1999年浜松基地航空祭“エアフェスタ浜松99”レポート

 

レポート:K.Kometani

 遅れ馳せながら、99年度の浜松航空祭のレポートをお送りしよう。

 浜松行きを決定したのは、前日の夜6:00である。その日は、非常な快晴(ピーカン)であった。私は、某国立女子大学に勤務しているのだが(って、日本に二校しかないやん)、その日は入学試験実施のため出勤していたのだ。しかし、仕事の合間に空を見上げて、「やっぱり、いくっきゃないない。」てなわけで、浜松行きを決心したのだ。

 で、その夜、名古屋行きの近鉄特急に飛び乗って、一路名古屋へ…・。

 日曜日、快晴。早朝のJR特急に乗ったが、浜松駅では、すでにバス待ちの人でいっぱい。おまけに、道もババ混み。会場到着時刻はすでに0930を回っていた。

 今年は、北基地改修のつごうで、久しぶりに南基地での開催となったわけだが、それにしても、とにかくすごい人・人・人。きょえええーーー。ってなもんです。

 バスを降りて、会場に向かう道(といっても、ほんまにあぜ道です)ランウェイエンドを右手に見ながら当日来なかったChinuki氏にtelする。「わはは、きてしもうたわ」

Chinuki氏は機嫌悪そうだ。横を浜松救難隊のバートルと、プロペラ機がセクションタッチダウンを試みる。なにしろ、滑走路エンドの真横だから、すごい迫力だ。

 それから、しばらくはなーんにも飛んでこず。ヒマ。で、となりのおっちゃんに話し掛けたりなんかして。「おっちゃん、なんで、なんにもとんでけえへんの?」「だれがおっちゃんじゃあー。ぐおおおおお。おっちゃん。おこっちゃうぞおお」なーんてことはいいません。「わしも、今きたところじゃあ」

 そうしている間に、上空でかすかに、「ゴオオオオオ」という音が響いてきた。

「みなさま、お待たせしました。ただいまより第6航空団だい303飛行隊F15戦闘機による機動飛行を行います」というアナウンスの後、会場左からイーグルが2機編隊で進入してきた。真っ青な空の中に、ベーパートレールをがんがんに引きながら急旋回やループを行う様子は異常に迫力があった。

 ひとしきり、基地上空をイーグルが飛びまわった後は、のーんびりと地元のグライダークラブのおじさんが、気持ちよさそうにゆったりとデモフライトを行っていた。

 私は、その間に地上展示の撮影をおこなった。なにしろ展示エリアが非常に細長いので移動が大変だ。今年は米軍からの飛来がまったくなく、少しさびしい思いもしたのだが、第1航空団のT−4スペシャルマーキングはいつものことながらとてもセンスが良くて撮影のしがいがあったものだ。

 午前中のトリはなんといっても、本日2回目の第1航空団T−4による機動飛行と編隊飛行だ。12機による各種編隊飛行と2機による機動飛行は見ごたえも十分だ。

 とりわけ、タッチアンドゴーから、最少旋回でトラフィックパターンをまわり、もう一度タッチダウンする様子は圧巻で、さすが一流の腕を持つ教官パイロットだとうならされた。なにしろ、一連の機動がすべて視界に入ってしまうのであるから。今回、私が撮影の重点を置いていた場所は、ランウェイエンドで、スタンバイの場所の真横のため、

離陸シーンは撮れなかったが、ラストチャンスの貴重なシーンを十分に堪能できた。

 そして、最後はショーストップ「ブルーインパルス」だ。

 ウオークダウンは滑走路を挟んで向かい側であったため、撮影はかなわなかったが隊形を整えて、観客の目前をタキシングしてくれた。これも、写真をみていただこう。

 今回の展示の目玉はなんといっても、17年ぶりのアクロ復活だった。なにしろ、観客には何も事前に知らされていなかったので、その衝撃はどれほどのものであったかはわからない。ダイヤモンドテイクオフのあとのソロ2機によるロールオンテイクオフとローアングルキューバンは、他の基地では見慣れたものであるが、浜松では初めてだったのであるから。ソロがクルッと旋回したときは、一瞬「えっ」と思ったものだ。

 とにかく、非常に実りの多い航空祭であった。             おわり。

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