現在、計量経済学というものが主流になっています。しかし、計量経済で実際の経済を本当に説明しきれるのでしょうか?。私たちは現在の国際社会の中で、少なくとも諸外国と同じ土俵に立ち、競争していくために、実体経済に詳しい人材が必要と考えています。実体経済について正しい認識を持っている人はほとんどいません。そのような人材を育成するために、私たちは真に意味のある経済学を学ぶ必要があると考えています。しかし、残念ながら実態経済を学ぶ場と、それを教える指導者がいないのが現状です。この問題を解決するために、なるべく多くの人に実体経済の重要性を知ってもらう必要性があると考えています。今後、実体経済を学んだ若者が、国家や国際社会の中で中心的な役割を果たしていくために、実体経済を学ぶことができる場所を増やしていかなければならないと考えています
ここで少し世界の金融の歴史というものを振り返って見たいと思います
1944.ブレトンウッズ体制
1944年7月、連合国44カ国が、米国のニューハンプシャー州ブレトンウッズに集まり、第二次世界大戦後の国際通貨体制に関する会議が開かれ、国際通貨基金(IMF)協定などが結ばれました。その結果、国際通貨制度の再構築や、安定した為替レートに基づいた自由貿易に関する取り決めが行われました。この体制をブレトンウッズ体制または、IMF体制といいます。
※国際通貨基金(IMF)は、1945年12月に発効したIMF協定に基づいて、1946年3月に設立、1947年3月に業務を開始しました。
為替レートを安定させて自由貿易を発展させるために、国際通貨体制を支える機関として国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(IBRD)が創設されました。国際通貨基金は短期的な資金を、国際復興開発銀行は長期的な資金を援助する機関です。
国際通貨基金(IMF)は、金だけを国際通貨とする金本位制ではなく、ドルを基軸通貨とする制度を作り、ドルを金とならぶ国際通貨としました。1930年から1940年代、世界のおおかたの金が米国に集中しており、米国は圧倒的な経済力を誇っていました。米国の豊富な金をもとに発行されたドルは、金と同様の価値があったのです。このように、ドルと各国の通貨価値を連動させたことから、ブレトンウッズ体制(IMF体制)のことを、金・ドル本位制といいます。
この制度では、金とドルの交換率を、金1オンス=35ドルと決め、金との交換を保証しました。為替レートが固定されていたことから、この制度を固定相場制ともいいます。
しかし、米国は、1960年代にベトナム戦争での大量支出や、対外的な軍事力増強などを行った結果、大幅な財政赤字を抱えることとなり、国際収支が悪化して、大量のドルが海外に流出してしまいました。米国は、金の準備量をはるかに超えた多額のドル紙幣の発行を余儀なくされ、金との交換を保証できなくなりました。
1971.ニクソンショック
1971年8月15日、米大統領ニクソンは、ドルと金の交換停止を発表しました。これをニクソン・ショックといいます。これにより、ブレトンウッズ体制は崩壊しました。米ドルは信用を失って大量に売却され、市場で大暴落しました。ブレトンウッズ体制の崩壊により、国際通貨制度は一時的に変動相場制へと移行しました。
1985.プラザ合意
日本の経済は、1985年頃まで輸出主導型で経済成長を遂げてきました。輸出企業が景気の先導役を担っていたため、為替が円安に向かうと株価が上がり、円高に向かうと株価が下がるという傾向がありました。
ところが、1985年9月に先進5カ国(米国、イギリス、西ドイツ、フランス、日本)は、協調して為替レートをドル安に進めることに合意しました。これをプラザ合意と呼んでいます。
プラザ合意とは、ニューヨークのプラザホテルで開催された、G5の通称です。G5とは、先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議のことです。
1971.スミソニアン協定
1971年12月、米国のワシントンにあるスミソニアン博物館で、先進10カ国蔵相会議が行われ、ドルの切り下げと為替変動幅の拡大が取り決められました。
金とドルの交換率は、1オンス=35ドルから38ドルへ引き上げられ(ドルは7.89%切り下げ)、円は1ドル=
360円から308円(16.88%切り上げ)となりました。
しかし、スミソニアン体制でも、米国や英国の国際収支の悪化は止まりませんでした。英国をはじめ、各国がスミソニアン体制を放棄、1973年には、主要先進国は変動相場制に移行しました。スミソニアン体制は、わずか2年で崩壊となりました。
1969.SDR
国際通貨基金(IMF:International Monetary Fund)は、国際的な金融協力や外国為替相場の安定を図る目的で設立された国際協力機関です。加盟国の出資金を原資として、国際収支が悪化した国に融資を行っています。現在、加盟国は183カ国に上ります。本部は、ワシントンDCにあります。
1944年7月、連合国44カ国が、米国のニューハンプシャー州ブレトンウッズに集まり、第二次世界大戦の通貨制度などに関する会議を開き、国際通貨基金(IMF)、国際復興開発銀行(IBRD:世界銀行)、GATT(関税・貿易に関する一般協定)が創設されました。これを、ブレトンウッズ協定といいます。
国際通貨基金(IMF)は、1945年12月に発効したIMF協定に基づいて、1946年3月に設立、1947年3月に業務を開始しました。
IMF協定では、大きな改正を2度行っています。
第1次改正(1969年7月)では、特別引き出し権(SDR:Special Drawing Rights)の創設を決めました。第2次改正(1978年4月)では、SDRを準備資産の共通表示単位とし、金やドルなどを用いないと決めました。
SDRとは、加盟国が国際収支不均衡となった場合に、外貨を豊富に保有している加盟国から、外貨の融通を受けることができる権利のことです。これを、特別引き出し権といいます。SDRは、加盟国の出資割当額に比例して、IMFから配分されます。外貨を豊富に保有している加盟国は、このSDRを対価に外貨の提供を行います。
今世界経済は新たな経済システムに移行しつつあるか、もしくは移行しようとしている可能性があり、非常に流動的かつ大きな変化の流れの中にあると私たちは考えています。現代の大航海時代といえるでしょう。諸外国に遅れをとらないようにするため、まず実体経済というものの重要性を、一人でも多くの人が共通認識として持つことが重要なのではないかと考えています。
今の日本は振り子が振り切れずにそのまま中心からずれ続けている状態に例えられます。このまま振り子が振り切れるまで待っていては、振り切れる前に糸が切れてしまう可能性があります。私たちは何とかして糸が切れてしまわない内に振り子を中心に戻し、本来国家が有るべき姿に戻らなければならないのです。