2005年5月16日
北川一明
【韓國のようす】
韓國に来ていちばん感じさせられていることは、産業、経済が韓國も相当すすんでいるということです。
「一部の分野では日本に追いついた」などと考えているかたがあるならば、それは数年前のハナシです。今や、一部の分野では日本はもはや追いつくことは出来ないほど引き離されてしまった……と思わされます。
産業や経済ばかりでなく芸術や学問も、日本人がいつまでも「白人が偉い」などと勘違いして西方ばかりを向いていたら、世界から取り残されるでしょう。
産業、経済界には、いまだに「白人が偉い」などと思っている経済人はいないはずです。カネがからんでいるため、そんな経済人はとうの昔に淘汰されて姿を消しているからです。
けれども政治や芸術、学問の分野では、そんな西方指向のひとが、まだ結構残っているかもしれません。
キリスト教関係の世界も、現状認識がいちばん遅れている分野のように思えます。ほんの10年前に韓國に抜き去られたばかりのに、もはや回復不能なまでに後ろに遠のいてしまったのが「キリスト教神学」である……なんてことになってはいないかと心配です。
ですから教会関係の報告を早くしたいと思っています。ただ、専門分野で勇み足をして軽率なことを書いては恥ずかしいので(「北川はいつも軽率で恥知らずだ」というご意見もあるかもしれませんが……)、もう少し中身が分かってからにします。(それでは淋しい牧師のみなさん(誰も淋しくないかもしれませんが)のために、キリスト教関係文書としては隠喩論のつづきを公開してお茶を濁します。)今回は今の韓國の様子をお知らせします。
【ユビキタス生活】
日本では近未来の目標と考えられていたIT環境が、韓國では驚くほど整っています。
私が軒先を借りているアパートは、ソウル近郊の衛星都市にあります。こうした所では、ここ2、3年の間に高層アパートが林立しました。その中身は、1980年代にみたSF映画の世界そのものです。
指紋、声紋や瞳孔で個人を識別することまでは、まだ実現していません。それでもカードと暗証番号があれば……; アパートの玄関前に立ってしばらくぼんやりしていたら、いつの間にか自分はソファに深々と座って好きな音楽を聞いていた、お風呂も沸いていた……と、そんな感じです。
その代償に、インターネットが出来なければ、こちらでは人間らしい暮らしはありません。
韓國語の語学校入学を日本で申し込むこと、こちらで外国人在留資格をとること、病院に通院すること、全てがインターネットを通して手続きされます。
語学校の授業が始まった次の週のことです; 先生が韓国内の携帯電話の番号を書くように紙を回しました。14人のクラスで13人が既に韓国内の携帯電話を持っていました。私も韓國に来た翌日、何が何だか分からない間に妻の弟が「必需品」として準備してくれました。ところがクラスに1名、まだ携帯を持っていない学生があったのですが、先生は目を丸くして、「どうやって今まで暮らしていたのか」と盛んに聞きます。その驚きようと言ったら、学生さんが「韓國では携帯電話は食事やトイレよりも先に必要である」と悟るに十分でした。われわれ外国人は先生のそんな驚きように逆に驚かされたものでした。
それでは高齢者はついて行けないだろう……と、日本のみなさんは考えるかもしれません。しかしそんなことは決してありません。人間は、必要があれば出来ます。高齢者も同じように生活しているのを見たら、日本でよく聞いた「私は機械は苦手だから……」などという発言がただの「甘え」であることがよく分かります。
そう言えば; 私の前住んでいた日本の農村では、車が必需品でした。教会には70歳の誕生日を機に運転免許をとったかたがありました。「足が悪くなって自力では歩けないから車を運転するようになった」という老人も多くて、歩行者としては恐ろしい限りでした。
また、東京のあるお金持ちのご婦人は; 「私は機械は出来ない」と宣言して、インターネットなどは全部看護婦さんに操作させていました。そんなひとでも、ご自分の超高性能補聴器や自動洗浄トイレの複雑な操作は、きっちりご自身でなさっていました。そんなものは、看護婦さんにやらせるよりも自分でやった方が快適なので、すぐに覚えたのです。
インターネットなんて、車の運転や超高性能補聴器の操作に比べればずっと簡単です。こうした諸例を考えれば、高齢だからといって「できない」はずがありません。「やらない」「やる気がない」だけです。こちらではパソコン(プリンター込み)の操作はどうしても必要なので、みんな「食う、出す、寝る」と同じように当たり前にやっているのです。
