5月の日記1
12月前半 12月後半 1月前半 1月中旬 1月下旬 2月 3月その1 3月その2 3月その3 3月その4 4月その1 4月その2 4月その3 4月その4 けいじばん
私のことを直接知っている人向きです。ご不快な点があれば削除など検討しますのでご指摘下さい。
2003.5.9
アメリカの国立公園(昨日の答え)
アメリカの国立公園の2002年入場者数ランキング10位まで。ちょうど200万人以上に対応する。三大国立公園というと、Grand Canyon NP, Yosemite NP, Yellowstone NPだが、必ずしもビジターが多いわけではない。私が行ったことがあるのは4つ(来週で5つになる予定)。NP=national park。違うことを考えた人は情報学者ですな。
1. Great Smoky Mountains NP 9,316,420 (North Carolina and Tennessee)
アパラチア山脈の南端で2000メートル級の山が続く。アメリカ人の3分の1(9000万人くらい)の一日ドライブ圏にあり、年によってはビジターが一千万人を越える。
2. Grand Canyon NP 4,001,974 (Arizona)
一生のうちに一度は行くことをおすすめします。
3. Olympic NP 3,691,310 (Washington)
行ってみたいなあ。オリンパス山一帯。
4. Yosemite NP 3,361,867 (California)
これはいつか必ず行く予定。
5. Cuyahoga Valley NP 3,217,935 (Ohio)
これは知らなかった。ニューヨークに近いから人が多いのだろう。
6. Rocky Mountain NP 2,988,475 (Colorado)
壮大でしょう。きっと。
7. Yellowstone NP 2,973,677 (Idaho, Montana, Wyoming)
素晴らしい。ここではじめて間欠泉を見た。隣のラボで、温泉藻類を調べている人がいる。
8. Grand Teton NP 2,612,629 (Wyoming)
イエローストーンのすぐ近くだが、イエローストーンに押されて印象が弱かった。
9. Zion NP 2,592,545 (Utah)
グランドキャニオンの近く。
10. Acadia NP 2,558,572 (Maine)
東海岸で最古の国立公園。
選外。
Kobuk Valley NP 4,046 (Alaska)
Lake Clark NP 4,325 (Alaska)
こんなのでいいのか。アラスカは人がいないんだろう。一日平均10人といっても、夏しか近づけないと思われる。
この国の自然公園は規模が違う。アメリカは自然をみるところだという言葉ももっともだ。非常に多様で、全部回るなどとてもできない。Visitorの多いところがいいとも限らず、ほかにもいいところはたくさんある。その上、国立公園以外でも、州立公園も素晴らしいものが多い。見るほどにますます行きたくなってきた。フロリダのエバーグレーズは今年中には行きたい。
ここから普通の日記。
暑くて寝苦しいからだと思うが、車がおかしくなって、山道で崖から何度も落ちかかる夢を見た。何とかガソリンスタンドについて修理。
AAAに地図をもらいに行ったが、都市の地図ばかりで田舎のはないらしい。
ついでに日本センターに行ってみた。日本語の本やビデオをただで貸してくれるらしい。運転免許試験の例題をもらった。
注文していたプライマーが届いたのだが、説明書が全然違うのがついている。さすがアメリカ。電話しても部署たらい回しで20分もかかった。ラボでみんなでアイスクリームを食べに出かけていたのに置いて行かれた。食べ物の恨みは深いのだ。二度とこの会社からは買わない。
などと言っていると、きっとどこからも買えなくなるので慣れるしかない。最終的に応対してくれた人はPh. D.で、非常に的確な情報をくれた。電話応対係あたりが問題なのだ。
