雲とシュプール

zephyros の歴史

・ゼフュロスの歴史(99年7月現在)  
                 ALL WRITTEN BY 宮坂太郎

・97年2月   当時、慶応義塾大学文学部1年の薄井健太郎を中心に男10人、女1人(小林倫子)で結成 される。 最初の練習は大田区六郷土手で行われ、神奈川大FCセレソンと練習試合を行う。(0−3 で敗北)  練習後、蒲田のガストで初めての会合を開き、チーム名を「慶応ZEPHYROS F. C.」に決定する。

・97年4月  大学の新入生オリエンテーションには間に合わなかったため、独自の勧誘活動を行う。リク ルートの新歓パンフレットに載せたことにより、他大学(上智大、白百合女子大etc.)の女子メン バーも入部。

・97年6月   ゼフュロス初めての大会合宿を行う。今なお継続して参加している(株)カレッジリーグの 「山中湖カップ」。 ボロ負けに次ぐ、ボロ負けで32チーム中30位(実質同率最下位)。ここで現在のゼフュ ロスの売りでもある 「慶応最弱」の方向性が見えてくる(笑)。期間中に総会を開き、代表薄井健太郎、副代表 高橋裕之、会計宮坂太郎、備品上野広伸の幹部が決定される。

・97年冬    メンバーのモチベーション低下により、1年生を中心にメンバーが大量に辞め、存続の危機 にさらされる。組織改革を行い、代表薄井健太郎、副代表宮坂太郎に変更される。 ・

・98年4月   初の慶応大学新歓オリエンテーションに参加。昨年の例もあったため、男子勧誘より他大学 の女子勧誘に力を入れ、説明会をすっぽかしたところ、大量の男子入部希望者が来ていたことが判明。「まったく何考えているのかと思いましたよ」(現2年のAズマ君談)。しかしながら30 人以上の男子が入部して一気にサークルとしての体制が整う。女子も多くの人間が新歓コンパにやってきてくれたが、その 後全員定着せず(泣)。同時に、この年度から横浜市社会人リーグに加盟。(3部)

・98年6月   2回目の「山中湖カップ」。結果は15位。一気に上位進出かと思いきや、ブロック制に なったため順位が半分になっただけ。実質的には30位の位置は変わらない。参加チーム数も32で同じ。(1ブロック16チー ム)2年目にして初の得点を奪う。唯一の得点者はこのホームページの管理者でもあるN。失点はヒミツ!

・98年8月  有志による「神奈川ゆめ国体フットサル大会予選兼鎌倉市大会」に参加。といっても、参加し たのは薄井、宮坂、高橋、村松正浩、小島晋の5人だけ。11人制の経験を生かしガチガチの守備で、フットサルにあるま じき少ない点数で勝ち進み、サッカー協会の方にも「代表は君たちで決まりだな」とまで言われるが、交代メンバーのい ない悲しさ、スタミナ不足で 息が上がってしまい決勝で敗退する。

・98年9月  ゼフュロス初の夏合宿を茨城県のサッカータウン波崎で行う。世話役の小林倫子以外に女性が いないため、男だけで熱く濃ゆ〜い合宿であった(笑)。サッカー漬けの毎日で全員のレベルアップが計られた。 男だけでバーベキューや打ち上げをやったのはある意味寒かったが、盛り上がりは抜群で現在の定例飲み会にも生かされてい る。副代表の宮坂太郎の提案により、後期にもう一度女子勧誘が行われることが決定。現場での女子大生との交流により代表の薄井健太郎も女子メンバーの重要性を痛感する(笑)。

・98年10月 後期女子勧誘を行う。現在はゼフュロスで恒例となっているパンフレット配りの経験を生か し、配布方法、場所、時間などを決めたところ、大量の女子がやってきて嬉しい悲鳴となる。

・98年12月 ゼフュロス初のビッグイベント、クリスマスパーティーが渋谷の「TIKITIKI」で開か れる。スーツ着用で、男子には強制参加の脅迫状が幹部名で届いていた(笑)。豪華賞品と共に身の程知らずの大箱で開いたため、大赤字が心配されたが結果的には80人以上が参加してくれて大成功をおさめる。

・99年2月  サッカー以外の初の旅行イベント、スキー&スノボ旅行が新潟県の上越国際スキー場で開かれ る。なぜか男子は全てスキーを女子は全てスノボをやった。実に様々な事件が起きた旅行でもあった。直前のキャンセルに 伴う赤字やゲレンデで財布を落として旅行代金が払えない者、とどめに同宿の早稲田大学のサークルとケンカになってしまい、宿 の壁に穴を空けてしまった。しかし、全体的には非常に好評で恒例行事となることが決定。

・99年3月  98年度総会が開かれ、幹部交代により、代表塩田三郎、副代表(イベント担当)井上晃一、 副代表(サッカー担当)福井光、副代表(合宿担当)北村武士、三田祭係東英樹、竹村俊宏が任命される。

・99年春   新幹部により一層勧誘体制が強化される。大学オリエン全員参加はもちろんのこと、様々な大 学で勧誘ビラを配布した。数千枚以上に及ぶ配布の結果、実に多くの人間が新歓コンパにやってきた。毎週ある新歓コ ンパに加え、長野県菅平での新歓合宿、お花見、Jリーグ観戦などが行われ、男子50人以上、女子60人以上が入部し た。結果、慶応の他の歴史あるサッカーサークルを尻目に「慶応最大のサッカーサークル」と化す。「オレなんか毎月の電 話代が一気に8万円にハネ上がったんすから〜〜」(代表のS田君談)。ひとえに彼ら幹部のおかげである。この時期、女子代表窪田英子(杉野女子大)、主務高沢智明が追加で任命される。

・99年6月  3年目の「山中湖カップ」。今回はなんと初の複数チームによる参加となる。チーム分けは慶 応ゼフュロス「シニア」、「ジュニア」 そして「マニア」(!!)。ジュニアがこの大会3年目にして初めての勝利をつかむ。近年 稀にみる大雨で、まるでプールの中でサッカーをやっているような状態であった。「シニア」、「マニア」も仲良く1勝ずつをあ げる。(ただし、大雨による相手チームの棄権に伴う不戦勝)

・99年7月  祝!!慶応ゼフュロスF.C.オフィシャルホームページ開設!!システム構築並びに管理者 は理工学部2年の丹羽文紀。文章、企画はフリーライターでもある文学部4年の宮坂太郎が担当している。

・将来     これからも慶応ゼフュロスF.C.は男の子には「サッカーをやったことがなくても、下手く そでも楽しめるサッカーサークル」であり、女の子には「様々な人とイベントのある楽しいサークル」でいたいし、実際そうである。 「慶応義塾大学、最大かつ最弱のサッカーサークル」ゼフュロスは常にみなさんを歓迎しているので、対戦相手になってもいいという チーム、もしくは入部したいという方はこちらのメールまで。    

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