだろう。しかし、自分よりもまず相手に勧め、自分は他人を満足させた後からでいいというひともいる。
するどい読者の方なら、私が何を言いいたいのか気が付いているはずだ。つまり、これこそが愛だと言いたいのである。
「堤さんの言ってる愛のあるSEXって、いったいどんなの?」第20回『SEXのお話』を掲載後すでに1年近くたつが、いまだにこれに関連した質問が後をたたない。今回はここからはじめます。
「愛のないSEXをする女、SEXをスポーツのように考える女は、不良品である」この考えは、いまも変わっていません。
私はプライドの高い男なので、「させてあげる」「してあげる」という意識の女とは寝ないことにしています。極端なことを言えば、「あなたに抱いてほしい」と思ってもらいたい。
もちろん、若いときは違いました。あげるだろうとくれるだろうと、OKしてくれたら「ラッキー!」です。難しいことは考えなかった。でも、年齢を重ね、経験を積むうちに、一方的に求めるだけのSEXでは満足できなくなってきたのです。
私もこの年になると、今どきの若い女の子をドキッとさせてグラッとさせる技くらいは身に付けています。(年は関係ないかな。まあいいや)
ただ、そうやって落としても、なんか虚しさを感じる。テクニックで簡単に落ちる女を抱いても満足できない。
では、何にこだわっているかと言えば、やっぱり愛なんですね。好きとか嫌いという次元の問題ではなく、「この女に感じてもらいたい。俺が、解放してやりたい」と思えるかどうか。
これは私の勝手な考えですが、女がSEXで快感を得るためには、解放感が必要だと思います。羞恥心や自制心を取っぱらってあげて、快感を得ることだけに意識を集中させてあげる。もっとわかりやすく言えば、「大きい声を出したら、みっともない」とか「激しく乱れたら、驚かれるんじゃないかしら」と思う女の気持ちを「大丈夫だよ。そのほうが嬉しいよ」と、男のほうから優しく解き放ってあげる。そうやって快感に導くものだと思うのです。(これ以上の表現はごかんべん)
男はね、早く行為を終えたほうが楽なんです。さっさと始めて、さっさと終えて、さっさとタバコでも吸ってるほうが楽。でも、これはあくまで本能を満たすためだけの一方的なSEXであり、女に対する思いやりとか優しさとは無縁です。当然、そこに愛などない。
私はそんなイヌやネコのようなSEXに虚しさを感じる。まるで排せつ行為のようなSEXに、自己嫌悪と空虚感が交錯してしまう。だから、自分も快感を求めますが、相手にはそれ以上の快感を与えたいと思うのです。そして、こういう気持ちになるのは、やっぱりその女を愛しているからなんですね。SEXにおいて愛情の占める割合が、本能と同等、あるいはそれ以上だからなんです。大して好きでもない女に最高の快感を与えてあげようなんて思えませんから。
恐らく、大半の女性は私と同じ考えだと思います。「自分も感じたいけど、相手にも感じてもらいたい」と思ってるはず。もし相手が不満足そうにしていたら気になるはず。「私のカラダ、イマイチなのかしら。他の女よりも劣っているのかしら」と。愛していればいるほど、「私で満足してもらいたい。他の女のだれよりも私で一番感じてもらいたい」と思うはずです。
女の優しさ?プライド?独占欲?男なのでよくわかりませんが、とにかく、一方的に自分さえ気持ちよければいいという発想が女にはないはずです。
ただ残念ながら、女は受け身です。SEXにおける快感は、男によって大きく左右されるでしょう。どんなにお互いが愛し合っていても、相手が下手なら快感を得られません。しかし、相手の男があなたを感じさせようと、不器用なりに一生懸命な姿を見れば、快感はなくとも満足感があるはずです。そして、自分もそれに応えようとするでしょう。彼を感じさせてあげようと。
その相手と初めてSEXをしたときに、最高の快感があることが理想だと思うでしょう。しかし、最初にピークを知ってしまったら、まずその相手とは長続きしません。人間とはわがままなもので、必ず飽きがきて、さらにそれ以上のものを求めます。どちらからともなく、新たな相手に目が向く。欲望には限界がないからです。
でも、最初はイマイチでも、愛し合ってる関係の男と女なら、可能性があるわけです。よりお互いが満足できるように努力するので、どんどん快感が増していく。ピークが訪れるかどうかはわかりませんが、ふたりのSEXには、相手を思いやる気持ち、気づかい合う優しさ、さらに、お互いがお互いの肉体を開発していくというプロセスがある。一夜限りの男と女にはない、絆がある。こころと体が一体になる、つまり“愛のあるSEX”とは、こういうことを言うんですね。
まず、愛ありき。快感は、それについてくるもの。これを間違えると、最高の快感、最高の満足感を知ることはできません。
隠す必要はないので言いますが、私にもある程度の女性経験があります。じゃなければ男と女についてこんなに偉そうなことなど書けません。(こういうことを言うとガッカリする女性読者が多くて困るのですが、私も健康な普通の男。あまり偶像化されても...)
悲しいことに、1回SEXをすれば、相手の女性にどれくらいの経験があり、過去どんな性癖の男とどんなSEXをしてきたのか、どこが一番感じるのか、SEXに対してどういう考えを持っているのか、さらに最後にしたのはいつ頃なのか、本来、わからなくていいことが、だいたいわかってしまいます。
経験から感じるのは、年齢に関係なく、女たちは年々軽くなってきています。簡単に男と寝てしまう女性が増えている。
私がまだ学生だった頃、ベンツもアルマーニもロレックスも、一般庶民にとっては高嶺の花でした。成功した男にしか買えない、また買ってはいけない誇り高き物としての威光を放っていた。
女性も同じです。「この女とエッチしたい」と男が思っても、そう簡単にはできませんでした。たとえ一回できたとしても、ヘタなことをやったり言ったりすると、二回目からは拒まれたものです。
でも、いまは違う。国産車以下の値段で買えるベンツ、ディスカウントショップでタタキ売りされてるアルマーニやロレックス。フィーリングが合えばお互いの名前すら知らなくてもエッチする女たち。モノも女も、その気になれば誰にでも簡単に手に入る。
はっきり言って、つまんない。ありがたみがない。ワクワクもドキドキもしない。「なーんだコイツ、いろんな男と簡単にエッチする女なんだ」とわかった瞬間に醒めてしまう。「結局、オレじゃなくてもいいんだな」と思って、テンションが下がってしまう。
物議を醸すかもしれませんが、簡単にSEXする女が増えて、男は堕落したと思います。もちろん、それだけが原因ではないでしょうが、無関係ではないと思います。
究極的に言えば、男がSEXをするためには、それなりの努力をするべきです。マンションやクルマやブランドものは、ちょっとがんばって働けば手に入っても、女はそれだけではダメ。いろんな努力をしなければ、いい女、自分が求めている女は、手に入らない。努力を怠っている男は、誰も見向きもしないような女にしか相手にされない。そうじゃなければ、男は努力なんかしないし、喜びもありません。もちろん、こうやって女性のカラダがモノと同レベルに語られること自体、ものすごく情けないこと。
「なんでもかんでも安くなればいいってもんじゃない!」これまた物議を醸しそうですが、女が簡単にカラダを許さないことは、自分自身、そして男の価値を高める手段のひとつです。
「カラダを許したとたん、彼が急に冷たくなった」たまにこんなことを言う女性がいますよね。
はっきり言いましょう。それは、この女性にSEX以外の魅力がなかったからです。
エッチ目的の男でも、その女性に内面的な魅力を感じたら、意識が変化していくものです。SEXからさらに先に進みたい、もっと彼女のことを知りたいと思うものです。「ほんとは遊びのつもりだったけど、アイツ、結構いいとこあるんだ。だからちゃんと付き合うことにしたよ」事実、こういうパターンを私は何度も見てきました。
男にとってSEX以外に魅力のない女、世の中にはこんな女性がたくさんいる。頭カラッポ、心貧しい女たちがいっぱいいる。顔、スタイル、学歴、キャリア、どれも人間の魅力につながる大切な要素です。しかし、突き詰めると人間の魅力って、やっぱり愛だと思う。自分以外のひとを愛せるかどうかで人間の魅力は決まると思う。少なくとも私は、どんなに他の条件が良くても、ひとを愛せない人間に魅力を感じない。
おいしい物を食べてニッコリする女性。他人がおいしいそうに食べている姿を見てニッコリする女性。どちらも魅力的ですが、男がハマるのは、もちろん、後者。これがわかってないひとは、結局、ひとりよがりの恋しかできないでしょう。そう考えると、女のSEXは受け身とは言いながらも、相手を感じさせてあげようとする気持ちが大切なのかもしれません。
過去、女には女の、男には男の、それぞれに恥じらいと誇り、そして優しさと強さがあった。しかし、いま、それらを忘れてしまった人たちがあまりに多すぎる。
性別、年齢、国籍を問わず、人間のSEXは愛がベース。時代遅れと言われるかもしれませんが、なによりこれが一番大切だと私は思います。
「美も才も 愛の前では 屁のカッパ」
 