電話で日本語をだいぶ使った。Hさんたちがいなくなってこの一週間を思い出すと、日本語を使ったのは10文以下だった。一応今のところ日本語が変にはなっていないらしい。
夜はNC料理の豚のバーベキュー。隣町でHさんにおいしいところを教えてもらったが、ガイドブックを見たらこの町にも有名な店があるようなので行ってみた。客席20人くらいの大衆食堂で、ここもおいしかった。しかし、来ていきなりこの料理をおいしいといっていて日本人として大丈夫か?と気になる。こちらに来た日本人を連れて行ってみよう。
統計の勉強中。論文や本を読むときに検定法を読み流さざるを得ないのがずっと気になっていたのだ。今月の統計生物学コースの予習として、いい機会なのでいろいろ調べている。思い起こすと、検定についてまともに勉強したことがなかった。教養の統計数理は数学寄りで、実用的ではなかった。学部で習ってここで役立ちそうなのは、物理実験の回帰分析くらい。
t分布とF分布がつながっていることが分かってすっきりした。盛岡の東京人さん、ありがとう。
2003.5.8
Chapel Hillの植物標本庫に行き、国立公園旅行計画を立てる
この地域は、3つの町を頂点とするTriangleとよばれていて、それぞれに研究で知られた大学がある。そのひとつ、UNC Chapel Hillにはじめて出かけた。主には文系の大学だそうだが、生物系ではCellのEditorもいる(植物系の3人のうち1人。車椅子に乗った、感じのいいおじさん)。
今日の用事は、ラボの植物採集旅行の下調べ。アメリカ南部では最大の植物標本庫があるのだ。車で町にはいると、高い時計塔が見える。今でも鐘が鳴り響き、西洋文化を感じさせる。
思い立ったが吉日で、昨日の夜にメールを出して、明日見に行きたいと書いたのだが、親切に応対してくれた。5人くらい専任で働いているようなので、人員にも余裕があるのだろう。さすがに標本の数が多い。探している植物の採集できそうな場所が数カ所詳しく分かった。
しばらく見ていたら、教授と思われる人が来て、相談に乗ってくれた。集団を採集したいなら、どこの町からどの道には入ったら生えている、と教えてくれる。おそろしく詳しいのだが、それもそのはず、この人はこの近辺の3つの州の植物図鑑(モノグラフ)をほぼ一人で書いているのだ。現在も執筆中なのだが、オンラインで現在の版が見られるので非常に便利だ。何でも知っていて、しかも楽しく社交的な人というのは貴重だ。
標本のラベルが間違っているとき、どの程度直すべきなのだろうか。自分に関係ある植物群だけでも本気で直しだしたら、一日では終わらない。どこの標本庫でも、数%以上の頻度で間違っているものである。同定というのはその程度には難しい。自分の専門の植物以外、そうそう分かるものではないのだ。たまに何でも分かるすごい人もいないわけではないが。
日本の植物がかなりたくさんあってびっくりしたが、案の定かなり同定が間違っていたので数枚直しておいた。教授の人も、これらはしばらく前に大学院生が日本に行ったときに大量にとってきたので、ラベルが間違っていても驚かない、と言っていた。念のために日本の植物の図鑑をみたいと言ったら、図書館にある大量の日本語の図鑑を見せてくれた。日本の普通の図書館より図鑑の種類が多いと言ったら笑っていた。
標本のラベルを直したのが喜ばれたようで、非常に応対があたたかかった。帰るときも笑って、またラベル直しに来てね、と言われた。そこまで喜ばれると、私は分類学者にあらず、少々心苦しくもある。たしかに共同で分類の論文も出す予定でその1種だけなら世界の誰よりもよく知っているとは思うが、分類は趣味であって、専門的な教育を受けたわけではない。ラベルに自分で責任が持てる程度によく知っている種など10種程度だ。
それでも、分類学者のあとをついて歩いていたのが役に立ったのだ。今日こうやってきて、楽しい時間を過ごして、ここの研究者と知り合いになれたのだから。標本見ていて楽しいもの同士のシンパシーみたいなものが流れていた。