【物価のことなど】
「韓國は物価が安い」なんて、いったい何年前の情報でしょう。そんな風に思っていたら「生活者」は酷い目に遭います。
豚バラ肉(サムギョプサル)は \160/100g 位でしか手に入りません。鶏卵は、養鶏産業が日本のようには工業化されていないからでしょう、日本の1.5倍程度です。東大門市場に行けば服を日本よりも安く買うことができます。ですが、同じ品質のものを比べたら、ユニクロよりほんの少し安いだけです。しかもそれらは「中国製」でした。
電化製品は、昔は日本よりもかえって高かったようですが、今では一緒です。
日本に比べて異様に安いのが、交通機関(地下鉄、バス、タクシー)と食堂での外食代です。これは、中身は知りませんが、経済構造が違うからでしょう。
交通費は東京の五分の一(それは即ち高知中村と比較したら十分の一〜十五分の一)程度です。食堂では、いつもほとんど材料費がそのまま請求されるだけという感じですから、毎度「人件費はどうなってるんだろう」と思わされます。
人件費は、まだ日本には追いついていないようです。日本で年収700万、800万円程度のひとたちが住むようなマンションに、400万、500万(円)のひとたちが住んでいます。語学校講師の年収は、生徒数、学費、教育環境から推測すると350万(円)以下と思われます(もっとも講師は20〜30代女性がほとんどです)。
生活用品小物は、どこでも日本の百円ショップのような品質と値段です。
どこのお店も夜遅くまで開けていますので、「帰りが遅いのでコンビニで高い買い物をしなければならない」ということは、ありません。
要するに; 日本の大都市で種々の安売り店を利用し、またスーパーに自由な時間帯に行けて「半額」漁りが出来るひとならば、韓國よりも安く生活しているはずです。逆に、夫婦共稼ぎで晩も外食がほとんどという人ならば、日本では韓國の倍以上の生活費が必要になります。
この点だけを見れば、夫婦両方が働くための経済環境は韓國の方が整っています。もっとも女性が働くための精神環境は日本のほうがずっとすすんでいるようです。主婦は家に居るべきだという考えは、ソウル市内でも日本農村に近いように感じられます。
この10数年間、日本の消費者物価が横ばいを続けている間に、すっかり追いついてしまったようです。これは10数年のハナシですから、今年と去年、一昨年とは少しづつ、しかし確実に違います。
もっとも、交通機関と外食代、施設の入園、入館料などは安いので、「旅行者」には「物価が安い」と感じられるでしょう(もちろん観光客目当ての店でなく現地のひとが行く食堂で食べた場合です)。
【発展の理由】
日本からの飛行機から降りる時、5年前までは大勢の韓国人が大量の日本製電器製品を段ボール箱で運んでいました。今はそんなひとはひとりもありません。私も、今度帰国する時は韓國の電器製品を買って帰りたいと思う位です。(そうは言っても電圧が違うので実際には買って帰らないでしょう。)費用対効果を考えれば、家電製品や自動車は日本製品よりも韓国製品の方が上と思います。
これだけ韓國産業は急速に発展したのはなぜでしょうか。私はこうした方面は素人ですので、生活していて感じたことを述べますと; 日本の諸規制は生活者に対して安全/公平/便利です。しかしその分、メーカーは苦労するでしょう。韓國の諸規制は、生活者には不便でも生産者には便利なように感じます。
ほんの一例ですが、たとえば道路の信号機など、大きな交差点では人間は延々と待った挙げ句に走って渡らないとひき殺されます。警察も、信号無視などには目くじらを立てません。もたもた歩く人間などは死んでも良いから仕事の効率を優先しようという感じです。
また、サムソン財閥は完全に治外法権を手に入れていて、会社の中に対して韓國政府はいっさい手出しができないと聞きます。地理的には韓国内にありながら、一独立国家を形成しているのです。そして、そのサムソン帝国の存立目的は、もっぱら経済上の利益を上げることだけなのです。
こうしたハナシに多少の誇張はあるとしても、日本の企業がそんな噂の立つようなサムソン財閥と競争しても、とても太刀打ちできるとは思えません。
このまま行けば、日本の選択は、以下の二つのいずれかにならざるを得ないと思います;
