『ヨーロッパ二つの窓』
欧米列強の際のヨーロッパの植民地政策の意図は国民の政治的統一や経済力の拡張にある。これが、国民的統一である。この時期、ナショナリズムの十九世紀とよばれる。「18c末に生まれ、さまざまな社会的土壌に移植可能になった文化的人造物」これが、ナショナリズムである。つまり、欧米列強の帝国主義の際にたくさんの人間がヨーロッパ支配にあったということである。著者はこの時代の国民の扱われ方を反民主主義とした。
『ヨーロッパ世界の拡張』
著者はイギリスの領土征服と植民地の意義を経済効果への影響とした。同時に、労働者は安価な労働力として非人道的な扱いを受け、働かされていた。植民地化したアフリカの労働者達にイギリスは鉄道を建設させた。
鉄道建設、大量の労働力をこれにつぎ込んだのは、経済的で迅速な物資の輸送手段である。効率よく大量の物資や、情報を運ぶことは、世界各国が列強となり経済力を競っていたこの時代、何よりも重要だったのだ。
『概説イギリス史』
小英国主義は革新的思想とは、よくいわれる大帝国主義とは逆の発想で「植民地の拡大は負担にしかならず、植民地政策に反対する。」という思想である。19世紀、ヨーロッパにおいて自由貿易の条約が網の目のように張り巡らされ,貿易自由化の国際的拡大と多角的な自由貿易の端緒が開かれた。が、それは長くは続かず、工業力で英国に対する追い上げを図るドイツが,高率の関税を採用し,アメリカは,建国以来,厳格な相互主義原則を堅持し,高関税率を維持していた。多方面からヨーロッパの趨勢(すうせい)に歯止めをかけんとする出来事が続いた。
『ヨーロッパとは何か〜分裂と統合の一五〇〇年〜』
この本の著者いわく、植民地の占領には戦略的な意図があったと述べている。同時に、植民地の領土拡大 にはヨーロッパ諸国における余剰人口増化という問題の解決の糸口としての意味があったのだといっている。統合ヨーロッパで統一されない国民文化を統一することは出来なかったとされていて、産業革命の発展は、それまでの社会構造を突き崩し、議会制民主主義や高度な科学技術は近代ヨーロッパの生み出したものとされている。当時ヨーロッパは、政治的には貴族中心の専制体制が市民による民主主義体制に移行して、さらに宗教の権威が衰退し、科学技術への信仰を拡大させた。
『フランス革命とヨーロッパ近代』
著者いわくヨーロッパの近代の歴史とは、大きく言って、人々が徐々に、どんな人間も自由な存在であるということを自覚していき、それを現実社会の中で実現化していく過程だったという。それが、たとえば移動の自由だったり、所有の自由だったり、職業選択の自由であったり、それから政治的な諸権利などである。そういったさまざまな意味での自由を実現しようとすることが、一筋縄ではいかない長い戦いが行われたプロセスなのだという。
『十九世紀のヨーロッパ』
19世紀末から20世紀初めにかけて帝国主義の時代といわれている。多数の列強国が競って植民地政策に乗り出したのである。欧米の列強は軍備の拡張に徹し、利益件や植民地の獲得に命をかけていた。ヨーロッパ諸国が徐々に工業化を推進して保護主義的な貿易政策に出る中で、イギリスは、19世紀半ばから広範にアジア諸国やアフリカの従属化を強めていくことになる。具体的にはインド支配、アヘン戦争に始まる中国進出、アフリカ縦断政策などである。19世紀末になると、ドイツ・アメリカなどが重工業分野における産業革命を成功させていくが、早くから産業革命を起こしていたイギリスは、逆に工業分野においても古い体質の中小企業が多く残存しており、国際競争においてもこれまでの強い立場を維持できなくなっていった。そこで対外膨張政策が始まったのである。
『ヨーロッパ近代の終焉』
ヨーロッパの近代の成長は、自由拡大の歴史なのだという。その歴史とは、ひとときも止まらず、成長を続けてきたようにみえる。もちろん、歩調を速めることも、停滞することもあったが常に成長し続けてきたということである。そして、ひとつの到達点を示したのが「近代」という時代なのだという。「近代」は、自由を、人類のめざすべき目標のひとつとして、自覚的に提示してみせたが、最終局と思われたその到達点も、通過点でしかないことがはっきりしてきた。「近代」の示したさまざまな試みが、有効性のすくないことを認められつつも、信頼感の衣が綻び始め、いま問い返しが迫られるようになっているからなのだという。
『ヨーロッパ文明』
国家の上下関係を認めること、「自分達は一等国家」と考えることが第1次大戦では開戦の直接原因だった。ナショナリズムが戦争の引き金を引くとすればここだろう。著者は第一次世界大戦が始まった理由を次のように述べている。ドイツ統一により人口・経済力・陸軍の軍事力でヨーロッパの中に単独で対抗できる国がなくなった。かつ海軍力でもイギリスに挑戦を開始したから、と。そして、豊かな経済力と必要以上の軍事力、つまり自衛的の度をこえる軍事力の強い国では戦争を起こしやすいとも述べていた。
『現代ヨーロッパ政治史・上』
帝国主義について著者は次のように説明している。帝国主義というのは、一般に、国家が他の地域に勢力を拡大し、膨張しようとする動きをいい、何カ国かが1度に対外膨張し、膨張した先で衝突した場合戦争が起こる。帝国主義の時代、大国が先をあらい植民地を求めたため、戦争の危険がともなった。大国は、いわゆる世界政策を展開し、矛先をアフリカとアジアとした。またスペインやバルカン諸国などのように、政治的には独立していても経済的には属国の状態におかれるということはヨーロッパでもおきた。ヨーロッパが大きな統合国であるからだろう。
『帝国主義と現代』
労働者たちはヨーロッパの発展のための新たな輸送手段として貨物船の建造をおこなわされた。当時、植民地の労働者たちはより高度な経済力を手にしようとするイギリスの帝国主義者たちによって帝国主義の利益のために働いていた。
鉄道建設もそのひとつである。植民地の人々は君主の支配下にあった。