しかし、暑い。90度(ほぼ30度)以上あって、この時期では異常らしい。帰りがけに、アウトレットのよこを通るので、夏物を買ってきた。前にHさんにつれてきてもらったときは、来たばっかりでほとんど着るものを持っていないときだった。
さらに、先日道に迷った場所に行き直してみた。思った通り、地図と道が違う。この地域はリサーチトライアングルといって、3つの町の三角形の真ん中に大量に研究所がある。建設ラッシュのためによく新しい道が造られるのだ。
夜はラボの採集ツアーの計画を立てた。 ラボでのこの計画担当になっていたのは、けっこう気が重かった。本当はツアー担当はMだったのだが、ジョブセミナーなどで忙しいと言うことで私の担当になった。こんなもの、来たばかりの外国人に任せられてもつらいのだ。5月ころの気候も、こちらの国立公園の状況もわからないので、計画を立てる前に収集すべき情報が多く、どこから取りかかるか困っていた。
ふだん、自分で出かけるときは、先にガイドブックを読むのはあまり好きでないのだ。自分の経験がないときに読んでも情報の羅列で疲れる。そうはいいつつガイドブックは好きで、旅行中にものを見たところで読むのが楽しい。経験と混じってエピソード記憶になる状況で読むのがいいのだ。そして、そこで読んで次の行き先を決める、というフィードバックを繰り返す。しかし、みなで出かけるとなると責任あるから、行ってからどこに行くか考えるのはさすがにまずい。ガイドブックはしかも英語だから、読み始めるまでに精神的な障壁が高い。
それでも読み出すと楽しい。州にあるGreat Smoky Mountainsという国立公園に行く予定。全米で最も訪問者が多い国立公園である。歴史もアメリカらしくて興味深い。公園を作るにあたってのまとまった土地買収にあたり、政治力のない弱者たちは簡単に押しやったが、私有のリゾート地を持つ金持ちたちの説得が難しかった、などアメリカ的ストーリーがある。最後まで立ち退きに反対したのは、ここを国立公園にすると人が来すぎて、静かな恵まれた環境が壊れると主張した知識階層の人々で、その主張は今になってみれば一理ある、と記されていた。
アメリカの主要な国立公園が比較してあったのも面白い。Great Smoky Mountains国立公園が、三大国立公園を押さえて入場者数1位である。やっぱりクイズにしようかな?
アメリカの国立公園で入場者数10位まではどこでしょう?
答えは明日の日記へ。正確なデータはPdfのアルファベット順の全公園データしか見つからなくて、自分で集計するのに時間をかけてしまった。かなり難しいので、5つ挙げられたら相当でしょう。Hさんは今頃、このうちの数カ所を通っていると思います。
今日は実験をあきらめて、一日費やした結果、めどが立って気が楽になった。
2003.5.7
車にだいぶ詳しくなる(結果的に)
先週、車から臭いがするような気がしたので、念のために大学の近くのWhite Wallという修理工場に持っていた。オイル交換をした他、急がないけれどトランスミッションから少しずつ油が漏れているのが臭いの原因だから、来週にでも直すといいと言われていたのだ。エンジンルームのあちこちみてくれたようだが、とくに悪いところはないというので安心していた。
昨日、トランスミッションの修理に持っていった。前から高速運転中に車が揺れるのが気になっていたので、それも見てもらうことにした。70マイル/h(110キロ/h)を越えると妙に振動する(ちなみに、highwayで何も書いていなければ、制限速度は70マイル/hである)。また、急加速と急減速の時も揺れが気になるので一応ブレーキなども見てもらって、修理するならいくらかかるか見積もりをしてと言っておいた。
直ったら電話すると言われたが、当然電話が来なかったので、4時頃電話してみた。すると、
Your car is really bad.
