『なぜ人を殺してはいけないのか』小浜逸郎著、洋泉社新書、本体六八〇円

 表題の問いは、オウム真理教事件や神戸事件が起こった後の議論の場で、ある若者が何気なく発した言葉だ。その場にいた知識人たちがうまく答えられなかったことで、有名になった。しかし、別に深く考えられた質問ではなく、希薄になった倫理観をそのまま表現した言葉に過ぎない。それに加えて、「人は何のために生きるのか」「自殺は許されない行為か」「不倫は許されない行為か」「売春(買春)は悪か」といった、きわめて倫理的なテーマについて、著者なりの解答の仕方を示している。伝統的な価値の枠組みによらず、ある統一的な道筋を考えながら論じたもので、現代社会における倫理学の試みともいえる。
 表題の問いは、「人はなぜ、人を殺してはならないと決めるようになったのか」と言い直すことで、人類が限りなく人を殺してきた事実を踏まえ、その中から一つの倫理観を形成してきた根拠を考えさせる。「人を殺してはならない」という命題は、初めから人間の良心にあったのではなく、共同体を維持するには「なるべく殺さないほうがいい」ことを、歴史的に学んできたとする。
 倫理をこのように規定すると相対的になってしまうが、著者はそれで十分だという。現実の社会は、成文化された法と、人々の間に普遍的に存在するとされている道徳とによって成り立っている。しかし、文明が熟してくると、法も道徳も生活実感からは遠いものとなってしまいがちである。その結果、表題のような問いが、何気なく発せられる。
 しかし、法も道徳も無力になったわけではなく、必要に応じて機能しているし、心の底をのぞいてみると確かにある。そうした新しい社会の仕組みを、きちんと考えさせるプロセスが重要なのだ、と著者はいう。少年問題の背景に、人間関係の希薄さ、社会性の欠如があることを考えると、著者の主張には一理ある。(T)【洋泉社新書、本体六八〇円】

 



『四大文明 メソポタミア』松本健他編著、NHK出版、本体一九〇〇円

 メソポタミアはヨーロッパのキリスト教徒にとって、まさに心のふるさと、「エデンの園」である。ウルク、バビロン、ニネヴェなど、古代都市や国の名前が旧約聖書に登場するからだ。粘土板にくさび形文字で書かれた人類最古の「ギルガメシュ叙事詩」には、ノアの洪水に匹敵する洪水物語がある。アブラハムが偶像商の父と住んでいたウルは、人類最古の都市として発掘されている。バベルの塔のモデルになったのは、都市の中央にそびえるジグラットと呼ばれる神殿であった。発掘調査をもとにした都市のCG再現図も多用され、文明の発生と衰退に興味がかき立てられる。
 文明をもたらしたのは、麦の栽培。トルコには今も自生している麦の原種を、チグリス、ユーフラテスの水で灌漑(かんがい)し、不毛の砂漠を豊かな穀倉に変えた。そして、余剰の麦を使って交易し、広い地域から富を集めたのである。穀物の管理から文字や数学が、交易から法が発達した。神殿は穀物の倉庫でもあり、王は祭司でもあった。
 発見された当時の格言には、次のようなものがある。「喜びに満ちた心で花嫁、悲しみに満ちた心で花婿」「楽しみ、それはビール。いやなこと、それは遠征」。かなりドライでユーモアもあり、人生の悲哀を率直に表現している。「ハンムラビ法典」も、実は判例集というべきもので、かなり合理的、民主的な治世が行われていたことをうかがわせる。
 そんなメソポタミア文明が滅んだ最大の原因は、塩害による麦の収量の低減であった。地中から塩が噴き出すため、この辺りではこまめに水を流し、耕地の手入れをしなければならない。著者は、都市生活になじんだ人たちが、その勤勉さを失ったのではないかと推測する。自然から切り離された人間生活に潜む危機を、そこから読み取ることもできる。古代へのロマンとともに、現代への警告にも満ちている。(T)【NHK出版、本体一九〇〇円】


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