『SEXのお話 Part2』(男性)
私はオバさんが苦手だ。というよりも、嫌いだ。うざったいので、なるべく関わらないようにしている。
オバさんは、他人に厳しく、自分には甘い。オバさんは、他人の不幸を喜び、幸せに嫉妬する。オバさんは、協調性はないが、群れるのは好きだ。オバさんは、態度はでかいが、気は小さい。オバさんは、オシャレをしない。オバさんは、反省しない。オバさんは、ひとを褒めない。オバさんは、横着だ。オバさんには、ポリシーがない。オバさんには、夢も希望もない。オバさんは、物わかりが悪い。オバさんは、ケチだ。そしてオバさんは、ぶさいくである。(もっと言いたいが、このくらいにしておこう)
多くの男性は「そうそう、その通り」と笑っているだろう。しかし、誤解しないでもらいたい。私が言っているオバさんとは、40代50代の中年女性のことではない。ハシにも棒にもかからないような、どうしようもない人間を総称して「オバさん」と呼んでいるのである。
いま、年齢や性別、職業、学歴に関係なく、オバさんが増えている。特に男性のオバさん化は、かなりヤバイところまできている。
単に女性化なら、まだ救いがある。外見的に女性化した男は、見た目かわいく、小ぎれいだ。(私、そっちの気はないです)また、内面的な女性化の場合、性格はおとなしい。だから、特別な害はない。
しかし、内外問わず、オバさん化した男は、うっとおしい。中には凶暴で攻撃的なヤツもいる。はっきり言って、社会のガンだ。
ところで、男のあなたは、いったいどんな女とエッチしたいと思うだろう? たとえば、オジさん化した女に魅力を感じるだろうか?
油ぎった髪の毛、臭い息、ブヨブヨの腹。妙に偉そうで、自己中心的で、自慢ばかりして、他人の意見は聞かない。こんなオジさん化した、かわい気の全くない女にセックスアピールを感じるだろうか?
一部にマニアックな男もいるだろうが、大半の男は、気分が悪くなると思う。当たり前だ。我々には目がある。鼻もある。耳も口もある。さらに、知能もある。人間は、不快なものには拒絶反応を示す。また、不愉快なものを排除しようとする。すべての異性に欲情するわけではない。
遠回しな言い方になったが、オバさん化した男は言うまでもなく、モテない。男がオジさん化した女に色気を感じないように、女はオバさん化した男にセックスアピールを感じないからである。
ただ、オバさん化した男にも救いがある。外見、腕力、知力、そしてカネ。人並み以上にこれらがあれば、女には不自由しない。
男と女の本能には大きな違いがある。女にはより良い子孫を残そうという本能がある。美しく、強く、賢く、生命力(いまの時代は経済力だろう)のある男の遺伝子をもらい、より優れた子供を産もうとする本能が備わっている。だから女は、それらを持つ男には弱い。しかし、残念ながら私を含む多くの男たちは、そのうちのひとつでもあればいいほうだ。
ここできれい事を言うつもりはない。愛があれば、すべての女を落とすことができるなどとは言わない。
だが、男ならだれしも、好きになった女とSEXしたいと思うはずだ。
100%の成功率とまでは言わなくとも、口説く以上、OKしてもらいたいと思うはずだ。
ならば、オバさんにだけはならないようにしよう。せめて、女が“おとこを感じない男”にだけはならないようにしよう。なぜなら、すべての女は“おとこ”に抱かれたいと思っているのだから。
今回は、「SEXのお話」のPart2です。タイトルのせいでしょうが、いまだに毎月のアクセス数トップは、第20回なんです。やはり皆さん、興味があるようですね。
ただ、この話を読んだ読者の方々から「もっと突っ込んだことを話してほしい」という要望をたくさんいただきました。
突っ込んだ話?どんな話をすればいいのでしょうか。ネットリした話?マッタリした話?よくわかりませんが、とにかく、SEXについてもう一歩踏み込んだ話をしろということなのでしょう。では、はじめます。
女は肉体、生理(本能でもいい)、精神を明確に区分けすることができません。いついかなるときも、この三つが微妙に絡み合っています。食事を例にとってみましょう。男は腹が減ったとき、牛丼でも立ち食いソバでもラーメンでも、よほどまずくなければ、とにかく腹が満たされたら満足です。店がきれいとか汚いは、あまり気にしません。早い、安い、うまいで十分です。1日1回そういう店で食べるひとも多いでしょう。
しかし、女はダメです。店が汚いとダメ。店員が無愛想だとダメ。男性客ばかりの店もダメ。いくら早くて安くてうまい店でも、雰囲気が悪いと満足しません。実際、女性客でいつも賑わっている店は、男にとってはイマイチな店であることがほとんどです。特にヤラセ系グルメ雑誌で紹介されている店などは、大してウマくもなく、それでいて結構な値段の所が多い。食事ひとつを例にとっても、男と女ではこんなに違いがあるんですね。
またまた遠回しになりましたが、SEXでも同じことが言えます。肉体的な快楽を与えるだけで女が喜ぶと思ったら、それは大きな間違い。肉体、生理、精神、これらすべてが満たされて、女ははじめて満足するのです。
肉体的な快感を与えるためには、まずテクニックを磨く必要があります。フーゾクに通っても、アダルトビデオをいくら見ても、残念ながらほとんど役には立ちません。実際に経験を積むしかないでしょう。
ただこれは、いろんな女とすればいいのではなく、たとえひとりでもいいから、女のカラダをとことん知ることです。どこをどうすれば感じるのか、また、タイミング、間のとり方、強弱など(まずい、だんだんイヤラシくなってきた)、よく観察しながら女のカラダの構造と特性を知らなければ、肉体的快感を与えることはできません。よほど変わった性癖の女は別ですが、女性のカラダに大きな差はありませんから、基本をマスターしておけば相手が変わっても対応できるものです。とかく男は思い込みが激しく、ひとりよがりになりがちなので気をつけてください。
次に生理ですが、生理とは理屈ではなく、感覚的、本能的なものです。
男に性欲があるように、女にも性欲があります。ただ、女の場合、男と違ってそれがわかりにくい。また、欲求が増えたり減ったり、不定期にくり返します。あまり男のようにSEXが習慣化しません。昨日いっぱいしたのに今日もしたいと思うことがあれば、1カ月ぶりに会ってもしたくないときもある。
お互いの生理が一致するときばかりではありません。ズレることもあります。女にその気がないとわかったら、男は強暴になったり、なげやりになったりしますが、このとき、女はその男の姿を見て必ずガッカリしています。
私から言わせれば、男ががんばってその気にさせようとしてもダメなときは、カッコよく引き下がるべきです。「またにしようね」と言ってあげる。(このひと言で相手がその気になることもありますけど)なんにせよ、腹が減ってないときは、どんなスゴ腕の料理人が作った料理を食べてもおいしくありません。相手がエッチモードに切り替わっているかどうか、雰囲気や態度から察することが大切です。 
女のSEXに対する精神構造はどうなっているのでしょうか?
これは、羞恥心、自制心、愛情願望が一体になって構成されています。