だと。このままだと危険だったので、370ドルかけてあちこち直したという。しかも、タイヤもすぐ交換した方がいいらしい。
すぐに修理工場に行ってみた。Tie rodという、車輪を本体と結ぶ部品が全然だめで、またタイヤを取り付けるローターがゆがんでいたので、それらは直してあった。タイヤも一つ壊れかけだが、とりあえずアライメントだけ直したそうだ。さらにエンジンを固定するモーターマウントという部品が折れているそうだが、すぐには部品がないので、あまり遠くに出かけないほうがいいらしい。何にしろこの工場のいいところは、大学から歩けるところにあって、その日のうちに直してくれるので、夜には車が使えるのだ。車がないと家に帰る手段がない。大学に泊まるのはこっちではきわめて非常識なので避けたいところだ(伝説になった日本人の話をきいたことがある)。
危ないのを放っておく訳にもいかないので、今日にはタイヤも二つ交換してもらった。150ドルほどだった(少々高い気もする)。たしかに、タイヤの一カ所が激しくすり減って、円形とは言い難い形だ。
中古で相当安く買ったから、これくらいは仕方ないだろう。買うときに、比較的最近タイヤを交換したと言われて、簡単にはタイヤを見たけれど、タイヤ一周ぐるっと見たわけではなかった。試乗のときはハイウェイに行かなかったのであまりスピード出していなかった。車のチェックというのもなかなか難しいものだ。しかも買ってから1ヶ月半で3000マイル(5000キロくらい)と相当の距離を乗っていたので、それでさらにがたが来たのかもしれない。今のところ危ないことはなかったけれど。直しだしたらきりがないので、動くうちは放っておこうかと思っていたが、これくらい手をかけると、また愛着がわくというものだ。
古い車を買ったときの計画通り、こうして故障すると車に詳しくなる。前に書いたが、壊れてことで機能が分かるのは遺伝学の基本だ。今のところ、困ったことになる前に修理しているし、その日のうちに戻ってきているから全く実害はない。Hさんに教えてもらった ホームページも、異常があってから読むと納得するところが多い。ただ、モーターマウントに関しては、交換について調べてもほとんど出てこなかったので、普段はあまり壊れない部品らしい。
修理が終わると、非常に乗り心地がいい。70マイル越えてもほとんど揺れず、周期の長い振動がある程度。急加速もできるので、ハイウェイにはいるときに安全。これでこそアメリカ車だ。修理工場で
The car is much much much better now.
と言ったら
I know.
と。さすが餅は餅屋。
あとはモーターマウントだ。すこしはディスカウントしてくれそうだ。
2003.5.6
図書館続き
夢を見た。図書館で、世界最古のマンガとして、平安時代の日本の文献を見ていた。図書館で働くには接客の訓練が必要で、2年くらい貸し出しカウンターにいないと、レファレンスカウンターには座れないそうだ。そして外に出ると、何者かに追われている人がいる。昨日の出来事そのままだ。最後のは、最近寝る前に毎日マスターキートンを少しずつ読んでいるからに違いない。眠りが浅かったためか早起きした。
大学図書館に、今月末の統計生物学講座の参考文献を探しに行った。レファレンスカウンターのLibrarian(司書)が非常に丁寧に本の探し方を教えてくれた。レファレンスカウンターに座るなら、これくらい人当たりがよくないといけないのだろう。結局この周辺の大学になく、取り寄せてもらうことになった。
ついでなので、日本語の本を探してみた。Librarian(司書)に聞いてみると、どこか一カ所にかたまっているわけではないそうなので、Literature & (language in Japanese)で検索してくれた。50冊くらいでてきたが、英語に訳されたものばかりが出てきた。夏目漱石が目立って多く、ほかは村上春樹、吉本ばなな、遠藤周作などが多かった。しばらく調べ続けたら、源氏物語の日本語版が出てきた。その棚の番号のある7階へ行ってみた。
