ウォーナンブルの教室から 4

3月XX日

先週は日本の小学校紹介のビデオを見せたので、授業の移動がとても忙しかったのです。私の場合、一日中ひとつの学校にいても、45分か50分毎にクラスを移動しなければなりません。全ての教室にビデオデッキがあるわけではないので、予め移動時間にロスがないように準備しておかないといけません。この準備はまずうまくいったのですが、日本の文化的なことを教えるたびに「文化」を教えるのはつくづく難しいと感じます。

私が「文化」を授業のなかで教える時、一番気をつけているのがステレオタイプを作らないようにすることです。「日本人は.....」「日本のたべものは.....」と何でもひとくくりにしてしまうことはとても危険です。文化を教える時は(特に子供に教える場合)、共通性から教えることが大事ではないでしょうか。違いから入るとどうしてもその「文化」を特別視することから始まり、へたをすると偏見を抱くことになり兼ねないからです。特に私が住んでいる地方では90%以上がアングロ・サクソン系で、子供たちにとって、いわゆる外国人との接触が極端に少ない地域なのです。

以前、ポート・フェアリーの先生が言ってました。十年以上前に子供たちをバララットのソブリン・ヒル(1850年代のゴールドラッシュを再現した町)に遠足でつれて行ったときのこと。子供たちは観光バスで来ていた中国人の団体さんと出くわしました。彼らにとって始めてみる「アジア人」です。まるで「宇宙人」でも見るような顔をして呆然と見ていたそうです。彼らがもしメルボルンに住んでいたら、そんなことはなかったでしょう。

それほど外国文化との接触が少ないのです。先生(私)の一言がとんでもない「日本人」「日本」像を描くことになりかねません。日本へ旅行したことのある彼らの親や親戚の「日本像」にも要注意です。彼らはほんの数日、(いや数年でも同じ)日本の特定の場所を旅行しただけです。その人たちが「日本は.....」「日本人は....」と言うことには無理があります。それは日本人でも同じです。私は30年以上大阪をベースに住んできました。その私でも日本人を一般化することはできません。

文化紹介といって、日本の「古典文化」ばかり紹介するのも良くありません。「顔黒ファッション」などの「現代文化」もきちんと教えないと、ステレオタイプを作ってしまいます。

日本の文化はとても柔軟性を持っています。「伝統」と「現代」のバランスを考えながら「日本文化」をどう教えるかは、私にとってこれからも大きな課題になりそうです。