海洋機械工学科4年 坂口 清子
「カッター部のマネージャーやらん?」1997年4月9日入学式、私の前に座る、丸坊主の男の子(のちの主将)に声をかけられたのが、はじまりだった。あれから4年・・・。自分の中で、マネージャーという存在がどういうものなのか考えさせられる4年間だった。
三抗合宿から陸上でのワッチが義務付けられ、マネージャーの仕事が変わった。晴れの日も雨の日も、吉見漁港でクルーがカッターを漕ぐ姿を見、「両舷が合わなくて苦悩するクルー、大声を張り上げ激を飛ばすクルー、マイルを漕ぎ終わった後の額に流れる汗、タイムが出たときの歓声」を初めて知った。
全日本合宿が始まると同時に、私と柿迫さんは千羽鶴を折り始めた。毎朝、毎夕吉見漁港で、私達は一羽一羽に「全日本優勝」の願いを込め、鶴を折ることしかできなかった。しかし、ひとつの合宿の初めから最後まで、自分の目、耳でクルーの姿を見つづけることで、マネージャーがクルーの一員に近づけたのではないかと思う。
海洋機械工学科4年 河津 有司
時の流れというものは早いもので、あっという間に4年という歳月が経ってしまった。これまでの大学生活は、カッターに捧げて来たと言っても過言ではない。OBとなった今振り返ってみると、過酷な練習の日々、新人戦、全日本での惜敗といった様々な思い出、クルーの絆、真の上下関係といったものをカッターによって通じて得たことが、今後の自分にとって計り知れない影響を与えたと思う。じぶんは、この水産大にカッターを漕ぐためにきたといいほどカッターにのめり込んでしまったS月から違った立場で、カッターにかかわる事となるが、水大カッター部で培った精神を貫いて行きたいと思う。ここ吉見は我がカッター人生に於いて序章に過ぎない繧齔・Y大端艇部OBとして部の益々の発展と後輩たちの健闘を祈ります。
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