行ってみると、相当量の日本語の本があった。英語に訳されたものも多い。枕草子、持ってこなくてもここにあった。ちくまの日本文学全集も揃っている。1年くらいは飽きないだけの量がある。もちろん、研究用として置かれているのだが。H邸から上巻だけ頂いて、読み出そうか迷っているコインロッカーべービーズの英訳があった。話の展開がどうしても気になれば、これが使える。
午後からこちらで初めてDNAをとった。といっても、QUAGENのキットだから基本的に簡単なのだが、液体窒素の使い方などを習った。ハンドサイズで電池で動くホモゲナイザーがあり、とても便利。おすすめです。
早起きできていい機会なので、車の整備に出しに行ったのを、夕方に取りに行った。全部は終わらなかったのでまた明日つづき。
標本庫に行って、採集する予定の植物の分布などを調べる。標本見ているのって楽しい。多様な雑多な情報が、しばらく見ていると、一般化・抽象化して頭の中に整理される。普段の実験は、必要だからやるということが多いが、標本見ているとそれ自体楽しい。これを仕事の一部にできるというのは幸せである。そこまで好きなら副業でなく本業にすればいいのかも知れないが、分類だけで生きていくのも大変な時代だから、今くらいがいいバランスなのだろう。もっと重要なこととして、本業にしたら飽きる。たぶん。
激烈にお腹がすいて中華料理のビュッフェに行ってたくさん食べたら、30分後くらいにお腹が痛くなった。あほだ。標本庫が冷房で寒くて調子がくるったようだ。
標本を調べている都合でモノグラフを見る必要が出て、図書館に再び行った。今日はいろいろあって長い日で、前に図書館に行ったのが昨日のような気がする。貸し出しはこれで初めてだった。3ヶ月借りられるらしい。平日は24時間開いていて、貸し出しカウンターも24時まであいているなど、アメリカの図書館はとっても便利。日本で図書館学を習っていると、アメリカはいい、という話ばかりだった。予算と、社会的な地位(図書館の地位、司書の地位ともに)が違いすぎる。
今日はずいぶんいろいろやったが、それでも雑用は蓄積傾向にある・・・
2003.5.5
図書館発見
昼食をラボで数人で食べているとき、またiron shef(料理の鉄人)の話になった。前回は鉄人同士の決勝戦で、日本の元総理大臣(橋龍らしい)も出ていたという(日本より放送が遅れていると思うが)。自分では見なかったので口を挟むこともないのだが、ぱっと気付いたのが、雑談を聞き取るのにそんなに苦労していない。とくに、iron shef好きのRは、南部英語で会話も困難だったのだが、やっと慣れてきたようだ。しかし、こちらに来て2ヶ月、生活語彙が増えた以外、あまり英語がうまくなった気がしていない。すでにアメリカに来る前からある程度話せるようになっているので、それ以上上達するには時間を投資して習いに行くなどしないと、あまり変わらないのではないかと気にはなっている。毎日の変化は小さいために自分で気付いていないのだと思いたいが。
夕食にどこに行くか迷って、うろうろクルマで走っていたら、Cameron villageという大きなモールに来た。アーケードがあって高級な店もあるので、こういうのはショッピングセンターではなくモールというらしい。ここなら何か食べるものもあるだろうと思ってうろうろしていたら、Public libraryを発見した。入ってみると、なかなかに広い。貸出票をつくるには、写真入り身分証明書と、何か住所の入った封筒でもあればいいという。車に戻ったら、車の保険の袋に住所が印刷されていて、それですんだ。「貸し出しは、100冊まで。ただし、持って帰れる人はあまりいないけど」、という話だった。分館がたくさんあって、どこで返してもいいらしい。「私は日本で図書館員の資格を持っているが、そんなにサービスいいところは日本にはないと思う」と言ったら喜ばれた。日本で100冊本当に借りそうな人が頭をよぎらないでもない。ね、H図書館にリクエストで棚一つ分買わせたUさん!