<1>まず公正取引法や消費者保護法を廃止し、私的独占を推奨し、国内の不公平に目をつぶります。そして一部の大企業が世界の他企業を蹴落とすことに挙国一致で協力します。一部エリートがまず豊かになり、そのおこぼれで国民全体が豊かになります。京都議定書なんてもちろん反故にして、環境保護は他国に任せます。
<2>今の安全、平等をそのまま維持し、日本中みんなが平等に、韓國や中国に比べたらずっと貧しく不便な生活に我慢します。他国の豊かさと比較したら自我が崩壊しそうですが、そもそも海外旅行など(円は安いし給料も少ないので)できないから、外国との比較はもうやめます。そうして「古き良き日本」をとりもどします。
【韓國の弱点】
上の<1><2>のいずれも厭ですが、日本が挽回する余地もありそうです。
韓國の「強み」として紹介されたものの中に、ハングル文字がありました。ハングル文字は、子音と母音の組み合わせなのでたいへん合理的で、対人、対コンピュータ意思伝達をキーボードから行なうのに有利なのです。これがIT産業発展の一員だそうです。
その代わりに失ったものもあります。ハングル文字にはスペースがあります。そのため日本語、中国語のようにスペースキーを漢字変換に使うことができません。従来も日本よりは漢字の使用が少なかったのに、社会全体のIT化に伴って、漢字はますます使われなくなって行くでしょう。
でも世界経済は、中国語使用者とその周辺が今後の大きな市場です。華僑の進出にともなって全世界に広まった中国語は、今や英語に並ぶ世界共通語になりつつあります。それなのに、韓國は「文字」の面では世界から孤立する方向です。
ところが日本では、ワープロで簡便に漢字が使用できるようになったお陰で、勉強嫌いの人たちも難しい漢字を使うことができるようになりました。日華中のワープロ漢字変換システムは同じ(らしい)ので、これは世界共通の傾向でしょう。
中国語人口を市場にするために、われわれは漢字によるコミュニケーションをもっと盛んにすれば良いのです。たとえば、大手グループ企業が企業内の公文書を漢文にするだけで、合法的に欧米や韓国との経済競争にぐっと有利になります。
本来の漢字を中国と日本は別々に簡略化してしまいました。どうせ簡略化するなら現代中国の漢字にあわせる方が有利です。ただ、世界に広がっているのは現代中国文字よりも台湾経由での古来の漢字でしょう。また中国のひとたちでも、国際社会に出て働くくらいの教養のある人たちは、古来の漢字を読むことはできると聞きます。日本も世界で金儲けをするために、簡略漢字をやめて世界共通漢字に戻した方が良いのかもしれません。
教会だって、「日本キリスト教団」などと表記しては、世界人口の2%も理解できません。「The United Church of Christ in Japan」だと世界人口の30%が理解するかもしれませんが、肝心の日本人に通じません。「日本基督教団」なら、世界の10人に一人が分かってくれます。国際化の現代にあって、今さら「日本キリスト教団」はないだろうと思うのです。
ついでに学校でも、第二外国語にフランス語、ドイツ語などのマイナー言語をやっても金儲けにはつながりません。中国語、アラビア語にすべきです。(ただし学問の分野で必要な言語は、また別です。これはあくまで金儲けの分野でのことです。)
【長期的視座では】
ただ、もう少し長期的に見れば、韓國と対立的に競争することは得策とは思えません。東アジア経済圏を統合する方が、豊かに暮らすには有利と思います。(その際、公用語はもちろん中国語です。)
ただ、民族のメンタリティが違うことから、そんなことは出来るはずがないとずっと思っていました。そうした認識を、韓國に来て改めさせられました。東洋人のこころの中はほとんど一緒で、グローバル化に伴って、精神性のバラエティは、国家間よりも農村←→都市間の方が大きくなると感じています。
【低俗さ】
その証拠となる例をひとつ挙げますと;
韓國のテレビ番組を見ていると、ちっとも外国に居る気がしません。全然、しません。
テレビに出演する若い「美人」タレントの「美しさ」は、日本と一緒です。こちらの美人は日本の美人ですし、逆もまた真です。幼児教育番組の目標も演出も、日本と同じです。
バラエティ番組の演出は、アメリカのバラエティとは全く異質で、何から何まで日本にそっくりです。半分韓国人の血が流れる子供たちの祖国ですから、私も多少は韓國に好意を持っています。そんな気持ちからバラエティ番組を見ていると、「バカ馬鹿しさぐらい、日本の真似をしないで韓国独自のバカ馬鹿しさを開発してくれ!」という気持ちで、情けなくなります。