具体的に言うと、恥ずかしいという気持ち、快楽に溺れてはいけないという気持ち、愛情表現でありたいという気持ちです。これらが欠けている女はクソ女です。こんな女とエッチしているとバカになってしまうので、クソ男以外のひとは相手にしてはいけません。
男の発想では、カッコいい男で、なおかつSEXが上手そうな男なら、女を簡単に落とせると思うでしょう。まして女自身もエッチモードのときなら一発でOKしてもらえると思うはずです。
しかし、その日たまたま下着の上下の色が違った。あるいは、中絶手術の医療ミスを報道したニュースを昨日観てしまった。偶然にもその男が、友達を裏切った彼氏によく似ていた。実際に女は、こんな理由だけでエッチを拒むことがあります。
女のSEXに対する精神構造は、非常に複雑です。男のようにシンプルではありません。このひとつひとつを理解し、クリアーにしていく努力と忍耐、そして情熱と創意工夫が必要です。
なんだか話がだんだんややこしくなってきました。いずれにしても女のSEXは、肉体、生理、精神が微妙に絡み合っています。面倒といえば面倒ですが、面倒くさいと言っている以上、以前にお話しした10人の中のひとりにはなれません。(忘れたひとのために再度説明しますが、SEXに困らない男は10人にひとりってこと)実行するしない、理解できるできないは別にしても、最低限、知識として頭の中に入れておいてください。
では、話題を少し変えましょう。こんな話を聞いたことがありませんか?「10年付き合っていた彼女(妻)を、知り合って1日しかたってない男に寝とられた」
よくある話ですが、他人事とばかりは言ってられません。いつ自分がその悲惨な男の立場になるかはわかりませんから。さて、いったいその彼女になにが起こったのでしょう?
こういう場合、まず間違いなくその彼女は、男にツボを突かれたのです。
世の中には、一瞬にして女を口説き落とせる男がいます。こういう男は、10年連れ添った彼氏がいる女を、出会って1日で落とすことができます。恋人が10年付き合っても探り当てられなかったツボ、あるいは10年の間に出来てしまったツボを、わずか1日で見つけてポンッと突く。そして女は、一瞬にして崩れ落ちる。
恐らく、大半の男たちは10年男に同情し、ツボ突き男を悪者扱いにするでしょう。しかし、女を知らない男に私は同情などしない。
女は男が思っているほどバカではありません。また、長く付き合えば、男以上に情が移りやすいという性質でもあります。
ならば、なぜ簡単に落ちてしまうのか?
ズバリ、愛。女のツボはほとんどの場合、愛であり、それを突かれたから、簡単に落ちてしまうのです。ツボ突き男にほんとに愛があるかどうかは、この際、関係ありません。しかし、ツボを刺激されたことによって、女は男に愛のようなものを感じ、この男のほうが自分に合っているんじゃなかという迷いが生じた。この一瞬のスキを見逃さず、男は女にとどめを刺す。そして、女の抱き続けていた不安と迷いが吹っとばされ、安心に変わった。
人間は、決してモノやカネ、あるいは言葉や時間では解決されない、漠然とした不安と迷いを抱えながら生きています。何が不安にさせ、何に迷っているのかは、ひとそれぞれなのでわかりません。
しかし、女に限らず、愛は、人間に安心と希望を与えます。恋は、人間に充実感を与えます。このふたつがなくとも生きていけるでしょう。ただ、もし目の前にあるとしたら、多少のリスクがあっても掴み取ろうとするのではないでしょうか。たとえそれが確実性のないものだとしても、すがりつきたい衝動に駆られるのではないでしょうか。まして女は、できれば愛と恋に生きたいと願うものなのです。
出会ってわずか1日で与えることのできる男。10年求め続けていた女。このふたりを非難することはたやすい。ただし、非難するということは、自分が捨てられる男の立場になる可能性が高いことを認めたも同然です。
女のツボは、それぞれ違います。それこそ、千差万別。優しい言葉を欲している女もいれば、厳しく叱ってもらいたいと願っている女もいる。
本人も自分のツボが何なのか、まず自覚がないので聞いたところでわかりません。
ツボを見つけるためには、その女が現在置かれている状況や立場を理解し、全神経を集中させて、女がいま何を求めているのかを探り当てなければなりません。メチャメチャ疲れるでしょう。ただ、どの位置にあるツボであっても、愛と無関係ではない。
断っておきますが、私はなにもツボ突き男になることを勧めているのではありません。こういう男は、たいてい遊び人です。愛に飢えている女を次々と見つけ、次々とツボを突き、次々と落としまくることに生き甲斐を感じる屈折した男。もちろん、女が愛と感じたものは偽りの愛であり、ほとんどの場合、錯覚です。
私が言いたいのは、ツボ突き男の付け入るスキを作るなということです。男が愛情を持って付き合っていれば、簡単に見つけられるツボなどできないし、女は他に行ったりしない。男が愛し、女も愛し、バランスのとれたふたりの関係に横から入るスキなどない。
自分も求める。ただし、相手が求めているものも与えてあげる。彼女から「たまには愛してるって口に出してよ」と言われたら、言ってあげる。「ギュッと抱きしめて」と言われたら、たとえ周りにひとがいても抱きしめてあげる。
「男はそんなこと口に出さないし、できない」なんて言ってるようでは、結局、彼女がツボ突き男に出会わないことを祈り続けるしかないでしょう。もちろん、10人の中のひとりになるなんてほど遠い話。
SEXは、やはり愛がベース。SEXをする前、している途中、した後、常に愛情のコンタクトが必要です。なぜなら、女がそれを求めているからです。また、なければ満足できないからです。
少なくとも、ツボ突き男は頭でそれを理解しているし、努力もしている。偽りだろうと錯覚だろうと、一瞬でも女に安心と希望を与えることができる。だから後悔というリスクがあっても女は落ちるのです。
SEXを肉体的な快楽の行為、本能を満たす行為、あるいは男性主導の行為と考えているうちは、女をガッチリ捕まえておくことはできません。たとえ捕まえられたとしても、いつ逃げられるかもしれません。
肉体、生理、精神。女のSEXは、複雑怪奇。しかし、これらすべてを超越して、女は自分を大切にしてくれる男を選ぶ生き物です。そして、大切にしてくれる男に対しては、自分のカラダで満足してほしいと願うものです。男の生理を理解して、多少幼稚なSEXをしても許してくれるものです。
ただ、これは男だって同じ。大半の男たちはわかってないかもしれませんが、ほんとの快感は、決して肉体的なものだけでは味わえない。自分を大切に想ってくれる女に対しては、独占欲、征服欲、その他もろもろの男特有のわがままな欲求なんかどうでもよくなる。そんなことより「俺が、頂点に導いてあげたい」と、男としてのプライドと優しさがふつふつと沸き上がってくるはず。「自分だけ」から「一緒に」へと変化していくはずです。そして、ほんとの快感とは何なのかを知るものだと私は思う。
いま、愛に飢えている女たちが増えています。そして、愛から逃げ、愛を語れない男たちが増えています。
いまこそ、愛ある男たちにとってチャンスであることは間違いない。
めざせ! 10分の1!
「能書きを 並べるよりも 愛語れ」
 