棚に行くと、外国語の本もかなりある。ベトナム語の次に、日本語の本がかたまっていた。園芸12ヶ月ユリ編、バルザック全集、中島らもと、脈絡のなさが笑える。ここにすんだ日本人が帰るときにおいていったのではないかと思われる。児童コーナーでも日本語があり、モモや三匹の子豚など数十冊あった。コミュニティがこうして外国語の本を提供するというのは、さすが多民族国家だ。この町にもアジア系はたくさんいるようだ。日本の図書館に中国語の本を置こうなどとふつう考えないだろう。他にもマンガはあったが、astro boy(鉄腕アトムの英語版)の3巻だけ、韓国語のアキラの2巻以降など微妙なものばかりだった。
もとの用事に戻って夕食は、deliと書かれた店に入ってみた。チキンをツナのように細かくしたもののサンドイッチ、調理に5分待ったが、かなりおいしかった。さらにアップルパイも食べてみた。ちょっと甘過ぎ。
2003.5.4
上級者コース手ごわし
オリエンテーリングの日がやってきた。今回の目標は上級者コースの完走。これをクリアすると、自主練習コースが使えるようになるのだ。
場所は、私の大学の森だった。この大学には獣医学部があり、すぐ横には牛がいっぱい。普段の会場の州立公園が去年のFreezing Rainで一部閉鎖されているため、こちらになったようだ。
前回は初級者コースで一番難しいorangeで、今回は上級者コースでは簡単なBrownコース。10カ所回らないと行けない。12時半スタートで3時がタイムリミット。
さてスタート。300メートル先にある一つ目のポイントが、金網に囲まれた人造物と書いてあるが、いきなり迷った。道があると書いてあるのに、ない(消えている)。このあたりで気づくべきであったのだ、この森は州立公園と違って人が入らないから、地図の道がほとんど消えていることを・・・
出発地点に戻って、大回りして別の方向から行ったら見つかった。金網があるといっても、完全に地面より低いところにあって、特定の方向からでないと全く見えない。
続いて2番目。Trail(けものみち)の上にあると書いてあるので、急がば回れと大回りして道の方角から入った。しかし、どうみてもそのあたりに道がない。それどころか、藪で歩けない。かなり探し、あきらめてとりあえず3番目に先に行った。その方向からアプローチ。しかし、見つからない。すでに45分経過。このペースではとてもゴールできない。そのとき、数人の人が近づいてきた。よく見ると、辛うじて道と判定できるものがある。消えかかったその道をたどったら、ついに発見。あとで係の人に、どうやって見つけたらよかったのかを聞いたら、地図上に植生の変わる線が書き込んであり、ちょうど等高線にもそっているので、それに沿っていったらよい、と。考えもしなかった。マツの種の同定が気になっていては森は見えない。文字通り木を見て森を見ず。
もう一時間すぎている。のこり1時間半で7つ見つけないとタイムアウトになってしまう。このあたりで、地図を持って考え込んでいた人が、3番目と一つずれた横の谷に入っていったが、助言するわけにも行かないので黙って見送った。
しかし、この後は、距離があるだけで、見つけるのは難しくない。数キロ走って回る。5番目は、よく見たらさっき来た場所の近くで、4番目に行く前に回っておけば5分は得したな・・・8番目を回ってのこり20分。9番目が目印のないところにあるが、急ぐので目印がない方向からアプローチした。これで間違えたらもう間に合わないと思っていたが、木の伐採用の非常に太い道の上にあって、簡単に分かった。10番目は谷筋に入ったらすぐ。残り15分で後はゴールへ駆けるだけ。
しかし、トラップは終わっていなかった(先日の大文字ツアーみたいだ)。道が身長ほどもある鉄条網に遮られているのである。しばらく横へ行くと、倒木が鉄条網に寄りかかっていたのでそこから乗り越えた。しばらく走ると、再び鉄条網。もしかしてここは牛の檻の中?。最後のチェックポイントとゴールの間に牛の檻を挟むとは、さすが上級者コース。大回りした方が早かったのだろう。しかし、この期に及んで戻っていられないので、気合いで鉄条網を乗り越えた(まあ、2m弱だから通れなくはない)。牛に襲われなくてよかった。
ゴール。2時間20分。あと10分で3時になるところだった。S夫妻が待っていてくれた。彼らはイエローコース(初級の中)でもかなり大変だったようだ。コースの難しさは、そのときのコース作成者の性格によるらしい。
S夫妻との話ですごく納得したのが、昨日のH邸からの帰りの渋滞の話。ハイウェイが工事による一車線通行でひどく込んでいのだが、日本だったら絶対に先に表示がでているところだ。Sさんたちは、渋滞が終わるポイントの直前で下道に行ってしまってますます大変だったそうだ。ところで、S夫妻に自分の電話番号を言おうと思ったら思い出せなかった。ランニング用に手帳は置いてきてしまっていたのだ。しばらく前にO邸で電話番号覚える人と覚えない人がいるという話が出たところだが、ひとごとではない。最近E-mailばかり使っているからでもある。
後で順位を見ると、brownコースの7人中6位であった。そして、5位には30分以上引き離されている。今の技術では、あと30分早く着くのはちょっと無理だ。さすが上級者コースだ。今日は完走したということでよしとしよう。7位とは4分差だったので、最後のがんばりが効いた。Sさんが気づいたのだが、brownコースの一位の1時間16分の人は、orangeコースも59分の一位でクリアしている。一日2コース首位とはどういう人?