アニメーション番組に至っては、もはや韓國での開発はすっかりやめてしまって、すべて日本から輸入でまかなっています。
こうした番組がウケルのは、もともと精神性がきわめて似通っているからです。アメリカ発のアニメーションはこちらでは流行りません。
そんな風だから、韓流ドラマが日本で爆発的に流行したのです。
もともと似ているところに持ってきて、こうした現状から、今後は日本人と韓国人は全く同じ気持ちを持つように変わって行きます。
なぜなら;
今、韓國でお風呂屋さんに行くと、小学生たちがボンボン湯船に飛び込んで、たいへん迷惑です。韓國では、日本のように「ひとに迷惑をかけない」ということにそれほど価値を置いていません。それで子供は自由に暴れ回っているのです。
ところが、テレビでは『クレヨンしんちゃん』がひとに迷惑をかけ、それが「悪いこと」としてストーリーが組み立てられている日本のアニメをそのまま翻訳して流しています。それを見て喜んでいる保育園、幼稚園の子供たちは、少し前の小学生よりももっとずっと日本人と同じ感じ方になっているはずです。
その子供たちが成人し、さらに子供をもうける頃までずっと日本と同じ番組が社会に流れ続ければ、価値観も感じ方もますます似てきます。
『クレヨンしんちゃん』が東アジアでは共通して受け入れられるのは、東アジア人の根っこには共通した感じ方があるからです。そしてそれは、白人やアラブ人とは全く違った感覚です。(個人的には、インドネシアやフィリピンは少し違うような気がしています。)
日本人で、「黄色人種では日本人が一番偉い」と信じている年代のひとたちが天国に繰り上がった後には、日本、韓国、台湾、中国、ベトナム、タイ、シンガポール……の統一を妨げる理由は、ずいぶん減っているはずです。
余談になりますが、ついでに言えば;
低俗さで日本の後追いをしているのは、韓國の情けなさです。しかし韓國がバカ馬鹿しさで勝っている点もあるので紹介します。
番組の制作演出は日本が先行していますが、俳優個々のノリと勢いは、韓國の方がずっと強力です。
バラエティ番組で、司会者が無茶苦茶を要求した時でも、韓國の美人女優は必ずやります。日本人女優のように「えぇ〜」とか「うそぉ〜、無理ですぅ〜」と口では言いますが、それでもやります。どんなことでも必ずやります。絶対に、やります。私ども視聴者は、「え、こんな可愛い女の子が……!」と絶句します。
こちらのタレント市場では、「ぶりっこ」は商品価値を認めてもらえないのです。
【あとがき】
私は1950年代に生まれました。「日本人がアジアで一番優れており、また肌の色は薄いほど人間として価値が高い」と信じているひとたちに教育されて育ちました(明言はしなくても、そう信じていることは明らかでした)。
外資系の大学に入ったお陰で「白人」の「実体」を知ることができました。それ以来、欧米人を敬う気持ちはすっかりなくなりました。(ただ、今は逆に時々「白人」に対して侮蔑感情を抱いてしまうことがあります。それも「白人コンプレックス」の裏返しなのかもしれません。)
それでも、私が生きたほとんどの期間は、経済的には日本がアジアで一ばんの「先進国」でした。それだけに、《(未だ貧富の差は大きいものの)中産階級同士を比較したら、日本が豊かさで韓國、台湾に劣っている》と知らされると、私自身のアイデンティティが少々混乱します。そして、この事実をただちに受け入れることには、いつも若干の困難を感じています。私「北川」が偉いかどうかではなく、日本の平均と韓國の平均を比べてそれを自分のアイデンティティにしても意味がないことは知っています。それを知りながら、自然な感情として、日本が負けていると、なんだか無根拠に困るのです。
こうした気持ちは、信仰的に言ったら「悪」に違いありません。しかしこの神の御前では情けなくもまた恥ずかしいプライドを抱いている日本人は、私だけではないはずです。キリスト教信仰は、こうした歪んだプライドからヒトを自由にするはずのものです。それでも、クリスチャンが皆こうしたプライドから解放されているワケでもありません。
今回は、とりとめのない「雑感」のような報告になりました。韓國で、こうした人間の罪の一面を思い知らされているので、少し紹介してみました。
ついでに、東アジア(の一部)統合案は、本気です。
日本が上か/韓國が上かではなく、このへん一体がみんな豊かになれるのならその方が良いでしょうから。
報告#2おわり