『SEXのお話』 / 番外編(女性)
テーマがテーマなだけに、「SEX のお話」の掲載後、たくさんのご質問、ご感想等が送られてきました。今回はその中から一部をご紹介し、この場でコメントさせていただきます。
なお、スペースの都合上、掲載する文章はこちらで要約させていただきました。
【あんたに「不良品」呼ばわりされる覚えはない。女のSEX が受け身だなんて、男の幻想にすぎない。いろんな男とSEX したらスレる?今どきそんなこと言ってるあんたこそ不良品じゃないの?】
不良品ですか。手厳しいですね。あなたをそこまで怒らせた私にも反省すべきことはあるでしょう。ただ私は、いまの段階で自分の考えが間違っているとは思っていません。性欲を満たすためだけに好きでもない男と寝る女性、SEX を受け身と言わずスポーツのように考える女性は、やはり「不良品」だと思います。
また、恋愛をするだけでスレるとは思いません。でも、打算が先行して駆け引きばかりするようになると、人間はスレていくと思います。あの文章は、それをちょっとオーバーに表現しました。
女性にとってはじめての男性というのは“特別な存在”として記憶に残っているはずです。これは、悩み、迷い、そして勇気を出して受け入れた相手だからです。もし大多数の女性が、2人目も3人目も、あるいは10人目でも、はじめてのときと同じ気持ちでSEX できるというのなら、私は考えを改めます。
 
