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『脳+心+遺伝子VS.サムシンググレート』養老孟司・村上和雄他、徳間書店、本体一六〇〇円
養老孟司は脳の解剖学者だが、「唯脳論」を唱え、すべてのことは脳の働きで説明できるとする。それに対して村上和雄は、高血圧を引き起こす酵素レニンの分子構造を世界で初めて解明した生物学者だが、遺伝子に情報を書き込んだ「サムシンググレート」の存在を積極的に認める立場。養老はそれを否定するのではなく、自分なら「自然」と呼ぶだけだという。関心は、脳と遺伝子という二つの情報系のかかわり、そして心とは何かである。
ヒトゲノム計画が進み、二〇〇一年には人間のすべての遺伝子が解読されようとしている。それは医学などに大きな発展をもたらすものを期待されているが、一方で、それで人間の何が分かるのかという疑問がある。遺伝子情報がすべての決定を握っているわけではないことが、明らかになっているからだ。環境から受ける影響も大きいし、そうでなくても人生は偶然に満ちている。
一般に、科学者の間では養老の方が支持者が多く、経営者などの間では村上の説が支持されている。それは思考と体験の違いからだろう。「サムシンググレート」を認めると、それで思考がストップしてしまうという批判もあるが、それは的を射ていない。むしろ、そう考えることで思考は頭の“かせ”を解かれ、自由に広がるのではないか。「つつましさ」「謙虚さ」など、生き方の問題にまで話は発展する。
村上が主張するのは、どんなに科学が発展しても命をつくりだすことはできない、命は命によって生まれるもの、という事実である。被造物と造物主を明確に分け、人間は被造物であることを、はっきり認識することが必要ではないか。村上は、それが人間の倫理の基本にあるという。「サムボディグレート」としなかったのは、人格があるように誤解されるのを避けるためで、キリスト教的な生命観とは一線を画している。(T)【徳間書店、本体一六〇〇円】
本書で扱われているのは一九〇五年から二四年、日露戦争後から大正末まで、戦前の日本が一番輝いた時代だ。明治維新から四十年を経て、日本独自の道を進み始めた頃でもある。例えば、西田哲学が生まれ、白樺派など自然主義文学が花開いた。初めての政党政治が実現し、普通選挙を目指した大衆運動が盛り上がり、「大正デモクラシー」と呼ばれた。しかし、その先に戦争への道が続いたという意味では、昭和の失敗の始まりの時代でもある。おそらく、今以上に国際化の衝撃を受けた時代だった。これからの日本が、グローバリゼーションの中で道を誤らないためにも、もっと研究されてしかるべき時代である。
「憲政の常道」という言葉が生まれたのもこの頃。憲政会と政友会が二大政党として拮抗し、多数派与党が政権を担い、失敗すると野党に譲るというルールだ。議会が開設されてから二十年ほどで、こうした政党政治が確立されたのは、世界に例を見ない。上からの近代化が、下からの民主主義を育てたといえる。
もちろん、それならどうして挙国一致で戦争に向かうようになったのかという疑問が、当然湧いてくる。国内で民主主義を唱えた人が、対外的には植民地主義者だったりもする。そうした矛盾をはらんでいて、かつそれを隠さず、ストレートに出しているところに、この時代の面白さがある。
思想のレベルで考えると、日本は列強と肩を並べるようになりながらも、ついに普遍的な理念を持ち得なかったことが指摘できる。そのため、朝鮮半島や台湾に民族宗教である神道を持ち込む愚を犯した。あるいは、普遍主義の強さを知らなかったのではないか。
その時代に比べると、今は戦争の危険がないだけに、危機感は弱い。今世紀初頭の日本人が格闘した以上の真剣さで臨まなければ、世界の中で日本が生き残る道は開けないのではないかと心配になる。(T)【中央公論新社、本体二四〇〇円】