今回はしんどかった。汗が出る一方で、風が強くて寒かったのもあり、帰ったら寝た。
2003.5.3
Hさん引っ越し
Hさん宅のベッドなどを、最近こちらにきたWさん宅へ運ぶ。自分の引っ越しの時も借りたU-Haulのトラックに積み込む。Wさんはこれまで2週間、カーペットで寝ていたそうで、もう慣れてしまったという・・・一度H宅に戻って、食材や本をさらに分けていただく。バナナフィッシュの外伝まであった。
昼は10人ほどで飲茶に行く。Hさんの語学学校での友人が経営者の一人という中華料理店で、非常においしい。人数が多いと、たくさんの皿が取れて楽しい。
午後は部屋掃除。数日前にも、今日の朝にも、これは片づくのだろうかと思っていたが、ずいぶんきれいになってきた。しかし、一軒家は大変だ、と思った。エアコンのフィルター、窓、ドアの枠の上のほこりなど、掃除しだしたらきりがない。アパートだと、なんだかんだいってメンテナンスをやってもらえる。
いかにも引っ越しらしい行事が、1セントなどのびんに貯まっていたコインのカウント。H夫妻、S夫妻、Oさん、私で、いくらになるか予想(ホールインワンなら賞金付き。ニアピンはだめ)。私は28.5ドルにしたが、経験者のOさんが、思ったより少ないんだよといって13ドルくらいにしていた。スーパーマーケットにあるカウント用機械に行くのに連れて行ってもらった。20ドルほどで、Sさんは近かったが、正解者はなかった。
すごくアメリカらしいのが、コインをカウントするのに8パーセントほど手数料をとること。手間がかかったらその分を徴収するというのが現実主義のアメリカなのだろう。小学生が10円でも貯金するのがいいのだというような精神論は日本文化特有の問題なのだ。
夕食はダイナーというアメリカらしい料理を食べに行く。チーズバーガーでもチーズが数種類から選べるし、肉の焼き方も指定できるところからして、ファーストフードとは全然違う。H夫妻と同じくsweet teaを注文したら、アメリカに来て2ヶ月でそれはおかしい、と言われた。そうかもしれないけど、別に体重増えていないからいいのだ。おいしいパン屋さんの場所を正確に教えてもらったので、近いうちに出かける予定。
H夫妻がいなかったら、ここでのはじめの2ヶ月はずっと大変だったと思う。そして、部屋を見渡せば半分くらいの物は安く譲っていただいたもの。ありがとうございました。それでは、Hさん、8月にハワイでお会いしましょう!(7月くらいに私が日本にいくかもしれませんが)
2003.5.2
DNAパーティー
3時ころボスに、学科でパーティーがあるからと言われて、ラボのみなで3階へ行った。なんと、ワトソンクリックのDNA二重らせん発見50周年を記念してパーティーをするのである。部屋の端から端までねじったリボンが飾ってある(DNAの形)。遺伝学科長は2重らせん帽子をかぶり、先日一緒に食虫植物を見に行ったKiはDNAネクタイ(しかも下の方は複製中)をつけている。いくら遺伝学科だからといって、ここまでやるとはびっくりした。ケーキにはHappy Birthday double helixと書かれていて、誕生日の歌をDear DNAといってみなで歌った。
出し物は、ワトソンの真似、ロザリンド・フランクリンの真似など。例えば、5人ほど前に出て、質問を受け、一番ロザリンド・フランクリンらしい人が賞品をもらう。研究室からCが出て、What is your advice for young female scientists? にHide the data and success!と答えて大喝采を受け、チョコレートをもらっていた。(彼女は、DNAが二重らせんであることをはっきりと示すX線写真を初めにとっていながら、ちゃんとした論文にする前に人に見せ、自らは白血病で早死にしたためにノーベル賞をとっていない)。