【私は、自分の外見に自信がありません。だから、たとえSEX目的とわかっていても簡単にカラダを許してしまいます。自分を女として見てもらえることが嬉しいのです。堤さんから言わせたら、きっと最低な女なのでしょう。でも、女は理屈より感情のほうが先に立つことを知っておいてください。】
たとえどんなに外見が良くても、内面のともなってない女性に私は興味ありません。もしあなたが「男はみんな外見重視」と思っているのなら、それは間違いです。
私は不思議に感じます。女性は男に抱かれなければ、女としての自覚が持てないのでしょうか。男と寝なければ、寂しさを埋められないのでしょうか。
女は、そんなに弱い生き物ですか?
感情が先に立つひとが、感情のないSEXをしても、心は痛まないのですか?
外見に自信がない。残念なことですね。でも、内面に自信がない。これはもっと残念なことです。
差しでがましいことを言うようですが、あなたの求めている男性が現われても、いまのあなたはそのひとを見つけられないような気がします。自分を大切にしてください。
 
【読むうちに、自然に涙がこぼれてきました。私は一時期、自暴自棄になっていろんな男性と関係を持ちました。今、そのことをとても後悔しています。好きになったひとに、自分の過去を知られたらと思うと、恋愛することが怖くなっていました。でも、話を読み、ふっきれたような気がします。「今から、値上げすればいい」という言葉、うれしかったです。元気が出ました。ありがとうございました。】
こういうメールを頂くと、「書いててよかったな」と思います。私も元気が出ました。ありがとうございます。
どんな人間にもひとに言えないような過去があるものです。そして人生は、失敗、挫折、後悔の連続です。ただ、人間の真価が問われるのは、逆境にあるとき、崖っぷちに立たされたとき、どう行動するかです。投げやりになってさらにどツボにはまるひともいれば、頑張って這い上がってくるひともいます。
少なくともあなたは、二度と同じ過ちを繰り返さないでしょう。そして、間違いなく幸せが訪れるでしょう。辛い経験をしたひとほど、ひとに優しくなれるものです。そして、優しいひとは、必ず、幸せになれるのです。
 
