ひとこと読書感想文。超独断と偏見!

本当のことが知りたい人は、自分で読んでね

これで「美しく」なる

別冊宝島編集部

5月10日

色んな女性漫画家さんが、「美しく」なる、現場を実体験してその体験を面白おかしく、時には鋭くつっこんでます。

新聞にでていた、新刊の広告に惹かれて、そのうえ、本屋さんで再会してしまって。

とにかくおもしろい。エステから、矯正下着。美容院に、バレエ体験。ウォーキング教室。読んでいて、思わずいってみたくなったのがフットケア。足の裏の固くなったところやタコ・魚の目をとって、ヨークマッサージして。考えただけで気持ちよさそう。

礼儀作法入門

山口瞳

5月6日

新入社員に、1からカッコイイ社会人になるためには、と飲みながら解説してくれる先輩といった感じの印象。

例えば、人への贈り物の仕方。なるべく後に残らない方がいい。新築祝いには花束と、ウイスキーがいい、と言った具合。お世話になった人へは、一足3000円以上の靴下。病院へのお見舞いには・・。

ちょっと、古風な感じもするけど、一本筋のとおったような、古きよき大人を感じます。

大河の一滴

五木寛之

4月29日

「ちょっと説教臭いかもよ」と、友人に勧められた?一冊。科学万能主義や、効率主義の現代にちょっと、距離を置いてみようとする。

例えば、脳死移植。たとえ科学的に死んだとしても、人は死のほうへ少しずつ少しずつ離れていくのだから、お通夜も、四十九日も大事な意味があるって。

死を日常生活から隠してはいけない。残った方も死を受け入れるのにも時間がかかるものだと。

小学生の多くが1度は自殺を考えたことがアルという、現代を心の中で戦争が起こっているのと同じといって、警鐘を鳴らしている。

戦争によって、亡くなる一般人の数と、現代日本で毎年死んでいく自殺者の数、自殺を試みても、運良く助かった人の数、そう言うものを考えると、今の日本は戦争状態にあるのと実は同じではないか、そう言う主張である。

法女性学のすすめ

金城清子

2月

法学部の私は常々、法律と女性学が一緒になった学問は無いものか、そうしたものが勉強したいと思っていたところ、図書館で目が合った一冊。

男女の平等は戦後の日本国憲法に明記されている。しかし、法律上にはまだまだ、男女の差別が残っている。これに対して、著者は新しい法の姿について、追求している。

ダウン症のサラ

E.D.りーツ

2月

もし自分が妊娠中にその胎児がダウン症の恐れがあると言われたら。普通の人なら、戸惑ったり、ショックを受けたり、または、中絶を考えるだろう。実際にこうしたダウン症の検査後の中絶は多くなっている。しかしこのダウン症の出生前診断はあくまでもダウン症が発症する可能性を診断するに過ぎない、つまり、ダウン症が決定されるわけではない。それにもかかわらず、この任意の検査が十分な説明ナシに行われているらしい。問題は2点で、安易に胎児が障害を持っているのではないかという、心配を与える事と、障害者は、生まないと言う流れを作っている事である。こうした事態に対して、ダウン症の子供を持つ親や、本人の団体などが、障害者を社会から排除するものであると抗議し、議論が起こっている。ダウン症を持って生きる事は不幸なのだろうか。ダウン症は不幸だと誰が言い切れるのだろうか。こうした事に関心を持っていて、実際にダウン症をもって生まれ、成人した方にもお話を聞いたりした。

この本はダウン症の子供を持った親の目から見た話である。

出産直後に我が子が、ダウン症と宣告された時、「望まれない子だった」とか、やり場のない怒りや、絶望感や、逃げ出したい気持ちとか、自分は子のダウン症の子を押し付けられたベビーシッターなんだと思いこもうとした、そんな気持ちも正直に書かれている。最初はすぐに自分の手元で育てないで、施設に一生入れてしまおう。そう考えていた。

しかし、大学の図書館で調べたり、インターネットで情報をえたり、全米のダウン症児を育てる人の団体から招待を受ける中で、自分で育てようと、考え直していく姿がある。

彼女達は、、つきに1回は里親に子供を任せ、夫婦で外出したり、1ヶ月、夏休みの間、子供を里親に預け、長期の旅行出たりしたことが、育児に役立ったと言っている。子供のシアワセだけ考えていては、両親が犠牲になっては子供はシアワセになれない。両親がシアワセであれば、子供が何かするから愛するのではなく、ただ、存在するから愛する事ができる。といっている。

私にとって意外だったのは、ダウン症の子供でも、1ヶ月も里親(親戚でも何でもない)に預けて、旅行に出ることが許されるということで、日本は子供中心の社会の仕組みで、ダウン症でない子供でも、そんなに長く預けられる事はないし、夫婦だけの旅行なんて、なかなか認められない。子供はその両親だけで育てているのだなと思った。

彼女の住むアメリカでは、こうした里親がたくさんいて、育児に苦労している人を助けている。里親には色々いて、自分の子供を亡くしたばかりの人や、同い年くらいの子供がいる家庭や、子育てを終えたベテランや、普通の家庭である。看護婦さんとか先生とか、保母さんの家庭というわけではない。一人っ子がこうした里親に預けられると、小さな子供と触れ会うことによって、成長が見られることが多いそうだ。