校則って何のためにあるの?
●校則とは「壁」なのだ!!(壁の意味?!)
「壁」って何?。壁は立っているだけで、壁が動いて生徒を押し付けたり、縛ったりはしないもの。つまり、生徒を束縛するものではないんだよ。生徒が自由に行動できる容器としての役割をしているのだ。
●壁の必要性。
思春期の子供には、ここからは絶対にダメっていう「壁」が必要なのだよ。なぜかと言うと、ブレーキのかけ方を知らない子供たちの前に、壁がないと、どこまでも暴走しちゃうでしょ。でもね、その壁は機械じゃダメなんだよ。なぜって?だって、冷たすぎて、子供の心を暖めることができないでしょ。
●思春期ってどういう状態?
思春期ってのは、子供から大人に変わる時期なんだよ。人間の「変化の時期」なのだ。これは、よく「もう子供じゃないんだから、ほっといて」とか言う子もいるよね。でも、まだ、変化の途中の時期なんだよ。そして、この時期に人は2つの異なる面を持っているの。その面とは、1つは、まったく閉じこもりの石のようになること、2つ目は、内面の変化が外に表現されて、むちゃくちゃな行動となること。
●思春期と教師と校則
自我を感じ、自分自身の中または周りと衝突することによって思春期という時間を乗り越えるのだが、その子供の中で教師は案内人でなければならないと思う。ぶつかる壁に導く役割をし、またあるときは壁となる。衝突できるような受け入れ先になるのだ。その受け入れ先に必要なのが逃げずに相手をしてくれる人間の心なのである。
●良い子?と生徒指導
日本では、すべてが平等でなければならない、という考え方がある。「平等」を、教師が生徒指導をするために使うと生徒は次のように考えると思う。校則というものは、「みんな同じでなければならない」、「校則を守るのが良い子」と決めつけるために、教師が校則による生徒指導を行っている。生徒たちも、なぜ校則があるか、わからない人も多いと思う。
生徒が、校則を守り「良い子」を演じていればいいのだ。と思っていたらならば、それは、まさに、個性を押さえ付け、爆弾を抱えこますことに成りかねない。教師は校則校則と押し付けるのではなく、動かない壁である校則の本当の役割を、心から伝えることができないものだろうか。
●「らしさ」とは?
また、よく言われている『らしさ』とは、なんだろうか?。『中学生らしさ』など、よく使われるが。指導している教師も生徒も、また社会の大人も『中学生らしさ』なんて分かっているのだろうか。いや、分かっているはずがない。そもそも、『中学生らしさ』はないのだから。もし、存在するとしたら、それは、ただ、型にはめようとしているに過ぎないと思う。
思春期と呼ばれる変化の時期に、人は『らしさ』に疑問をもち、戦っていると思う。