【今回の話を読んでガッカリしました。男が女を汚しておきながら、汚された女は男に相手にされない。こんな話、女の私には納得できません。矛盾だらけの理屈では女性の支持は得られませんよ。こういう大事な話は、たくさんの女性から意見を聞いた上で書いてもらいたいです。】
はじめにお断りしておきますが、今回に限らず、アクセスストーリーはいろんな女性の意見を参考に書いています。もちろん、最終的には私の主観が中心になっていますが。
私は、愛のないSEX は病原菌のようなものだと思います。心を汚す病原菌。男性の場合、この病原菌の潜伏期間が長い。だから自覚症状がないままにどんどん進行してしまう。逆に、女性は短い。早期発見、早期治療で治すことができる。
あなたが納得できない気持ちはよくわかります。しかし愛のないSEXは、女だけでなく、確実に男の心も汚します。そして男がそのことに気づいたとき、発病したときは、手遅れになってることが多いのです。
「男だけが許される」そんなふうに私は考えていません。
 
【どこか宗教ががった印象を受けます。別にそれが悪いと言ってるのではありませんよ。たぶん、信者がたくさんいるのではないですか?(特に女性に)私もそのひとりですけど】
そうですか。宗教がかってますか。気が付きませんでした。
私は特定の宗教はありませんし、教祖になろうとも思っていません。ただ、「神を信じますか?」と聞かれたら、漠然とですが「信じる」と答えるでしょう。
私の信者と言ってくださる方々がおられることは、以前、偶然にパソ通で知りました。ありがたいと思う反面、私ごときには荷が重いですね。
 
【男性が、なぜここまで女の気持ちがわかるのか不思議です。またなぜ独身なのかも不思議です。女性に何を求めているのですか?】
私が独身なのは、自分の求めている女性に縁がないからです。もちろん、今まで全く女性と縁がなかったのではありません。ただ私は、夢を共有できるひとを求めています。ひとそれぞれ価値観が違うとわかっているのですが、同じ夢、同じ目標を持ち、一緒に笑ったり、泣いたり、怒ったり、悩んだりしながら生きていきたいと思っています。
恋愛は「楽しいと感じるかどうか」と言うひとが多いかもしれません。
でもそれが基本になると、障害や困難に直面したとき、すぐに逃げたり、簡単に別れてしまうような気がします。
真剣に生きているひと、一生懸命に生きているひと、そんな女性にめぐり逢いたいと私は思います。
 
【いろんな男性に出会い、恋をし、カラダを重ね、そして本当に自分が愛せるひとと結婚したいと私は思います。しかし、それでは女としての価値が下がるのですよね。あなたの抱いている女性像は、幻想にすぎないと思います。】
「愛すること」を「好きになること」と勘違いしているような気がします。少なくとも、カラダを重ねなければ確かめられないものを「愛」とは呼びません。いろんな男性に出会って恋をする。これは素敵なことだと思います。しかし、SEX をしたから愛が芽生えるのではなく、愛が芽生えたからこそSEX をする。私はこう考える女性がいることを幻想だとは思いたくありません。
カネ、カネ、カネの世の中で、「慈愛」という言葉は、もはや死語になりつつあるのでしょうか。
 
【男性からのメールが少ないというのは驚きました。逆だと思っていましたから。インターネットは、圧倒的に男性人口のほうが多いですよね。なぜなのでしょう? この話って、男性こそ読むべきだと思います。】
ありがとうございます。
恐らく、私が男だからではないでしょうか。メールを出すのは、なんとなく恥ずかしいとか。
それと、男って誰かに意見されることを嫌うものですから。なんとなく面白くないとか。
いずれにしても、現代人は無味乾燥なひとが多いように感じます。悲しいことですが。
ただ男性でも、「涙が出ました」と言ってメールを送ってくれるひともけっこういるんですよ。そういうとき、私も嬉しくて涙がちょちょぎれそうになります。
 