パーティーでは、となりの部屋に来たロシア人のポスドクと初めて話した。来たばかりで何とかすむところも見つけたようだが、本当に英語が分からないようで会話困難だった。しょうがないので、ロシア語であいさつしてみたら一応通じた。
こういうパーティーを日本でやると、専門家はこれだから、といわれて寒い目で見られると思う。こちらでは、がんばって準備して、みんなで本気で祝っている。アメリカではサイエンスの地位が高いことによるのかもしれない。また、アメリカの中で分集団にわかれていて、普通の人々、というものがあまり意識されないために、科学者は科学者で自分たちの世界で楽しむ、というのが全く問題視されないのかもしれない。
しかし、この50年で、DNA二重らせんが子々孫々に伝わる遺伝情報そのものであることが分かり、制限酵素が見つかって実験で扱えるようになり、配列が解読できるようになり、すでにヒトの全ゲノムも分かってしまった。これからの50年は何が起こるのだろう? ちなみに細かいことをいうと、ワトソンクリックのはじめの論文は1953年の2月ころで、第2報が5月ころだと聞いた。パーティーにあたってそこまで厳密に日付は気にしていないようだ。
この後、日本に出さなければいけない書類がたまったのを処理していて、けっこう面倒だった。
2003.5.1
近所
はじめて電気泳動をした。実験台の一つが電気泳動用に全ての設備が揃っていて、非常に便利。TAEも担当者が作ってくれている。
昼に無料でchick-fil-Aのチキンバーガーが配られているという話を聞いて、行ってみた。しばらく前に食堂で火事があって、大学が注文した分を今学期中に消費する必要があるらしい。しばらく並んだ。ちょうど私の3人後ろで終わりだった。ラッキー。
ボスと話しているとき、そういえば話し忘れていたといって言われたのが、ここに来てもらってうれしい、attitudeもよいし、と。昨日のラボセミナーでの実験方法のサジェスチョンなどが評価されたと思われる。Attitudeという英語のニュアンスが今ひとつよく分からないのは気になるが、悪いことではない。
何か疲れていたので早めに家に帰った。高速道路からおりたところの信号がひどく込んでいたので、右折した。目の前にBordersという本屋があるので入ってみた。こちらの本屋は、(多分再販制度などないから)普通に安売りしている。すると、大きな鳥図鑑でI邸でのホームパーティーでよいと言われていたものが20ドルで2冊置いてあった。鳥のサイズが図鑑自体と比べてあって見やすい。Buy two get the third freeだったので、同じ本を2つとガーデニングの本を買った。小魚君、来たらあげます。
DDRをやり始める前に、一応近所の顔くらい見ておいた方がいいかと思って、真下の部屋に、日本の土産物を持って行ってみた。同じ大学のコンピュータの学生だった。感じは悪くなくて、日本食も好きらしい。ただ、彼が下の1回の住人から言われたというのと同じ文句を二つ言われた。一つが、バードフィーダーからゴミが散る、ということ。テラスが木でできていて隙間だらけなのだ。ビニールシートを敷くことにした。もう一つが、部屋を歩くときできれば静かにして、と。ううむ。すでにうるさいようだとDDRは苦しいなあ・・・マットを買うかベッドの上でするかだな。部屋に戻る途中、はじめて隣の部屋の人に会った。10回くらい訪ねて一度も顔を見なかったのだ。2ヶ月後には引っ越すそうで、そもそもここにはほとんどいないようだ。何にしろ、近所の人が分かって安心。
早めに寝たのだが暑くて起きてしまった。自動の冷暖房機があるのだが、3週間前くらいに大して寒くなくなったので暖房が無駄だと思って消してあったのだ。あっという間に、寒いどころか暑くなった。ちょっと窓を開けると気持ちよい。