【自分と全く同じ考えの男性がいることに驚きました。私は、28才、独身、そして処女です。今まで本気で好きになった男性はなく、それゆえに今日まで男性経験はありません。「かわいくない女 ! 」と言われ、悩んだこともありますが、結婚したいと思う男性でなければどうしてもカラダを許す気持ちになれません。自分の考えを認めてもらえたようでとても嬉しいです。】
本気で惚れた女が「結婚するまで守りたい」と言ったら、大半の男はその気持ちを尊重するはずです。そして、その彼女との結婚を真剣に考えるはずです。もし拒んだときに「かわいくない」と言う男がいたら、その男は本気で惚れてないか、よほど幼稚な男かです。
たまたま28年間、本気で好きになれる男性に縁がなかった。だから今日まで処女でいた。何もおかしなことではありません。ごくごく自然で当り前のことです。その自然で当り前のことができる自分に誇りを持ってください。
希望を持ち続けていたら、あなたが愛せるひと、あなたを愛してくれるひとに、いつか必ずめぐり逢えるでしょう。人生、明日の日もわかりませんよ。
 
一部の方々しか掲載できませんでしたが、またこのような場を作りたいと思います。どうぞ気軽にメールを送ってください。最後に、メールを送っていただいた方々にお礼申し上げます。
 

『SEXのお話』 / 番外編(男性)
テーマがテーマなだけに、第20回「SEX のお話」の掲載後、たくさんのご質問、ご感想等が送られてきました。今回はその中から一部をご紹介し、この場でコメントさせていただきます。なお、スペースの都合上、掲載する文章はこちらで要約させていただきました。
 
【あなたの書いてることは詭弁にすぎない。実際にはすぐにやれせてくれる女が多いほうが男にとっては楽であり、ありがたい。もう少し本音で書いたほうがいいのでは?】
私は本音で書いています。詭弁と言われることを残念に思います。
確かに、女が皆すぐにやらせてくれたら楽でしょう。ただ、もしあなたに娘や妹がいたとしたら、「男にはすぐにやらせてやれよ」と言うのですか? まさかそうは言わないはずです。
自分の娘や妹は真面目であってほしい。でも、他人の女は簡単に自分と寝てほしい。はたして、この都合の良い考えがまかり通るのでしょうか。
私の言ってることは奇麗ごとに聞こえるかもしれません。しかし、快楽とむなしさは背中合わせだと思います。「一瞬の快楽を与えてくれる女より、永遠に愛せる女に出会いたい」30を過ぎて、私はマジにそう思うようになりました。
 
【今回の内容を読むかぎりでは、「男は女に奉仕しろ」と言ってるように感じます。男はキスをしたところで気持ちよくありませんから。快感を求めるSEX は悪いことなのですか?】
もちろん悪いことだとは思いません。ただ、自分が快感を得たいのなら、相手にも快感を与えるべきでしょう。どちらがどちらに奉仕するというのではなく、お互いが精神的、肉体的に快感を求めるのがSEX だと私は考えています。「自分さえ気持ちよければ」というのでは、自慰行為と変わりありません。
男はSEX の最後に最高の快感があります。だだ女性の場合、最初がダメなら最後までそれを引きずってしまい、快感を得にくい性質があります。だから、はじめに優しく長くキスをすることが大切だと書いたのです。誤解を与えてしまった自分の文章力のなさを痛感させられました。
 
【私は言う、「女に飢えている9人」に入っているひとりです。正直に言いますが、非常に頭にきました。あなたはきっと周りにたくさんの女がいて、女に困ったことがないのでしょう。だからひとを傷つけるような言い方ができるのでしょう。二度とアクセスストーリーを読むつもりはありません】
私は、9人のひとの傷を舐めるためにアクセスストーリーを書いているのではありません。残りのひとりになってほしいと願って書いています。そのためには、ときには厳しい表現も仕方がないと考えています。
そもそも女に困ったことが一度もない男などいません。私自身、いつも周りに素敵な女性がたくさんいたら、とっくに結婚できたと思います。そういった意味では、私も9人の中のひとりです。ただ、私はその状況を変えようと努力はしています。どうすればモテるようになるか、どうすれば理想の女性と結婚できるかを考えています。
今後あなたが読む読まないは自由です。しかし「モテない男の戯言」を、笑って読めるゆとりを持ってほしいと思います。
 
【私はアブノーマルな性癖を持っているのですが、彼女にそれを伝える勇気がありません。しかし、ノーマルなSEX では満足できないのです。このまま我慢し続けなければいけないのでしょうか?】
ベッドの上にタブーはないと私は考えています。つまり、何をしてもかまわないと。
しかし、それは事前にお互いが了承していなければなりません。一度勇気を出して、ベッドに上がる前に話し合ってみてはどうでしょう? 
「少しづつパターンを変えてもいい?」という感じで、あせらずに徐々に進めてみてください。彼女があなたのことを愛しているのなら、時間はかかっても受け入れてくれるはずです。女性のカラダは適応能力がありますから。それに、何をもってしてアブノーマルと言うのか、基準なんかないのです。
 
【私は20代の女性と1年前から不倫しています。会うたびにホテルに行くことからも、その目的は察してもらえるでしょう。多少は妻や子供たちに後ろめたさを感じますが、不倫を含め「浮気は男の甲斐性」と思う部分もあり、本音のところあまり罪悪感はありません。また、若い女性と付き合うことは、若さを保つ秘訣でもあると思います。あなたはどうお考えですか?】
ここで私が何を言っても、あなたが不倫を清算することはないでしょう。
独身であり、愛する彼女もいない男(私のことです)と比べたら、あなたの生活ははるかに恵まれているように見えます。しかし、強がりではなく、私はあなたをうらやましいとは思いません。
もし私が結婚するとき「コイツと結婚したら浮気するだろうな」と思ったら、その女性とは結婚しません。結婚後「不倫したいな」と思うような結婚生活なら、たとえ一文なしになったとしても離婚します。中途半端な関係、中途半端な時間、中途半端な生き方、こんな人生を過ごす自分を「甲斐性がある」とは思わないでしょう。
若さを保つ秘訣は、若い娘と不倫することではなく、日々“感動”することだと思います。
あなたは自分の責任においてやってること。若僧の私がとやかく言う資格はありません。しかし、女性にとっての20代はとても大切な時期です。せめてその彼女、また自分の子供に対しては責任を感じてあげてください。
 
【すごいと思いました。こんな文章を書けるのを尊敬します。ところであなたは、いったい何人の女性と経験があるのですか? きっとハンパな数ではないのでしょうね。すごく興味があります。】
褒めていただきありがとうございます。
実は、こういうご質問がけっこう多いです。ただ、申し訳ありませんが、ご質問にはお答えできません。私は抱いた女の数が多かろうが少なかろうが、そんなことはどうでもいいと思っています。たまに多いことを自慢する男がいますが、私には滑稽に映ります。自慢になるのは、心から自分を愛してくれた女の数ではないでしょうか。残念ながら、私の場合はひとりです。
 
【人間に性欲がなければいいのにと思いました。私は付き合っている彼女がいますが、フーゾクにも行きます。彼女のことを愛しているのは間違いありません。ただ、カラダの相性が良くないのか、エッチをしても満足感がないのです。男ならわかりますよね。良くないと頭ではわかっているのですが、欲望に負ける自分は弱い人間なのですか?】
カラダの相性、確かに大切なことです。ただ、私はまだフーゾクに行ったことがないので、そこでどれだけの快感を得られるのかわかりません。だから、行くことが良いとも悪いとも言えません。
でも、もし彼女に行ってることがバレて「また行くのなら別れる」と言われたらどうしますか?別れてまでも行きますか?
それでも行くと言うのなら、やはり弱い人間でしょう。だって彼女のことを愛してるのですから。
「性欲がなければ」私もそう思います。これは人間、特に男に与えられた試練かもしれませんね。
彼女にバレないことを祈ってます。
 
【鼻っぱしらをヘシ折られたような気がしました。自分は今まで「俺に落とせない女はいない」と思ってましたが、話を読んで「確かに、俺はケツの軽い女とばかり付き合ってたな」と気が付きました。モテるっていうことがどういうことか、分かったような気がします。ほんとにモテる男を目指して頑張ります。】
あなたは、やっぱりモテる男なのですよ。その謙虚さ、前向きさに女性は魅力を感じるのでしょう。
若いときは誰だって同じです。行けそうなら、行っちゃいます。落とせそうなら、落としちゃいます。ただモテる男は、ある程度行ったらむなしさを感じます。それに気づいて方向転換できる男が、ほんとにモテる
男になれるのでしょう。私もあなたの謙虚さを見習わねばと思いました。
 
【いつも楽しく拝読させてもらっています。あなたは読者の方々に希望を与えようと思って書いておられるのでしょうね。しかし、現実の世の中はあまりにも厳しいものがあります。夢を描いてもなかなか叶うものではありません。だから本能という大義名分のもとに、一時の快楽を求め、それで気を紛らわせている男が多いのでしょう。向かい風に負けず、これからも頑張って書き続けてください。】
ありがとうございます。ここである男の話をさせていただきます。
その男は3才のときからあちこちの親戚に預けられ、1年ごとに転校するという小学生時代を過ごしました。12才のとき、心ない大人たちと決別すべく家出をし、800キロ離れた東京にいる産みの親を訪ねました。しかし、引き取ってくれた母親は病弱で入退院を繰り返したため、夢にまで見た母親との生活は絵に書いたような貧しいものでした。
この男は、メシを食わせてくれるという理由で中学生時代は新聞配達をし、高校大学は働きながら9年かけてやっと卒業しました。修学旅行にも行けなかったその男に、楽しい学生生活の思い出はありません。
ただ、新聞を配りながらも「いつか一番でっかいベンツを買って、『貧乏人』と言ってバカにしたヤツらを見返してやる」と夢を描き、21才のときに1,500万円のベンツを買ってその夢を実現させました。
カネを稼ぐためにほとんど学校に行かず、「ロクな人間になれない」と教師から罵倒された高校生のとき「いつか本を出すような人間になってやる」と誓い、これは30才のときに実現しました。
ちっぽけな夢だったから叶ったのかもしれませんが、この男は口癖のように「強く信じていれば、夢は必ず実現する」と言っています。
私は、たとえ小さくても、夢や希望を持てなければ人間は不幸だと思います。また、苦しいときほど、夢や希望を持つことによって救われるとも思います。私自身について言うならば、もし夢も希望も持てずに目の前の現実に絶望していたら、いま生きていたかどうかもわかりません。
たとえ多くのひとからの支持を得られなくても、自分の信じることを今後も書き続けていこうと考えています。
夢は、必ず、実現する。